2023年3月17日
「続けるという事」
映画監督 草苅勲
30歳を過ぎた頃、僕は初めて自主映画を撮りました。若者3人がワンルームで話をするだけの映画です。無我夢中で撮影をして、初めての編集が楽しくて急ぐ必要がないのに3日間徹夜しながら完成させたのを覚えています。それから20年近く時が経ち、僕は今でも自主映画を撮っています。つまり、当時からあまり変わっていないんです。考えてみたら、映画関係の学校に通ってみるとか、制作会社に入って助監督として映画制作に関わるとか、その方が映画監督になるには早かったような気がします。ですが僕はそういう選択をせず、ただただ自分が撮りたいと思う作品を撮り続けていました。ですので、なかなか商業映画を撮る機会はなかったのですが、たまたま応募した「未完成映画予告編大賞」というコンテストで自分の作品がたまたまグランプリを頂き、たまたま長編映画を撮らせてもらえることになりました。それが『死体の人』です。

©︎2022 オフィスクレッシェンド
たまたま撮らせてもらえることになったものの、基本自主映画しか撮ったことのない人間がプロのスタッフと共に作品を作るということは簡単なことではありません。ですが2014年に参加した「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト」での経験が自分の糧となっていたというのは確かです。当時のプロデューサーは、40歳を過ぎて何も知らない自主映画の監督に、一から映画づくりを教えてくれました。脚本作りから、準備、撮影、編集と、商業の作品がどういう経緯で進んで行くのか、実際に体験しました。またその中で起きた問題と向き合い、解決していった経験はとても貴重なものとなりました。大勢の人の力を合わせて作り上げる事の楽しさを知ったのも、この時だと思います。

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今回の作品『死体の人』の制作にあたっても、今まで以上に多くのキャスト、スタッフの方が集まりました。たまたま撮ることになった映画に、たまたま集まった人たちのたくさんのアイデアを結集させて作品は出来上がります。ndjcでの経験を経て、唯一無二の作品づくりの楽しさを感じながら撮影できたように思います。

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『死体の人』は、売れない役者がいつの間にか死体の役しか仕事が来なくなり、死体役を続ける中で、死とは何か?生きるとは何か?を考えます。さらに新しい命の存在を感じ、身近な人の突然の死を見つめ、夢を追い続けるのか、これからどう進むべきなのか苦悩する物語です。きっと『死体の人』と同じように立ち止まってしまった人はいっぱいいるのではないでしょうか。そんな挫折を経験した全ての人にエールを送るような作品になればと思っています。

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僕自身も、たびたび人生での挫折をあじわい立ち止まっていたように思いますが、自分が好きなものを撮り続けていた事で『死体の人』という作品にも結び付いたように思います。ですが、単にやり続けることだけが正解とも思いません。立ち止まってしまった時に、続けるという決断をする人もいれば、新しい道に進む人がいてもいいと思います。この『死体の人』の物語の中でも登場人物たちはそれぞれの選択をします。どんな選択をしたとしても、立ち止まっていた状態からまた前に進もうとする、その瞬間を描きたいと思いました。

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人間は狂気的で恐ろしい一面を持ちながらも、どこか滑稽でチャーミングな一面もあります。僕が好きな世界観はそこにあって、考えてみたら、初めて自主映画を撮った作品から一貫して人間の愛らしい部分を描いているように思います。今回の『死体の人』も「生と死」という普遍的で壮大なテーマをベースにし、人生で立ち止まってしまった人たちの苦悩を描いているものの、そこにはチャーミングで愛すべき人間たちが存在しているように思います。
そして、映画を作り出してから続けていることのもう一つに、映画を観て劇場を後にする時に「まんざらこの世も悪くないな」そう思える作品ができたらと思っています。『死体の人』はまさにそんな作品になったように思います。どうぞ劇場で楽しんでもらえたらと思います。
【プロフィール】
1972年生まれ。
劇団での役者経験を経て2005年より映像制作を始める。2014年にndjc:若手映画作家育成プロジェクトに参加し『本のゆがみ』を監督。2016年オムニバス映画『スクラップスクラッパー』が新宿K’sシネマ他各地で上映される。2018年短編映画『ひなたぼっこ』が函館イルミナシオン映画祭(グランプリ受賞)、伊勢崎映画祭(準グランプリ受賞)、福井駅前短編映画祭(観客賞受賞)、蓼科高原映画祭(一般審査委員賞受賞)、また2021年短編映画『吉川の通夜』が函館イルミナシオン映画祭(グランプリ受賞)など、各地の映画祭で上映され好評を博す。