資料2 第5回企画調査会

文化審議会文化財分科会企画調査会(第4回)議事概要(案)

1 日時
平成19年3月5日(月) 13:00~15:00
2 場所
パレスビル 3階 3-E会議室
3 出席者
(委員)
石森会長 永井会長代理 西田委員 西山委員 根木委員 平川委員 星委員 村上委員 林田委員 田中委員
(事務局)
高塩文化庁次長 土屋文化財部長 亀井文化財鑑査官 小松伝統文化課長 山﨑美術学芸課長 岩本記念物課長 苅谷参事官 長屋文化財保護企画室長 その他関係官
4 議事等
[1]文化審議会の会期終了に伴い,再度調査会長の選出等が行われた。
[2]資料3-3に基づき,企画調査会の議事の取扱いについて事務局より説明がなされ,
  原則議事は公開することとされた。
[3]資料6から10に基づき,「国民の文化財保護への理解と参加を促進するための方策」について説明が行われた。

 (星委員より「国民の文化財保護への理解と参加を促進するための施策」について発言があった。)

 民間企業の経験から,文化財保護に関する広報関係と寄附関係について述べさせていただく。
 まず,広報関係だが,「文化遺産オンライン」には,平成16年の河合長官の挨拶が出ていたり,国立新美術館がリストに入っていなかったりしている。もう平成19年なのでメンテナンスも必要だと思う。広報を徹底させる方策の一つとして,日経新聞の後ろに文化欄があり,その下部の交遊抄の左にいつも広告を載せる欄がある。縦7センチ横7センチくらいで一日載せて50数万くらいである。例えば,ここで月1回文化遺産の紹介や重要文化財に指定されたときに載せる等定期化したら面白いと思う。もう少し予算があるのなら,山手線の広告は16分で一巻になっており,基本料金が350万円くらいである。動画の無声モニターだが見る人が多いのでこういうところを使って文化遺産オンラインがあることを周知徹底させることが大切だと思う。
 また,文化財保護強調週間では,いろんな地区で文化関係のイベントが行われると聞いたが,文化財保護大使のようなイメージキャラクターやタレントを使い,国民に知らせる,ということも考える必要があると思う。
 寄附関係だが,指定寄附金制度は本当に有り難く,企業として受け入れやすい制度である。今までこの制度があるのを知らなかったが,これを周知徹底させるために,例えば経団連では社会貢献推進委員会という企業の寄附担当が集まる場があり,そこで文化庁が説明する場をつくれたらいいのではないかと思う。
 企業から見ると,文化財の修理などに寄附したいと思うが,修理対象が特定されすぎているといろんな理屈が会社内から出てくるので,どちらかというと文化庁側で寄附の窓口,受皿を作ってもらうような形になれば,企業としても寄附をしやすい。

  •  文化財関係の広報予算規模はどれくらいか。
(事務局)
予算は非常に乏しく,文化庁のHPは約1200万円,文化遺産オンラインは約9,900万円,その他文化財保護強調週間,文化財防火デー等にポスターを作成しているが,予算措置なしで行っている状況である。
  •  予算措置なしとはどういうことか。
(事務局)
既存の経費,事務経費の中から捻出している。
  •  広報の予算は非常に乏しいというのが現状だろう。予算要求してもなかなかつけてもらえない。以前文化庁でテレビ番組を月1回くらい放送するという予算があったが,次第に予算がとれず予定どおり作れなくなり,どんどん縮小していったということがある。これは文化庁だから認めてもらえたという経過があるので,頑張ってみる余地はあるかもしれない。
     また,美術館としてはいろいろ広告を打ちたいが,具体的かつ有効性があるのはインターネット,ホームページの充実という認識を持っている。そこで,至急ホームページを改善しなければならないと思っている。
     もう一つ,財務省と税制改正の議論を行う際,制度をもう少し緩めてほしいと要望すると,既に枠はあるが使われていないので,もっと理解を求めて頑張れば寄附も増えるはずと言われ,なかなか改善されない。企業側から見てなぜ寄附が進まないのかということを考えて動いていけば改善の余地が大いにありそうだと感じた。
  •  特に指定寄附金は,具体的に指定されているよりも一般的に,受皿のようなところに入ればいずれは文化財の修理や保護に使われるという制度であれば企業としても動きやすい。
(事務局)
寄附先が限定されると社内にいろいろと議論が起きるため,不特定の方が良いという指摘があった。税制改正要望については,文化庁としては広げたい,財務省としては国の収入が減るので優遇措置は狭くしたいというようなせめぎ合いの中で今の制度ができあがっているが,夏の税制改正要望に向けて一生懸命検討したいと思うが,もう少し具体的にお教えいただきたい。
  •  例えば自分の工場に寄附をするのは通りやすいが,工場も事業所もない箇所に寄附をするとなると内部での説明が通りにくい。そういう意味で客観的な文化財保護のための基金などがあれば,そういうところに寄附をすることについては,誰も反対できない。その存在を経団連の委員会などに来ていただいて話していただくなどすれば,寄附担当者も非常に助かると思う。
  •  芸術文化振興基金は新たな寄附は受けていないのか。
  •  受け付けている。
  •  芸文振基金について,企業側は既に終了していると捉えている。
(事務局)
全く受け付けないということではなく国でも増資したことがある。また,芸術文化振興基金の対象分野はいわゆる現代芸術文化に比重が多く,無形の講演や人材育成には助成金が出ているが,例えば建造物の修復などに対する支援は行っていないのが現状だ。
  •  地元で大きな文化財の修理がある場合には,通常,かなり前から,寄附を受けるための団体をつくり工事の準備をしている。そのような時には,寄附をもらう側の我々が能動的に動いて,相手のところへ行き浄財を頂いている。よって,寄附をもらう側が能動的に動かないと,寄附は集まらないのではないかと思っている。特定の文化財に対する寄附を促進する場合には地元側が,文化財保護一般に対する寄附を促進する場合には国が積極的に動くべき。
  •  私立の美術館については,寄附や助成金をもらうのにいろいろ制限があり難しい。また,特定公益増進法人でなければ,寄附を頼みにくい現状にある。寄附のお願いに行っても,どうしてこの美術館にお金を出さなければいけないかという理由を求められ,私立の場合には難しい状況にある。
     また,最近寺院からの修理の相談が多いが,直す必要があるものでもお金がなく直せないものが多い。逆に,直した事例を見ると,報告書では新しい素材に変わっている部分が80%以上ありそうで,でき上がった写真を見ると,まるで新しく造ったんじゃないかと思われるような建物になっている場合がある。そのように見た目をきれいにしないと,お金が集まらない傾向があり,古材をもとに戻して使うという考え方とは,全く違う話になってしまう恐れがある。地方公共団体であれば何かと手だては講じやすいが,現場の寺院などが寄附を集めていくのはなかなか難しいという印象を持っている。
  •  企業メセナ協議会を通じての寄附金の損金算入は,文化財保護活動については対象外だったか。
(事務局)
今のところは,対象外である。
  •  講演とか展示活動ということで,伝統文化の関係が若干ひっかかる余地がないことはないわけか。
(事務局)
そうである。
  •  文化遺産オンラインについては,メンテナンスされているのか。平成16年の情報がそのまま置いてあるだけのような感じがする。地区ごとに美術館が出てくるが,国立新美術館が載っていないのはおかしいのではないか。また,これについても日経新聞の文化の欄で広報すべき。
(事務局)
文化遺産オンラインについては,各館の収蔵品を網羅し,我が国の文化財のポータルサイトをつくろうという趣旨なので,国立新美術館は,基本的に収蔵品を持たないため直接関係しない。また,各館の方にリンクを呼びかけており,高精細な画像などを用意している館については,逐次参加していただいているので,そこからアクセスできる内容は更新されて新しいものになっている。ただ,なかなか高精細の画像を各地方の公立の博物館などで用意できなかったり,権利処理などの関係もあり,こちらの意図,期待するほどには,それほど進んでないというのは確かである。
  •  新美術館についてはあれだけ話題になっているし,一般の人は収蔵品のある無しはわからないと思う。美術館一覧と書いてあり,地区別に一覧表示される以上,名前と住所ぐらいは表示すべき。
(事務局)
今御指摘の点も含めて,少し研究させていただく。
  •  我が国では今,国民が非常に文化財というものに対して敷居が高い,特別なものという認識を持っている。また,自分の持ち物が文化財や町並み保存地区になるといろんな規制を受けるという印象とそれに対する抵抗があり,身近な文化財に対する理解や保護への参加がおくれている。また,埋蔵の文化財は,ほっておいても開発行為のときにだれかが掘ってくれるが,地上にある本来は文化財であってもおかしくないようなものが,全く捨てさられているということを強く感じる。もっと根本的に,このようなことに対して,問題意識を持って本調査会で話さなくていいのか。たまたま私は萩市に10年来かかわっているが,萩市というのは城下町で有名で,昔の城下町のとおりの骨格が完全に残っており,それに伴って,城下町の姿を継承した武家屋敷にしても,町家にしても,非常に古い環境が,あるいはそれを継承している近代以降の建物というのがたくさん残っている。そういう身近な文化財の要素をうちの研究室で一度調査した。1998年に調査したときに,川内の中で見つかったものとして,建造物が大体1,500 ~ 1,600棟,それから土塀とか石垣とか樹木,こういう古いものが3,500ぐらい見つかったが,その5,000 ~ 6,000あったものが6年後に追加調査すると,既に10%なくなっている。しかも萩の場合は伝建地区がたくさんあり,そういうところでは減ってないため,6年間で15%ぐらいの割合で減っている。これは東京芸大で,谷中でも同じような調査をして同じような結果が出ているため,別に地方だけの問題ではない。日本中の歴史都市ですさまじい勢いで文化遺産,身近な文化遺産が激減しているという事実がある。そういうものに寄り添って住んでいる市民や国民,住民という人たちが,いかにそのものを個々でその価値に多少なりとも気がついて,それを理解し,その保護に参加していくためにはどうしたらいいか,これ1点が私の1番のライフワークであり,興味を持っている。そういう意味で,この機会に考えていただきたい内容の視点がちょっとないのが残念。できれば,そういうことを取り上げていただきたい。
     では何をすればいいのかとして提案したいのは,文化財保護行政の地方分権を,是非ともこういう場で考えられないものだろうかと考えている。例えば都市計画法とか,景観法は,地方分権のシステムが組み込まれて,地域で決定した都市計画や景観に関する地域固有の判断を国の法律で支援していくという仕組みが明快に出ている。それに対して,文化財保護法については,トップダウン型の話に終始しているような気がする。従来の文化財保護体系は,非常にすばらしいし変更の必要がないと思っているが,それはそのまま置いておいて,全く別の視点から地域における地方分権としての文化財保護を取り上げていく必要があると思う。次回以降で,一度まとめて,説明させていただきたい。
     また,先ほどからの話に関連して,どのようにして一般の市民から文化財を保護するための浄財を導き出すかについて,地域単位で見ると,例えば白川郷では,普通の乗用車の駐車料金500円のうち200円は文化遺産保存協力金として示している。妻籠宿も多分同じである。観光客は観光のために必要なお金として払うものだが,観光の中から文化財のための保護のためのお金を導き出すというふうな仕組み,払う方が気持ちよく払い,徴収する方も気持ちよく徴収できるようなシステムをいかにつくるかがものすごく大事なことだと思う。欧米ではエコミュージアムの形で,まち全体を博物館としてそこ自体でパスポートを発行しており,例えばイギリスのアイアンブリッジ・ゴージ・ミュージアムでは,2,000円ちょっとのお金で,7つ,8つの博物館サイトを全部回ることができ,そのお金で全体の遺産を管理している。そういう経営マネジメント的な,観光とリンクしくみ,それを運営していくような財団やNPOがより動きやすくするための支援が多分求められる。日本では,古都保存税が頓挫したり,大宰府がやっている駐車場料金への上乗せが反対を受けていたり,すんなりいかない状況。これに対して,国が制度的にしっかりとした理念とそれを正当化するシステムを調査し,方法論として地方に渡していけるようなことをやらなくていいのか。
  •  NPOのようなボランティアセクターが,いかにあちらこちらにでき上がってネットワークをつくるかということが,長期的な視野で見ると一番着実な方法ではないかと思う。官と民との中間には,厳然として公,パブリックというものが存在していて,このパブリックというのは,かつてのように官の独占物ではない。むしろ民の側も主体的にパブリックの中に参画をしていく時代であり,そういうところをバックグラウンドにして,NPOというのができている。NPOは,自ら収益事業もでき,収益の結果を,配分をして新たな活動に転化をし,また,プロスタッフのもとに,大勢のボランティアが集まってくるという仕掛けになっており,この部分がとても大きい。
     同時に,この問題を考えるに当たって,やはり兵庫県の取組にかなり大きなヒントがあるのではないかという気がした。その中で,歴史文化遺産を現代社会で生きたものとして活用するという基本コンセプトの中に,地域社会の再形成に寄与するというキーワードが入っている。今,日本社会は近代化のせいで共同体が崩壊をしており,崩壊した共同体をどう再構築していくかという大きな課題がある。兵庫県の場合のように,地域社会の再形成に文化財,歴史遺産を使えるという発想をされたケースは余り聞かない。こういう地元や地域の身の回りにある文化財,若しくは歴史遺産というものが地域再生の1つのてこになり得るというコンセプトのもとに,様々に展開できるというのはとても大きなことだと思う。中央としては政策として,そういう取組ができやすい枠組みをつくり,地方が各々のでき得る範囲内と裁量の中で,いろいろなことを展開できるといったようなそういった枠組みができると面白い。ただし,時間はかかると思う。いい事例を幾つか発掘して,全国的に広げていくようなことを考えてもいいのではないか。
  •  地域社会の再形成に寄与というところで,補足させていただくと,農村地域において,一番の大きいのが,心の崩壊,誇りの崩壊が発生していると聞いている。そういう誇りや心を支えられるのは,文化財しかないんじゃないか。
     集落では,交流する人がいないと,文化財の維持が不能になる。十幾つの神社のうち1つしか宮司さんがおらず,ほかは全部無住の状態になっている,というケースが増えている。聞いた話では,重要文化財で3割ぐらいがそういう状態である。重要文化財のものでも,そういう状態であり,いわんや,地域の歴史的な遺産,文化的な遺産というものは,1,000年維持していたものが,瓦解しているという思いを持った方がいい。そういうものを保護しようというときには,住民の気持ちを入れないと育たないし,かつある程度の知識を持った者をそういう集落に派遣できるようなシステムにしないと維持する人もいないということになる。
  •  私は歴史学を勉強しているため,今,いかに地域史を確立するかということが大事だと考えており,国民の文化財保護への理解と参加を促進すると言っても,まず,地方分権と文化財保護法の問題もあるし,地域単位の問題について考えていくべきだと思う。
     山梨の県立博物館にかかわっているが,開館の企画展を決める際に,地元の有力者は県民にふだん見られない指定品を見せるべきだという意見であったが,あえて,道祖神祭りとして道祖神信仰を取り上げることを,学芸員の人と決定した。なぜかというと,道祖神信仰は県下一斉にやるため,それぞれの地域の人は,人の祭り,ほかの地域でやっている祭りを見たことがない。道祖神祭りは山梨と群馬と長野でのみ派手やかに行われており,その中で山梨の山間部ほどもっとも盛んにやっていることを取り上げ,地域の人たちが来て,自分たちの祭りを全部そこで再現した。ほかの地域,長野とか群馬へ行くと,それほど派手な飾りものはなく,そのとき初めて,自分たちの地域の誇るべき伝統行事,伝統文化というものに,地域の人たちが非常に感動した。そして,地域で若い人たちが離れ,年寄りだけでわずかに保っていた地域共同体というのがどんどん崩壊していく中,展示を見たことにより,これだったら自分たちも参加しなきゃいけないんじゃないかという人が出てきて,その次の年の1月の道祖神祭りは,例年と全然比較にならないぐらい盛んに行われた。そのニュースを聞いたときに,私はものすごく感動した。これこそが地域にある博物館の役割であるし,我々が地域社会というものにもう一度,活力を呼び起こす力になれるんだという自信も出てきた。
     やはり国民の文化財保護への理解を求めるためには,そういう地道な,自分たちが地域の歴史,地域の社会の誇るべきもの,伝統文化というものを,きちっと自覚できるような手だてをできる余地がある。文化庁が率先して人材を育てたり,指導をしていくべきだと考える。そこから,国民が自分たちの地域にある文化財を守らなきゃならないという自覚が出て初めて,理解し,参加するのだと思う。よって,そういうネットワーク,例えば,兵庫県,山梨の事例などを,どんどん情報発信していこうと思っている。特に,NPO関係で実は今情報発信しようとしているのは,開館前からNPOが地域の文化財を掘り起こして,ハンディなテキストをつくり活動を続けていたのを今度できた博物館と連結させた。
     博物館の評価についても,県が出した予算と人員を削減する目的の評価,つまり入館者だけを指標とした評価を拒否し,自分たちで評価項目をつくった。NPOに参画してもらい,県民各層の代表を選んで,評価項目を100項目策定して,現地に一日来てもらい,改善すべき点,改善策をあげてもらい,直せるものから今直していくという方式をとった。これについては新聞等にも報道され,県もそれを認めた。この方式を全国の博物館に発信していきたい。今地域でいろんなところで,幾つかのろしが上がっている。そういう情報を文化庁の事業で発信することが,地域で頑張っている人たちの一番の力になる。その情報を是非早い段階で調べ,どんどん発信する,そこから国民的な潮流が生まれるという期待を大きく持って望みたいと思うので,是非,その核にこの調査会がなってくれたらいいと思う。
  •  地方へ行くたびに,文化財への理解を高めていくためには,本当に地道なことをしないと駄目であると思う。10年ほど前になるが,文書を山のように持っていらっしゃるところに,お蔵の中のものを拝見したいというふうに東京から声をかけたところ,蔵を掃除したらお見せしますと言われた。ところが行ったときには,中の文書が全部焼かれた後だったという,そういう笑えない話もある。やはり古いものは大事なものであるということの理解へ地道に働きかけていかないと,日本の歴史を物語る,埋もれたものがどんどん消えていってしまう。
  •  調査事項として,この企画調査会に与えられている国民の文化財保護への理解と参加を促進するための施策と,これまで議論してきた文化財の総合的な把握を行うための施策とを切り離した形のものではなくて,むしろリンクさせるべき問題であろうという御指摘があった。特に国と地方の関係,また官と民という問題の中で,今,日本の中でも公共という問題が,非常に範囲が広がってきているという問題。そしてまた,地域社会の中での文化財,文化遺産の持つ意味というものが,より重要性を増しているということで,ある種文化遺産マネジメントというものを今後日本の中で,どのような形で位置づけていくべきかというような方向での中での,国民の理解と参加という問題で御議論いただいている。
  •  1月14日の道祖神祭りの例のように,生活共同体,あるいは地域の共同体そのものが崩壊しているような状態にあるものもある。その中で,そこに住む,過疎化の中で生きていく人間たちにとって,土地の誇りであったり,自分の生き方の本当に命のあかしの一番大事な部分,それは実は無形文化財とか,あるいは無形の民俗文化財と呼ばれているジャンル,こうしたものが地域に住む者たちに大きな刺激,大きな糧を与えていると思う。ただ,民俗的なフォークロアの生活基盤そのものが大変な変容を受けており,無形文化財あるいは無形民俗文化財も実は生活から離れた,あるいはイベントのような形,あるいは先ほど博物館に呼んで道祖神祭りをやると。つまり生活の場から離れてしまうと。そこからフォークロアではなくなってしまうわけだが,そのようなことをやってでも,昔から伝承してきたものを何とか我々の代で絶やすことなく伝えていこうという発想とか努力とかが実は伝統のエッセンスを次の世代につなげていく一番大事なことじゃないかと思う。そのときに,理解とか参加とかというキーワードで言われるようなことを,更に深めていくには,文化庁が旗を振るだけではできないことで,文化庁が大きな方向性を出せば,その後,県・市町村の行政レベルもついてくるのではないか。それぞれ県や市町村は条例を持っているが,条例を活用できる人材が役所の中におり,役所の人間たちをサポートしていくサポーターたちがいないことには,条例が機能しない。どこかの切り口の部分だけではなくて,今のような民俗生活の全体,基盤が崩れている中で,それをどうするかということを考えていく人材が要る時代だろうと思われる。
  •  例えば寺の仏像ならば彫刻の作品として,あるいは建物は建築建造物として,目で見て,手でさわることもできる世界であるが,祭りの場合の行事,儀礼というのは,実は目に見えない,手でさわれない伝承がある。しかも,目に見えない世界,具体的には僧侶(そうりょ)が読経をすること,あるいは神官の読み上げる祝詞と行事,そうした目に見えない行事も含めた全体像を,現在の文化財保護法あるいは指定認定の基準の中ではとらえるということができない。仏像ならば,これは美術作品でと言って通せる。仏教の信者が仏像が国宝に指定されたときに,国にどうのこうの言ってほしくないという意見はほとんど出ない。しかし,無形民俗文化財的な世界では,何とかの祭りというふうに押さえていくと,途端に,ほかの宗教団体からクレームがつく。ただし,そこももうそろそろ乗り越えていかないと,民俗伝承の事実そのものが残せなくなる。例えば奈良のおんまつりという歴史のある祭りに行って,案内のリーフレットを見ると,これは国の無形民俗文化財に指定されていますというフレーズがある。ただし,指定名称は奈良春日若宮のおんまつりの芸能となる。祭り全体ではない。おんまつり全体にすると,そこに神職が加わったり,神道的な儀礼が入ったりする。それが文化財としては,神職神官あるいは,寺で言えば僧侶(そうりょ)の読経まで含めた行事そのものが文化財指定ができない状態。少なくとも芸能の部分だけとか,こういう有形の形のある民俗文化財のみとか,そういう現実があって,つまり無形文化財,無形民俗文化財のような目に見えない,あるいは手でさわることのできないジャンルの場合は,有形の文化財と比べて,難しい部分がある。そこをこれからの行政がどうやって説得し力豊かに乗り越えていくか。そこのところを考えないと,難しい課題がある。それも行政官だけ,役所だけではなくて,サポーターシステムが動き始めれば,1つの運動体として道が一つ開けてくるように思う。
  •  地方分権という話が大変いい発想だと思うので,具体的にどういう形でそれが可能なのか参考になるかと思う。それから,団体が既にいろいろあるがそれをうまくつないでいくための行政の役割はどうあるべきか,いつも悩ましく思っていたが最近は地域の文化財で地域づくりをしていくしかないんじゃないかという感じを政治の分野の方々も感じていらっしゃるような感じがする。そこのあたりの仕掛けをつないでいけば,何か打開策の可能性があるかもしれないなという感じがしてきた。
  •  資料10の主な論点の整理の仕方を見ていると,1つだけ子供であるとか,学校教育であるとかというような視点がない。たしか平成6年か,13年の企画調査会の報告書の中にも子供を対象とした普及活動,理解を進める活動というのが大事であるという指摘があったように記憶している。それに加えて,兵庫県のケースを思い起こすと,例えば神戸市で考古学の専門家が小学校へ出前授業に行っていて,平成15年,3,200人ぐらいいったようなことが書かれている。このように考古学のプロフェッショナルであればもちろんいいが,例えば博物館の学芸員のスタッフたちが,エデュケーターとして行くとか,あるいは博物館の方に来てもらうとか,いろんなスタイルがあると思う。また,総合的な学習の時間で地域の行事を学ぶということも,ごく自然に行うようになってきている。加えて,改正教育基本法も文化と伝統の重視をうたっているわけなので,このように子供の方から,それは学校教育に限らず,子供会活動等,いろいろなことがある。子供を視点に置いた理解と参画の促進というコーナーがあってもいいんじゃないかと思う。
  •  国民の理解と参加に関しては,文化財の種別によって対応の仕方が違ってくるのではなかろうか。大きくは不動産文化財,動産文化財,無形の文化財の3つぐらいに分かれるが,それぞれ対応が微妙に違ってくると思う。不動産に関しては各地で,特にまちづくりと関連して,NPOやボランティアの活動が盛んになりつつある。民間サイドの活動が一番突出してあらわれつつあるのが,不動産文化財の分野ではなかろうか。これについてはいろいろな仕組みをつくった上で,更に一層の発展振興を図るということが必要であろう。ただ,史跡に関して言えば,整備の跡の広場がいつ見ても,人っ子一人いないという状況で,一般市民がほとんど無関心のまま通り過ぎている。こういったことに関しては,史跡だけを独立させておくということではなく,例えば歴史系の博物館のフィールドとして事実上位置づけて,歴博の野外への展開といったような形で活性化を図るということも,1つの方法ではなかろうかと思う。動産文化財に関しては,これは所有者が多岐にわたるので個々の民間サイドの活動としては,公開の促進を図るといっても限界があるのではなかろうか。となると,必然的に博物館,美術館,あるいは歴史民俗資料館などの活動が大きく左右してくるのではなかろうか。特に最近言われている,博物館,美術館のアウトリーチといったことも頭に置いた上で,外へ積極的に展開をしていくということが,とりわけ動産文化財に関して求められるのではなかろうか。それから,博物館がNPOやボランティアを叫合し,その中核として地域に存在するようなマネジメント機能をこれから備えることも必要なのではなかろうか。NPO,ボランティアを組織化するといっても,なかなか無理だろうから,それを実際上行うのが,やはり地域に立地した博物館,美術館などの施設の機能として求められるのではなかろうか。博物館,美術館は調査研究,収集保管,展示公開に加えて,教育普及が1つの重要な機能として今求められているわけで,そういった意味からもとりわけ動産文化財に関しては,そういった機能面を強化していく。このことが国民の理解と参加につながる,1つのステップではなかろうかと思う。
     無形の文化財については,無形文化財としての工芸技術や伝統芸能のたぐいと,風俗・慣習,民俗芸能,民俗技術といった無形民俗文化財の2つに分かれるが,工芸技術等に関しては,やはり美術館がそれについて1つの機能を持つべきではなかろうか。また,伝統芸能に関しては,劇場ホールがその一翼を担い,一般への公開を図っていくと同時に普及に関して大きく貢献することをもう少し考えていいのではなかろうか。それから,一番の問題は,風俗・慣習,民俗芸能のたぐいだが,これらは地域コミュニティと密接に関連をし,まちづくりの一環としても,非常に重要な意味を持っている。このことに関しては,NPOやボランティアの活用ということが非常に意味があると思うが,なかなかこれも一朝一夕に,それを組織化する,あるいは仕組みをつくるということは,難しい感じがする。特に民俗芸能に関しては,伝承を担う伝承基盤と,それを周辺からサポートする支持基盤という二重構造があったが,伝承基盤そのものが地域社会の崩壊によってなくなってきて,それが支持基盤とほぼイコールになりつつある。ところがその支持基盤イコール伝承基盤も,特に最近の市町村合併によって,かなり崩れていく可能性が非常に大きい。したがって,1つのやり方として,有形と無形とのある種のドッキングということも考える必要があろう。その際,歴史民俗資料館などをもう少し活用して,物だけを中に持っておくということではなくて,無形のいろんなパフォーマンスのたぐいも守備範囲に入れた上で,両者を融合させながら,館の活動として,これを行わせる。同時にまたそれは,1人でできるわけではないので,ボランティア,NPOなどを糾合する1つの核として機能する,そういった一翼を担わしめるということも,1つの選択肢としてあるのではなかろうか。
  •  文化財の総合的な把握という,第1命題に対して,地方分権の話はほとんど一緒だと思う。地域が誇りを取り戻すために,市民や住民が自慢したいと思う宝物,文化遺産みたいなもののストーリーというのが幾つもあると思う。1つのまちに幾つもあるかもしれないし。そういうものの特別なものが,もしかしたら世界遺産のようなものになっていくのかもしれない。そういう意味で,地方とか地域の中で住んでいる人たちが思っているその文化遺産の姿というのは,まさに今,有形,無形,それから動産,不動産ひっくるめて,非常に総合的な存在じゃないと説明できないものばかりが多いと思う。したがってそういうものを地域からボトムアップ型で,どのように見つけ出し,拾い上げ,ストーリー化していくか。それをデータベースにし,リストにして,それをまたカルテとして管理するかというような話を大宰府,萩は既にもうやっている。
     歴史文化マスタープランの制定が必要でないかという話や,都市計画や景観法との連携の話,ほかのセクションとの連携の話。これも実はその他という第3の話題の中に関係するが,これらも地方分権の話の中に全部総合的に含まれていることになると思う。

[4]資料9に基づき「今後のスケジュール」について説明が行われた。

—— 了 ——

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