2022年3月16日
「自分と向き合う時間」
映画監督・三宅伸行
『世の中にたえて桜のなかりせば』は、女子高生と老人の70歳もの年の差コンビが、“終活アドバイザー”として様々な境遇の人たちの終活を手伝っていく物語です。物語の中で、主人公の咲は、終活する人々との出会いの中で、自らと向き合い、自分の生き方を見つけていきます。この映画の制作は、監督である私自身も自らと向き合う時間となりました。それはとても苦しい時間でもあり、とても幸せな時間でもありました。
©️2021『世の中にたえて桜のなかりせば』製作委員会
この作品を監督することになったのは、私が約10年前に参加したndjcでスーパーバイザーを務められていた桝井省志さんとのご縁でした。私が参加する前にこの映画の企画のベースは決まっていました。女子高生と老人が主人公であること、桜をテーマにすること、そして、在原業平の歌を作品で扱うこと...。正直、この企画のベースである原案を聞いたときに私の頭の中にはたくさんの「?」が浮かびました。そして、この内容をまとめるのは相当大変なことになると...。しかし、桝井さんと一緒に映画を作る機会を逃すべきではない、という想いが私のモチベーションとなってこの映画を監督することになったのです。
©️2021『世の中にたえて桜のなかりせば』製作委員会
30歳を目前に会社員を辞めて、映画監督を目指した私ですが、映画だけでお金を稼いで生きていくことは出来ていません。ndjcで『RAFT』を監督した後も、自主制作で映画を作りましたが、商業作品を監督することはなく、“映画監督”が生業になることはありませんでした。CMやドキュメンタリー、ミュージックビデオなどを監督し、いつしか自らの制作プロダクションを立ち上げて、経営者として会社を運営するようになりました。映画を諦めて、代わりにプロモーション映像の制作を始めたのか?というとそういうことではありませんでした。プロモーションの仕事はいつもチャレンジがあって、映像制作に明け暮れる毎日はとても忙しく日々が過ぎていきました。「いつかまた映画を作る」という漠然な想いはありましたが、そのために何かアクションを起こすわけでもありませんでした。心のどこかに常にあった映画への想いが、ndjcのご縁から突然訪れました。それがこの映画『世の中にたえて桜のなかりせば』だったのです。
©️2021『世の中にたえて桜のなかりせば』製作委員会
企画のベースから脚本の執筆、そして撮影、編集、仕上げの作業まで。それは自分と向き合う時間になりました。いつも私が携わっているプロモーションの仕事では、商品やキャンペーンという目的があって、クライアントがいて、代理店の人たちがいて、多くの外的な要因と向き合いながら、映像を制作していきます。それに比べると、この映画の制作は、監督である自分が多くの判断基準の軸となりました。それはとても新鮮な感覚でした。
企画のベースをもらったとき、プロットの方向性は決まっておらず、色々な選択肢がありました。そのとき、自分の中で決めたことが一つありました。この映画を「主人公の咲の成長の物語」にすること。その軸だけはブレないように、心の真ん中に打ちつけておきました。今振り返って考えると、私自身、この映画の制作で自分自身が成長をすることを考えていたのだと思います。そして、この映画制作を通じてわかったことは、成長するためには「自分と向き合う時間」が必要だったということです。
【プロフィール】
三宅伸行
1973年生まれ、京都府出身。同志社大学を卒業後、広告代理店に勤務。その後、映画監督を志し渡米。ニューヨーク市立大学院にて映画制作を学ぶ。短編作品で数多くの映画祭で受賞した後、長編作品『Lost & Found』を監督し、2008オースティン映画祭にてグランプリに輝いた。2010年、「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」に選出され、『RAFT』を制作。2017年に監督した短編作品『サイレン』は、国内外の映画祭で賞に輝いた。映像プロダクション ガゼボフィルムを立ち上げ、CM、プロモーション映像、ドキュメンタリーなどを制作している。プロデューサーとした参加したドキュメンタリーシリーズ「Football Dream 鹿島アントラーズの栄光と苦悩」は現在U-NEXTで公開されている。