2019年9月19日
「家を建てるように」
映画監督 目黒啓太
家を建てるように映画を作りたいと思っています。
入りやすい門構えと共有スペース。奥へ進むと居心地の良いパーソナルな空間がある。そんな,シンプルで頑丈で,緻密に作られた映画を,芸術家ではなく大工のように。
そう思うようになったのは大学生の終わり頃,何本かの自主映画が箸にも棒にもかからず,自分には才能というものがないんだなと自覚したときでした。どっかの映画祭で入選してそれからなんか色々うまくいってプロになる,という下らない青写真を捨てて,CMの制作会社に就職して,シナリオの通信講座を受けました。それから会社を辞めて助監督になって,現場の合間にシナリオを書いてコンクールに出しては落ちを繰り返しました。がむしゃらだったけど思い返せば,礎を作りたかったのだと思います。とにかく現場で経験を積んでシナリオを書いて……小さな石でも1つずつでも,何か積み上げたかったのです。
2016年。シナリオコンクールで入賞して,深夜ドラマのシナリオを書いて,それから「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」に選ばれて『パンクしそうだ』という短編映画を撮りました。それを経て「映画」というものの解像度が一段階上がった気がしました。助監督をやっている時に聞き流していた先輩と監督の会話とか,シナリオを読んでいるときに何げなく読み飛ばしていたセリフとか,そういうものが意味を帯びて自分の中に入ってくるようになりました。
そして今年,『セカイイチオイシイ水〜マロンパティの涙〜』という映画を監督しました。一人の女子大生が,フィリピンでのボランティアで現実を垣間見て,自分の価値観を変化させていく物語です。決してきらびやかでも,壮大でもないし,天才が作ったような鋭い映画ではないけれど,今まで積み上げてきたことを生かして丁寧に作った,大切な映画です。観た人に,あたたかく,小さくとも確固とした変化を手渡せたら良いなと思いながら,作りました。
©2019「セカイイチオイシイ水」製作委員会
今,1本の映画を作り上げたことでようやく,映画を作っていくための礎が自分の中に出来上がったのかなと感じます。本当のことを言うと,居心地の良い家のようでいて,屋根裏には見たこともない不思議な生き物が棲んでいる,そんな映画を作ってみたい。1つ1つのことに丁寧に向き合っていけば,いずれ実現することができると信じて,これからもっともっと勉強して,映画を作り続けていきたいと思います。
【プロフィール】
目黒啓太(めぐろけいた)
1986年生まれ。新潟県出身。
09年,九州大学芸術工学部画像設計学科卒業。
映像制作会社勤務を経て,13年より助監督として映画・ドラマに携わる。
11年,シナリオ「大団円」が第21回シナリオS1グランプリ佳作。
16年,シナリオ「ライフ・タイム・ライン」が第5回TBS連ドラ・シナリオ大賞受賞。
同年,10月期TBS連続ドラマ「コック警部の晩餐会」第5・8話の脚本を担当。
また,文化庁委託事業「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト2016」に選出され,短編映画「パンクしそうだ」を監督。
初長編監督作「セカイイチオイシイ水〜マロンパティの涙〜」が2019年9月21日より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開。