2026年6月26日
なにが“絶滅”しようとしているのか――杉本博司の原点、銀塩写真
東京国立近代美術館主任研究員 増田玲
東京国立近代美術館では「杉本博司 絶滅写真」展を開催しています。
1970年代半ばにデビューして以来、ニューヨークと東京を拠点に活動をしてきた現代美術作家・杉本博司(1948年東京生まれ)の半世紀を越える活動をふりかえる回顧展です。
杉本博司 《アビシニアコロブス》 1980 年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×185.4cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
野生動物の生態をリアルに再現した博物館のジオラマ展示を、大判カメラで精緻に撮影し、動かない剥製を、あたかも命ある動物の一瞬の様子のように見せる。杉本のデビュー作〈ジオラマ〉シリーズは、動くものの姿を止めてみせる写真というメディアを、止まったものを動いているかのように見せる装置として機能させる逆説的な試みでした。「どんな虚像でも、一度写真に撮ってしまえば、実像になるのだ」と杉本は記しています。
杉本博司 《カリブ海、ジャマイカ》 1980 年 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4×149.2cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
もう一つの初期の代表作であり、ライフワークともなっている〈海景〉のシリーズは、画面の真ん中に水平線を配し、海と空だけを撮影した連作です。太古の昔から変わらない海と空の接する水平線の風景を通じて、人類が始めて意識を持った頃に想像的にさかのぼろうという作品で、世界各地で撮影が重ねられてきました。こうした独創的なコンセプトと、確かな写真技術により、杉本は早い時期から国際的に評価を高め、今日では日本を代表する現代美術作家として知られています。
杉本博司 《スタイアライズド・スカルプチャー 120[クリスチャン・ディオール、Bar、1947]》 2025 年 ゼラチン・シルバー・プリント 149.2×119.4cm
© Hiroshi Sugimoto, Object: ©Christian Dior Couture collection, Paris
近年では建築や舞台芸術など、多彩な領域で活動を展開する杉本ですが、今回の展覧会では、その原点である写真作品にあらためて注目しています。杉本の作品は、デジタル写真に対してアナログ写真とも呼ばれる「銀塩写真」によって制作されています。銀塩写真とは銀の化合物の感光性を利用して画像を形成する写真技法で、デジタル技術が登場するまで、最初の実用的な写真術であった銀板写真以来、大半の写真は、銀塩写真だったのです。
今回の展覧会に寄せた文章で、杉本は「私は銀塩写真全盛の頃に生を受け、その終焉の頃に人生の幕を下ろそうとしている」と書いています。デジタル技術の進展により、旧来の技術であり、杉本自身がその表現手段として用いてきた写真技法でもあった銀塩写真は終焉に向かい、同時に、作家としての活動も最終章を迎えつつある。そうした認識から、今回の展覧会のタイトルにもある“絶滅”という主題は浮上しました。
杉本博司 《Opticks 087》 2025 年 タイプCプリント 119.4×119.4cm
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
今回の展覧会は回顧展として、杉本の作品世界の全体像を見わたすとともに、通奏低音として示される“絶滅”という主題をめぐって、人類史的なスケールへとその作品世界を拡張・深化させてきた杉本によるビジョンが示される場でもあります。今回の展覧会を構成する、それぞれユニークなコンセプトを持つ13のシリーズを通じて、杉本博司の作品世界をお楽しみいただきつつ、その半世紀を越える活動の蓄積の上に発信されるメッセージにもご注目いただければと思います。
杉本博司 絶滅写真(英語タイトル:HIROSHI SUGIMOTO: EXTINCTION)
- 会期
- 2026年6月16日(火) – 9月13日(日)
- 休館日
- 月曜日(ただし7月20日は開館)、7月21日
- 会場
- 東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
- 主催
- 東京国立近代美術館、日本経済新聞社
- 特別協賛
- DIOR
- 協賛
- セイコーグループ、サンエムカラー
- 特別協力
- 公益財団法人小田原文化財団、ギャラリー小柳
- 観覧料
- 一般 2,300円(2,100円)、大学生 1,200円(1,000円)、高校生 700円(500円)
※いずれも消費税込 ※( )内は20名以上の団体料金 ※中学生以下、障害者手帳をご提示の方とその付添者(1名)は無料 ※本展の観覧料で入館当日に限り、所蔵作品展「MOMATコレクション」(4 - 2F)もご覧いただけます - 問い合わせ
- 050-5541-8600(ハローダイヤル)
- 美術館サイト
