2017年10月5日
「知恵熱」はどんなときに出るか
文化部国語課
クイズ番組の解答者が難しい問題に翻弄された挙げ句「知恵熱が出てきたよ。」と言って笑いを誘っています。この「知恵熱」とは何でしょうか。
- 問1
- 「知恵熱」は,どのような「熱」なのでしょうか。
- 答
- 元々は「乳幼児期に突然起こる発熱」という意味で使われていました。
「知恵熱」の意味を辞書で調べてみましょう。
「広辞苑 第6版」(平成20年・岩波書店)
ちえ-ねつ【知恵熱】
乳児が知恵づきはじめる頃,不意に出る熱。ちえぼとり。
「明鏡 第2版」(平成22年・大修館書店)
ちえ-ねつ【知恵熱】
生後六,七か月を過ぎたころの乳児に見られる原因不明の発熱。
このとおり,「知恵熱」は,赤ちゃんに突然起こる発熱のことです。ちょうど歯が生え始め,周囲で起きていることへの反応が良くなり,知恵を付け始めたと感じる頃に生じることが多いために,「知恵熱」と言われるようになったのです。
実際の用例を文学作品から見てみましょう。島崎藤村の小説には,次のような一節があります。
お房は母親から離れずに泣き続けた。
「まあ,どうしたんだろう,この児は」とお雪は持余している。
「知恵熱という奴かも知れんよ」と三吉も言ってみた。「橋本の薬をすこし服ませてみるが可い」
夫婦は他の事を忘れて,一緒にお房のことを心配した。
島崎藤村 「家」 (明治43年)
夫婦は,まだ乳飲み子である房子の発熱を心配し,その様子から知恵熱ではないかと推測しています。「知恵熱」はこのように用いられていました。
- 問2
- 「知恵熱」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を教えてください。
- 答
- 本来の意味とされる「乳幼児期に突然起こる発熱」と答えた人が4割台半ばであったのに対し,「深く考えたり頭を使ったりした後の発熱」と答えた人が4割強でした。また,年代によって理解の仕方にはっきりとした違いが見られます。
平成28年度の「国語に関する世論調査」で,「知恵熱が出た。」という例文を挙げて,「知恵熱」の意味を尋ねました。結果は次のとおりです。(下線を付したのが本来の意味とされるもの。)
- 〔全体〕
- (ア)乳幼児期に突然起こる発熱・・・・・・・・・・ 45.6%
- (イ)深く考えたり頭を使ったりした後の発熱・・・・ 40.2%
- (ア)と(イ)の両方・・・・・・・・・・・・・・・ 6.9%
- (ア)や(イ)とは全く別の意味・・・・・・・・・・ 4.5%
- 分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2.7%
[年齢別グラフ]

全体の調査結果を見ると,本来の意味とされる(ア)「乳幼児期に突然起こる発熱」を選んだ人の割合(45.6%)が,(イ)「深く考えたり頭を使ったりした後の発熱」を選んだ人の割合(40.2%)を5ポイント上回っています。
年齢別に見ると,(ア)と(イ)の割合が丁度同じだった50代を境に,それよりも若い年代では,(イ)の方が多く選択されています。一方,60代以上では,本来の意味とされる(ア)と回答した人が多くなっています。グラフは,はっきりとした「X」(エックス)型を示しており,若い年代では「深く考えたり頭を使ったりした後の発熱」,年配の人たちでは「乳幼児期に突然起こる発熱」という意味でこの言葉を使う傾向があると考えられます。
では,若い年代を中心に,「深く考えたり頭を使ったりした後の発熱」という意味で用いられるようになっているのには,どのような理由があるでしょうか。
70代以上の7割以上が(ア)を選択しており,以前は,この言葉が本来の意味とされる「乳幼児期に突然起こる発熱」という意味で広く使われていたことが推測できます。赤ちゃんに突発的な発熱があることは,昔も今も変わりません。かつては,その原因がはっきり分からなかったために,「知恵熱」という言い方がよく使われたのでしょう。また,この意味が通用していた頃には,誰かが慣れないことに頭を使ったときの困った姿やつらそうな様子などを,知恵熱を出した赤ちゃんにたとえて,面白がったりからかったりしたのかもしれません。
一方,現代においては,乳幼児の発熱の原因として,母胎にいるときから持っていた免疫が丁度切れる時期にウィルスに感染しやすくなるといった医学的な知識が知られるようになり,「突発性発疹」などの具体的な病名も使われるようになっています。そのため,「乳幼児期に突然起こる発熱」という意味で「知恵熱」を使う機会は少なくなりました。ただ,深く考えたり頭を使ったりしたときに「知恵熱が出た。」と面白がる言い方だけは,変わらずに使われてきています。元々はからかいのためのたとえであったかもしれませんが,「乳幼児期に突然起こる発熱」という意味をあらかじめ知らなければ,「知恵熱が出た」という表現がそれを使った比喩であることは分からないでしょう。「知恵」という言葉だけから「赤ちゃんに知恵が付く頃」というところまで推測するのは難しく,むしろ,「考えたり頭を使ったり」ということを連想する方が自然かもしれません。
「知恵熱」が「深く考えたり頭を使ったりした後の発熱」を指す言葉として受け取られるようになってきたのは,このような理由が重なった結果であると考えられます。