2023年1月25日
「甲斐荘楠音 ―分野も性別も越境する
サーヴィス精神旺盛な画家」
京都国立近代美術館主任研究員 梶岡秀一
甲斐荘(又は甲斐庄)楠音(かいのしょう・ただおと/1894-1978)という難しい名前の日本画家については、2021年、東京国立近代美術館の「あやしい絵展」でも話題になりましたので、ご存じの方も多いかもしれません。
京都国立近代美術館は2023年2月11日から4月9日まで展覧会「開館60周年記念 甲斐荘楠音の全貌―絵画、演劇、映画を越境する個性」を開催します(7月1日-8月27日、東京ステーションギャラリーに巡回)。1997年に「大正日本画の異才 ―いきづく情念 甲斐庄楠音展」を開催して以来、26年振りの大回顧展です。
京都に生まれ育った彼は、少年時代からレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロなど西洋の美術に心惹かれ、その美を日本画へ取り込んで妖艶な人物表現を生み出し、大正期の美術界で注目されました。しかし美術界の陰湿な人間関係を嫌い、昭和15(1940)年前後から約25年間は、映画界へ転身しました。京都の太秦(うずまさ)にある時代劇映画の撮影現場で、溝口健二(1898-1956)や伊藤大輔(1898-1981)などの映画監督たちや市川右太衛門(1907-1999)のような名優たちに求められるまま豪華な衣裳を次々に考案し、時代劇映画の全盛期を演出したのです。
西洋美術と日本美術を融合させ、美術界と映画界を股にかけた甲斐荘楠音。彼がこのように境界を軽々と越えることができたのは、歌舞伎を愛し、演じることや扮装することを好んだ人だったからであるように思われます。幼少から女装に親しみ、舞台上の女性を演じることにも関心を抱いていた彼は、美術界では、まるで女性を演じる自分自身の像を描くかのように妖艶な美人画を制作し、映画界では、美しい男女の俳優たちを華麗な衣裳で飾ってみせたのです。
今回の展覧会では、彼の絵画だけではなく、沢山のスケッチや、彼の女装写真などとともに、東映京都撮影所に保管されていた時代劇衣裳など映画関連資料も取り上げます。絵画から映画へ自由に越境した彼の芸術の全貌をご覧いただけることでしょう。
ここで一部の作品をご覧いただきましょう。

甲斐荘楠音《島原の女(京の女)》
1920(大正9)/個人蔵
島原とは、かつて京都に栄えていた花街(遊郭)で、ここに描かれている女性は、その島原の太夫(たゆう)だろうと考えられます。太夫というのは遊郭における最高位の女性のことです。京都における太夫は公家の接待にあたることもあったため、歌や舞をはじめ、あらゆる芸道に通じ、文学なども解する最高の文化人でした。この絵の太夫は、黒地に桜の花の模様を配した豪奢な着物に身を包み、何か物思いに耽っているようで、その静けさに満ちた顔はレオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》のように陰影に富んでいます。

甲斐荘楠音《春》
1929(昭和4)/メトロポリタン美術館蔵
華やかな着物を身にまとい、床に横たわっている若い女性。袖の上にコップを載せ、右手にはストローを持っています。コップの中身はソーダ水か何かでしょうか。床には植物模様の絨毯が敷かれ、屏風が立てられています。日本家屋の広い座敷が洋風に用いられているようです。大正や昭和初期の、裕福な家庭のモダンな生活を感じさせます。この女性も、和服を着てはいますが、大胆に着崩し、モダンな髪型にしています。良家の子女の、少し「おてんば」な様子を描いているように見えますが、その顔立ちは甲斐荘自身によく似ているのかもしれません。
長らく行方不明でしたが、近年、メトロポリタン美術館に収蔵されました。甲斐荘没後の日本では初公開となります。

『旗本退屈男 謎の南蛮太鼓』衣裳、衣裳製作者:三上剛、東映株式会社京都撮影所蔵 Ⓒ東映
(映画公開:1959年、監督:佐々木康、製作会社:東映株式会社、衣裳着用者:市川右太衛門)
1959(昭和34)年の正月に公開された映画「旗本退屈男 謎の南蛮太鼓」で主演の市川右太衛門が着用した衣裳です。北大路欣也、山東昭子、佐久間良子など数多くの人気スターが共演した総天然色のオールスター時代劇映画で、主人公の早乙女主水之介はカラーの大画面に映える派手な衣裳を10領も着用しました。中でも華やかなのがこのトビウオ模様の衣裳で、甲斐荘好みの奇抜な趣向をよく伝えています。
映画制作の現場では、彼は台本を読みながら絵を描き始め、物語のイメージを豊かに膨らませてそれを皆に絵として伝え、衣裳担当や美術担当の仕事を方向付けました。彼の仕事は娯楽の世界に芸術性をもたらしましたが、その目的は娯楽性の向上にありました。そんな彼のサーヴィス精神は、日本画における彼の仕事をも貫いていたのだろうと思います。今回の展覧会が、甲斐荘楠音芸術への新たな見方を提案することになれば幸いです。
京都国立近代美術館
(住所)606-8344 京都市左京区岡崎円勝寺町
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- 開館時間
- 火曜日~日曜日 10:00~18:00(入館は閉館30分前まで)
- ※企画展開催中の毎週金曜日は20:00まで(入場は閉館30分前まで)
- 休館日
- 毎週月曜日
- 観覧料
- 一般1,800円(1,600円)、大学生1,100円(900円)、高校生600円(400円)
- ※( )内は前売および20名以上の団体料金
- ※中学生以下、母子家庭・父子家庭の世帯員の方、心身に障がいのある方とその付添者1名は無料
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https://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionarchive/2022/452.html