2020年9月29日
《何》を映画で撮るのか?
映画監督 中野量太
映画を撮りたいから,無理やり題材を探すのではなく。《どうしても表現したい題材》に出会い,それを映画にできることが理想だと思っています。映画『浅田家!』は,正にそんな出会いでした。
『ジョゼと虎と魚たち』や『ノルウェイの森』のプロデューサーである小川真司さんから手渡された写真集『浅田家』を見た時,「何て奇妙な家族なんだろう!?」 それが僕の第一印象でした。同時に,家族四人が様々なコスプレをしてセルフタイマーで撮られた写真に,クスッと心地良い温かさとドラマを感じました。さらに,もう一冊手渡された『アルバムのチカラ』を見て,心が熱くなりました。その中には,東日本大震災の時に,津波で流され泥だらけになった写真を,洗って持ち主に返すボランティアの姿がありました。ずっと,表現者として【3・11】のことを描きたい,描かなくてはいけないという思いがありながらできないでいた僕は,この事実を伝えたい,ボランティアに参加していたカメラマン浅田政志さんを通してなら映画として伝えられる,と初めて思えたのがこの時でした。僕の心は決まりました。
©2020「浅田家!」製作委員会
キャスティングは,理想通りの俳優陣が集まってくれました。まず,僕がやったことは,実際に浅田家が住む三重県津市へ,俳優陣四人を連れて会いに行くことでした。それは,本人達のモノマネをしてくれということではなく,自分達が演じる家族が育った町の空気感や,家族の関係性を直に感じてもらった上で,役作りをしてほしかったからです。
©2020「浅田家!」製作委員会
2019年3月,映画『浅田家!』はクランクインしました。初日は今でも,僕の原点の一つである『琥珀色のキラキラ』(ndjc2008完成作品)の実習の時と同じで,ドキドキと不安で押し潰されそうになります。でも,真摯に懸命に取り組んでいれば,周りが支えになってくれることをndjcの時に学んだので,今は,ほんの少しだけ余裕ができました(笑)。被災地の再現や数百人のエキストラなど,今まで経験したことのない規模での撮影もあり,毎日が怒涛の日々でしたが,今回も周りに支えられ,4月末,約二か月間の撮影を終えました。
©2020「浅田家!」製作委員会
《何》を映画で撮るのか? もう一つ大切なのは《今と繋がっている》こと。正直,撮影中には,コロナウィルスが蔓延する世の中になるとは思っていませんでした。でも,自然災害など,これからは多くの困難に立ち向かわなければいけない世の中だ,とは思っていました。今,観る価値のある映画を撮れたと思っています。
©2020「浅田家!」製作委員会
【プロフィール】
中野量太(なかの・りょうた)
1973年京都府育ち。大学卒業後,日本映画学校に入学し三年間映画作りの面白さに浸る。2008年,文化庁若手映画作家育成プロジェクトに選出され,35ミリフィルムで制作した短編映画『琥珀色のキラキラ』(08)が,高い評価を得る。2012年,自主長編映画『チチを撮りに』が,SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にて日本人初の監督賞を受賞,ベルリン国際映画祭を皮切りに各国の映画祭に招待され,国内外で14の賞に輝く。2016年,商業デビュー作となる『湯を沸かすほどの熱い愛』が,第40回日本アカデミー賞・最優秀主演女優賞,最優秀助演女優賞など,国内映画賞で35冠。第90回米アカデミー賞外国語映画部門の日本代表に選ばれる。2019年,初の原作モノとなる『長いお別れ』を,5月に公開,ロングランヒットに。最新作『浅田家!』は10月2日(金)公開。独自の感性と視点で,家族を描き続けている。