2019年8月20日
遠い異国に思いを馳せて―『天竺徳兵衛韓噺』―
国立劇場制作部歌舞伎課 横山 陽一
さて,突然ですが,クイズです。次の「高砂」,「交趾」,「暹羅」,「柬埔寨」,「天竺」は,江戸時代に日本や中国で用いられた外国名なのですが,それぞれ現在のどの国に該当するでしょうか?
高砂 → 台湾
交趾 → ベトナム
暹羅 → タイ
柬埔寨 → カンボジア
天竺 → インド
江戸時代初期に,これらのアジア諸国へ渡り,その渡航の様子や現地の風俗などを見聞録に残した人物がいました。その名は徳兵衛。播州高砂(現在の兵庫県高砂市)生まれの商人でした。国立劇場の10月歌舞伎公演は,この徳兵衛を主人公にした四世鶴屋南北の『天竺徳兵衛韓噺』を上演します。
徳兵衛は晩年,異国の旅の記録を長崎奉行に提出しました。これを基にした『天竺渡海物語』や『天竺徳兵衛物語』などの見聞記が広く流布し,鎖国下の江戸の人々の関心を引きました。徳兵衛を主人公にした最初の歌舞伎は,1757年に初演された並木正三の『天竺徳兵衛聞書往来』です。異国に渡った徳兵衛を,蝦蟇の妖術を自在に操って日本転覆を企てる大悪党に脚色しました。この作品は評判を呼び,『天竺徳兵衛郷鏡』(1763年)や『天竺徳兵衛故郷取楫』(1768年)など,歌舞伎や人形浄瑠璃で「天竺徳兵衛物」と呼ばれる作品群が生まれました。鎖国前夜の徳兵衛の冒険は,外国との自由な交流が制限された時代の人々にとって,異国への好奇心や想像力の源泉でした。その「天竺徳兵衛物」の決定版とも言える作品が,1804年に初演された『天竺徳兵衛韓噺』です。それでは,物語のあらすじを御紹介しましょう。

天竺徳兵衛(五代目 尾上菊五郎)/ 画:歌川国梅,筆:豊原国周
〈あらすじ〉時は室町時代,将軍・足利義政の治世。佐々木桂之介は,将軍家より管理を命じられた宝剣「浪切丸」の紛失と梅津掃部の妹・銀杏の前との不義を咎められ,あわや切腹となるところ,掃部の計らいによって,宝剣を捜索するための百日の猶予を与えられ,家老の吉岡宗観の屋敷に預けられます。捜索の期限を翌日に控えた桂之介の気晴らしに,天竺(インド)帰りの船頭徳兵衛が宗観の屋敷に連れて来られ,見聞してきた異国の話を面白く語ります。宗観は,宝剣が発見されず窮地に追い詰められた桂之介を銀杏の前とともに密かに落ち延びさせます。宝剣を受け取る使者として訪れた掃部らの前で,宗観は,桂之介の逐電(逃げて行方をくらますこと)と宝剣紛失の責任を取って切腹します。そして,瀕死の宗観は,徳兵衛に驚くべき事実―自らは日本転覆を目論む大明国の遺臣・木曽官であること,徳兵衛は実の息子・大日丸であることを語ります。謀反(国家の転覆をはかること)の野望を受け継いだ徳兵衛は,実父から伝授された蝦蟇の妖術を自在に操り,屋敷を取り囲む人々を尻目に悠然と姿を消すのでした。日本転覆を狙う徳兵衛の行方やいかに!

天竺徳兵衛(中村芝翫)
『天竺徳兵衛韓噺』という題名は,徳兵衛が天竺への旅の様子を面白おかしく語るシーンに由来しますが,お芝居の見どころは,もちろんそれだけではありません。館が屋根ごと崩れ落ちる大仕掛けの“屋体崩し”に大蝦蟇出現のスペクタクルや,蝦蟇からの突然の変身と“水中六方”,本水(舞台上で本物の水を使う演出)を使った鮮やかな早替りなど,奇抜な面白さがたくさん散りばめられています。主人公の天竺徳兵衛に中村芝翫が初役で挑むほか,周囲にベテランから若手花形に至る俳優陣を揃え,二十年ぶりの通し上演で御覧いただきます。
また,作者の鶴屋南北や作品についてもっと知りたい方には,日本芸術文化振興会が運営するサイト「文化デジタルライブラリー」に,デジタル教材「歌舞伎・鶴屋南北」も御用意しております。南北が活躍した時代背景や南北劇の特色を学べる様々なコンテンツ,過去の舞台映像も御覧いただける『天竺徳兵衛韓噺』の作品紹介ページなど,盛りだくさんの内容です。御観劇の前後に,「歌舞伎・鶴屋南北」も是非御覧ください。
芸術の秋に国立劇場に是非御来場いただき,遠い異国に思いを馳せながら,徳兵衛の奇想天外なドラマをお楽しみください。
国立劇場 10月歌舞伎公演
『通し狂言 天竺徳兵衛韓噺』
(住所)〒102-8656 東京都千代田区隼町4-1
- お問合せ
- 《国立劇場チケットセンター》(午前10時~午後6時)
0570-07-9900 / 03-3230-3000[一部IP電話等] - 交通
- 東京メトロ半蔵門線・〈半蔵門駅〉より徒歩5分,半蔵門線・有楽町線・南北線〈永田町駅〉より徒歩8分
都営バス・都03(晴海埠頭-四谷駅)〈三宅坂〉より徒歩1分 - 公演日時
- 令和元年10月2日(水)~26日(土)12時開演(午後4時終演予定)
※ただし,11日(金)・18日(金)は午後4時30分開演(午後8時30分終演予定) - 観覧料
- 特別席11,000円(学生7,700円),1等A席9,800円(学生6,900円),1等B席6,400円(学生4,500円),2等A席4,900円(学生3,400円),2等B席2,700円(学生1,900円),3等席1,800円(学生1,300円)
- 〔10月1日以降
消費税率が改訂
された場合〕 - 特別席11,200円(学生7,800円),1等A席10,000円(学生7,000円),1等B席6,500円(学生4,600円),2等A席5,000円(学生3,500円),2等B席2,800円(学生2,000円),3等席1,800円(学生1,300円)
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