2015年5月1日
「まんじりともせず」とは,何をしないことか
文化部国語課
「私はまんじりともせず,その夜を過ごした。」のように使われる「まんじりともせず」。「国語に関する世論調査」の結果では,この言葉を「じっと動かないで」という意味で使う人が多いことが分かりました。しかし,この使い方は,本来の意味と異なっています。「まんじりともせず」という言葉の意味を確かめてみましょう。
- 問1
- 「まんじりともせず」とは, 本来どのような意味でしょうか。
- 答
- 少しも眠らないで,という意味です。
「まんじりともせず」の「まんじり」を辞書で調べてみましょう。
「大辞泉 第2版」(平成24年・小学館)
まんじり〔副〕
(1)ちょっと眠るさま。ふつう打消しの語を伴って用いる。
(2)じっくりと見つめるさま。じっと。まじまじ。
(3)何も手につかないでいるさま。「もう帰るか,もう帰るか,と待つ間を独り-としていると」(尾崎紅葉「多情多恨」明治29年)
「新明解国語辞典 第7版」(平成24年・三省堂)
まんじり〔副〕
(1)ひと寝入りすることの意味。否定表現と呼応して一睡もしない様子を表わす。
(2)大きく目を見開いて対象を見つめる様子。「思わず-と相手の顔を見た」
「日本国語大辞典 第二版 第十二巻」(平成13年・小学館)
まんじり〔副〕(多く「と」を伴って用いる)
(1)ちょっと眠るさまを表す語。普通「まんじりともしない」などの形で打消を伴って用い,少しも眠らないことを強調する。
(2)ある行為を思う存分に,あるいはじっくりとするさまを表す語。じっと。まじまじ。
(3)落ち着きなく何も手につかないでいるさまを表す語。
「まんじり」は否定の表現を伴うのが一般的で,多く「まんじりともせず」という慣用句の形で使われます。本来,「まんじりともせず」は少しも眠らないことを指す言葉であり,「じっと動かないで」という意味ではありません。実際の使用例を見てみましょう。
女房は,幾度も戸口へ立った。路地を,行願寺の門の外までも出て,通の前後を瞰した。人通りも,もうなくなる。…釣には行っても,めったにあけた事のない男だから,余計に気に懸けて帰りを待つのに。―小児たちが,また悪く暖いので寝苦しいか,変に二人とも寝そびれて,踏脱ぐ,泣き出す,着せかける,賺す。で,女房は一夜まんじりともせず,烏の声を聞いたそうである。
(泉鏡花「夜釣」明治44年)
ここでは,釣りに出かけて帰らない夫を夜通し待つ女房と二人の子供の様子が描かれています。女房は,「寝そびれ」て泣く子供たちに夜具を着せかけたり,なだめすかしたりしながら夫を待ち,そのまま「一夜まんじりともせず」,つまり,一睡もせずに朝を迎えています。子供の世話をしているところから,女房は「じっと動かないで」いたわけではないことが分かります。次はどうでしょうか。
信子は度々心の中でこう妹に呼びかけながら,夫の酒臭い寝息に苦しまされて,殆夜中まんじりともせずに,寝返りばかり打っていた。
(芥川龍之介「秋」大正9年)
信子は,「まんじりともせず」夜を過ごし,「寝返りばかり打って」いました。やはり,動かないでいるわけではありません。眠れずに,寝返りを繰り返していたのです。次はもっと激しく動いている例です。
家へ帰ると早速猛練習を始めた。一夜まんじりともしないで踊りつづけ暁方近くには疲れきって舞台に俯伏したまま前後不覚に寝入ってしまった。
(大倉燁子「鷺娘」昭和21年)
以上のように,「まんじりともせず」「まんじりともしない」は「夜」や「晩」といった言葉と一緒に使われることが多く,前後の状況や文脈からも「眠らずに起きている様子」という意味で捉えることができます。また,「じっと動かないで」という意味でないことは,上の三つの作品からも明らかです。
なお,上記の辞書の中で「まんじり」という語の語源について触れたものはありません。「まんじり」という語が何に由来するものであるかについては,はっきりとしていないようです。
- 問2
- 「まんじりともせず」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を教えてください。
- 答
- 本来の意味である「眠らないで」と答えた人が3割に満たない一方で,本来の意味ではない「じっと動かないで」と答えた人が5割を超えているという結果でした。
平成25年度の「国語に関する世論調査」で,「まんじりともせず,その時間を過ごした。」という例文を挙げて,「まんじりともせず」の意味を尋ねました。結果は次のとおりです。(下線を付したものが本来の意味。)
- 〔全体〕
- (ア)じっと動かないで・・・・・・・・・・・ 51.5%
- (イ)眠らないで・・・・・・・・・・・・・・ 28.7%
- (ア)と(イ)の両方・・・・・・・・・・・・・3.4%
- (ア)や(イ)とは全く別の意味・・・・・・・・4.6%
- 分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11.7%
[年代別グラフ](%)

全体の調査結果を見ると,本来の意味ではない(ア)「じっと動かないで」を選んだ人の割合が51.5%となっており,本来の意味である(イ)「眠らないで」を選んだ人の割合(28.7%)を23ポイント上回っています。
また,年齢別に見ると,本来の意味ではない「じっと動かないで」を選んだ人の割合は50代以下で5割台後半から約6割となり,「眠らないで」の割合を32~48ポイント上回っています。一方,70代以上では,本来の意味である「眠らないで」を選んだ人の割合の方が高いという結果でした。なお,「分からない」の割合は30代で23.7%となり,他の年代より高くなっています。
では,この言葉が「じっと動かないで」という意味で使われるようになってきた理由としては,どのようなことが考えられるでしょうか。
一つには,「一睡もしない」ことを意味する言葉ではあるものの,活発に活動している状態について用いられることが少なく,限られた空間でじっとして時間が過ぎていく様子や,眠りたくても眠れずにいるような状況に使われる場合が多いという点が関係すると考えられます。先ほどの大倉燁子の作品のように「一夜まんじりともしないで踊りつづけ」るというような使い方もありますが,こういった例は少数です。泉鏡花と芥川龍之介の例がそうであったとおり,多くは,何か心配事や悩ましいことがあって,床や部屋の中などで眠れずに考え事をして過ごすような場合に用いられています。ほかにも例を見てみましょう。
もしや,母の身に何か不吉なことがあったのではあるまいか,などと思うと,もうとても眠る気にはなりません。すると,その時仏間の方でちイんと言う鉦の音がしました。私はぞっとして思わず良人にしがみつきましたが,良人はもう眠っておりました。それから私は,朝までまんじりともせずに夜を明かして,平生の時間に起きて雨戸を開けようと思って,玄関へ出て見て私は又驚きました。
(田中貢太郎「母の変死」昭和13年)
その夜は,もう十二時を過ぎてから各自の寝室に引き上げた後も,私はどうにも目が冴えて,殆どまんじりとも出来なかった。私は隣りのお前の部屋でも夜どおし寝台のきしるのを耳にしていた。それでも明け方,漸く窓のあたりが白んでくるのを認めると,何かほっとしたせいか,私はついうとうとと睡(まどろ)んだ。
(堀辰雄「菜穂子」昭和16年)
ここでも,登場人物たちは眠れないで過ごしていますが,それぞれ,床には就いたものの不安や考え事のせいで眠れずにじっとしている様子がうかがわれ,動き回るような状況は想像しにくいでしょう。このような文脈での使われ方が多いために,じっとその場を動かないという意味合いに感じられてしまうのかもしれません。
また,用例は多くないものの「まんじり」は否定形を伴わずに使われることもあり,その場合には,辞書にもあったとおり,「じっと,まじまじと」という意味になります。「じっと見詰める」ということを「まんじりと見る」と言うような例です。この打ち消しを伴わない場合の使い方が,「まんじりともせず」という否定形の意味にまで影響してきたということも考えられます。
「まんじりともせず」という慣用句が,「じっと動かないで」という意味で捉えられるようになってきたのは,以上のような事情が重なったことによるのかもしれません。