2016年6月1日
田んぼを守る「ムシ」と青年団~青森県津軽地方の虫送り
青森県立郷土館学芸課 古川実
津軽平野の田植は,ゴールデンウィークが過ぎリンゴの花が満開のころに始まり,5月末ごろまで続きます。田植が終わるとサナブリ(農休み)となり,この期間に津軽地方の各地で,虫除けや豊作などを祈願する虫送りが行われます。なかでも平野を北に貫流する岩木川中下流の虫送りでは,ムシと呼ぶ藁で作った龍や蛇のようなものが作られ,不思議な印象を受けます。ムシは郷土芸能の太刀振り,荒馬などの先頭となって地区を回り,行事の最後に地区の境の木などに掛けられます。その場所で,翌年まで田を守るものとされているのです。

五所川原市相内の虫送り
岩木川河口,十三湖に面する五所川原市相内では,6月第2土曜日が虫送りの日です。午前中に長さ4~5メートルのムシをお年寄りが中心になって作り,一方,相内青年団役員が地区の境や用水堰など5か所に,虫札と「昆虫退散」「五穀成就」などと書かれた紙の旗を立て,お神酒,身欠きニシン,お菓子を供え祈願します。午後1時ごろ虫送りの行列が出発。台車に乗せたムシ,荒馬1人と手綱引き2人,続いて2人1組で踊る太刀振りの順で地区を回ります。担ぎ太鼓,笛,手振鉦の囃子に合わせて,荒馬は田作業の動きを見せ,太刀振りは木の太刀を打ち合い,「跳ねろじゃ跳ねろ」「いつもこんだら(いつもこんなに良くて),どうすべな(どうしようか)」などと声を張り上げながら踊ります。

荒馬が暴れ田んぼに飛び込んでしまった
途中,門酒といって,家々から酒や山菜の漬物,笹餅などでもてなされます。虫送りの最後は,青年団が産土神社の境内の木にムシを掛け,参拝後に拝殿前でフキを手に持ち,頭上で振りながら踊ります。
相内では昔から,虫送りは青年団が取り仕切るものとされ,行事の用具作りや囃子の習得,経費の集金や集米なども行います。かつては田植上がりを催促したり,サナブリ期間に抜け駆けの農作業をすると,罰したりすることもあったそうです。現在団員は30人前後,年齢制限をなくして人数を集める状況ですが,地区の祭事と農業を守るという心意気は継承されており,それは「相内青年団」の名を入れた揃いの黒半纏からもうかがえそうです。

虫送りの最後,青年団がフキを振りながら踊る
津軽地方の虫送りは,平成22年3月に記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択され,平成26年度文化庁「変容の危機にある無形の民俗文化財の記録作成の推進事業」の一環として,調査報告書『青森県津軽地方の虫送り』が作成されています。