2014年5月14日
にやけるのは男性だけ? ~「にやける」の意味~
文化庁国語課
<「彼はにやけた顔をしている。」のように使われる「にやける」。「国語に関する世論調査」では,7割台半ばの人が「薄笑いを浮かべている」という意味であると答えました。本来はどのような意味の言葉でしょうか。>
問1 「にやける」とは,本来どのような意味なのでしょうか。
答 なよなよとしている,という意味です。男性の様子を表すのに使われてきました。
「にやける」を辞書で調べてみましょう。
「明鏡 第2版」(平成22年・大修館書店)
にやける〔自下一〕男性がなよなよと色っぽいようすをする。▽男色をいう「にやけ(若気)」を動詞化した語。
「日本国語大辞典 第2版」(平成12~14年・小学館)
にやける【若気】〔自カ下一〕(「にやけ(若気)」を動詞化した語。古くは「にゃける」か)男が女のように色っぽい様子や姿をする。転じてうわついている。
「新明解国語辞典 第7版」(平成24年・三省堂)
にやける〔男色の意の「若気」の動詞化。もと男子が,武事を忘れ,文学・遊芸にふけり,婦女子のように化粧をする意〕 男性の服装・物腰などが必要以上に女性化していて,見た人に思わず,なんということかという感じを与える。
「にやける」は,本来,男性がなよなよとしていること,女性のように色っぽい様子や姿をしていることを言います。元々「にやけ」とは,鎌倉・室町時代頃に貴人の側に付き従って男色の対象となった少年を意味していました。ですから,「にやける」には薄笑いを浮かべているという意味はなく,また,女性の形容に使われることも普通はありませんでした。例を見てみましょう。
この時黒羽二重の五所紋の羽織を着流した,ひどくにやけた男が,金鎖の前に来て杯を貰っている。二十代の驚くべく垢の抜けた男で,物を言う度に,薄化粧をしているらしい頬に,竪に三本ばかり深い皺が寄る。その物を言う声が,なんとも言えない,不自然な,きいきい云うような声である。
(森鷗外「青年」 明治43年)
ここでは男について「ひどくにやけた」と形容されています。その様子は,具体的に「驚くべく垢の抜けた男」,「薄化粧をしているらしい頬」,「なんとも言えない,不自然な,きいきい云うような声」などと描写されていますが,薄笑いを浮かべているといったことは読み取れません。もう一つ見てみましょう。
おしげは旦那を別に好いてはいなかった,どちらかと云えば,生白くにやけて,毛髪の薄く眉目なぞも,はっきりしないやさ男ぶりは,気に入らなかった,お神さんや,他の女たちにべたべたするのも,男らしくなくて,あき足らなかった
( 武田麟太郎 「一の酉」 昭和10年)
ここでも,「旦那」のことを「にやけて」いると述べていますが,「生白く」「毛髪の薄く眉目なぞもはっきりしないやさ男」,「男らしくなくて」といった描写を伴っています。薄笑いを浮かべるような様子には触れていません。
二つの例に共通するのは,化粧をしていたり色白に見えたりする「垢の抜けた」「やさ男」ぶりです。武田麟太郎の小説に見られる「お神さんや,他の女たちにべたべたする」ような態度からは,「日本国語大辞典」にある「浮ついている」という意味を読み取ることもできるでしょう。
問2「にやける」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を教えてください。
答 本来の意味である「なよなよしている」と答えた人が2割に満たない一方で,本来の意味ではない「薄笑いを浮かべている」と答えた人が4分の3以上いるという結果でした。
平成23年度の「国語に関する世論調査」で,「彼はいつもにやけている」という例文を挙げ,「にやける」の意味を尋ねました。結果は次のとおりです。(下線を付したものが本来の意味。)
〔全体〕
- (ア)なよなよとしている・・・・・・・・・ 14.7%
- (イ)薄笑いを浮かべている・・・・・・・・ 76.5%
- (ア)と(イ)の両方・・・・・・・・・・・ 3.0%
- (ア),(イ)とは全く別の意味・・・・・・ 3.0%
- 分からない・・・・・・・・・・・・・・・・ 2.8%
〔年代別グラフ〕
全体の調査結果を見ると,本来の意味ではない(イ)「薄笑いを浮かべている」と回答した人の割合が7割台半ばとなっており,本来の意味である(ア)「なよなよとしている」と回答した人の割合(14.7%)を62ポイント上回っています。
年代別に見ると,全ての年代で,本来の意味ではない(イ)の割合が,本来の意味である(ア)の割合を大きく上回りました。最も大きく差が開いているのは20代の81ポイント,続いて30代の80ポイントで,最も差が小さいのは60歳以上の45ポイントでした。
このように「にやける」は,近年,「薄笑いを浮かべている」といった意味で,男性だけでなく,女性に対しても使われています。これは,「にやける」の音が,薄笑いを浮かべることを表す「にやにやする」という言葉と似ていることに起因すると考えられます。本来は「男らしくない」「なよなよしている」という意味であった「にやける」は,浮ついている様子を表す場合にも使われるようになり,さらに,「にやにやする」という言葉と結び付いて,男性か女性かに関係なく「薄笑いを浮かべている」様子を表す言葉として用いられるようになってきたのでしょう。
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「ことば食堂へようこそ!」は,これまでに「国語に関する世論調査」で取り上げられた慣用句等に関する調査の結果を基に,コミュニケーション上の食い違いが生じる場面や,慣用句等の本来の意味,本来とは異なる意味の生まれた背景などを4分前後の動画で紹介するコンテンツです。 平成26年度中に全20話を公開予定。第1,第3金曜日に新しい動画がアップされます。「国語に関する世論調査」の結果の概要とともに,お楽しみください。 |