2015年10月5日
「天地無用」の荷物は,どう扱うか。
文化部国語課
宅配便で届いた段ボール箱に「天地無用」というシールが貼ってある場合,その荷物はどのように扱うべきでしょうか。「国語に関する世論調査」でこの言葉について尋ねたところ,約3割の人は「上下を気にしないでよい」という意味だと回答しました。荷物は大丈夫でしょうか。
- 問1
- 「天地無用」とは,本来どのような意味でしょうか。
- 答
- 「上下を逆にしてはいけない」という意味です。
「天地無用」の意味を辞書で調べてみましょう。
「広辞苑 第6版」(平成20年・岩波書店)
てんち-むよう【天地無用】
運送する荷物の外装などに記す語で,この荷物を取り扱うのに,上下を逆にしてはいけないという意。
「日本国語大辞典 第2版」(平成12~14年・小学館)
てんち-むよう【天地無用】
荷物,貨物の包装の外側に記す語で,破損の恐れがあるため上下をさかさまにして取り扱ってはいけないという意味の注意。
「天地無用」は,「荷物の上下を逆にしてはいけない」という意味です。かつては,段ボール箱の荷物などに,図1のように赤地に白抜きで「天地無用」と書かれたシールが貼られているのがよく見られました。しかし,それだけでは,意味が分からない人が少なからずいるからでしょうか,最近では,図2のように,記号やイラストを用いて視覚に訴えたり,「UP」,「この面を上に」などといった情報を書き足したりして,より分かりやすく示そうとする例が多くなっています。


- 問2
- 「天地無用」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を教えてください。
- 答
- 本来の意味である「上下を逆にしてはいけない」と答えた人が5割台半ばであったのに対し,本来の意味ではない「上下を気にしないでよい」と答えた人が3割弱,また,「分からない」という人が1割弱という結果でした。
平成25年度の「国語に関する世論調査」で,「天地無用の荷物。」という例文を挙げて,「天地無用」の意味を尋ねました。結果は次のとおりです。(下線を付したものが本来の意味。)
- 〔全体〕
- (ア)上下を気にしないでよい・・・・・・・・・29.2%
- (イ)上下を逆にしてはいけない・・・・・・・・55.5%
- (ウ)(ア)と(イ)の両方・・・・・・・・・・ 1.8%
- (エ)(ア)や(イ)とは全く別の意味・・・・・ 4.2%
- 分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9.3%
[年齢別グラフ]

全体の調査結果を見ると,本来の意味である(イ)「上下を逆にしてはいけない」を選んだ人の割合(55.5%)が,本来の意味ではない(ア)「上下を気にしないでよい」を選んだ人の割合(29.2%)を26ポイント上回っています。また,「分からない」と回答した人が1割弱となっています。
年齢別に見ると,16~19歳を除く全ての年代で,本来の意味である「上下を逆にしてはいけない」の割合の方が高くなっています。ただし,最も低い60代でも25.2%の人が「上下を気にしないでよい」を選んでおり,どの年代でも四人に一人以上の割合で本来とは逆の意味で考えていることが読み取れます。「天地無用」は,本来,誤解があってはならない注意喚起の言葉ですから,見過ごせない結果であると言えるかもしれません。
では,「天地無用」を「上下を気にしないでよい」という意味で受け取る人が多いのには,どのような理由があるでしょうか。「無用」という言葉の意味を調べてみましょう。
「岩波国語辞典 第7版新版」(平成22年・岩波書店)
むよう【無用】
①役に立たないこと。いらないこと。「心配御―」
②してはならないこと。「立入り―」「天地―」
③用事が無いこと。「―の者,入るべからず」
②の語例にも挙がっているように「天地無用」の「無用」は「してはならないこと」という意味です。有名なアニメ番組の古い主題歌の中に「落書き無用」という言葉がありました。これは「落書きしてはならない。」ということで,「天地無用」も同じ使い方です。この「無用」の用法は,かつては注意書きなどに見られることがよくありましたが,現在は「落書き禁止」,「立入禁止」など,「禁止」という言葉の方が用いられたり,もっと丁寧に「…しないでください。」,「…は御遠慮ください。」などと書かれたりするようになっています。そのために,「無用」という言葉に「してはならないこと」という意味での使い方があること自体,分かりにくくなっているかもしれません。
また,「無用」の意味が「してはならないこと」であると分かっていたとしても,「天地してはならない。」では,意味が通じません。「天地無用」は,「天地を逆にすること無用」,「天地を入れ替えること無用」のように,下線部に当たる内容が省略された言い方になっているのです。字面だけを見ても,そのことは分かりませんから,本来の意味で読み取るのは難しいでしょう。「落書き」や「立入り」とは違って,「天地」という言葉自体には「してはならない」というような内容がありません。「逆にする」という省略部分に気が付かなければ,「無用」の意味は上記①の「役に立たないこと。いらないこと。」や③の「用事が無いこと。」に取られかねないのです。その結果,「天地はいらない=上下は気にしなくていい」,「天地に用事はない=天地は関係ない」などと解釈されることになりやすいと考えられます。
「天地無用」という言葉は,いつも荷物を取り扱っているような人や,あらかじめ意味を知っている人にはごく当たり前のものであるかもしれませんが,初めてそれを見た場合には解釈が難しい表現です。「国語に関する世論調査」でも,反対の意味だと考えている人と意味が分からないという人を合わせると4割近いという結果でした。トラブルを避けるためには,分かりやすく言い換えたり,表示を工夫したりするなどの配慮が必要かもしれません。