2021年2月3日
「自分の居場所はどこにある?」
映画監督・脚本家 岨手由貴子
2021年2月26日に監督作である『あのこは貴族』が公開されます。
山内マリコさんの同名小説の映画化で,「東京には出自や経済格差による階層が存在し,人は皆ほかの階層とは関わらずに生きている」ということを提唱する物語です。また,自分の居場所を見出していく若者たちの青春譚でもあります。
©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会
18歳の頃,進学のため上京した私は,すぐに田舎では出会わない文化に遭遇しました。すでに垢抜けた内部進学生,母親と友達のように銀座をぶらつく女子,満員のバスを追い越していく通学用の高級車……。彼らを前に,おぼこい大学生だった私は「きっとこの人たちと関わることはないだろう」と感じました。無意識に自分の居場所とそうではない場所を嗅ぎ分けていたのだと思います。
©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会
田舎からやってきた者が,東京でどうやって自分の居場所を見つけるのか? 私の場合,起点になったのが映画でした。都内のさまざまな映画館に足を運びながら街を散策し,東京の地理を覚えました。また,映画を撮ることで気の合う友人が増え,気の合わない人と関わる術も学びました。映画に接することで自分がどんな人間であるかを知り,少しずつ自分の「居場所」を見つけていったのです。
©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会
結婚し,子供が生まれ,東京での生活が15年目にさしかかった頃,私は石川県の金沢に移住することになります。独身時代は快適に暮らした東京ですが,子持ちには暮らしやすい街とは言えません。保育園にも入れず,家賃も高い。ならば居住地を変えてしまおうと,新幹線一本で上京できる金沢で暮らすことを決めたのです。
監督,脚本の仕事は常時東京にいる必要はなく,打ち合わせはオンライン,必要があれば東京に行くという方法で,今のところは乗り切れています。子供を預けやすいこともあり,東京にいる頃よりも仕事が増え,とても充実した毎日です。
©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会
金沢でまったく新しい環境に飛び込んだわけですが,不思議と不安はありませんでした。それは東京で手に入れた「居場所」があったからです。どこに住んでいても,自分が何者であるかを知っていればやっていけるし,自由になれる。『あのこは貴族』という作品を撮った今,なおさら強くそう思います。
私は長野県で生まれ,東京で仕事や交友関係の基盤をつくり,金沢で暮らしています。もしも誰かに「どこの人?」と聞かれたら,うまく答えることができません。ですが,自分の居場所はずっと変わらないような気がします。それはどこかに物理的に存在する場所ではなく,映画に接することで得られた自由,いわば「どこへでも行ける切符」なのです。
【プロフィール】
1983年長野県生まれ。大学在学中,篠原哲雄監督の指導の元で製作した短編『コスプレイヤー』が05年水戸短編映像祭,ぴあフィルムフェスティバルに入選。08年,初の長編『マイムマイム』がぴあフィルムフェスティバルで準グランプリ,エンタテインメント賞を受賞。ほか国内外の映画祭でも上映される。09年,文化庁委託事業若手映画作家育成プロジェクト(ndjc)で『アンダーウェア・アフェア』を製作。15年,長編商業デビュー作『グッド・ストライプス』が公開。本作で第7回TAMA映画賞 最優秀新進監督賞,2015年新藤兼人賞 金賞を受賞。2021年2月,山内マリコの同名小説を映画化した『あのこは貴族』が公開予定。