2023年8月25日
高校生たちと取り組んだ、見えない人、聞こえない人との美術鑑賞
さいたま市立漫画会館 学芸員 石田留美子
さいたま市立漫画会館は、漫画家 北沢楽天(1876~1955)の晩年の邸宅跡地に、漫画を文化として育てていくことを目的として設置された、日本初の漫画に関する公立美術館です。
漫画会館
漫画会館では、令和4年度にNPO法人エイブル・アート・ジャパンの「みんなでミュージアム(文化庁令和4年度障害者等による文化芸術活動推進事業)」により、見えない人、聞こえない人との美術鑑賞の実践型協働プロジェクトに参加することになりました。しかし、漫画会館ではそうした美術鑑賞を実践した経験はなく、学芸員にとっても見えない人との実践は初めての経験でした。そこで、まずは「見えない人・聞こえない人にとって、美術鑑賞がどういう行為なのか、どのように感じているのか」を知る・学ぶところからスタートしました。
一方で、漫画会館は、規模の小さい美術館です。常勤の学芸員はひとりしかいません。見える・見えない・聞こえる・聞こえないを問わず、より多くの人に館の存在を知ってもらい、利用してもらいたいという現状があります。そこで本実践では、当事者を限定せず、誰にとっても「より深い鑑賞」ができるようになることを目指しました。
収蔵品を活用し、持続可能な活動に
北沢楽天「埃及見物(つづき)」
『時事漫画』415号(1929年)
地域の高校生がボランティアとして参加
見えない人、聞こえない人と鑑賞をしていると、特に見えない人との鑑賞においては「話す」だけでなく、「見る」ことを補完することで作品への理解を深めることができる「鑑賞ツール(触図)」の作成が必要だということを実感しました。ですが、解説する作品や関連する情報に対していくつもの「鑑賞ツール」を作成するのは、学芸員ひとりの力では限界があります。そこで思いついたのは、地域の力の活用です。さいたま市には、NPO法人アート応援隊があり、高校生と地域をつなげるボランティア活動を支援しています。漫画会館でのこの実践についてアート応援隊に相談したところ、募集をかけた私立浦和学院高校生からなんと90名を超える参加希望があり(実際に取り組む際には人数を絞らせていただきました)、地域の高校生たちと共に協働実践に取り組むことになりました。
鑑賞ツール作成のミーティングにて
鑑賞ツール「エジプト見学」
しかし、高校生のボランティアは、学校生活とボランティア活動の両立がとても難しいです。そこで、毎月週末に開催される学芸員によるギャラリートーク(手話通訳つき)に参加するのに合わせて終了後の話し合いを進め、各自の得意分野を生かした鑑賞ツールを作りました。
成果発表を目指し、新たなゴールの設定へ
当初は1回限りの実践で終わるはずでした。しかし、当事者と実際に接した高校生たちの心境に大きな変化がありました。自分たちで考え、制作した鑑賞ツールに対して、「当事者からフィードバックをもらい、そのフィードバックを反映してさらに完成度の高い鑑賞ツールを作りたい」と言うのです。さらに、「今後も北沢楽天の収蔵品展の解説に役立つ鑑賞ツールにしていきたい」という要望も生まれました。高校生たちの熱意を受け、この取組みを多くの人に知ってもらうことで持続可能な活動にしていきたいと感じました。そこで、改めてこの取組について、常設展示室内で制作した鑑賞ツールと共に紹介する機会を設けました。高校生ボランティアのひとりは、独学で手話を学び、ギャラリートークの冒頭で漫画会館の説明や取組について、自分で手話通訳をしながら発表をしてくれました。
常設展示室内にコーナー展示をしました
●鑑賞ツールを作ってみて(参加した内田葵衣さんの感想)
実際に当事者の皆さんとコミュニケーションをとるなかで、絵は見るだけではなく絵から感じたものを伝え合うことにも楽しみがあるということに気づけました。
鑑賞ツールを作るには、まず人に絵をどのようにして、何を伝えるかを決めるところから始まります。目の見えない当事者の方と意見交換しながら、絵の形だけでなく個人的な主観や、絵から感じたものを取り入れました。「エジプト見学」の絵では、ピラミッドが背景にある壮大な雰囲気を醸し出すために遠近法を取り入れ、手前のラクダや人を紙粘土で立体的に表現し、遠くの景色は画用紙を重ね、紙でなく薄いセロファン紙で素材を変えて工夫をしました。それ以外の伝えたい部分は解説として言葉で伝えるようにしました。
絵は伝えようとすると必然的に主観が入ります。同じ作品でも一人一人違う伝え方になっていくのが興味深く感じました。人それぞれ異なる感じ方が、作品を媒介として響きあう様子が印象的でした。
●漫画会館のボランティアに参加して(参加した水野皓耀さんの感想)
今回の活動を高校生がやる必要があるのか? と思う方もいるでしょう。実際に、高校生よりも障害や美術に関する専門家が取り組んだ方が、より洗練されたものになったかもしれません。しかし、完璧なものを作り上げるというよりも、高校生が地域の課題に対して改善や解決に向けて話し合うという過程がとても重要だったと思います。実際に、高校生同士で話し合う中では「そもそも目や耳の不自由な方々は美術鑑賞の補助を必要としているのか?」という意見もありました。ですが、実際に活動をしてみて、美術鑑賞は必要性や利益を求めることよりも、いつでもだれでも美術の世界に飛び込めるように常に扉を開いておくことが大切なのだと感じました。
学芸員のマンパワーが限られているという小規模な美術館・博物館は日本全国に数多あると思います。ですが、何事も限られているからとあきらめるのではなく、地域の協力を得るなど誰かと一緒に取り組むことで、自分たちだけではできないことにも挑戦することができると実感しました。また、今回の取組みを通して、これまでの活動では出会うことのなかった、さいたま市在住の「見えない、聞こえない人」たちと出会うこともでき、館としても新たな学びを得て、地域とのつながりが強くなり、館の可能性が広がったように感じています。
漫画会館では、今後も「誰もが一緒に楽しめる」ことを目指したギャラリートークを実施していきます。手話通訳も併せて行うことで、多様な参加者と出会う機会を創出したいと考えています。
入館無料!参加無料!です。ぜひ漫画会館へお越しください。皆さんとお会いできる日を楽しみにしています。
さいたま市立漫画会館
(住所)〒331-0805
埼玉県さいたま市北区盆栽町150
- 問合せ
- 048-663-1541
- 交通
- 東武野田線(東武アーバンパークライン)大宮公園駅から徒歩5分
- JR宇都宮線土呂駅東口から徒歩15分
- 開館日時
- 午前9時~午後4時30分
- 休館日
- 月曜日(祝日の場合は開館)、祝日の翌平日
- 観覧料
- 無料
- ホームページ