2020年5月13日
地域の課題に主体的に取り組む新時代の博物館活動
和歌山県立博物館主任学芸員 前田正明(1章)
和歌山県立博物館主任学芸員 大河内智之(初めに,2章,終わりに)
初めに
和歌山県立博物館では文化庁文化芸術振興費補助金を活用して,地域で継承される文化遺産を通じた防災意識の啓発活動や,続発する文化遺産の盗難を防止するための対策に継続的に取り組んでいます。博物館が社会的な課題を見据えつつ,地域と人と文化遺産をつなぐハブ(結節点)として機能していく,新時代の博物館の在り方を御紹介します。
1,「災害の記憶」を発掘・共有・継承し,命と文化遺産を守る活動につなげる
近い将来,南海トラフにおいて大地震が発生する可能性が高まっています。和歌山県立博物館では,県立文書館,県教育庁文化遺産課と連携し,津波被害が想定される自治体や地域住民,歴史資料保全ネット・わかやまの協力を得て,先人たちが残した「災害の記憶」を発掘・共有・継承していく取り組みを行っています。同時に被災した文化遺産を保全する活動の前提となる被害想定地域の文化遺産の所在確認調査も行っています。


(写真1)スマホで見られる現地散策用地図と冊子『「災害の記憶」を未来に伝える』
現地学習会「歴史から学ぶ防災」や小冊子『先人たちが残してくれた「災害の記憶」を未来に伝えるⅠ~Ⅴ』(関係する自治体の全世帯に配布),冊子『「災害の記憶」を未来に伝える-和歌山県の高校生の皆さんへ-』(県内の高校生全員に配布。現地を歩けるよう二次元バーコードで地図を表示,写真1)を通じて,発掘した「災害の記憶」を地域全体で共有・継承し,地域住民自らが行う命と財産を守っていく活動につなげていきたいと考えています。御坊市に住む教員は,「多くの高校生がこの冊子を手に,自分の足と目を使って,「災害の記憶を未来に伝える文化遺産」を見てほしいものです。それが集積されていけば和歌山県の防災教育は大きく進むのではないでしょうか。」と話してくれました。またこの取り組みがきっかけとなって,忘れ去られていた土砂災害慰霊碑が復元され,慰霊行事が行われました。地元の区長は,「わずか約20世帯の限界集落だが,今後は地元の努力で石碑を大切に守り,次の世代に歴史を語り継ぎ,災害防止の啓発をしたい」と語ってくれました。また,災害記念碑が指定文化財(すさみ町・印南町)となるなどの成果もありました。

(写真2)生徒と学芸員が協力してスキャンを行う(令和元年5月31日,公開計測時)
2,3Dプリンター製の「お身代わり仏像」を活用し文化財と信仰環境を保全する
和歌山県では近年,仏像など文化財の盗難被害が多発しています。被害に遭っているのは,過疎化や高齢化の進んだ集落の無住の寺社や堂祠で,効果的な防犯対策が難しいところばかりです。地域の歴史を証明し,アイデンティティの根源である文化財を喪失しないための対策が喫緊の課題となっています。
和歌山県立博物館では,県立和歌山工業高等学校・和歌山大学教育学部と連携して,視覚に障害のある方の博物館利用促進と情報提供のため,3Dプリンター製のさわれるレプリカを作成しています(「さわれる展示と博物館のユニバーサルデザイン」『文化庁月報』529,平成24年10月号)。同様の手法で,高校生たちが仏像を3Dデジタイザーでのスキャン(写真2)し,CADによるデータ修正,3Dプリンターによる出力を行い,パーツ接着と下地処理を行った上で,大学生がアクリル絵の具で着色を行って協力して精巧な複製を作り,これを「お身代わり仏像(神像)」と称して地域の寺社に安置する取り組みを行っています。製作したお身代わり仏像は,生徒・学生が現地を訪問して奉納することで(写真3),地域住民が受け入れる上での心理的なハードルも解消しています。住民からは「本物そっくりで見分けがつかない。お身代わり像も大切に守っていきたい」といった声があり,生徒からも「地元の人々に喜んでもらえてうれしい。未来の世代にも守り伝えていってほしい」などの感想がありました。平成24年からこれまでの7年間に15か所の寺社に29体を安置しており,実物は博物館での展覧会等で積極的に紹介し,広く情報の共有化を図っています。

(写真3)岩屋山観音寺(和歌山県田辺市)へのお身代わり仏像奉納の様子(平成31年2月26日)
終わりに
こうした和歌山県立博物館の活動は,住民が直面している課題を把握し,様々な立場の人々と連携してそれら課題の克服に努めながら,人々の歴史とアイデンティティを守り,コミュニティの継承を支援していくものです。
令和元年9月に開催されたICOM(国際博物館会議)京都大会2019では,会場の国立京都国際会館内に和歌山県立博物館のブースを設けて3Dプリンター製の仏像レプリカを紹介するとともに,大会期間中のオフサイトミーティングではCECA(教育・文化活動国際委員会)を和歌山県で受け入れ,訪れた90名のメンバーに上述の取組を中学生・高校生たちが紹介し,国際的にも好評を博しました。(写真4)

(写真4)CECAのメンバーに事業内容を説明する和歌山工業高等学校生徒たち
これからも地域社会の文化的な核として様々な社会的課題に博物館の機能を活かしながら関わっていき,新時代の博物館の在り方を和歌山から発信していきたいと思います。
※なお,和歌山県立博物館のホームページ(https://www.hakubutu.wakayama-c.ed.jp/)において,『「災害の記憶」を未来に伝える―和歌山県の高校生の皆さんへ―』,『まもって,そだてる 和歌山県の博物館活動』ほか,上述の活動の中で作成した冊子や資料を御覧いただけます。
和歌山県立博物館
(住所)〒640-8137 和歌山県和歌山市吹上1-4-14
- お問合せ
- TEL:073-436-8670
- FAX:073-436-6643
- 開館時間
- 9:30~17:00(入場は閉館30分前まで)
- 休館日
- 毎週月曜日(ただし祝日の場合は翌平日)
- 観覧料
- 一般280円,大学生170円,
※高校生以下,65歳以上の方及び障害者の方,県内に在学中の外国人留学生は無料 - ※特別展開催時は別途観覧料を定めます。
- ホームページ
- http://www.hakubutu.wakayama-c.ed.jp/