2022年1月31日
文化庁 地域文化創生本部 研究官 橋本紀子
最近、EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)という言葉を聞きます。これは「証拠に基づく政策立案」を意味し、勘や経験、特定の事例によって判断するのでなく、目的を明らかにしたうえで、統計データや指標といった客観的エビデンスを活用し、効果的に政策提言を行っていこうという考え方です。文化庁でも、この考えに基づき、自身が調査した、また他の省庁等が調査したデータを整備・分析することが増えています。そのような中で私たちの文化芸術活動について分かったことをご紹介していきます。
さて、第1回は、令和3年1月末に行われた「文化に関する世論調査(令和2年度調査)」の結果から、私たちと文化芸術のかかわりがコロナ禍によりどのような影響を受けたかを、見てみましょう。(なお、この調査の報告書、以下紹介する数値等は(文化庁のHP)から閲覧いただくことができます。)
この世論調査は、毎年1月末頃、18歳以上の日本国籍を有する人3,000 人に、文化や芸術に関わる様々なアンケートを行うものです。たとえばQ1では「あなたは、この1年間に、コンサートや美術展、映画、歴史的な文化財の鑑賞、アートや音楽のフェスティバル等の文化芸術イベントを直接鑑賞したことはありますか」と尋ねています。令和2年度調査は概ね2020年が、令和元年度調査は2019年が対象期間ですので、ちょうど「コロナ後」と「コロナ前」の直接鑑賞について尋ねていることになります。
厚生労働省により日本で初の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染者が発表されたのは、2020年1月15日のことでした。その後次第に感染者が増加し、4月には第1波と呼ばれる状態になり、4月中旬から5月中旬にかけて1回目の緊急事態宣言が発令されました。その後、第2波が7月から8月にかけて、11月からは2021年にピークを迎える第3波が到来しました。この間、さまざまなイベントの中止や文化施設の休業など、様々な制約下での開催を余儀なくされました。
図1は先に書いたQ1で2019年あるいは2020年の1年間に直接鑑賞を行ったジャンルを問うた結果です(回答は複数可)。ジャンル名は、2020年の鑑賞率の高かった順に左から並んでいます。
図1 直接鑑賞した文化芸術のジャンル
一見して、全般にどのジャンルについても2019年の鑑賞率の方がかなり高いこと、一方、鑑賞率の高い順は2019年と2020年でほぼ変わらないことがわかります。
鑑賞率が最も高い「映画(アニメを除く)」で36.2%から20.9%へと15.3%ポイント下落し、2020年の鑑賞率は2019年の6割にも達していません。続く「歴史的な建物や遺跡(建造物(社寺・城郭など)、遺跡、名勝地(庭園など)の文化財)」も26.6%から13.8%へ、「美術(絵画、版画、彫刻、工芸、陶芸、書、写真、デザイン、建築、服飾など)」は23.6%から11.4%へといずれも大きく下がっています。
鑑賞率の順位はほぼ変わりませんでしたが、例外は2ジャンル。4位だったのが6位に下落した「ポップス、ロック、ジャズ、歌謡曲、演歌、民族音楽など」は鑑賞率が18.5%から5.7%と、前年の3割にまで大きく下落してしまっています。逆に「アニメ映画、メディアアートなど」は13.9%が11.2%と下落はしたもののその幅がとても小さかったため、6位だったのが4位へと上昇しました。
こうした動きを総合した結果が、2019年と2020年での最も大きな違いとして表れています。図1の右側、「鑑賞したものはない」の回答が29.8%から55.2%へと激増したのです。
この背景にコロナ禍により外出がしづらかったこと、そもそも文化施設が休館したり公演やイベント等が中止あるいは座席数を減じた集客を余儀なくされたりしたことがあるのは予想に難くありません。そこで、「文化に関する世論調査」では、Q1で「鑑賞したものはない」と回答した人に、Q1SQ1で「鑑賞しなかった理由は何ですか。」(複数回答可)と尋ねています。その結果を見てみましょう(図2)。
図2 直接鑑賞しなかった理由
鑑賞しなかった理由は、右端に表示されている「特にない・分からない」を含め従来の回答選択肢で2020年はほぼすべて回答率が下がっていますが、回答率の順はほぼ2019年と同様でした。たとえば例年だともっとも多い「関心がないから」の回答率は、34.7%から23.2%へと大きく下がっています。
代わりに2020年に圧倒的多数の人が直接鑑賞を行わなかった理由として挙げたのが、左端に表示されている新設の項目「新型コロナウイルス感染症の影響により、講演や展覧会などが中止になった、又は外出を控えたから」です。その率は直接鑑賞しなかった人1,654人の56.8%、回答者は939人に上っています。
多くの人が2020年にはコロナ禍を理由に直接鑑賞を行いませんでした。このことをもう少し踏み込んで見てみましょう。
「文化に関する世論調査」では回答者にいくつかのプロフィール、属性をお尋ねしています。たとえば性別や年齢階級、居住する地域などです。これらの属性から見て「コロナ禍を理由に直接鑑賞を行わなかった」と回答した人の特徴を見ましょう。
コロナ禍を直接鑑賞を行わなかった理由に挙げた男性は371人で、これは鑑賞を行わなかった男性の48.2%に当たります。同様に女性は568人で、鑑賞しなかった女性の64.3%です。女性の方が割合が高いことが分かります。これだけでも女性の方がよりコロナ禍に対して慎重に行動した可能性が示されますが、性別の違いは2020年の直接鑑賞行動により大きな形で影響しています。
図1の説明で直接鑑賞を行わなかった人が2019年の29.8%(894人)から2020年には55.2%(1,657人)に大きく増加したと書きましたが、これを性別で見てみると、2019年は男性が482人(男性の33.4%)、女性が412人(女性の26.5%)と女性の方が少なく、比率も低かったのが、2020年は男性771人(53.4%)、女性886人(57.0%)と女性が人数でも比率でも高くなっています。
2019年だけでなく従来の調査では、直接鑑賞を行わなかった人を性別で見ると、男性の方が若干人数、比率とも高かったのですが、2020年は逆転現象が起きました。女性の方がより出掛けるのを躊躇したと見ることも出来るでしょう。そして、その例年より増加した回答者に行かなかった理由を聞いたところ、女性では男性に比べ圧倒的に高い比率でコロナ禍が理由に挙げられました。二重の意味で、女性はコロナ禍により直接鑑賞の機会にブレーキを踏んだと言えそうです。
さて、ここまで2020年の文化芸術に対する直接鑑賞は、コロナ禍により大きく影響を受けたこと、その影響の大きさは性別により異なることを見てきました。
2021年に入っても第5波にいたるまでの大きな感染者の波がおこり、1月から3月、4月末から6月、7月中旬から9月にかけては緊急事態宣言が多くの地域で発令されました。一方で、コロナウイルスの性質が少しずつ分かってきたことから対応策もとられるようになり、私たちの暮らしは「ウィズコロナ」に対応したものへと少しずつ変わってきています。2021年の文化芸術に対する私たちの動き、考え方がどうであったか、今春、報告を予定している「文化に関する世論調査(令和3年度調査)」で明らかにしていこうと、現在準備中です。