2025年3月7日
映画と仲間とお金と
映画監督 奥野俊作
2020年の2月のこと。俳優の松浦祐也さんから電話をもらって新宿で再会しました。お会いするのはndjc2017『カレーライス Curry and Rice』以来、約2年ぶりでした。松浦さんは西口の焼鳥屋で「奥野さんと映画を撮る夢を見たんです。また映画やりましょうよ」と言いました。

ndjc2017『カレーライス Curry and Rice』劇中の松浦祐也さん ©︎2018 VIPO
ちょうどその頃、いつ撮られるかもわからない長編映画の脚本に行き詰まっていたタイミングで、松浦さんの言葉がとても嬉しかったことを覚えています。「自分と一緒に映画を撮る夢を見てくれる人がいる」ということに励まされ、私は松浦さんを主人公にした映画の構想を(勝手に)練りはじめました。

『冬物語』東京撮影風景 ©︎東京シネマトグラフ研究会
そして3年後。当初想定していた構想や企画や脚本とは全く違う『冬物語』という66分の長編映画が完成しました。『冬物語』は松浦祐也さんが主人公を演じるラブストーリーです。登場人物は4人の素晴らしい俳優たちと、青森県弘前市に暮らす人々。雪が降っていて、幽霊が出てきて、カレーの匂いがします。

『冬物語』 ©︎東京シネマトグラフ研究会
ところで、「ndjcでの経験がどのように長編作品に生かされているのか」ということをこの辺で振り返りたいと思います。それは一言で言えば、一緒に映画を作る仲間を信じる、ということです。もっと正直に言うならば「仲間を頼る」ということでしょうか。

『冬物語』 ©︎東京シネマトグラフ研究会
ndjcでの『カレーライス』撮影中、「ちょっとどうしたら良いかわからない…」という監督としてあるまじき状態に何度か追い込まれました。そんな頼りない私に俳優部をはじめ、プロデューサー、撮影、照明、美術、録音、助監督、スクリプター、編集部、すべての部署の方々から具体的なアイデア、時には叱咤激励をいただきました。助監督の土肥さんは顔合わせの時、不安そうな私に「安心してください、助けますから」と、とにかく明るく仰ってくださいました。プロデューサーの前田さんは「監督は神輿、みんなで担ぎますから」と渋い声でいつも励ましてくださいました。「監督が(多少)ポンコツでも優れたスタッフ、仲間がいればニャンとかなる…!」私はつまらないプライドは捨てて、仲間の力を全力で頼ることにしました。
ndjc後の『冬物語』の撮影では幸い、どうしたら良いかわからない…という場面は(たぶん)訪れませんでしたが、それはやはり全てのスタッフの準備と発想と労働のおかげ、仲間を信じて仲間を頼りまくったおかげで、何とか最後まで撮りきることができたのです。

『冬物語』弘前撮影風景 ©︎東京シネマトグラフ研究会
そして監督自身の映画への欲望、強い気持ちがなければ、そもそも映画製作ははじまらないし成り立たないということも学びました。『冬物語』はndjc以来、すっかり遠ざかってしまっていた映画撮影の現場にもう一度戻りたい、長編を撮りたいという私の切実な思いが、松浦さんの夢と出会い、仕事で何度も訪れた弘前という街とのご縁に恵まれ、長年一緒に広告映像をつくってきた仲間たちを大いに頼り、最後に※AFF2という補助金をいただいて完成した映画です。
※AFF2
令和3年度補正予算事業ARTS for the future! 2 (コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業)
長期にわたるコロナ禍により甚大な影響を受けた文化芸術活動の再興を図るため、プロの文化芸術関係団体(法人を含む。以下同。)が、感染対策を十分に実施した上で積極的に公演等を開催し、その活動の充実・発展を図る取組を支援。

陸奥新報 2024年12月4日朝刊より 陸奥新報社提供
そう、お金。『冬物語』がひとまず完成し、各所へギャランティを支払い終わって安心したのも束の間、映画祭出品費や映倫審査費やDCP(上映用素材)の制作費やチラシ、ポスター、パンフレット印刷代などいわゆる「P&A」(プリントと広告)費がかかるという興行の常識を、今回私は身銭を切って学びました。

『冬物語』ポスタービジュアル ©︎東京シネマトグラフ研究会
私は今、取り急ぎP&A費を回収するべく『冬物語』の宣伝活動に勤しんでおります。宣伝は映画をお客さんに届ける仕事です。映画は仲間を集め、お金を集め、最後にお客さんに観ていただいてようやく完成するということを日々実感しています。そんな苦しくも楽しい映画製作の、最初の扉を開いてくれたndjcに、この場をお借りして改めて感謝申し上げます。

『冬物語』UPLINK吉祥寺舞台挨拶風景 ndjc2017スーパーバイザー土川勉氏と奥野 ©︎東京シネマトグラフ研究会
【プロフィール】
奥野俊作(おくの しゅんさく)
東京外国語大学フランス語学科を卒業後(株)サン・アド入社、CMディレクターとしても活動中。
2017年にndjcに選出され短編映画『カレーライス Curry and Rice』を脚本監督。
2020年 TOKYO FILMeX New Director Award ファイナリスト。
2021年 サンダンス・インスティテュート/NHK賞日本代表。
2022年にはTalents Tokyo 2022に選出された。
2024年に長編映画『冬物語』がUPLINK吉祥寺、イオンシネマ弘前他で全国公開。
※ndjc:若手映画作家育成プロジェクトとは…
文化庁が主催する「短編映画製作等を通じた若手映画作家人材育成」(New Directions in Japanese Cinema)。若手映画作家を対象として、ワークショップや製作実地研修をとおして作家性を磨くために必要な知識や本格的な映像製作技術の継承、上映活 動等の作品発表の場を提供しています。