2025年1月21日
文化庁 文化財第二課・文化資源活用課
イベント概要
文化庁や関係団体では、毎年10月6日と20日をそれぞれ「登録の日」、「近代化遺産の日」とし、「近代化遺産全国一斉公開」等、近代化遺産等の価値や魅力を広く伝える取組を行っています。
その一環として、2024年11月22日(金)、「建物と物語が交わる瞬間―万城目学氏と吉田玲子氏が描く空間―」と題したイベントを、京都市京セラ美術館にて開催しました。

京都市京セラ美術館
イベントでは冒頭、文化庁の文化財調査官(建造物担当)より、「文化財調査官が見る物語の聖地」と題し、文化財保護の観点から建物に日々向き合う中で感じる建物の魅力、そしてマンガ・アニメなどの物語で登場する建物や場所を紹介しました。
その後、小説家の万城目学さんと脚本家の吉田玲子さんをゲストに迎え、「建物と物語が交わる瞬間」をテーマに、お二方が描かれる物語と、その舞台となる建物についてお話を伺いました。
本記事では、このトークの様子を御紹介します。

会場(京都市京セラ美術館「光の広間」)
ゲストのプロフィール

万城目学 氏
城目 学(まきめ まなぶ)氏
作家。大阪府出身。2006年に『鴨川ホルモー』でデビュー。同作の他、『鹿男あをによし』『偉大なる、しゅららぼん』『プリンセス・トヨトミ』が次々と映像化される。2024年に『八月の御所グラウンド』で第170回直木三十五賞受賞。近代建築ファンで同じく作家の門井慶喜氏との対談集『ぼくらの近代建築デラックス!』も。

吉田玲子 氏
吉田 玲子(よしだ れいこ)氏
脚本家。広島県出身。1993年NHK創作ラジオドラマ大賞受賞作『悪役志願』でデビュー。アニメーションを中心に活動中。主な作品にアニメーション映画『猫の恩返し』『けいおん!』『ガールズ&パンツァー』『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』、NHKドラマ『17才の帝国』。2024年12月に実写映画『ふしぎ駄菓子屋銭天堂』(主演・天海祐希)が公開。
司会
西岡 聡(にしおか さとし)・村上 玲奈(むらかみ れいな)
文化庁文化財調査官(建造物担当)
―思い入れのある場所や建築はありますか?
万城目
山ほどありますね。京都だったら、京都市役所かな。夜は厳かな雰囲気で。外国で時々、「いったいこれは何の建物だろう」と不思議に思って興味を持つことがありますが、たぶん外国の方も京都市役所を見てそう思うだろうなと。

京都市役所
吉田
最近伺った場所では、河井寛次郎記念館です。普通の民家ですが、町中にあるのに登り窯が残っていて面白いですね。

河井寛次郎記念館
万城目
大阪なら、中之島の中央公会堂のあたりは昔ながらの区画で広い土地に大きい建物をひとつどんと建てるという、今はない土地の使い方で空が広いですね。心地良いなと思います。

トークショーの様子
―建物を見るとき、外観のデザインや内部の雰囲気、歴史性など、どんなポイントに注目していますか?
万城目
建築のジャンルに入るかわかりませんが、Y字路、V字路に異様に細く狭まっていく建物を見ると、あの突端にこういう鋭角のガラス窓を作って、そこで仕事できたらすごく楽しいだろうなといつも思うんですね。大阪に1階が居酒屋のそういう建物があって、端っこの細いところに扉があったので開けたんですよ。そうしたらそこ、トイレで。ちょっとアツいですね。人の叡智を感じます。
吉田
私は階段や手すりが好きですね。凝ったデザインのものとか、細部に特徴があると注目します。建物の外側よりも内側を芝居場として使うことが多いので、内部の方がやっぱり気になりますね。
司会(村上)
私も、仕事では外観から見て、それから内部を見るようにしていますが、プライベートでは、引き手や階段の可愛い意匠などのディテールに注目しています。個人的に引き手ばかり集めた写真フォルダーを作っていて、「引き手あまた」と名付け、時々眺めています(笑)。
―物語を紡ぐ際に、建物からインスピレーションを受けて物語が生まれるのか、もしくはシナリオがあって、そこに合うような建物を選んで舞台とされているのでしょうか。
吉田
私の場合は先に物語があって、その物語が欲する場所を探すことが多いですね。物語が欲する条件というのは、例えば『ガールズ&パンツァー』という、戦車同士が戦うアニメーションの時は、(作中の)学校が大きな艦船の上にあるので、大型船が入る港が必要、さらに取材に行きやすい関東近辺で、と絞っていって、最終的に大洗(茨城県)にたどり着きました。
『17才の帝国』の場合は、舞台の候補として「海の近く」という条件があり、演出の方が(針尾送信所の)鉄塔を見つけてきてくださったんですね。鉄塔の風景を見た時に「あ、これは」と。3本の塔が立っているだけで非常に映像として強いですし、特徴もありますし、あまり知られていなかったのと、物語の雰囲気に合ったので、そこを選んで取材に伺いました。

針尾送信所
万城目
「A地点からB地点に移動しながらこれを喋る」みたいなところまで脚本の中で指定されているんですか?
吉田
そうですね。映画版『けいおん!』の脚本を書くためにロンドンへ取材に行ったときは、「女子高生が旅する」という設定なので、地下鉄とかバスに乗るのはハードルが高いでしょうから、歩いて移動するんじゃないかと考えて、彼女らが移動するであろう場所をスタッフの方たちと回りながら、実際にどこで立ち止まるのか、どんなお店に入るのかを決めました。女子高生だったらロンドン塔よりもかわいい雰囲気のお店を見るんじゃないかな、とか、彼女らが旅する気分になって、午前はここへ行って、午後はここへ行って・・・と計算しながら回りました。

トークショーの様子
司会(西岡)
原作には建物がはっきり描かれていなくても、アニメ化の際にモデルとなる建物があるケースもありますよね。
吉田
やっぱりモデルがある方が、描く人も描きやすいですし。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の舞台は西洋なのですが、あまり西洋らしすぎても面白くないということで、コロニアル様式の建物など、フランスが統治していた頃のベトナムをイメージして美術を作っていただきました。そうやって背景や美術で作品の雰囲気を盛り上げるのは、すごく大切なことなんです。
万城目
僕は、『プリンセス・トヨトミ』を執筆するとき、近代建築のカタログを読んでいて設計者に「辰野金吾」という名前がいっぱい出てくると気づいんたんですね。調べたら「日本近代建築の父」と言われた人で、国会議事堂の設計の話にも名前が出てくる。作品のストーリーは、大阪城の地下に何か変なのがあって、それをみんなで守っているという、すごく簡単なアイデアから始まるのですが、そのアイデアに肉付けするにあたって、「辰野金吾が設計した、東京にあるのと同じ国会議事堂が大阪城の地下にもあり、それを東京から来た会計検査院の調査官が見てしまう・・・」というふうに、ストーリーに説得力を出すために使いました。
東京駅など、辰野金吾の建築は皆が普段から目にしているので、読み手もイメージしやすいですし、心の中の借景のような感じで使わせていただきました。これは『鴨川ホルモー』で学んだ手法です。「ホルモー」というものが昔から脈々と人知れず行われているという設定を、どう説明するか。京都じゃないところで説明しようとすると、それっぽい絵巻物とか古文書を使って何枚ページにもわたって説明しないといけないんですが、京都の場合、「京都で千年続いていた」と書いたら、その一行だけで皆が「あー、そうなんや。」となる(笑)。その時に「何て楽なんだろう」と思いました。このやり方は、書き手にも読み手にも、全員に優しいやり方なので、いろんなところで使っていますね。
―『鴨川ホルモー』は、登場人物の一人ひとりが個性的で、現実にはいないように見えて、でも実はいるのではないか、という感じが大好きな作品です。キャラクターにも、モデルはいるのですか。
万城目
よく聞かれますが、小説に登場できるほど面白い人なんて一人もいません。みんな真っ当だから(笑)。時々、「俺を使え」みたいなことを言ってくる人がいますが、自認識の錯誤も甚だしいというか(笑)。
司会(西岡)
今日はお二人に、「私たち文化財調査官を作品のキャラクターに使ってください」と言おうと思っていたのですが(笑)。
万城目
文化庁の調査官は良いですよね。調査官という、真っ当な仕事をしているんだけれども、実は違うことをやっている・・・というふうに、嘘を重ねても分かりづらいところがすごくいいと思いますね。例えば、呪術の調査も実は裏でやっている部署があるとか、そのために京都に引っ越してきたとか、そういう重ね方はできると思います。
司会(西岡)
あってもおかしくないですよね。ちょっと変わったひとたちもいっぱいいますし・・・(笑)。
司会(村上)
文化財への愛が強い人がとても多いんです!文化庁には、建造物だけでなく史跡や埋蔵、お庭などの名勝や、カモシカやオオサンショウウオなど天然記念物の部門などもあり、それぞれに専門の調査官がいます。
―旅行先での「場所」との出会いはありますか。
吉田
旅先では建物や美術館を見ることが多いですね。ここで妖怪が暴れたら面白いなとか、ここでバトルしたら高低差があって面白いなとか、そういうシーンをイメージして見ています。
背景や美術、建物を見ただけでこの作品だと思ってもらえるという意味では、他と変わった特徴がある場所が良いのだと思います。万城目さんとは反対で、文章というよりは絵面で考えることが多いですね。
万城目
僕の場合、旅行は小説からの逃避だから、旅行先でこれ使おうなんて、どちらかというと嫌といいますか、考えたくない、というか…。具体的な作品の舞台は、構想が出来上がる前に、ここらへんかなという場所を一人で見に行ってたくさん写真を撮ります。そこから絞って、決まればもう一回しっかりと見に行きますね。ある程度の段階で、編集者も連れて行きます。僕が観光ガイドみたいになるのが時々腹立たしくもあり、仕方ないなと思うこともあり(笑)。

きみの色
吉田
小説は校正が入るじゃないですか。建物についても入りますか?
万城目
建物でもあります。この時、この建物ができていないとか。校正は本当に恐ろしいですね。昔、『とっぴんぱらりの風太郎』という、大阪城の戦国時代の話を書いたことあるんですが、1614年、新月に紛れて忍者が大阪城に忍び込むシーンがあり、この1614年の何月何日は上弦の月だ、みたいな指摘を校正で受けました。正確性に関わる話なので、助けてもらえる時もいっぱいあります。
―建物の魅力を伝えるには?
司会(村上)
本日の会場である京都市京セラ美術館も、昭和8年に建てられた登録有形文化財です。京都では11月初旬に「京都モダン建築祭」という建築を見るイベントが開催されるなど、近現代の建造物も昨今注目を浴びて建築に興味を持つ人が少しずつ増えているように思います。文化庁は建物の魅力を分かりやすく楽しく伝える、柔らかく皆さんに伝えるというところがまだまだ苦手なので、お二人のように素敵に伝えられたらと思っています。
万城目
そんなに自虐的にならなくていいと思いますよ(笑)。
みんなのイメージと合致するので描きやすいというモチーフは、それだけみんなに知られているということですが、知られるには極限まで廃れないとダメという面があります。街にいっぱいあった時は誰も見向きもしなかった、古くさくて修繕費がかかるお荷物だったのが、危険水域までに減ると俄然、価値を持ち始めて「保存しよう」となる。例えば、おばあちゃんが割烹着で皿を持ってくれる居酒屋は、昔はたくさんありましたけれど、「ダサい」とされ数が減っていく。そしてある程度の危険水域までいくと、若い人が行列をなしてオープンを待つ、みたいな人気店になる。これと同じ理屈で、建物の価値を上げるために一番現実的なのは、危険水域まで減ること。そうすれば自然と価値が上がって、みんなの「それを大事にしよう」という気持ちが突然跳ね上がる。古くなったものというのは、それを生き延びたことで価値があるというところが、ジレンマですよね。
司会(西岡)
文化財の指定も同様で、貴重な建物が減ってきて、そろそろ守らないといけないとなると、文化財指定しやすくなるのですが、逆に言えば、まだたくさんあるうちに手を打とうとすると、どこにでもあるじゃないかと言われてなかなか話が進まない。でも、ここでしか残せないという貴重なものもあったり、まさにジレンマで、歯がゆいところがあります。
万城目
小説家も、いずれ近代建築みたいな道を歩むのではないかと思っているんです。小説家も近代建築のように数が減って、「文字だけで物語作って生計を立てている、そういう考えられないことをやっている人種がいる」となり、いずれ保護の対象になるんじゃないかと。近代建築を見るたびに、生き残っていたらこういうふうに大事にされるのかな、それまで生き残らないと、と思います。
司会(村上)
私は、町並みや集落、伝統的建造物群保存地区を担当している調査官ですが、そういった町並みが舞台になっている作品がどれくらいあるのか、地元を盛り上げるためにならないかなと、アニメのスクリーンショットと実際の町並みを見比べたりしながら調べています。
司会(西岡)
私の方は建物中心に、重要文化財や登録有形文化財でアニメやマンガの舞台になっているものを探していて、半年で20~30件くらいの類例が上がります。誰も気づいてないものを見つけると嬉しいですね。
万城目
それはどうやって気づくんですか?
司会(西岡)
建物の形ですね。昔の漫画だと、「お金持ちの家」と言っても何かをモデルに描いていたりします。これは東京の旧前田家本邸だ、とか、山形の重要文化財の建物だ、とか。
司会(村上)
建物の魅力として、その場所、その空間でしか味わえない価値や体験に心を惹かれる方もいます。
吉田
そうですね。建物に来るのは一種の体験なので、ただ見るよりも、そこで何か聴いたり見たり、何かできたら思い出深い場所になって、すごくいいなと思います。
万城目
知識がないと「ふーん」で終わるものが、そこに物語やストーリーが絡むと生き生きする。『ハリーポッター』の駅はその典型ですよね。
司会(西岡)
なんでもないところでも、物語があればそこが特別な場所になるということですね。
万城目
大阪城天守閣も、屋根は緑だし、鉄筋コンクリート、エレベーターはあるし、木造の復元がやっぱりいいだろうというところに、「ビルやんか」みたいな。でも、学芸員さんによると、天守の中にあるエレベーターは昭和6年にできて、昭和天皇が日本で最初に乗ったかもしれないエレベーターらしく。そんな話を聞くと急に歴史や物語の厚みを感じて、見る方も楽しめます。
司会(西岡)
大阪城天守閣は、桃山時代から江戸時代までだけが歴史なわけではなく、その後の時代の大阪のシンボルにもなっていて、実は天守としては一番長い歴史を持っているものでもありますね。

大阪城
―今後ここを舞台にしたいという場所はありますか?
万城目
年が明けたら伊賀を舞台に書こうと思っています。戦国時代の伊賀をどうやってイメージできるか難しいですが、昔の街道や町並みが残っている地区があるので、そこに行って少しでもイメージをもらおうと思っています。昔のものが残っていると、そういう時のきっかけというか、サポートになりますよね。
司会(村上)
関西は町並みとしても残っているところが多いですね。三重では、亀山市関宿が伝統的建造物群保存地区になっています。約2キロ続く保存地区なのですが、そういうところに今も実際に住民の方々が暮らしていらっしゃるところを是非見ていただけたらと思います。
吉田
私は脱走ものが好きなので、面白い昔の刑務所を教えてほしいです。
司会(西岡)
私は刑務所の文化財指定ばかりやってきまして・・・旧網走監獄や旧奈良監獄、旧小菅刑務所庁舎などの指定を担当しました。
吉田
閉ざされた空間を舞台に何かやりたいなと思っています。
司会(西岡)
ぜひお願いします。

網走監獄
―終わりに
司会(西岡)
本日のお話を伺って、お二方の創作の手法が、文字の万城目さんと映像の吉田さんでは違うことが印象的でした。文字の場合は誰もがイメージしやすいものかどうか、映像の場合は絵作りの観点から、場所や建物を選ばれていることがよくわかりました。
また、建物を魅力的に見せるために、見るだけではなくて、物語と絡めて物語が紡がれた場として建物を体験していただくことが、建物を生かしていく、というお話を伺えたのも、大変有益でした。
本日は、近代の建物の魅力と、そこに込められた物語の奥深さに触れる貴重なひとときをどうもありがとうございました。
イベントのプログラム
日 時:令和6年11月22日(金)18:30~20:00
会 場:京都市京セラ美術館「光の広間」(京都市左京区岡崎円勝寺町124)
登壇者:万城目学氏(作家)、吉田玲子氏(脚本家)、文化財調査官
内 容:
◆「文化財調査官が見る物語の聖地」
登壇者:文化財調査官 西岡聡・村上玲奈
◆トークショー「建物と物語が交わる瞬間―万城目学氏と吉田玲子氏が描く空間―」
登壇者:作家 万城目学氏
脚本家 吉田玲子氏
(司会:文化財調査官 西岡聡・村上玲奈)