2023年11月24日
地域博物館と観光~種を探し、磨き、提示する〜
石川 孝織(釧路市立博物館)
釧路市立博物館は1936(昭和11)年に設立された、北海道東部ではもっとも長い歴史をもつ博物館です。現在の建物は地元出身の建築家・毛綱毅曠による設計で1983(昭和58)年に完成、今年11月3日には40周年を迎えました。釧路市民の憩いの場である春採湖の湖畔に建ち、自然分野・歴史文化分野をカバーする総合博物館です。
《つなげる・つながる博物館》の取り組み
釧路には、今も国内唯一の現役(坑内掘り)炭鉱があることから、多くの関係者(現役・OB・家族)にお世話になりながら、その記録化へ研究を進めてきました。その中で「つなげる・つながる博物館」というキャッチコピーが浮かんできました。
博物館を舞台に見立て、舞台に上がる人、観客席で見守る人。それらが時に入れ替わりながら、皆がつながっていく。博物館もそこにつながっていく。人々の間に、博物館がある。そんな姿を目指しました。「炭鉱(ヤマ)のくらし・マチの記憶」をはじめとする企画展を中心に、炭鉱の現場や炭鉱跡の見学会、「ヤマの話を聞く会」の開催と記録集の発行、写真アーカイブの整備などを実施しました。

2007年から開催している「現場で学ぶ石炭基礎講座」
結果、市民の中で炭鉱の存在が改めて認識され、映像資料上映会には定員の3倍もの市民が詰めかけ、企画展会場には、炭鉱で働いていたおじいちゃんがお孫さんに現役当時のことを説明する姿もありました。また北海道内・外からも、産業史に関心のある方々を中心に多くの関心を寄せていただくこともできました。この取り組みの中で、全国各産炭地の博物館・市民研究団体との交流が生まれ、「全国石炭産業関連博物館等研修交流会(全炭博研)」が結成されるまでに至りました。

炭鉱OBを招いての「ヤマの話を聞く会」
「忘れられた存在」から「地域の誇り」へ
釧路の近現代は炭鉱だけではありません。水産業、製紙業、林業、運輸業、そして酪農業。釧路・根室地域が「酪農王国」と呼ばれるまでには、原野を切り拓いた入植者の苦労がありました。これを次の研究対象としようとしましたが、どんなアプローチで切り込むかに困りました。
私は鉄道を趣味としています。1960年代頃まで、入植者の交通手段として「簡易軌道」(軽便鉄道:軌道の幅がせまく、小型の機関車・車両を用いる鉄道の一種)が走っていたことを思い出しました。しかし、地元では半ば「忘れられた存在」になっていました。

1960年代まで活躍した簡易軌道(当館蔵)
これを切り口に、関係各自治体の学芸員・図書館職員、また郷土史家、鉄道趣味者・研究者とのネットワークで研究を進めました。仕事の苦労、乗客の思い出、牛乳輸送の方法…見学会や証言を聞く会には運転手・車掌など当時の関係者をお招きしました。地元だけでなく全国(遠くは沖縄)からも参加があり、「舞台」は大入り満員となりました。刊行した記録集を片手に、地域を回る旅行者も少なくないようです。2018年には「北海道の簡易軌道〜次世代に伝える開拓遺産としての鉄路〜」として、北海道遺産にも選定されました。「地域の誇り」となったのです。

NHK釧路放送局と共同開催した簡易軌道展(2018年)

簡易軌道についてのトーク
ホールを埋め尽くした参加者(2017年)
研究によって魅力の種を探し、磨く
いうまでもありませんが、博物館は市民から外国人旅行者まで、「地球上全ての人」がお客さま。地域の博物館は「地域へのアイデンティフィケーション形成の場」、そして「地域を知っていただくショールーム」でもあります。研究・教育「だけ」、観光「だけ」はありえません。両者は併存し、そして響き合うことができる…学芸員となって17年、ずっと思ってきたことです。
SNSで誰もが情報を発信できる時代、そして個々の関心が極めて多様化している時代。釧路の「主要観光メニュー」はマリモとタンチョウですが、「もう1泊」「もう1回」へつながる、個々のニーズへ届くもの・ことを地域を挙げて提示することが必要だと思っています。研究という方法でその「種」を見つけ、磨き、提示する。これは地域博物館が果たすべき使命の一つではないでしょうか。
これらを通じて、「あってよかった」と思われる博物館に、そして「博物館があってよかった」と思われる地域に、今後も努力していきたいと考えています。
釧路市立博物館
(住所)〒085-0822 北海道釧路市春湖台1-7
- 問合せ
- TEL:0154-41-5809 FAX:0154-42-6000
- 交通
- 釧路駅からバスで10~15分「市立病院」下車(バス停から徒歩5分)
- 入場料
- 大人480円/高校生250円/小・中学生110円(マンモスホールは無料)
- 開館時間
- 午前9時30分~午後5時
- ホームページ