2024年9月6日
脚本を書くってほんとうに大変!
映画監督・山中瑶子
私は本当に遅筆です。なぜなのか。それは、自分自身と向き合うことが面倒くさくて怖いからです。怖いよりも面倒くさいが勝ちます。日々何を感じているのか、その都度ビビッドに知りたくありません。
例えば、上司に何か嫌なことを言われたとします。その瞬間、いろんなことが頭に浮かぶかもしれません。「そこまで言う?」「確かにそうだ…」「いや、人間関係は鏡と言うから、これは私のことではなく上司が自身のコンプレックスと向き合えていないのを他人にぶつけているだけだ」「嫌なことを言うことで、余計に私のやる気がなくなるんだから、この人は無能である」「こんなことを思うなんて私は悪い人間だ」など、枚挙にいとまがありません。寝床まで引きずり、天井を見ながら反省会をする、という人も少なくないのではないでしょうか。
私はこの一連が本当にストレスなので、いつしか何でもかんでも「うるせー!」で済ませるようになっていました。これはこれで、余計なエネルギーは使わないという一つの正しい、世の中との対峙の仕方だと思います。
しかし、私はいつも脚本を書くとき、いえ、映画づくり全体を通して自分の思考の整理をしているようなところがあります。
だから、私にとって脚本を書くということは、思考や感情を自分の深いところから丁寧に取り出し、じっくりと見つめ、向き合わざるを得ない作業です。サボればそれは脚本上の綻びとして現れます。

『魚座どうし』© 2020 VIPO
ndjc(※)2019に『魚座どうし』で参加したとき、脚本指導の締め切りを全く守れませんでした。もはや何も改稿できず、出席していたこともありました。自分の記憶や経験を頼りに書いていたところもあって、「山中にしか分からないだろう」と講師陣が気を遣ってくださり、こうしろああしろと言われることもあまりなく、私の書けない状態を受け入れながら背中を押してくれようとしていて、とてもありがたかったです。

『ナミビアの砂漠』
© 2024『ナミビアの砂漠』製作委員会
こんな私なので、新作の『ナミビアの砂漠』を書くまでに、4年もの年月が経っていました。
今回、初の商業長編映画ということで、2時間近くの尺を見せ切るには、自分だけの記憶や経験だけでは足りないと思い、脚本執筆時から、キャストやスタッフ、友人や知人などに会いに行って話を聞いて、多くのヒントをもらいました。
例えば、今回は男女間における権力関係を描く側面もあったので、何組かのカップルにも話を伺うなど、たくさんの人の色々なエピソードをいただいたおかげで、血の通った脚本になったと思います。一人で抱え込まず、みんなに助けてもらおう!と気づいたおかげで、とんでもなく風通しの良い映画になりました。最高です!

『ナミビアの砂漠』
© 2024『ナミビアの砂漠』製作委員会
【プロフィール】
山中 瑶子(やまなか ようこ)
1997年3月1日生まれ、長野県出身。日本大学芸術学部中退。独学で制作した初監督作品『あみこ』がPFFアワード2017に入選。翌年、20歳で第68回ベルリン国際映画祭に史上最年少で招待され、同映画祭の長編映画監督の最年少記録を更新。香港、NYをはじめ10カ国以上で上映される。本格的長編第一作となる『ナミビアの砂漠』は第77回カンヌ国際映画祭 監督週間に出品され、女性監督として史上最年少となる国際映画批評家連盟賞を受賞した。監督作にオムニバス映画『21世紀の女の子』(18)の『回転てん子とどりーむ母ちゃん』、オリジナル脚本・監督を務めたテレビドラマ「おやすみまた向こう岸で」(19)、文化庁委託事業「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト2019」の『魚座どうし』(20)など。
※ndjc:若手映画作家育成プロジェクトとは…
文化庁が主催する「短編映画製作等を通じた若手映画作家人材育成」(New Directions in Japanese Cinema)。若手映画作家を対象として、ワークショップや製作実地研修をとおして作家性を磨くために必要な知識や本格的な映像製作技術の継承、上映活 動等の作品発表の場を提供しています。