2015年6月3日
子供たちが水の妖怪を祭る
~後川流域のエンコウ祭
高知県立歴史民俗資料館 学芸員 梅野 光興
高知県の空の玄関である高知龍馬空港,その南に流れる後川流域の南国市前浜・久枝・下島地区の9つの組で,毎年6月第一土曜日にエンコウ祭が行われています。
エンコウとは,他県の河童に相当する水の妖怪です。エンコウが人馬を川に引き込んだとか,エンコウに薬の作り方を教わったとか,エンコウの子供が生まれたなどの伝説が県内各地に分布しています。エンコウ祭は子供の水難除けを祈願するもので,かつては香長平野のあちこちで行われていたようですが,今では前浜・久枝以外ではほとんど残っていません。
子供たちが祭りの一切を取り仕切るのも,この地区のエンコウ祭の特徴です。最年長の「大将」を中心に中学生と小学生の男子が組ごとに行います。最近は子供の数が減ったため,女の子も加わったり,大人の方が目立つ所も出てきました。子供たちは大人に助けてもらいながら,近くの川や水路に菖蒲を刈りに行き,エンコウを祭る小さな祠(菖蒲小屋,オヤシロなどと言います)を作ります。

川に入って菖蒲を取る子供
提灯を橋の欄干に立て,そのたもとに菖蒲小屋を設置します。夕方になると大将の家や集会所に集まり皆で夕食。その後はお楽しみの花火です。祭りの日までに子供たちが組内の家から集めた寄附金でお供えや花火を買うのです。日没頃になると,こちらの橋,向こうの橋に提灯の火が灯り(最近は電球がほとんどですが),ロケット花火のけたたましい音が響き始めます。近所の人はエンコウの祠を参拝に訪れ,御神酒やエンコウの好物とされるキュウリの酢もみを口にするのが習いです。花火は小一時間も続き,とっぷり日が落ちた頃に終わります。久枝地区では最後に,提灯の底を切り取って火を灯したロウソクを立てて川に流し,「エンコウの川流れ」と歌います。ロウソクの火が見えなくなるとエンコウ祭は終わりです。
後川流域のエンコウ祭がいつ頃始まったかは不明ですが,文化3年(1806)6月16日の森勘左衛門の日記に,高知城下町の川原でたくさんの提灯を飾って猿猴祭が盛大に行われた様子が記されていますから,その頃土佐で猿猴祭が行われていたのは確実です。
エンコウ祭は平成23年3月,国の記録作成の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選ばれました。これを受けて南国市教育委員会では平成25年度に調査委員会を発足し,祭りの現状や昔の行事の聞き取り調査を行っています。

エンコウを祭る菖蒲小屋(左)の前で花火に興じる

橋の上には提灯を飾る