2018年12月18日
図案の時代
東京国立近代美術館 客員研究員 野見山桜
電車の中吊り広告,駅貼りポスター,本の表紙,ファッションブランドや日用品のカタログ,食料品や飲料品のパッケージなど,わたしたちの生活は,グラフィックデザインであふれています。本来,グラフィックデザインは,印刷による視覚情報のためのデザインとして考えられてきましたが,最近は,様々な場面でデジタル化が進み,一部はスクリーン上の画面構成に取って代わりつつあります。社会の変化に合わせて,情報伝達手段が多様化し,新しい境地に達しているのです。例えば,グラフィックデザインの黎明期を牽引した原弘(1903-1986)は,写真と文字や記号などの組み合わせが,印刷による視覚伝達において有効であり,時代を象徴する表現だとしました。亀倉雄策(1915-1997)は,幾何学的な造形を効果的な視覚表現に昇華させ,田中一光(1930-2002)は,平面構成における日本らしさに着目し,日本特有の文字や色彩を使った表現を探求しました。これらはほんの一例にすぎませんが,今,私たちが当たり前に目にするグラフィックデザインの礎は,先駆者たちが築いてきたのです。
さて,20世紀の初めに目を移してみましょう。当時の日本では,デザインという言葉がまだ浸透していませんでした。もちろんグラフィックデザインという分野もなく,広告やカタログ,パッケージは商業美術という区分で語られ,それらに使用される模様や装飾,図版は,図案と呼ばれていた時代でした。ここで言う図案は元々,工芸作品の意匠として使われるものを指していたのですが,経済の発展とともに,商業的な印刷物にも応用されるようになり,一分野として確立していきます。そのなかで代表的な図案家の一人として挙げられるのが,杉浦非水(1876-1965)です。非水は,ヨーロッパの様式に影響を受けながらも,独自の図案を創作し,三越の広告イメージをつくりあげたことで知られています。

杉浦非水《銀座三越 四月十日開店》1930年
東京国立近代美術館蔵
非水のインスピレーションの源にあったのが,写生であったことは広く知られていますが,雑誌や書籍,写真や映像撮影を通じて,イメージの収集を行っていたことも,近年の展覧会や研究で少しずつ明らかになってきました。当館では杉浦の御遺族から1997年に一括寄贈されたポスター,絵はがき,原画など計54件724点にのぼる作品に加え,非水が手元に残した海外の雑誌やスクラップブック,デジタル化を行った16mmフィルムの映像など,旧蔵資料も所蔵しています。

杉浦非水が集めた雑誌の切り抜きや絵はがき
年代不詳 東京国立近代美術館蔵

杉浦非水によるスクラップブック
年代不詳 東京国立近代美術館蔵
「イメージコレクター・杉浦非水展」では,19年ぶりに当館の非水コレクションを一堂に御紹介するとともに,貴重な資料たちと合わせて展示することによって,非水が何に関心を持ち,何を集めていたのか,図案の創作にいたるまでのプロセスと「イメージの収集家」という側面に焦点をあて,非水の多彩な活動を改めて検証します。
東京国立近代美術館
(住所)〒102-8322 東京都千代田区北の丸公園3-1
- お問合せ
- 03-5777-8600(ハローダイヤル)
- 交通
- 東京メトロ東西線「竹橋駅」1b出口徒歩3分
- 開館時間
- 10:00~17:00(金,土曜日は20:00まで)
入場は閉館30分前まで - 休館日
- 月曜日(2月11日,3月25日,4月1日,4月29日,5月6日は開館),
2月12日(火),5月7日(火)
(※4月9日(火)は「イメージコレクター・杉浦非水展」のみ閉室) - 観覧料
- 一般 500円(400円),大学生 250円(200円)
17時から割引(金,土曜日) 一般 300円,大学生 150円
※本館所蔵作品展の観覧料で御覧いただけます。
※( )内は20名以上の団体料金。いずれも消費税込。
※高校生以下及び18歳未満,65歳以上,「MOMATパスポート」をお持ちの方,障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。 - ホームページ
-
http://www.momat.go.jp