2019年3月30日
当コーナーでは、暮らしの文化に係る様々な人々に登場いただき、暮らしの文化が持つ魅力を伝えていただきます。
※暮らしの文化とは,文化芸術基本法第12条に記載されている,茶道・華道・書道・食文化などの「生活文化」と,囲碁・将棋などの「国民娯楽」を始め,私たちの暮らしと係りを持っている様々な文化を指します。
華道家元池坊・華道家元四十五世 池坊専永氏
池坊専永氏
昭和8年,京都市生まれ。父である四十四世池坊専威家元の急逝で,幼くして四十五世を継承する。その後,比叡山で厳しい修行を重ね,紫雲山頂法寺(六角堂)住職に就任する。昭和52年に「生花新風体」,平成11年に「立花新風体」を発表,時代に合わせたいけばなの提案を行うほか,国内外においていけばなの普及と振興に永年に渡り取り組んでいる。
華道家元池坊
いけばなの流派の1つで,紫雲山頂法寺(六角堂)の住職が代々家元を務めている。古くは,室町時代前期に頂法寺の僧侶である池坊専慶が金瓶に草木をいけ,洛中の好事者がその挿花を競うように見に来たと言う記録が残っている。また池坊専応によって,池坊のいけばなの理念がまとめられたとされ,これが現在のいけばなにつながっている。なお,「~流」「~派」と付かないのは,頂法寺が華道の発祥の地である所以であり,頂法寺本堂には「華道発祥之地」と掲げられている。
●池坊さんがいけばなで特に大事にしてきたこととは何でしょうか?
いけばなで大事なことといいますと,昔から「いけばなは足でいけよ」と言われています。「足でいけよ」というのは,自分の足で歩いて,野や山に息づく植物がどのよう に生きているのか,それをよく見ることが,いけばなの鉄則です。冬と夏の植物は違いますし,花も違う。大木があり,その下には木陰に息づく植物もある。植物はその生き方が全て異なるわけです。
例えば,水仙は陰の季節,多くの草木が花を咲かせない季節に花を咲かせる,大変高貴な花です。なので,水仙をいけるときは,陰の季節の花であること,そしてどのようなところに咲いているかをよく知らなくては,いけることは難しいのです。
水仙をいけるときは袴(根元の白い部分)を外して,組み直していけます。このときに,水仙の葉が持つ白く粉のふいた本来の姿を保つように捌きます。なので,葉の捌き方ひとつで,いける人が水仙のことをどれだけ知っているのかが分かります。ただ姿や形だけではなく,水仙をいけるときは,水仙の気持ちになって,水仙の姿をなくさないようにいける,これがいけばなでとても大切なことです。
また,花の美しさの捉え方は流派によって異なりますが,池坊では,花のつぼみの美しさを大事にします。花のつぼみは,生成発展してやまない命を持っている。池坊の根本精神はここにあって,蕾を見て感じる予感や余韻,咲いたら美しいだろう,ということを見せる・考えさせること,背後にあるものを「見立てる」ことが,いける上で大切です。
紫雲山頂法寺(通称六角堂)
本堂には「華道発祥之地」の額が掲げられる
●「いけばな」の大事さを伝える上での大変さとは,何でしょうか?
まず,私は,いけばなを「心の文化」と考えています。そもそも,動物の中でも人間だけが文化を持っていると思います。その文化にも2つあって,1つは「頭の文化」。もう1つは,「心の文化」です。
「頭の文化」は,頭で考え作られたもの,例えば住宅や交通機関といった,人間の生活を便利にしていく文化です。一方,いけばなやお茶のような「心の文化」は,生活になくても生きていける。しかし,人間が生きている以上,悩みが出たりする,そのときにこそ「心の文化」が大事だと思うのです。いけばなを見て楽しんで稽古をして,より良い人間であろうとすること,そして「心の文化」と「頭の文化」,2つの文化が一緒になって,初めて人間が美しくなるのではないか,と考えています。
そして,いけばなという「心の文化」が大事である,ということを伝える前に,「学び,教える,次の世代に伝える」という文化生活とでも言うべき在り方を,まず知ってもらう必要があるのではないでしょうか。いけばなの場合は家元制度があって,幸い現在まで継承されてきたことを考えれば,誰かが引き継いでいく必要があるものを伝えていくことが大切だと思います。
ただ,最近の人は,いけばなのお稽古のように,自分でお稽古に臨み磨き上げていくことを苦手としていらっしゃる方が多いようです。昔は畳のある部屋で正座をしてお稽古をしていましたが,今は机や椅子がないと難しくなっている。こうなると,いけばなの大切さを伝えるのは難しい。
思い返してみれば,今の生活は簡便になってますね。親が簡便な生活に慣れていれば,子供も同じような生活に慣れてしまう。その結果として,簡単に習えそうな物事に多くの人は取り組むようになるし,いけばなのような稽古をして自分を磨き上げていくような「道」の文化には馴染みにくくなっているように思います。モノの向こう側を考えたり感じたりすることが難しくなってきているのでは,と私は思っています。
水仙のいけ方の実演
●いけばなを伝える取り組みや工夫について
伝統的ないけばなの型も大事なのですが,時代にそぐわないものもあります。また,先ほど申し上げた通り,苦労して稽古したりすることを多くの人は敬遠しがちです。ですから「生花新風体」と「立花新風体」といういけ方を提案しました。
従来のいけばなでは,木のものは高く,草のものは低くという,決まりごとや型がありました。私は,太いものをもっと太く,細いものはもっと細く見せるにはどうすればいいか,と考えて太いものと細いものを対比させることで,より太く,より細く見せることにしたのです。ここで大事なのは,現在の草花はその色彩が非常に豊かであること。なので,いける際には,その草花の明るさや,鋭さ,際立ちを大事にしていけるように指導しています。
池坊は長い歴史があって様々な型や技が伝承され,現在に至るまで継承されています。そういった歴史を踏まえながらも,現在を生きる人が,現在に沿ったいけばなを作っていくこと,その時代の人が良いと思うものに向き合って,それを継いでいくことが大切だと思います。長い歴史を見れば,良いモノは残りますし,悪いモノは消えていくわけですから,その時代時代にあったものを作っていく,それが良いのではないかと考えています。
池坊氏のいけばな(文化庁50周年記念式典の作品)
●子供たちへのメッセージを一言いただけませんでしょうか。
例えばインターネットに載っているいけばなの写真を例に取ると,何が写っているかはわかりますが,その作品の背後にあるいけた人の気持ちなどは汲み取ることができない。なので,展覧会で実際にいけばなを観ていただいて,その作品をいけた人がどんな気持ちで,どんな思いで接しているか,そういったいけばなの向こう側をつかんでもらいたいですね。
また植物をよく観ていただく,興味を持って接していただいた方が良いと思います。例えばチューリップだと,花屋の冷蔵庫で育ったものと,厳しい冬の寒さを乗り越えたチューリップでは葉っぱの太さが違います。自然に耐えていく姿,たくましく強く,力がある姿が葉に現れているのです。こういう違いに是非,目を向けていただきたい。縦の枝と横の枝の美しさの違いもあります。それぞれの美しさがあり,それぞれのいけ方があるわけです。それは植物をよく観ることで初めて,草木の生き様をいけばなとして表すことができるようになります。