2016年7月19日
常用漢字表は,どのように決められたか。
―「常用漢字表」シリーズ②―
文化部国語課
平成28年2月29日に文化審議会国語分科会から「常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)」が発表されました。「言葉のQ&A」は,この指針の内容を含め,「常用漢字表」をテーマにして連載します。今回は,平成22年に改定された常用漢字表がどのように決められたのかを見ていきましょう。
- 問1
- 現在の「常用漢字表」は,どこで,誰が決めたのですか。
- 答
- 平成22年の改定の際には,文部科学大臣の諮問を受けて,文化審議会国語分科会で検討が行われました。審議の内容は,国民からの意見募集等を経て,文化審議会答申として取りまとめられ,その後,関係府省での調整を経て,内閣告示として実施されています。
常用漢字表は,文部科学大臣の諮問を受け,主に,文化審議会国語分科会に設置された漢字小委員会において検討が行われました。漢字小委員会では,そもそも「国語施策として示される漢字表」が必要であるかという根本的なところから検討を始め,昭和56年の常用漢字表が既に社会の文字生活の実態を十分に反映できなくなっているという認識の下,その改定作業に入りました。主な審議の経過は,次のとおりです。
平成17年 | 3月30日 | 文部科学大臣が文化審議会に「情報化時代に対応する漢字政策の在り方について」を諮問 |
---|---|---|
7月5日 | 文化審議会国語分科会に「漢字小委員会」設置 | |
平成19年 | 10月17日 | 漢字小委員会に「漢字小委員会ワーキンググループ」設置 |
平成21年 | 1月27日 | 国語分科会が第1次試案となる「「新常用漢字表(仮称)」に関する試案」を決定 |
3月16日 | 4月16日まで一般から意見募集(パブリックコメント) | |
11月23日 | 国語分科会が第2次試案となる「「改定常用漢字表」に関する試案」を決定 | |
11月25日 | 12月24日まで一般から意見募集(パブリックコメント) | |
平成22年 | 4月23日 | 漢字小委員会が「「改定常用漢字表」に関する答申案(素案)」を取りまとめ |
5月19日 | 国語分科会が「「改定常用漢字表」に関する答申案」を決定 | |
6月7日 | 文化審議会が「改定常用漢字表」を文部科学大臣に答申 |
この間に開催された漢字小委員会は45回(懇談会3回を含む。),漢字小委員会ワーキンググループは49回(計約290時間)に上りました。
答申の後,内閣官房,内閣法制局,文化庁を中心とした各行政機関等の協議,さらに,閣議決定を経て,平成22年11月30日に内閣総理大臣から「常用漢字表」(平成22年内閣告示第2号)として告示され,現在に至っています。昭和56年の常用漢字表は,この内閣告示の公布によって廃止されました。
- 問2
- 「常用漢字表」の漢字は,どのような基準で選ばれたのですか。
- 答
- 使用頻度が高く社会でよく使われている漢字で,熟語を構成する力が高いものを中心に選定されました。
「改定常用漢字表」(平成22年6月7日 文化審議会答申)の「Ⅰ 基本的な考え方」は,国語分科会が常用漢字を選定した際の判断基準として,次のような観点を挙げています。
<入れると判断した場合の観点>
① 出現頻度が高く,造語力(熟語の構成能力)も高い
→ 音と訓の両方で使われるものを優先する(例:眉,溺)
② 漢字仮名交じり文の「読み取りの効率性」を高める → 出現頻度が高い字を基本とするが,それほど高くなくても漢字で表記した方が分かりやすい字(例:謙遜の「遜」,堆積の「堆」) → 出現頻度が高く,広く使われている代名詞(例:誰,俺)
③ 固有名詞の例外として入れる → 都道府県名(例:岡,阪)及びそれに準じる字(例:畿,韓)
④ 社会生活上よく使われ,必要と認められる → 書籍や新聞の出現頻度が低くても,必要な字(例:訃報の「訃」)
<入れないと判断した場合の観点>
① 出現頻度が高くても造語力(熟語の構成能力)が低く,訓のみ,あるいは訓中心に使用(例:濡,覗)
② 出現頻度が高くても,固有名詞(人名・地名)中心に使用(例:伊,鴨)
③ 造語力が低く,仮名書き・ルビ使用で,対応できると判断(例:醬,顚)
④ 造語力が低く,音訳語・歴史用語など特定分野で使用(例:菩,揆)
上記のとおり,常用漢字として選定される上では,まず,使用頻度が高く,社会でよく用いられている漢字であるかどうかが確認されました。それとともに,その漢字を一部に用いた熟語がどれくらいあるか,音と訓の両方で使われるかどうかといった観点でも考慮されています。
加えて,平成22年の改定では,漢字仮名交じり文の読み取りの効率性を高める漢字が選ばれました。それまで「謙そん(遜)」,「進ちょく(捗)」,「危ぐ(惧)」など,熟語の一部が常用漢字でないために,いわゆる「交ぜ書き」が使われることがありましたが,それらを減らし,文をより読みやすくしようとしたのです。さらに,常用漢字表は固有名詞を対象としないものの,例外として,都道府県名に用いられる漢字と,それに準じる漢字が採用されました。
そのほか,出現頻度は高くなくても,「訃報」の「訃」(出現頻度3,497位)や「楷書」の「楷」(同4,375位)のように,社会生活において欠かせないと判断された漢字も加えられました。
- 問3
- 漢字の出現頻度や造語力は,どうやって調べたのですか。
- 答
- 出現頻度を調べるために,書籍,雑誌等860冊分に用いられた約4,900万の漢字を分析し,使われている回数順に漢字を並べたものを基礎資料としました。加えて,補助資料とするために,新聞とウェブサイト上に出現する漢字の調査も実施しました。造語力については,基礎資料のデータに基づき,調査対象の漢字とその前後1文字ずつがどう並んでいるか,3文字の文字列に着目した頻度数調査を行い,参考としました。
問2で紹介した「入れると判断した場合の観点」の①にある出現頻度の高さを判断するに当たっては,下に示すような各種の調査を行いました。
調査名 | 対象総漢字数 | 調査対象データ |
---|---|---|
漢字出現頻度数調査(3)【基本資料】 | 49,072,315 | 「凸版印刷」による書籍860冊分の組版データ |
漢字出現頻度数調査(新聞) | 7,103,442 | 朝日新聞,読売新聞,各2か月分の紙面データ |
漢字出現頻度数調査(ウェブサイト) | 1,390,997,102 | ニュース記事等のウェブページのデータ |
基本資料となった調査は,最上段の「漢字出現頻度数調査(3)」です。これは,平成16~18年に凸版印刷株式会社で印刷された書籍,辞典,教科書,雑誌等の版下データ860冊分,延べ約4,900万の漢字を分析したものです。そのほか,新聞,ウェブサイトそれぞれにおける漢字の使用状況も調査し,補助資料としました。新聞については,2か月分の朝日新聞及び読売新聞の朝夕刊に出現する漢字全てを調べ,ウェブサイトの調査では,ニュース記事や一般のブログ,各種プレスリリースなどを対象として,隔月で3か月分,それぞれのウェブページに出現する漢字全てを数えました。
これらの調査は,諸般の事情から広く公開してはいませんが,上記の三つの結果をまとめた資料「漢字出現頻度表 順位対照表(Ver.1.3)」を当時の文化審議会国語分科会漢字小委員会の資料として御覧いただけます。
これらの調査を踏まえ,基本資料となった「漢字出現頻度数調査(3)」の出現頻度の順位に沿って,当時の常用漢字を含んだ上位3,500位までの漢字集合に入った漢字の1字1字について,他の調査を補助資料として活用しながら常用漢字とすべきかどうかが検討されました。実際には,当時の常用漢字として,最も出現順位の低かった「銑」(4,004位)と同じ出現回数を持つ漢字までが検討の対象になりました。
一方,造語力等を調べるためには,「漢字出現頻度数調査(3)」の結果に基づいて,「出現文字列頻度数調査」という資料が作成されました。これは,3,500位までの当時の表外漢字(常用漢字でない漢字)全てと,1,501位以降に出現した当時の常用漢字全てを対象に,当該の漢字を挟んで,その前後1文字ずつの3文字の文字列がどうなっているか,その出現頻度を調べたものです。左の表をクリックして御覧ください。たった3文字の文字列ですが,調査対象の漢字がどのような語の中で,また,どのような文脈で使われているのかを,大体確かめることができます。
出現文字列頻度数調査
(クリックして拡大)
「漢字出現頻度数調査(3)」によれば「藤」という漢字の出現頻度は264位(当時の表外漢字では1位)と高く,日常的によく使われる漢字であることが分かりますが,平成22年の改定以前は常用漢字ではありませんでした。「藤」が昭和21年の当用漢字表や昭和56年の常用漢字表に採用されなかった理由は,この「出現文字列頻度数調査」を見るとよく理解できます。ほとんどが,「藤田」,「藤原」,「藤井」,「加藤」,「伊藤」,「藤沢」といった人名や地名など,固有名詞の一部として用いられているのです。固有名詞に用いられるだけでは,どんなに出現頻度が高くても対象になりませんから,「藤」は常用漢字表に入らなかったと考えられます。
しかし,文字列調査を詳しく見ていくと「葛藤」という語が,繰り返し,相当の頻度数で現れることが分かります。また「藤色」も複数見られます。漢字小委員会では,出現頻度が非常に高いことと,「葛藤」など一般の用語にも用いられる例が少なくないことから,「藤」を常用漢字表に追加することにしました。なお,「出現文字列頻度数調査」は,漢字それぞれの音訓の採用に当たっても,活用されました。
「常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)」をお読みになりましたか。
平成28年2月29日に,文化審議会国語分科会は「常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)」を取りまとめました。この指針は,一般の社会生活における漢字使用の目安である「常用漢字表」の「(付)字体についての解説」の内容を,詳しく説明するものです。
指針では,いろいろな書き方がある漢字を構成要素別に整理した上で,問題になりやすい点をQ&A方式で分かりやすく解説しています。さらに,常用漢字表が掲げる2,136字全てについて,印刷文字のバリエーションや手書きされた字形を例示しています。ここでは,「字体・字形に関するQ&A」から,Q67を紹介します。
Q67 接触の仕方(「就」,「蹴」など)
「就」という字の右側は「」のように書かないといけないのでしょうか。
A 一旦横に書いてから下ろす書き方が正しいというのは誤解です。むしろ,本来は「」のように書くものです
近年,「」のように,極端に表現すれば「乙」のような形に書かないと誤りであるという誤解が広がっています。
これは主として,手書きの楷書を基に作られた印刷文字などにおける始筆の筆押さえが横画であると捉えられてしまうことによって生じている誤解です。本来は,次に示す「就」に見られるとおり,「」あるいは「」のように,軽く接する程度の形で書くものであり,正誤の判断を行う際には,注意が必要です。
なお,筆押さえが大きくなってしまっている「」のような字形についても,漢字の判別に影響しないという意味で,誤りであるとまで考えるのは行き過ぎでしょう。
同様に考えられる漢字として「概」,「既」,「蹴」,「沈」,「枕」などが挙げられます。
漢字の文化に親しむ機会として,また,字体・字形に関する具体的な問題に直面した際に役立つ実用的な指針として,是非,活用してください。指針は,下記リンクから御覧いただけます。
URL https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/joyokanjihyo_shosekikanko.html