2019年12月23日
答えはひとつでないからこそ
映画監督 佐藤快磨
回復期リハビリテーション病院を舞台とした『歩けない僕らは』という映画の監督をしました。この映画を撮る以前は,既に興味を持っていたことや私自身の実体験から物語を絞り出すように脚本を書いていましたが,その源泉はもはや,ほぼ枯渇していました。私の外側に広がる世界に対してどう繋がることができるんだろうと考えを巡らせていた頃,プロデューサーからまさに外側の世界を描く機会を頂き,私にとって大切にしたい映画づくりが始まりました。
撮影もさせていただいた栃木県・野木町にある病院には1年弱通いました。取材を重ねた分だけ脚本の執筆が進むのではという楽観的な予測はすぐに覆され,突然に歩けなくなってしまった患者さんたちを前にして,歩ける私がこの映画を撮ることへのおこがましさのようなものが内側でただ膨らんでいきました。私が監督することの意味をなかなか見つけることができずにいました。
©映画『歩けない僕らは』
脚本を書き始めるきっかけとなったのは,そんなときに伺った理学療法士さんからのお話です。「私たちは病気を治しているわけじゃありません。でも障害を改善するための手助けはできる。そして障害が変わると考え方も変わる。大切なことは歩けるようになることではなく,歩いて何をしたいのかを一緒に考えてあげることなんです」
他者の身体だけでなくその先の人生も共有しようとする意志や,他者と自分の人生を重ね合わせて丸ごと背負おうとする覚悟に触れ,映画を撮る私にもそういった意志や覚悟が必要だと気付かされました。責任はあって答えはない仕事に対して,悩みながらもやりがいを持たれているセラピストの皆さんにこの映画で繋がりたい。そんな嘘のない思いを見つけられた気がしました。
©映画『歩けない僕らは』
他人の人生や誰かの気持ちを想像することは本当に難しいです。でも一人きりでは生きていけない人生だから,誰かの内側を想像することを諦めたくないし,映画が必要だと思います。ndjc2015『壊れ始めてる,ヘイヘイヘイ』の制作過程で,スタッフキャストの皆さんの想像が繊細に積み重なり,登場人物が動き出したときのあの熱量を今回の撮影で思い出しました。答えはひとつでないからこそ,決めつけることなく,間違い探しをせず。誰かの気持ちを想像し続けて,これからも映画を撮り続けられたら嬉しいです。
©映画『歩けない僕らは』
©映画『歩けない僕らは』
【プロフィール】
佐藤快磨(さとう たくま)
1989年秋田県生まれ。
ニューシネマワークショップ映画クリエイターコースを受講中に『舞い散る夜』(2012),『ぶらざぁ』(2013)を監督。その後,NCW制作部に所属し,初の長編映画『ガンバレとかうるせぇ』(2014)を監督し,PFFアワード2014で映画ファン賞と観客賞を受賞,第19回釜山国際映画祭のコンペティション部門にノミネートされる。2015年,文化庁委託事業「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト2015」の監督に選出され,『壊れ始めてる,ヘイヘイヘイ』 (出演:太賀,岸井ゆきの)を監督。2018年,「東映 presents HKT48×48人の映画監督たち」の監督の一人に選ばれ監督した松岡菜摘主演の『きっとゲリラ豪雨』がゆうばり国際ファンタスティック映画祭に招待。2019年,釜山国際映画祭の企画マーケットAsia Project Marketに新作の企画が選出された。