2014年10月30日
「耳ざわり」は「障り」か「触り」か
文化部国語課
<「耳ざわりな音楽だ。」という使い方がある一方で,「耳ざわりの良い言葉ばかりで信用ならない。」といった表現を目にすることもあります。「耳ざわり」とは,どのように使うべき言葉なのでしょうか。>
- 問1
- 「耳ざわり」とは,本来どのような意味なのでしょうか。
- 答
- 「聞いていて気にさわること」という意味で使われるのが一般的ですが,「聞いたときの感じのこと」という意味で用いられることもあります。
「耳ざわり」を辞書で調べてみましょう。
「広辞苑 第6版」(平成20年・岩波書店)
みみざわり【耳障り】 聞いていていやな感じがすること。聞いて気にさわること。▽「―がよい」というのは誤用。
「明鏡国語辞典 第2版」(平成24年・大修館書店)
みみざわり【耳障り】 〔名・形動〕聞いていて不快に感じること。▽「耳触り」と解し「耳触りがよい」のように使うのは,本来は誤り。「目障り」についても同様。
このように「耳ざわり」は,「差し支える」「害になる」といった意味の「障る」という漢字を当て,聞いていて嫌な感じがしたり,不快に感じたりすることを表す言葉です。次の文章を見てみましょう。
この器械はいわゆる無ラッパの小形のもので,音が弱くて騒がしい事はなかったが,音色の再現という点からはあまり完全とは思われず,それに何かものを摩擦するような雑音がかなり混じっていて耳ざわりであった。それにもかかわらず私の心はその時不思議にこのおとぎ歌劇の音楽に引き込まれて行った。
(寺田寅彦「蓄音機」大正11年)
ここで「耳ざわりであった」というのは,「雑音がかなり混じ」っていたからです。雑音が混じっている音楽は,いやな感じや不快な感じがするものと言えるでしょう。このように,「耳ざわり」は「聞いていて気にさわる」という意味で用いられるのが一般的であると考えられます。二つの辞書が言っているように,「耳ざわりが良い」などと「聞いたときの感じ」の意味で使うのは,本来誤りであるという見方もあります。
では,「手触り」や「肌触り」のような「耳触り」という表現は使えないのでしょうか。他の辞書を引いていくと,「みみざわり」を2通りの表記で掲載しているものが見付かります。
「日本国語大辞典 第2版」(平成12~14年・小学館)
みみざわり【耳触り】 〔名〕聞いたときの感じ,印象。
みみざわり【耳障り】 〔名〕(形動)聞いていて,気にさわること。聞いていて不愉快に感じたり,うるさく思ったりすること。また,そのさま。
「大辞林 第3版」(平成18年・三省堂)
みみざわり【耳触り】 聞いた時の感じ。
みみざわり【耳障り】 〔形動〕聞いて不愉快またはうるさく感ずるさま。
「大辞泉 第2版・下」(平成24年・小学館)
みみざわり【耳触り】 聞いたときの感じ・印象。
みみざわり【耳障り】 〔名・形動〕聞いて気にさわったり,不快に感じたりすること。また,そのさま。
これらの辞書では「耳障り」のほかに,「耳触り」と表記する語が別に項立てされており,後者の意味は,聞いたときの感じ,印象などと説明されています。次の文章を見てみましょう。
俺らが大事の両親に辛い思いをさせ涙をこぼさせるのは,あのいつでもその耳触りの好い声を出して,スベスベした着物を着て,多勢の者にチヤホヤ云われている者共ではないか?
(宮本百合子「貧しき人々の群」大正5年)
この作品では,「耳触り」という表記が用いられ,「耳触りの好い声」と表現されています。「聞いたときの感じ」という意味の「耳触り」が,大正期の作家によって既に用いられていた例です。
- 問2
- 「耳ざわり」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を教えてください。
- 答
- 「聞いていて気にさわること」と答えた人が8割台半ば,「聞いたときの感じのこと」と答えた人が1割弱,という結果でした。
平成14年度の「国語に関する世論調査」で,「耳ざわり」の意味を尋ねました。結果は次のとおりです。
- (ア)聞いたときの感じのこと・・・・・・・・ 8.8%
- (イ)聞いていて気にさわること・・・・・・・ 86.5%
- (ア)と(イ)の両方・・・・・・・・・・・・ 2.3%
- (ア),(イ)とは全く別の意味・・・・・・・ 0.6%
- 分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1.8%
〔年代別グラフ〕
この調査においては「さわり」には漢字を使わない「耳ざわり」という表記を用いました。調査結果では,「耳障り」の方の意味である(イ)「聞いていて気にさわること」を選んだ人が圧倒的に多くなっています。16~19歳では9割を超え,20代~50代でも8割台後半という結果でした。一方,(ア)「聞いたときの感じのこと」と回答した人の割合は,1割に達していません。
この結果に関連して,書籍,雑誌,国会の議事録やインターネット上などの書き言葉データを広く収集した国立国語研究所のデータベース「KOTONOHA(現代日本語書き言葉均衡コーパス)」を見てみましょう。KOTONOHAにおいても,「耳障り」という表記例が93件あるのに対して,「耳触り」は3件しかありません。また,「耳ざわり」という表記例が53件ありますが,そのうち「耳ざわりが(の)良い」など「耳触り」の意味で用いられていると考えられるものは9件だけです。「聞いていて気にさわること」という意味の「耳ざわり」の用例の方が圧倒的に多くなっており,このことは「国語に関する世論調査」の結果とも重なる傾向と言えるでしょう。
なお,KOTONOHAにおける「耳障り」の用例93件のうちには,「耳障りが(の)よい」のように「聞いたときの感じ」の意味で用いられている例が4件ありました。同様の表記は,ウェブ上の情報サイトや出版物にもよく見られます。以下は,そのような表現の一例です。
「彼らの作る曲はとても耳障りがよく,心躍らされる。」
「「愛している」「君だけだ」といった,耳障りの良い言葉ばかりを口にする男性はたくさんいます。」
「「個性」や「独創性」といった耳障りのいいキャッチフレーズに惑わされている。」
これらは皆,本来「耳触り」を用いるべきところと考えられます。夏目漱石の小説にも「聞いたときの感じ」の意味で「耳障(みみざわり)」という表記が使われている例があります。
奥さんの言葉は少し手痛かった。しかしその言葉の耳障からいうと,決して猛烈なものではなかった。
(夏目漱石「こころ」大正3年)
「耳ざわり」という語をめぐっては,こういった表記の混乱も見られます。
ここまで見たとおり,「耳ざわり」には「耳障り」とともに「耳触り」という言葉があります。ただし,多くの人が「耳ざわり」を「聞いて気にさわる」という意味の言葉として受け取っており,世の中で用いられる頻度もこちらの方が多いと考えられます。二つの語の使い分けは十分に理解されているとは言えず,「聞いたときの感じ」の意味で用いる「耳ざわりが良い」といった表現に違和感を覚える人も少なからずいるようです。前述のように,辞書によっては,誤用としているものもありました。こうした状況について,NHKの「ことばのハンドブック 第2版」の「第1章 用語集」の「耳障り〔ミミザワリ〕」の項には次のような説明があります。
このことばは,本来は「耳障りな音」のように,聞いて不愉快に感じたり,うるさく思ったりする場合に使われる。最近では「手触り」「舌触り」などの連想からか,「耳触り」と書いて「耳触りのよい音」「耳触りのいいことば」のように使われる例が増えているが,このような使い方には,まだ抵抗を感じる人が多い。
(「NHK ことばのハンドブック 第2版」 NHK放送文化研究所編 平成17年)
以上のように,今のところ,「聞いたときの感じ」の意味で「耳ざわり」を用いることには,慎重であった方が良さそうです。例えば,「聞いた感じが良い」ということを伝えたい場合には,文章であれば「耳触りが良い」と漢字を使ったり,会話では「耳当たりが良い」など別の表現を用いたりする方が誤解されにくいかもしれません。また,漱石がそう書いているとはいえ,「障り」の方を使って「耳障りが良い」と書くのは避けておくべきでしょう。
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「ことば食堂へようこそ!」は,これまでに「国語に関する世論調査」で取り上げられた慣用句等に関する調査の結果を基に,コミュニケーション上の食い違いが生じる場面や,慣用句等の本来の意味,本来とは異なる意味の生まれた背景などを4分前後の動画で紹介するコンテンツです。 平成26年度中に全20話を公開予定。第1,第3金曜日に新しい動画がアップされています。「国語に関する世論調査」の結果の概要とともに,お楽しみください。 なお,「言葉のQ&A」のバックナンバーは「言葉のQ&A(まとめ)」で御覧いただけます。 |