2016年7月20日
学校連携による津波被災資料情報の保存と活用
岩手県立博物館 首席専門学芸員 赤沼 英男
岩手県立博物館では東日本大震災が発生した年の4月5日以降,岩手県太平洋沿岸部に立地する博物館関係施設から救出された資料の再生に取り組んできました。津波で被災した資料の再生には,除泥,除菌,脱塩,脱臭を施す必要があります。一連の措置は『安定化処理』と呼ばれ,国内はもとより,国際的にも未確立な措置法です。岩手県立博物館では全国の専門機関と連携し,古文書をはじめとする様々な資料の処理方法を構築しながら,これまで17万点に上る資料を再生してきました。

救出された吉田家文書及び関連資料

安定化処理が終わった吉田家文書
再生した資料は,被災地が日本の歴史,そして世界の歴史の中で果たしてきた役割を客観的に物語る貴重な遺産です。手を尽くして再生したとはいうものの,今後予期せぬ原因で変質する可能性があります。学術的に重要な資料については処理後,現存する関係資料とともにデジタル化を進め,学術情報の保全を図ってきました。
被災地では当分の間,学校教育の一環として身近にある博物館を利用することが困難な状況にあります。そこで,被災地の学校と連携し,撮像したデータの中から教材として活用可能なデータを選び教材シートを作成して,複数の学校の授業で活用できるシステムの構築を進めてきました。作成した教材シートによる授業を受けたほとんどの生徒から,「知識が深まった」「どれも日本の歴史を裏付ける資料で驚いた」といった感想が出され,授業への関心と理解度を高める上でその有効性を確認することができました。

教材シートを使用しての授業風景

作成された教材シート
教材シートの画像は解像度が低く,細部の観察や鑑賞という点で難点があります。また,平面画像のため,資料の背面や底面の情報を得ることはできません。教材シートで学習を重ねた生徒を博物館に招へいし,実物資料を見学する機会を設けたところ,全ての生徒から「博物館の見学は授業を理解する上で有効」といった内容のアンケート結果が得られました。教材シートに数回の博物館見学を加味することで,より高い学習効果が得られることを確認できましたが,長距離移動とカリキュラムの制約がありその実現は極めて困難です。そこで,学校に高精細画像,3D画像を提供するシステムの開発を進めています。

岩手県立博物館での実物資料の見学
先人が残してきた貴重な文化遺産を後世に伝えるには相当の努力が必要であることを一般の方々に広く知っていただくことも,博物館の重要な役割の一つです。岩手県立博物館では平成26年5月から,本館脇に設置した仮設作業施設で行われている被災資料再生の過程を可視化しました。平成27年度には小学生を対象に,脱塩工程の体験実習を行いました。デジタル情報の中から古文書の一部を選び,それを画仙紙に印刷した後海水に浸し,乾燥したものを被災資料にみたて,脱塩液に溶出する塩化物イオン濃度を計測し,脱塩効果を確かめるところまでを実習課題としました。受講者からは「博物館で復興につながる体験ができてとてもうれしかった」といった感想が寄せられました。被災資料の再生には,資料が持つ歴史的意義はもとより,処理を進めるための自然科学的知識や技術,安全に関する配慮など,これまで学校で学んだ様々な教科の知識や技術をフルに発揮する必要があり,総合学習の教材としても適した内容です。

被災古文書の脱塩実習

資料に霧吹きで水を吹き掛け,溶出した塩分を刷毛で除去
岩手県立博物館では今後も学校と連携し,被災資料の再生に対する理解を深めるとともに,それらが有する学術情報の保存と活用を積極的に進めていく予定です。
岩手県立博物館
(住所)〒020-0102
岩手県盛岡市上田字松屋敷34
- 問合せ
- 019-661-2831(代表)
- 交通
-
・バスを利用の場合
JR盛岡駅又は盛岡バスセンターから,松園バスターミナル行き又は松園営業所行きに乗車,県立博物館前下車徒歩3分・車を利用の場合
東北自動車道盛岡インターで降りて国道46号線を東へ,市営体育館前交差点を左折北上。車で20分前後 - 開館時間
- 9:30~16:30(入場は閉館30分前まで)
- 休館日
- 毎週月曜日(月曜日が祝休日の場合はその翌平日),資料整理日9月1日から10日),年末年始(12月29日から1月3日まで)
- 入館料
- 一般310円(20名以上の団体 一人につき140円),学生140円(20名以上の団体 一人につき70円), 高校生以下無料
※療育手帳,身体障害者手帳,精神障害者保健福祉手帳をお持ちの方,及び介護を行う方は無料 - ホームページ
- http://www2.pref.iwate.jp/~hp0910/