2024年12月9日
生意気でしょうか
映画監督・金 允洙(キム・ユンス)
ndjc2016(※)の製作実地研修に参加させていただいて『白T』という映画を作りました。老若男女、全ての人が安心して楽しめる映画になったと思います。配信サービスでご覧いただけるので未見の方は是非よろしくお願いいたします。

『白T』©2017 VIPO
あれから4年の歳月が流れ、文化庁委託事業によって育成されたはずの若手映画作家は東京でくすぶっていました。例えるなら、愛情込めて育てた我が子が引きこもりになっていた、みたいな感じでしょうか。そんな引きこもりも、さすがに重い腰を上げます。
2021年、第34回東京国際映画祭にてAmazon Prime Videoテイクワン賞なる新人発掘を目的としたコンペが始まりました。旧知のカメラマンである山本大輔さんを巻き込み、引きこもりは一念発起して短編映画を作り、そして見事受賞しました。
引きこもり、快挙です。
この賞は副賞として「Amazonスタジオと長編映画の製作を模索し、脚本開発に取り組む機会」が提供されます。要するに、企画プレゼンのテーブルに座らせてもらえる、ということです。引きこもり、企画を10本ほど引っ提げてテーブルに座りました。それから諸々紆余曲折はありましたが、ようやく一つの企画が動きます。2023年の暮れのことです。「来年の東京国際映画祭で初お披露目」と聞かされます。
引きこもり、焦ります。急いで初稿を書き上げ、推敲を繰り返します。スタッフを集めます。キャスティングを始めます。ロケハンに出かけます。撮影場所が地方のとあるホテルに決定し、5月の初頭にクランクインを迎えます。もうその頃にはすっかり引きこもりは引きこもりではなくなり、周りから「監督」と呼ばれます。屈強で愉快なスタッフと、美しいモンスターのようなキャストと撮影場所(兼宿泊場所!)のホテルで寝食をともにします。撮影が終わっても一緒にご飯を食べて酒を飲み、たくさんのおしゃべりをしました。その積み重ねた時間が何かに結実し、それが画面に映っている・・・かどうかはわかりませんが、なにはともあれ5月の終わりにクランクアップを迎えます。
それからポストプロダクションを経て、8月末に初号試写です。スタッフ、キャスト、その他関係者や協力していただいた方々と一緒に完成した作品を観ます。この日、映画は完成しました。

『あるいは、ユートピア』©2024 Amazon Content Services LLC or its Affiliates.
10月28日に東京国際映画祭にて初上映の日を迎えました。チケットを買ってくださったお客さんに初めて映画を観ていただける日です。この日、また映画は完成しました。
劇場が暗くなり、白いスクリーンに浮かび上がり、やがて消え、劇場が明るくなる。そのひとまとまりの体験のことを映画と呼ぶならば、映画は何度でも完成します。
僕はそう信じています。

『あるいは、ユートピア』©2024 Amazon Content Services LLC or its Affiliates.
とはいえ、映画の配信サービスが普及し、たくさんの人が、あらゆる場所で、あらゆる方法でたくさんの映画を観ることができるようになりました。けれど、どれだけ形を変えようとも映画は映画であることをやめない。
そんな強度のようなものがあると、同じように僕は信じています。

『あるいは、ユートピア』©2024 Amazon Content Services LLC or its Affiliates.
「初の商業作品だったが、これまでと何が違かったか」
よく聞かれます。人の多さと規模の大きさ。出来ることと出来ないこと。いくらでも思いつきます。しかし、経験してみて改めて思ったことは「本質的には変わらない」ということでした。これはndjc2016の製作実地研修の際にも感じたことです。初めてプロのスタッフと組み、35mmフィルムで撮影をしました。友人たちと小さなビデオカメラで映画を作っていた時とは、これまた人の多さと規模が違います。
しかし、脚本をもとに必要な準備をして、カメラを回す。必要なカットが撮れたら次のカットの準備をする。そしてテストを繰り返して撮影をする。それを繰り返します。商業映画だろうが自主映画だろうが、フィルムだろうがデータだろうが、その一点は変わりません。常にカメラの前と後ろには人間がいます。
つまりは、そういうことなんだと思います。元引きこもりが生意気でしょうか。
『あるいは、ユートピア』という映画を作りました。金允洙(キム・ユンス)と申します。Prime Videoにて独占配信中です。
この場をお借りしてスタッフとキャストの皆さんに感謝を述べたいと思います。
僕はあなた達を愛しています。最高でした。LOVE。

『あるいは、ユートピア』©2024 Amazon Content Services LLC or its Affiliates.
【プロフィール】
金 允洙(きむ ゆんす)
1986年2月20日生まれ。東京都出身。東京芸術大学大学院映像研究科修了。
2019年フィルメックス新人監督賞準グランプリ。
2021年に短編映画『日曜日、凪』が第34回東京国際映画祭Amazon Prime Videoテイクワン賞を受賞。長編映画第一作となる『あるいは、ユートピア』が第37回東京国際映画祭Nippon Cinema Now部門にて上映。
主な監督作品として『バイバイ、マラーノ』(13)、『或る夜の電車』(15)、『白T』(17)、『リンゴをかじる女、風を売る男』(22)。そのほか、ミュージックビデオを多数手掛ける。
※ndjc:若手映画作家育成プロジェクトとは…
文化庁が主催する「短編映画製作等を通じた若手映画作家人材育成」(New Directions in Japanese Cinema)。若手映画作家を対象として、ワークショップや製作実地研修をとおして作家性を磨くために必要な知識や本格的な映像製作技術の継承、上映活 動等の作品発表の場を提供しています。