2015年11月2日
お正月の松の芸能-松囃子-
国立能楽堂企画制作課 諸貫洋次
みなさんのお家ではお正月に門松を飾りますか。暮れのうちに松を飾ると「来年もがんばろう!」と,不思議と気分が改まります。松は常緑の植物でその音が福を「待つ」に通じるからでしょうか,神の依代とされるなど昔から初春の象徴として尊ばれてきました。
かつてその松を用いて年頭に人々を祝福する芸能がありました。どんな芸能を指し示すかは時代や演じる人達によって変化しましたが,「松囃子」といいます。まず,南北朝・室町時代初期に京都の町人や大名,貴族や女房衆が集団で美しく装って室町御所などの諸邸に参入,趣向を凝らした風流の作り物をもって謡い囃すことが大流行しました。松を囃すことからこれを松囃子と呼びましたが,同じ頃芸能を職業とする人達も家々をまわって松を囃す祝言の芸を行いました。能や狂言を演じる人達もこの松囃子を演じた記録が残っていますが,娯楽性が薄かったからでしょうか,次第に廃れて室町末期以後,中央の能では行われなくなりました。しかし,現在でも松囃子はわずかに地方の民俗芸能として,その痕跡をとどめています。熊本県菊池市で南北朝期以来演じ続けられている『菊池の松囃子』がそれです。現在では例年10月13日の菊池神社祭礼で上演されていますが,もとは正月2日後醍醐天皇の皇子懐良親王を菊池に迎えたときに行われた伝承があり,年頭の行事らしく「毎年御嘉例の松をはやし申そう」と言って松に関する言葉を述べて舞を舞います。そして,この舞の後半の詞章が室町時代の能楽伝書の記述に合致するなど大変貴重な芸態を保持していて,国の重要無形民俗文化財にも指定されています。

菊池の松囃子
また,松囃子自体は行われなくなった現在の能楽界でも,狂言の『松囃子』や『松脂』といった演目ではかつての年頭の松囃子の風俗をしのぶことができます。
こうして松を囃す芸能,狭義の松囃子は早くに廃れましたが,江戸時代,幕府や大名家で正月に行われる謡初という年中行事のことをやはり「松囃子」と呼び慣わしました。これはかつて狭義の松囃子とともに能と狂言を演じること全体を「松囃子」と呼んだことの名残と考えられますが,最も正式なのが正月2日(または3日)に幕府が江戸城に諸大名を集めて催したものです。将軍の治世の平安と繁栄,永続性をことほぐために,島台と呼ばれる多数の風流の作り物を前にして,将軍と大名が祝盃を交わす儀式のことで,その際,観世ほか各座の大夫が『高砂』など能の部分演奏を行うものでした。下の絵は儀式の最後,観世大夫に対して将軍と大名が褒美に上着の肩衣を与えている場面です。このように松囃子は狭義の松囃子から広義の松囃子へと芸態を変化させましたが,年頭を祝す松の内の芸という点で江戸時代も命脈を保ってきたのです。

錦絵「千代田之御表 御謡初」楊洲周延画 国立国会図書館蔵
新春の国立能楽堂企画公演では「松囃子-祝祷芸の様々-」と題して,これら様々な松囃子の芸能を特集上演します。能楽の変遷過程をたどる上でも大変貴重なこの機会を国立能楽堂で是非お楽しみください。
国立能楽堂 1月企画公演〈松囃子-祝祷芸の様々-〉
〒151-0051東京都渋谷区千駄ヶ谷4-18-1
- 問合せ
- 《国立劇場チケットセンター》(午前10時~午後6時)
0570-07-9900,03-3230-3000[一部IP電話等] - 交通
- JR(総武線)千駄ヶ谷駅下車・徒歩5分 都営地下鉄(大江戸線)国立競技場駅下車A4出口・徒歩5分 東京メトロ(副都心線)北参道駅下車出口1または2・徒歩7分
- 公演日時と演目
- 平成28年1月23日(土)午後1時開演
『菊池の松囃子』/舞囃子『高砂』/狂言『松囃子』/狂言『靱猿』 - 御観劇料金
- 一般 正面5100円/脇正面4100円/中正面3100円
学生 脇正面2900円/中正面2200円 - ホームページ
-
http://www.ntj.jac.go.jp/nou.html