2016年11月4日
能の作者
-風流能の名手・観世信光-
国立能楽堂企画制作課 諸貫洋次
「能の本を書く事 この道の命なり」。これは『風姿花伝』にある世阿弥の言葉です。
能は中世から現代までに何千という作品が作られました。しかし,そのすべてが今も上演されているわけではなく,現在上演されているのは250ほどのレパートリーです。現行曲と呼ばれるそれらの作品は作者不明のものも多いのですが,上演記録などから考えるとほとんどは室町時代末期までに作られています。江戸時代以降は古典作品の洗練が重視されたとはいえ,いかに中世の能作者たちが『源氏物語』や『平家物語』,和歌や連歌などの高い教養を持っていたかが推し量れます。さて,今年はそうした能作者のうちの一人,観世信光が永正13年(1516)に没してからちょうど500年にあたります。能楽界では,改めて観世信光の事績を検証しようと,彼の作った能にスポットをあてた公演や研究講座のほか,雑誌の特集などが組まれています。
観世信光は世阿弥の甥・音阿弥の第七子として宝徳2年(1450)に生まれ,観世座の大鼓役者(楽器奏者)として活躍しました。それと同時に能作者としても活躍,数多くの能を作ったことがわかっています。『能本作者註文』という,どの能を誰が作ったかを記した書物によると31曲が信光の作品とされ,現行曲として残ったのは「大蛇」「久世戸」「皇帝」「胡蝶」「玉井」「張良」「富士山」「船弁慶」「紅葉狩」「遊行柳」「吉野天人」「羅生門」「龍虎」の13曲です。

能「船弁慶」平知盛の怨霊
多くの人物が登場して舞台上で事件が展開される,見た目に華やかなのが信光作品の特徴です。鬼や怨霊などこの世ならざるものと英雄との戦闘,あるいは神々による華麗なレビュー。こうした視覚的な面白さを重視した能を,当時流行したきらびやかな衣装で歌い踊る芸能を指す「風流」という言葉を使って風流能と呼んでいます。信光より前の世代の能作者である世阿弥や観世元雅,金春禅竹が作った能が,一人の人間に焦点をあててその内面を深く掘り下げる作品だったのと対照的です。これは,信光の生きた時代が応仁の乱に始まる戦国乱世だったことと関係があります。長く続く戦乱によって能の催しが減少,能役者の生活は困窮します。能を保護していた貴族や武家,社寺は力を失い,新たな観客層を開拓する必要があったのです。信光は大衆に受け入れてもらうために,日本の神話や伝説,中国の故事など新しい素材を取り上げて分かりやすい作品を構想し,風流能の作品群を生んで能に新生面を切り拓きました。人気曲として現在しばしば上演される「船弁慶」や「紅葉狩」は,見せ場が多く何度見てもドキドキさせられる魅力溢れる能です。一方,味わい深い落ち着いた能も信光の作品にはあります。朽木の柳の精が遊行上人の前に現れて静かに舞を舞う「遊行柳」,胡蝶の精が縁のなかった梅の花に戯れて幻想的に舞う「胡蝶」などです。意欲的に幅広い作品を生み出した信光の能作者としての優れた手腕を示しています。

能「遊行柳」老柳の精
国立能楽堂の12月公演は月間特集を〈観世信光-没後500年-〉として,彼の作品を特集上演します。初心者にも親しみやすい華やかな能,観世信光の作品をお楽しみください。
国立能楽堂 12月公演〈月間特集 観世信光-没後500年-〉
〒151-0051東京都渋谷区千駄ヶ谷4-18-1
- 問合せ
- 《国立劇場チケットセンター》(午前10時~午後6時)0570-07-9900,03-3230-3000[PHS・IP電話]
- 交通
- JR(総武線)千駄ヶ谷駅下車・徒歩5分 都営地下鉄(大江戸線)国立競技場駅下車A4出口・徒歩5分 東京メトロ(副都心線)北参道駅下車出口1又は2・徒歩7分
- 公演日時と演目
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・定例公演 平成28年12月7日(水)午後1時開演
狂言「箕被」/能「遊行柳」
・普及公演 平成28年12月10日(土)午後1時開演
解説・能楽あんない/狂言「縄綯」/能「胡蝶」
・定例公演 平成28年12月16日(金)午後6時半開演
狂言「胸突」/能「船弁慶 後之出留之伝」
・特別公演 平成28年12月23日(金・祝)午後1時開演
舞囃子「紅葉狩」/狂言「業平餅」/能「張良」 - 御観劇料金
- 定例公演・普及公演
一般 正面4900円/脇正面3200円/中正面2700円
学生 脇正面2200円/中正面1900円
特別公演
一般 正面6700円/脇正面5600円/中正面4400円
学生 脇正面3900円/中正面3100円
- ホームページ
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http://www.ntj.jac.go.jp/nou.html