2014年8月28日
「潮時」が来たら「終わり」なのか。
文化庁国語課
<「そろそろ潮時だ。」のように使われる「潮時」。「国語に関する世論調査」では,3割強の人が「ものごとの終わり」という意味であると答えました。本来はどのような意味なのでしょうか。>
- 問1
- 「潮時」とは,本来どのような意味なのでしょうか。
- 答
- ちょうどいい時期,という意味です。
「潮時」を辞書で調べてみましょう。
「日本国語大辞典 第2版」(平成12~14年・小学館)
しおどき【潮時】 [名]物事を行ったりやめたりするのに適する時。好機。
「広辞苑 第6版」(平成20年・岩波書店)
しおどき【潮時】 [名]ある事をするための,ちょうどいい時期。好機。時期。
このように「潮時」は,本来,あることをするためのちょうどいい時期を表しており,「ものごとの終わり」という意味で使われる言葉ではありません。次の文章を見てみましょう。
その頃高知から種崎まで行くのには乗合の屋形船で潮時でも悪いと三,四時間もかかったような気がする。現在の東京の子供なら静岡か浜松か軽井沢へでも行っていたのと相当する訳である。交通速度の標準が変ると距離の尺度と時間の尺度とがまるきり喰いちがってしまうのである。
(寺田寅彦「海水浴」昭和10年)
この文章にある「潮時」は,文字通り「潮の満ち引き」に関するもので,そのころ高知から種崎まで行くのには乗合の屋形船で,潮の具合がちょうどいいときでも,三,四時間かかるような場合があった,と言っています。このような「潮時」の用い方が転じて「物事を行うのに,ちょうどいい時期」を示す語として用いられるようになったのです。続いて比喩的な用法を見てみましょう。
只者であった日には,この密談の席へ通されるはずはないと思われるが,しかし,事実はかえって天下の志士でなく,郊外の骨董商であるから許されるのかも知れない。この時分,もはや密談は終って,おのおの好むところの書画骨董の余談にうつり,その潮時に出入りの骨董屋が来たというので,無雑作にお目通りを許されたものとも見える。
(中里介山「大菩薩峠 椰子林の巻」昭和16年)
ここでの「潮時」は海に関する話ではありません。本来は関係者以外が入れるはずのない密談の席に,骨董商が通された理由について語られています。骨董商がそこに入れたのは,秘密の話が終わって,書画骨董に関する余談が始まっていたという「潮時」,つまり,ちょうどいいタイミングだったからのようにも見える,と言っているのです。
- 問2
- 「潮時」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を教えてください。
- 答
- 本来の意味である「ちょうどいい時期」と答えた人が6割ですが,本来の意味ではない「ものごとの終わり」と答えた人が3割強という結果でした。
平成24年度の「国語に関する世論調査」で,「潮時」の意味を尋ねました。結果は次のとおりです。(下線を付したものが本来の意味。)
- (ア)ちょうどいい時期・・・・・・・・・・・ 60.0%
- (イ)ものごとの終わり・・・・・・・・・・・ 36.1%
- (ア)と(イ)の両方・・・・・・・・・・・・ 2.5%
- (ア),(イ)とは全く別の意味・・・・・・・ 0.4%
- 分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1.0%
〔年代別グラフ〕

全体の調査結果を見ると,本来の意味である(ア)「ちょうどいい時期」を選んだ人の割合が60.0%となっており,本来の意味ではない(イ)「ものごとの終わり」を選んだ人の割合(36.1%)を24ポイント上回っています。また,年齢別に見ると,全ての年代で本来の意味である(ア)を選んだ人の割合が5割を超えています。ただし,本来の意味とは異なる(イ)を選んだ人は20~50代で他の年代よりも高く4割台前半となっています。
では,本来とは違う意味で使われるようになっているのはなぜでしょうか。インターネット上の「潮時」を使った文章等を参考にして考えてみましょう。
まず,多く見られるのはスポーツ選手や政治家などの「引退」のタイミングに関する記述です。以下はニュースサイトの見出しにあったものを一部直したものです。
「W杯花道に…○○選手が代表引退「今が潮時」」
「○○選手,涙の引退会見…「潮時だと思った」」
「○○元大臣,政界引退を正式表明 「この辺が潮時」」
これらの見出しは,どれも本人のコメントを引用しているものです。それぞれ,引退するのにちょうどいいタイミング,という意味で「潮時」を使っているのかもしれませんが,この見出しだけを読むと,「潮時」=「引退の時期」というように解釈する人がいても不思議ではありません。
また,ネット上では,恋愛に関して「潮時」を用いている記述も目立ちます。次に挙げたのは,女性に向けた情報サイトなどの見出しに見られるような表現です。
「引き際が大切! …カップルの潮時」
「もうこれ以上は続かないかも 恋愛の潮時を見極める」
「もう潮時? …女性が別れを意識する恋人の言動」
恋愛では,「婚約の好機」や「結婚するタイミング」という意味で「潮時」を用いることもできるのですが,実際には,別れやつらい決断をしなければならない場合について使われることの方が多く,「ちょうどいい時期」という意味合いが薄れています。ここに挙げた例についても「潮時」=「別れのとき」として使われているように感じられます。
このように,「潮時」という言葉は,積極的な文脈に用いられることが余りなく,喜んで迎えるものではない「引退」や「別れ」などのタイミングについて使われることが多いようです。そのために「あることをするのに,ちょうどいい時期」という意味が伝わりにくくなり,「潮時」自体を「ものごとの終わり」という意味で読み取ってしまう人が増えているのかもしれません。
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「ことば食堂へようこそ!」は,これまでに「国語に関する世論調査」で取り上げられた慣用句等に関する調査の結果を基に,コミュニケーション上の食い違いが生じる場面や,慣用句等の本来の意味,本来とは異なる意味の生まれた背景などを4分前後の動画で紹介するコンテンツです。 平成26年度中に全20話を公開予定。第1,第3金曜日に新しい動画がアップされています。「国語に関する世論調査」の結果の概要とともに,お楽しみください。 なお,「言葉のQ&A」のバックナンバーは「言葉のQ&A(まとめ)」で御覧いただけます。 |