2022年4月25日
アート・コレクターたちの挑戦
社会と美術館をつなぐ存在として
国立新美術館 学芸課長 長屋光枝
「ルートヴィヒ美術館展 20世紀美術の軌跡―市民が創った珠玉のコレクション」は、同美術館に作品を寄贈したコレクターたちに焦点を当て、20世紀初頭から現代までの優れたコレクションをご紹介する展覧会です。

カジミール・マレーヴィチ《スプレマティズム38番》
1916年、油彩/カンヴァス、102.5 ×67.0 cm
2011年ルートヴィヒ・コレクションより寄贈
Museum Ludwig, Köln / Cologne, ML 01294.
(Photo: © Rheinisches Bildarchiv Köln, rba_d033965_01)
美術館の設立が決定されたのは、実業家の家系にあったペーター&イレーネ・ルートヴィヒ夫妻(1925-1996年/1927-2010年)がケルン市に約350点の作品を寄贈した1976年のことでした。そこには、ロシア・アヴァンギャルドの代表作や優れたポップ・アートのコレクションのほか、抽象美術や前衛的な作品が数多く含まれていました。

モーリス・ルイス《夜明けの柱》
1961年、アクリル絵具/カンヴァス、220.0 ×122.0 cm
1976年ルートヴィヒ・コレクションより寄贈
Museum Ludwig, Köln / Cologne, ML 01091.
(Photo: © Rheinisches Bildarchiv Köln, rba_d040139)
夫妻は、ルートヴィヒ開館後も寄贈を続ける一方、ヨーロッパ各地の美術館にも支援を広げました。彼らのユニークな点は、公立美術館への協力を通じてコレクションを社会に還元したことです。1996年には、ペーター&イレーネ・ルートヴィヒ財団が設立され、キューバや中国にも支援が拡大しました。今日、約14,000点ものコレクションは、3大陸にまたがる世界の30近い公的機関に寄贈、寄託され、12の機関にルートヴィヒの名が冠されています。

パウラ・モーダーゾーン=ベッカー《目の見えない妹》
1903年頃、油彩/厚紙、32.2 ×33.5 cm
1946年ヨーゼフ・ハウプリヒより寄贈
Museum Ludwig, Köln / Cologne, ML 76/2756.
(Photo: © Rheinisches Bildarchiv Köln, rba_c001546)
一方、第二次世界大戦前の優れた近代絵画のコレクションは、ケルンの弁護士、ヨーゼフ・ハウプリヒ(1889-1961年)に由来します。戦後間もない1946年にハウプリヒは、戦火から守り抜いた珠玉のコレクションをケルン市に寄贈しました。その作品群は、戦争で破壊されたケルン市立ヴァルラフ=リヒャルツ美術館が再建されるまで、ヨーロッパ全土を巡回し、まだ学生だったペーター・ルートヴィヒもこれを見て深く感銘を受けたと言われます。ハウプリヒの旧蔵作品は、ルートヴィヒ美術館の設立に伴い、ヴァルラフ=リヒャルツ美術館から移管されて今に至ります。

マックス・ベックマン《恋人たち》
1940-43年、油彩/カンヴァス、60.0 ×80.8 cm
1957年ゲオルク&リリー・フォン・シュニッツラー遺贈
Museum Ludwig, Köln / Cologne, ML 76/3022.
(Photo: © Rheinisches Bildarchiv Köln, rba_c001125)
ルートヴィヒ美術館は、ハウプリヒやルートヴィヒ夫妻ほか、数多くのコレクターたちの寄贈や協力を得てコレクションを拡大してきました。二度の世界大戦、東西ドイツへの分裂から統一へといたる激動の20世紀を生きたコレクターたちは、同じく困難な状況に翻弄されつつも、それを芸術に昇華させた同時代の美術家に目を向け、美術館に協力することで社会に貢献したのです。美術館と市民との生きた交流の証でもある本展覧会が、私たちの社会における美術館の意義と役割を見つめなおす契機になれば幸いです。
国立新美術館
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