2018年6月29日
「博物館」と「哲学」が組み合ったとき
―「共通道徳」の哲学対話を中心に-
石川県西田幾多郎記念哲学館 学芸員 井上智恵子
『努力をしたら,必ずいいことがあるのか?』
貼り出されたテーマを見て,子供たちは様々な表情を浮かべます。何しろ,このような問いは,答えが簡単に出せません。出てくる答えもひとつではないでしょうし,もしかすると正解もないかもしれません。首を捻ったり,眉を寄せたり,考え込む子がたくさん出てきます。その姿はまさに,『哲学』をしているものです。

みんなでじっくりと考えます
石川県西田幾多郎記念哲学館(以下,哲学館)は,哲学者・西田幾多郎の生誕地であるかほく市にある博物館です。西田幾多郎に関する資料を収集・展示する人物記念館であると同時に,『哲学』の『博物館』として様々な事業を展開しています。その一つが,郷土の先人である西田幾多郎について学ぶ機会として,市内の小学5年生と中学2年生を対象にしている「かほく市共通道徳」です。子供たちは各クラスで事前授業をした後,哲学館を訪れ,職員による講義を受け展示室を見学します。この「共通道徳」は平成21年度から始まり,平成29年度からは新たに「哲学対話」がプログラムに加わりました。

職員が西田幾多郎についてお話しします

資料を見ることも大事な要素
『努力をしたら,必ずいいことがあるのか?』は,この哲学対話のテーマ(導入の問い)として,実際に子供たちと哲学した話題です。子供たちは答えのない疑問を巡って,自分の経験などを交えながら考え,言葉にして対話し,聞きあうことで更に考えを深めていきます。それは,単に西田幾多郎の生涯や人物像について学び,過去の先人という遠い存在を仰ぐこととは違い,彼の学問である『哲学を体験する』という試みです。講義と見学に哲学対話が加わることで,学習に深まりが生まれただけでなく,子供たちが漠然と抱いていた「哲学は難しい学問」というイメージが,「哲学=考えること」で「身近で,日常的で,思っていたよりシンプルだ」と変化する様子も見られました。

いろんな考えが哲学対話で出てきます
また,哲学対話では答えのない問いを考えるため,様々な考えが出てきます。哲学館の職員は教える立場ではなく,子供たちの輪に入り,話を聞いて,時には質問もしながら一緒に考えます。そのため,子供たちは自由に,制限なく,本音で,時には突飛だと捉えられるような考えも発言することができます。哲学対話は,発言をきちんと聞いてくれる,受け入れてもらえる,ということを体験する機会でもあるのです。「普段の授業では余り発言をしない子が発言していた」「いつもは話を遮ってしまいがちなのに,しっかりと聞いている姿に驚いた」という先生方の感想を聞くと,単に「地元の偉人がした学問を体験する」だけではないものが得られているように思います。
『努力をしたら,必ずいいことがあるのか?』というテーマですが,実は,子供たちは哲学館に見学に来た際に,講義で「西田幾多郎はとても努力をした人だ」という話を聞いています。その上で,このテーマで哲学対話をしたとき,こんなことを話した生徒がいました。
「西田幾多郎は死ぬまで論文を書いていたけれど,最後は完成できずに死んでしまった。この場合,努力をしたら必ずいいことがある,と言えるの?」
この発言は「努力は一体いつ報われるものなの?」という,考えが一歩深まる問いを出すと同時に,西田幾多郎について学ぶ「共通道徳」の講義・見学・哲学対話が,一連の実践としてつながることを気づかせてくれました。平成30年度から小学校で道徳が教科化され,今年度の「共通道徳」もテーマなどを改良しています。『哲学館』だからできる教育プログラムの可能性を,これからも子供たちと哲学しながら考え続けていきたいです。
※個人情報等への配慮のため,写真にぼかし加工を入れているものがあります。
石川県西田幾多郎記念哲学館
(住所)〒929-1126 石川県かほく市内日角井1
- 問合せ
- 076-283-6600
- 交通
- JR七尾線「宇野気」駅下車 徒歩20分
- 観覧・開館時間
- 展示室観覧時間 9:00~17:30(入室は17:00まで)
開館時間 9:00~21:00(入館は20:30まで) - 休館日
- 毎週月曜日(祝日の場合は翌平日),年末年始(12月29日~1月3日),メンテナンス期間
- 観覧料
- 一般\300(20名以上は団体料金\250), 65歳以上\200, 高校生以下無料
※哲学館は,展示棟と研修棟(展望ラウンジ・研修室・喫茶室・図書室・ホール)に分かれています。
展示棟に入らず,研修棟のみ御利用になる場合は,観覧料は必要ありません。 - ホームページ
- http://www.nishidatetsugakukan.org/