2015年12月2日
笹竹に去来する神霊 果たして厄か福なのか
~北関東のササガミ習俗~
古河歴史博物館 学芸員 立石尚之
2月8日,12月8日を重要な節日とする全国のコトヨウカ。この日,厄神や福神,一つ目の妖怪などが来訪すると,各地で伝えられています。こうした来訪する神霊やお祭りは地域的にまとまりをもった特徴をもつものもあります。ササガミ習俗とはそんなひとつといえましょう。

ササガミ(石岡市 平成16年12月8日撮影)
現在の茨城県常総市国生に生まれた,歌人で小説家の長塚節(1879-1915)は,その随筆で次のような文章を書いています。
「(旧暦2月8日)夕方表へ笹を三本立てゝ上の所を一つに結ぶ,これはけふの祭りの例である,うちの福の神樣がけふ表から出て行くのださうである,十二月になると裏から帰るので笹も裏へ立てる,この笹を立てるので笹神祭と呼むで居る,麦飯を焚いてこの笹の上へ供へまつるのである」(「十日間」)
いうまでもなく,ササガミ習俗についてしるしたものです。2月は主屋の表,12月は裏,あるいはそのいずれかに,笹竹を3本立てて結びあわせ供物をあげる,これがササガミの祭りなのです。こうした祭りをするのは,関東地方でも限られた地域に分布し,主に茨城県や栃木県に集中しています。
この随筆では麦飯を供物としていますが,ウドン・ソバ・赤飯も多く,その供え方も器を用いずに,長塚節がしるすとおり,笹竹を結び合わせたその上にのせるところが少なくありません。

供物の赤飯をササガミの上にそのまま載せるようにあげる
(茨城県石岡市 平成16年12月8日撮影)
ところで,このササガミとはいったいどんな神霊なのでしょうか。例えば茨城県桜川市大曽根では「ササガミサマは貧乏な神なので祠も持てず,借金もあり正月には姿を隠す必要があった。年の暮れ12月8日には,主屋の裏にその身を隠し,正月が明けて借金とりが来なくなった頃,主屋の前に姿を現す」といいます。また,境町伏木では,2月8日になると裏の勝手口に厄病神がやってくるというので,その井戸端にササガミを祭るのだといいます。こうした悪しきものをもたらすものが来訪するので,魔除け・疫病除け・災難除けのためにササガミを祭るとするところは茨城・栃木ともに広範囲にみられます。
その一方で,ササガミをエビス様・大黒様ととらえて富をもたらす,あるいは田の神ととらえることころもあります。

屋敷の笹を伐ってササガミをつくる
(石岡市 平成16年12月8日撮影)
このササガミの祭りは,平成12年12月,記録作成等の措置を講ずべき無形民俗文化財に選択され,同16年度に茨城・栃木の2県で記録作成が行われました。その成果は『無形の民俗文化財 記録 第61集 北関東のササガミ習俗』(文化庁文化財部 平成27年)にまとめられています。