2019年1月25日
当コーナーでは,暮らしの文化の旬な人やイベントを紹介していきます。
※暮らしの文化とは,文化芸術基本法第12条に記載されている,茶道・華道・書道・食文化などの「生活文化」と,囲碁・
将棋などの「国民娯楽」を始め,私たちの暮らしと係りを持っている様々な文化を指します。
メゾン・ド・タカ芦屋料理長 髙山英紀氏
髙山英紀氏
昭和52年,福岡生まれ。18歳の時にフランス料理の世界に入り,東京・京橋の「シェ・イノ」にて8年間の下積み後,平成16年に渡仏。3つ星レストラン「レジス・エ・ジャック・マルコン」などで約3年半の修行の後,帰国。現在は「メゾン・ド・タカ芦屋」料理長として活躍。世界的なフランス料理コンクールである「ボキューズ・ドール国際料理コンクール2015」では日本代表として決勝戦に出場し24人中5位の成績を収める。フランス・リヨンで平成31年1月29日・30日に開催される「ボキューズ・ドール国際料理コンクール2019」では決勝戦に出場。
ボキューズ・ドール国際料理コンクールとは
フランス料理人で「現代フランス料理の父」と呼ばれる故ポール・ボキューズ氏により,昭和62年に創設されたフランス料理コンクール。2年に1度開催されるコンクールでは,国内予選と大陸予選(アジア・パシフィック,ヨーロッパ,ラテンアメリカ,特別出場枠でそれぞれ開催)を勝ち抜いた24か国の代表シェフが,フランス・リヨンにてその腕を競う,世界的なコンクール。
●ボキューズ・ドール2019に出場される髙山さんが,料理人を目指したキッカケは何でしょうか?
私は,目の前の川にすっぽんやホタルがいて,畑があるような自然の中で育ちました。祖母が作ったヨモギ饅頭や納豆を,私が近所におすそ分けを持って行ったりしていて,喜んでもらったり,お返しをもらったりするのを見ていたので,おいしいものに人が集まってくる,「食」って人をつなぐんだな,とごく自然と「食」に興味を持ちました。
高校卒業後の進路を考えていた時,父から手に職を付けた方がよいと助言がありました。また福岡にいるおじさんがフランス料理のギャルソンを務めていて,相談してみたところ,いろいろ料理がある中でどこの晩餐会でもフランス料理が出て,ワインで乾杯している,という話を聞けました。「食」でもフランス料理をやってみたいと思うようになったんです。
●世界的に権威あるフランス料理の世界大会に参加するようになった経緯について教えてください。
料理修行のために4年弱渡仏していたのがそもそもの始まりですね。フランスでは,4店舗ほど渡り歩いたのですが,その店の一つに自分の師匠レジス・マルコンがいました。その人はボキューズ・ドール1995年大会で世界一になった人で,その師匠には,今でも大変お世話になっています。
さて,私がフランスにいた2007年当時は,日本人がフランス人と同じような給料・ポジションで働けるのは稀でした。ですが,その師匠の元ではフランス人と同じように扱ってもらえたお陰で,いろいろな学びがありました。また,身近によくコンクールの世界大会に出る人がお店にトレーニングに来ているのを見たりしていて,何気なく憧れを持っていたんです。そんな経緯があって,ボキューズ・ドールへの参加を決めました。
ボキューズ・ドール・アジアパシフィック大会2014で用いた器(写真中央)と
トロフィー(写真右側)
●ボキューズ・ドールのへ参加される際の苦労や工夫について教えてください。
・審査員の好みを知ることから料理作りがはじまる
ボキューズ・ドールの審査員は24か国の一番成功した料理人が務めていて,審査員はレストランでいう所のお客様に当たります。なので,彼らの年齢,各年代の流行,どういう料理を作っているかを分析しないといけない,つまり好みがどうかということをしっかり把握する,マーケティング,ブランディングをして,どういう料理を作り,どういう器に盛り付けていくのかを考えていきます。
また,盛り付けや見栄えの部分で,独創性だけでなく,地域性つまりは「日本らしさ」も審査項目に入っているので,器のデザインも料理のコンセプトに合った形で,オリジナルのデザインで器を作成してもらっています。今回も新しいデザインの器を職人の方に作ってもらっているのですが,大会に出場するたびに請求書を見るのがいつも怖いですね。そういった料理に係るもの全てを,私だけではなくて,チームメンバーやデザイナー,職人の方などと相談して準備をしていくのと並行して,決勝戦に向けた練習や試行錯誤を何度も繰り返して完成度を高めていきます。
・コンクール独特の審査
ボキューズ・ドールの審査は一種独特です。審査では,料理の味や見栄え,地域性や独創性はもちろん,調理技術,調理場の衛生面,食品ロスの部分についても,厳しい審査の目が光っているので,料理同様に細心を払いながら,制限時間5時間35分の間に調理をしていきます。
また,審査される順番も考慮します。お腹が空いた状態と,お腹が満たされた状態では味の感じ方は違いますよね?満腹になってくるとさっぱりしたものが食べたくなる。なので審査の順番に合わせた味付けに仕上げていきます。それに料理はできるだけ温かい方が喜ばれるので,出来上がりから盛り付け,テーブルへのサーブまでの時間にも気を遣っています。
本番では,自分が何番目に審査されるのかによって,味の濃淡や料理の出来上がりの時間を調整していきながら,審査員の好みもしっかり踏まえて料理を作り上げていきます。レストランでの料理とは異なる,コンクール独自の審査やルールを研究,理解しながら,準備を進めて決勝に臨む,そこが本当に苦労する部分ですね。
調理場で盛り付け方を見せる髙山氏
●レストランを経営され嚥下食の開発といった新たな取り組みもしていらっしゃる中で,大変な御苦労をされながらコンクールに出場されていらっしゃるその思いを,お聞かせください。
・コンクールは自分を成長させる場
僕はフランス料理を作るこの仕事が好きで,純粋にチャレンジしたくて,このコンクールに出場しています。例えば,コンクールで世界一になったとして,それで食べていこうと思っているわけではなくで,あくまでひとつの結果として捉えています。なので,ボギューズ・ドールは自分をアップデートする中の,成長したいがための一つのきっかけ,として参加しています。出場するのに本当に苦労するので,成長が実感できると思っています。
・いかに思いを伝えるか
自分自身がコンクールにまで出て成長したいと思っているのは,純粋においしいもので人に喜んで楽しんでもらいたい,という自分の思いをどう伝えるか,という部分が大事だと思っているからです。この思いは,お店でも,コンクールでも同じなんです。 そういった思いも含めて,18歳で料理をし始めた頃の気持ちをいつも繰り返しているような感じです。「初心忘れるべからず」という言葉を大切にしていて,自分がずれているような感覚にある時は,最初に志した気持ちを思い返すようにしています。
・料理は記憶を作る仕事
おいしいもので人に喜んで楽しんでもらいたい,というのは,心が豊かになるということに繋がるのだと思っています。料理は芸術作品のように,形に残らないものですけど,記憶に残る。料理を作るというのは,喜びとか楽しみを含んだ記憶を作り上げていく仕事だと思っています。そういった思いを大事にしながら,コンクールに臨んでいければと思っています。