2018年8月24日
「教える」から「引き出す」へ
―えひめ「対話型授業」プロジェクト―
愛媛県美術館 専門学芸員 鈴木有紀
【プロジェクト前夜】
「A君最近よく手が挙がるんよ!他の授業でも!」
これは今から5年前の2013年秋,愛媛県美術館が小学校で実験的に行った対話型鑑賞授業(連続10回)で,クラスメイトの児童が話してくれたA君(当時1年生)の姿です。
しかし,私は子供の話を聴くまで,A君の「変化」に気付いていませんでした。幸いこの授業は録画していたので,再度,授業の様子を見直してみました。するとA君,5回目以降から手が挙がり始めます。そしてその手は授業を重ねるごとにまっすぐに伸びていったのです。
「変化」はA君一人だけではありませんでした。授業では子供たちの観察力と思考力の深まり具合をみるため,10回の授業の前後に,同じ作品画像をみて感想を書く時間を設けていました。結果をみて,私はびっくりしました。そこには,表現こそそれぞれ違いますが,「なぜ?」と自ら問い,その理由を作品の中に探し,考え続けようとしている子供たちの姿がありました。
そして,このことこそが「対話型授業」が目指す最大のねらいなのです。

対話型鑑賞の授業風景

同じ子供(1年生)の成長の様子 (左側が1回目の鑑賞前,右側が10回目の鑑賞後)
【えひめ「対話型授業」プロジェクト】
「対話型授業」は,対話型鑑賞を応用した授業です。対話型鑑賞とは,美術史などの知識だけに偏らず,鑑賞者同士のコミュニケーションを通して美術作品を読み解いていく米国で生まれた「考え方」です。日本への導入後は美術館・博物館だけでなく,学校教育や企業内人材育成の現場にも実践・研究の場が広がっています。そして,他分野・他教科への転用が可能です。
例えば①学校で展開された場合,自ら問い,考え続ける力 ― セルフ・エデュケーション力が,「美術」一教科で行うよりも飛躍的にアップします。また,②次期学習指導要領のテーマ「主体的・対話的で深い学び」の考え方を具現化できるとして,現在,日本各地で応用の試みが始まっています。そして③逆説的ですが,他分野での実施によって,「美術」がもともと持っている底力 ― 「美術の可能性」に気付くことができると私は考えています。
愛媛県美術館では,2015年度より文化庁の支援を受け,愛媛県総合科学博物館・愛媛県歴史文化博物館の学芸員,県内小中学校の先生方,そして外部専門家とともに,えひめ「対話型授業」プロジェクトをスタートしました。

対話型鑑賞の「考え方」を
共有するための研修
(協力:京都造形芸術大学ACOPセンター
福のり子先生)

美術と他教科(理科)の
親和性に関する研修
(協力:三重県総合博物館
大野照文先生)

美術と他教科(社会科)の親和性に関する研修
(協力:京都造形芸術大学ACOPセンター 北野 諒先生)
【トライ&エラーを繰り返して】
プロジェクトでは,最初の2年間は対話型鑑賞の「考え方」を共有しました。そして,3年目となった昨年度より,他教科・他分野の「授業」を創造する実験的授業研究を開始しました。「実験」ですから,毎回トライ&エラーがあります。しかし,今,この挑戦を繰り返す中で,「子供たちの力を引き出す」ための大切なエッセンスが浮かび上がってきています。
「対話型授業」の肝としてひとつ挙げるとすれば,まず「どこからそう思う?」という問いかけを使うことをお薦めします。この問いかけが,子供たちの考えていることを引き出します。
例えば,小学2年生の国語「かさこじぞう(第四場面)」では次のようなやりとりが繰り広げられました。実はこの授業は始まる前より,子供たちから「なぜ,おじぞう様は会ったこともない婆さまのことを知っていたのだろう?」という問いが立っていました。担任の先生はそれを上手に汲みとり,「じゃあ,婆さまってどんな人なのか,みんなで考えてみようか」と授業をスタートされました。教室の黒板にはみんなで共有できるように,第四場面の拡大コピーが貼られていました。以下「対話」の抜粋です。
先生「婆さまってどんな人なのかなあ?(Aの手が挙がっている)はい,Aさん」
A「婆さまは,優しい人だと思いました!」
先生「Aさん,発言がハキハキしてますねえ。良いですねえ。それで,どこから婆さまは優しい人だと思ったの?」
A「えっと,〇ページの〇行目にある,〇〇〇というところから」
先生「なるほど!ここね(拡大コピーの中にある,児童の指摘した部分を指し示し,アンダーラインをひく)みんなAさんの意見どう思う?他にも婆さまのことで,みつけたところはないかな?手は挙がってないけど,Bさんの意見も聴きたいなあ!(Bにも授業への参加を促す)」
B 「僕は…婆さまは面白い人だと思う」
先生「あら!優しい以外の意見も出てきたね(先生ニコニコしながら)。面白い人!Bさん,どこからそう思ったの?」
と,いう具合です。また,今年度の一学期から対話型授業を始められた先生より,次のような声をいただいています。
一人,「この授業が嫌だ」という子がいました。残念だなあと思って,「どんなところが嫌だったのかな?」とその子に聴いてみたら「考えを積み重ねなければならないから」という答えが返ってきました。それを聴いて,この子はこの授業の大事なところをわかっている!と嬉しくなりました。自分一人だけで考えを積み重ねていくのは大変だけれど,友達や先生とみんなで一緒に色々な考えを持ち寄って積み重ねていくのは,実は楽しいことなのだ,ということにいつか気付いてくれたらと思います。
もちろん,授業が好きだという子もいます。その子に「一人で考えるのと,みんなで考えるのとは違うの?」と聴いてみました。すると「みんなの意見から,ああかもしれないこうかもしれない,と自分の意見もちょっとずつ変わっていくから一人で考えるのと違う」という答えが返ってきました。この子も面白さがわかっているんだな,と思いました。

対話型授業(美術館・博物館編)

対話型授業(学校編)
【たくさんの子供たちの「可能性」に向けて】
最後に,プロジェクト最終年度となる本年度は,引き続き授業研究を行いながら,教室や研修会に出向いて「対話型授業」のPR行脚を行っています。先日も,先生方を対象にお話をさせてもらう機会を得ました。「授業」は初めてという方が多かったのですが,とても楽しんでおられる様子が印象的でした。終了後,ボリュームたっぷりのお弁当を一緒にごちそうになりながら,ある先生がこう話しかけてこられました。
「私たちは,子供たちに話し過ぎだったんですねえ」
…暑い夏,その日一番嬉しい言葉でした。また明日からがんばります。
愛媛県美術館
(住所)〒790-0007 愛媛県松山市堀之内
- 問合せ
- 089-932-0010
- 交通
- ○JR松山駅前より道後温泉又は市駅前行き市内電車で5分。南堀端(愛媛県美術館前)下車徒歩1分
○松山観光港より,リムジンバスで30分。「市駅」下車,徒歩5分
○松山空港より車で20分 - 開館時間
- 9:40~18:00(入場は閉館30分前まで)
- 休館日
- 毎週月曜日(祝日及び振替休日に当たる場合は,その翌日)ただし第一月曜は開館翌火曜休館
- 観覧料
- 【コレクション展】
一般:300円,高大生:200円,65歳以上:無料,小中学生:無料
【企画展観覧料】各展覧会の都度,別に定めます。
※企画展チケットでコレクション展も御覧いただけます。 - ホームページ
- http://www.ehime-art.jp/