第9回国語分科会漢字小委員会・議事録

日時:平成18年7月10日(月)

10:00~12:00

場所:三菱ビル地下1階 M1会議室

〔出席者〕

(委員)阿刀田分科会長,前田主査,林副主査,市川,岩淵,甲斐,金武,小池,杉戸,東倉,松岡各委員(計11名)

(文部科学省・文化庁)平林国語課長,氏原主任国語調査官ほか関係官

〔配布資料〕

  • 1 第8回国語分科会漢字小委員会・議事録(案)
  • 2 第9回漢字小委員会における検討事項
  • 3 阿辻委員からの提出意見

〔参考資料〕

  • 1 漢字小委員会で検討すべき今期の論点(第6回漢字小委員会確認)

〔参考配布〕

  • 1 住居表示等について
  • 2 『敬語表現教育の方法』(蒲谷・川口・坂本・清・内海 大修館書店,平成18年7月)

〔経過概要〕

  • 1 事務局から配布資料の確認があった。
  • 2 前回の議事録(案)を確認した。
  • 3 事務局から,参考配布1及び2についての説明があり,その後,参考配布1に関連した意見交換が行われた。
  • 4 事務局から,配布資料2及び3についての説明があった。説明に対する質疑応答の後,配布資料2に基づき,参考資料1の論点2について意見交換を行った。
  • 5 次回の漢字小委員会の開催日は,各委員の都合を確認した上で,分科会長,主査,副主査と相談して決めること,また開催日が決まり次第,改めて事務局から各委員に連絡することが確認された。
  • 6 質疑応答及び意見交換における各委員の意見は次のとおりである。

○前田主査

 参考配布1に関してですが,どうも個々の地名になってくると,その地域の人々が賛成とか反対とか,意見を出したとか出さなかったという辺りがかなり大きな理由になっているようですね。前の条項はそのまま変わっていないようで,「当用漢字」というふうな文言が出ていますから,正確に言えば,これも変えなければいけない。

○氏原主任国語調査官

 御指摘の部分は,最初に公布された時のものを『法令全書』から取ってお示ししたもので,現行のものは「常用漢字」という文言に改正されております。

○東倉委員

 私は今,オフィスが「一ツ橋」にあるんですけれども,こういうことはつゆ知らず勤めておりました。

○阿刀田分科会長

 「井の頭」というのも両方あるんですよね。「井の頭」の「の」ですが,平仮名で表記されているものと,片仮名で表記されているものがあるんです。だから,あそこを舞台にして小説を書くときには,その都度東京都の地図を持ち出して,地図の表記が片仮名のところは片仮名で,平仮名のところは平仮名にしています。

○金武委員

 「井之頭」と漢字を使っているものもあります。

○阿刀田分科会長

 何しろ「井の頭恩賜公園」とかいう大変な名前が付いていますから…。

○前田主査

 それでは,配布資料2について,具体的な問題に入ります。ただ今の説明を受けまして,まず質疑をしていただければと思います。その上で議論に入りたいと思いますが,何か疑問の点などがございましょうか。特に,前回の議論においては,議事録を見ますと大変いろいろな根本的問題を,具体的な例についてお触れいただきまして,非常に議論が煮詰まってきたという感じがいたします。その結果を一応こういうふうな形で流れとしてまとめてみたわけですが,いかがでしょうか。まずは,この論点の説明につきまして,何か御質問はございませんか。
 ないようですので,それでは,具体的な論議に入っていただきましょうか。事務局の説明を受けまして,特に配布資料2について,前回に引き続いてということになりますけれども,固有名詞の扱い方について議論したいと思います。
 まず,「本日の論点1」の議論から入り,続いて「本日の論点2」の議論に入っていくことにしたいと思います。きれいに分けられないところもあるかと思いますが,大まかにそういうふうに分けて考えたい。前回の議論からも明らかなように,固有名詞の扱いというのは,様々な要素が絡む難しい問題であるので,前の人名用漢字表の提案以来,文化審議会でもいろいろ議論が出まして,先ほどのような意見を提出したわけです。そのことが今度は文部科学大臣からの諮問となって,こちらの方へ返ってきて,何か自分で自分の首を締めたような感じもしますが…。しかし,最初の段階でこの問題を非常に大きく考えまして,何とか方向を出していきたい,固有名詞についてはやはり考えるべきだというふうに考えてまいりまして,そのことは正しかったと思います。
 ただ,具体的にこの常用漢字表の改定にかかわって,それをどう取り込んでいくかということになりますと,非常にいろいろな問題があるということが分かってきたわけです。それで今,ここにまとめてありますように,「本日の論点1」にありますような形で,固有名詞の扱いということを,こういう形で考えていったらどうかという一つの方向を出してみたわけです。本日の議論でこのことについての結論が出るかどうか分かりませんけれども,大まかな形でも,漢字小委員会としての共通認識というものを出せればというふうに思っています。

○甲斐委員

 私は配布資料3にある,阿辻委員の提出意見に賛成であります。この考えが,やはりこれまでの委員会で出た意見をよくまとめてくださっていると思います。
 そして,配布資料2の論点1でありますけれども,これは新しい常用漢字表から外した方が良い,理由を付けて外すということに賛成であります。その理由の一つですけれども,戦後すぐの当用漢字表のところに固有名詞については外すということが書いてあるんです。当用漢字の前を今見ているのですが,明治33年に小学校令というのが勅令で出ていて,その小学校令の施行規則というのがありまして,それに第3号表という漢字表が付いています。これは1,200字です。この第3号表の1,200字というのは尋常小学校の教科書で使う漢字という制限を示しているものであります。そして,それによって出た日本の教科書は最初尋常小学校で500字を使っていた。高等小学校で更に300字を使っていたから合計800字を使っていたということになります。第3号表の後ろに備考というのがあって,備考の二つ目というのがこれとまるっきり一緒で,固有名詞について,固有名詞にかかわる漢字というのは教科書に掲載することは妨げないということになっているんです。どうも日本の現在の常用漢字,その前の当用漢字とさかのぼっていくと,明治33年より前はよく分からないですけれども,今から言えば100年前の漢字表まで固有名詞は別とするというような考え方があるのではないかということを,ちょっと御紹介したいと思います。

○阿刀田分科会長

 これは常用漢字表をまず考えて,その後に固有名詞についての何か意見を述べるということになるのでしょうか。

○前田主査

 簡単に言えばそういうことですけれども,それは固有名詞というだけじゃなくということに多分なるのではないか。これは私が予見で申し上げては,かえって後の議論の妨げになると困るんですが,常用漢字表を作るということで漢字全般をみんな一律に扱うとすれば,例えば,単純には固有名詞も何もかも引っくるめて一覧表を作り,上から順位で採ってしまうとすれば簡単なわけですね。しかし,そういうふうな採り方をする場合には,固有名詞の扱いというものが非常に難しくなってくる。固有名詞に使われる漢字には,ほかの漢字とは使用の状況やいろいろな点で違いがあります。ですから,それを外してまずは一覧表を作っておいて,後でいろいろな意見から補うべきものが出てくる。一律にただ単純な規則だけで,外す・入れるということを考えるだけではなくて,やはり,こういう面からこれらは入れる必要があるというふうな検討をすることが後で必要になる。その段階で,固有名詞も含めて入れるべき漢字を新しい見方で検討していただく。一つの方法ですけれども,そういったことも考えられるのではないかと思っておりますが,いかがなものでしょうか。
 これはもちろん,今までの議論で出ていたこととは言えないので,固有名詞を扱わないということは,新しく完成した新常用漢字表に固有名詞に使われているような漢字が入らないという意味ではないということだと思うんですが,いかがでしょうか。この点については,本当はもっと議論しなければいけないと思います。

○東倉委員

 今の点は,こういうふうに考えてよろしいですか。要するに,新しい常用漢字表の候補をダーッと洗い出す。その時に抜けているものについて,こういう字はなぜないんだということがあれば,これは必要ですねという漢字を検討する。
 その場合は個別の漢字が必要というよりは,必要な理由があるわけですから,ある漢字が必要だという理由があれば,同じような理由を持つ字はほかにないかということになりますね。そういう感じで行ったり来たりしながらやっていく。非常に特殊な漢字があって,その理由がその一つの漢字にしか当てはまらないという場合は,それはその一つだけになってしまうかもしれない。今おっしゃっていることは,そんな感じで考えてよろしいですか。

○前田主査

 その辺りのところは,最終的にというか具体的には,どういう理由で新常用漢字表の字種の増減を考えるかという議論が始まってから決まることだと思います。

○東倉委員

 確かに一応洗い出した候補の中にも,この字は外した方がいいんじゃないかというようなものが出てくる可能性はありますね。

○前田主査

 そうですね。これは具体的な字数は,どの辺りがいいと考えるかによっても非常に変わってくるんじゃないかという感じがしています。今の常用漢字表よりも増やさないとか,あるいはかなり増やしてもいいとか,どの程度まで増やしたらいいかという議論をどこかでやらなければいけない。その時に,方法と併せて議論が必要になると思います。

○氏原主任国語調査官

 先ほどの説明の補足の意味で申し上げるんですが,配布資料2の「3 検討すべき本日の論点について」には,「本日の論点1」と「本日の論点2」の二つが挙がっています。このうち「本日の論点2」には,「(2)固有名詞用の漢字表を作成するのは困難であるので,固有名詞における漢字使用の基本的な考え方をまとめる。」とありますが,まとめた考え方をどこにどういうふうに位置付けて世の中に出していくのかという話は,ここでは全く触れていません。
 ですから,これについても様々な考え方があって,新常用漢字表というのは常用漢字表に代わるわけですから,答申が出た後,普通に考えれば,多分,内閣告示・訓令という方向に行くのだろうと思います。現行の常用漢字表がそうですので…。それと別に,例えば固有名詞の漢字についてはこういう考え方がいいんだということを一つにまとめて,それを答申という形で,考え方だけを別個にまとめて出すということもあるでしょうし,あるいは何かアピールのような形でそれを世の中に発表していくということもあるでしょうし,あるいは新常用漢字表の答申前文の中に書き込むということも考えられます。更に言えば,内閣告示・訓令になったときでも,前書きの辺りで,簡単に固有名詞についてはこういう考え方でやったらどうかということを,附則事項的に,新常用漢字表の中に書き込むことも考えられると思います。繰り返しになりますが,固有名詞の考え方をまとめた上で,その考え方を新常用漢字表との関係において,どういうふうに世の中に出していくかということは,まだ全く議論していませんので,これについては,この漢字小委員会として,例えばなるべく新常用漢字表と一緒に出す形がいいのではないかとか,むしろ別個に出した方がいいのではないかとか,そういったことも含めて考え方が整理されていった後で,また議論されるべき問題だろうというふうに考えております。

○前田主査

 今の私の意見は,ちょっと個人的な意見を先走り過ぎたような感じがいたします。そこのところまでの議論に行っておりませんので,一応その点は保留としておいて,元に戻りまして,今の論点のところから,また論議を進めさせていただきたいと思います。

○甲斐委員

 今,氏原主任国語調査官がおっしゃったんですけれども,配布資料2の「本日の論点2」には,(1)と(2)があって,(1)は現在考えにくいと私は思うんです。今,国立国語研究所が中心になって,住基ネットの漢字をやっております。その成果を見ないと固有名詞用の漢字表というのは考えられない。例えば,渡辺の「辺」という漢字を幾つ入れるのかとか,現在は三つあるんですけれども,本当に三つで良いのかというようなことがあるから,(1)を整理するとしたら,これはもうちょっと成果を待たないといけないのではないか…。また,後でするときに話してもらえば良いと思います。
 そこで,私は,(2)が良いと思うのです。(2)の固有名詞における漢字使用の基本的な考え方というものを,できるだけ簡潔にまとめて,そして,できれば新常用漢字表の後ろに付ける。別個にあるとどこかへ消えてしまうから,新常用漢字表の後ろに附則とか何らかの形で載せていく。ここまでは,我々国語分科会が責任を持って考え方をまとめていくというのがいいのではないかというように思っております。

○東倉委員

 今のお考えに,もちろん基本的に賛成です。最初に固有名詞というのは,こういう理由で除外するんだよというときに,考え方については同じ資料の中で,答申の中で最後に述べるんですよと言っておき,その上で新常用漢字表というものがまず来て,最後にその考え方が出て来るというのは,見る方にとって非常に分かりやすいだろうと思います。
 それから,この考え方というのを,前回も意見として申し上げたんですけれども,やはりこれは非常にニーズとして,ある程度名前を付ける,あるいは漢字を使うという立場からあるのではないかというふうに思っています。残念ながら少子化で子供に名前を付けるという機会はだんだん全国的には減っているわけですけれども,やはりそういう名前を付けたり,漢字を何かの用途に使うというときに,国語的な視点で考えることによって,漢字というものに対して,改めて興味を持つというきっかけにもなるのではないかということで,何かそういうことを言っておくことの重要性は非常に大きいような気がします。是非とも,この答申の中にうまい形で取り入れたいというふうに思っています。

○杉戸委員

 先ほどの甲斐委員からのお話の中に含まれていたのは,国立国語研究所で「文字情報データベース」と称しておりますけれども,その仕事の今の段階を少し御報告しておきます。
 過去4年半くらいの間に,経済産業省が中心となって進んだ政府レベルの電子政府を構築するというプロジェクトの中で,住民基本台帳に用いられている文字,それから戸籍に用いられている文字,その二つの漢字の文字集合を扱ってきました。そして異体字と言われるものも含めて,例えば,渡辺の2文字目の「辺」がどれくらいの異体字を持っているのか,そういうものを整理する。この文字はどの文字と同じものであるかという認定をする。そして,それを電子情報として使ってもらえるように整理をするという作業をしてきました。
 住民基本台帳と戸籍に含まれる文字については,基本的な整理は昨年度,この3月までに大体終わりました。ただし,その中に一文字単位で調べないと分からないものがあります。例えば戸籍の中に出てくる字の名前の文字のように,現地へ行って調べてみないと分からないものが結構あります。そういうところをまだまだたくさん残しているわけで,そういった仕事を今年度4月から始めています。
 そしてもう一つ,4月から着手しようとしておりますのは,住民基本台帳と戸籍と並ぶ大きな塊として登記に用いられる文字が対象になりつつあります。そういう話が進んでおります。これは私は出席しておりませんでしたけれども,前回の議事録の中で東倉委員が,「人名・地名が一番関心事であることはよく分かるけれども,ほかにも例えば企業名とか団体名とか,固有名詞というのはたくさんあります。」そういうことをおっしゃっていますが,そちらのものを扱っています。企業名,団体名,これも絶えず新しい会社が登記されれば新しい名前が付くわけで,そこに新しい文字遣いが発生する可能性があります。地名はもちろんですが,人名よりも更に流動的というか,文字の使われ方が生き生きとしていると言えばいいでしょうか,動く,そういう感じの文字使用だと思うんです。そういったところが調査の対象にこの先入ってくるということであります。
 大体今まで終わった住民基本台帳,戸籍で確か7万数千字を対象にしたわけですけれども,それの整理はできました。そして,それをいきなりそのままここでの審議に使っていただくことがどういう形でできるかを考えなければいけません。つまりは,そこには頻度ももちろんあるわけですが,頻度の情報というのはなかなかデータの制約があって示しにくいところがあります。つまりプライバシーにかかわる。この文字を一人しか使っていないということになると,その人の文字についてうんぬんすることになりますから。そういうことがあって,データとして恐らく常用漢字表を新しく考える上では,その使われ方の度合い,頻度が問題になると思いますけれども,課題は残るであろうと思います。
 まとめますと,甲斐委員から御指摘のあった国立国語研究所のそちらの調査というのは,そういう段階にある。それから東倉委員のおっしゃった企業名,団体名というのが視野に入ってきているという段階にあるということであります。

○林副主査

 いろいろ議論していくときの基本的な事項をちょっと共通に持っていた方がいいと思うので,例えば,固有名詞に関する方針をどういうふうにどこに書き込むかということに関して申しますと,大臣に対する答申と,それから内閣告示・訓令として広く示されるものとは書き方が違うんです。訓令の方は前書きが箇条書きになっていて,うんと簡単なのです。ところが,答申はかなり格調高く,ずっとうたってあります。やはり我々がどういうことをどこに書き込むかということは,答申のことで考えるのか,あるいは内閣告示・訓令で考えるのかによって大分違いますし,答申に基づいて訓令・告示を作る場合の考え方にも,我々の希望がもしあれば,生かしていくということがあります。どこへどう書き込むかという議論については一緒にしないで,こういうふうに答申と訓令・告示とは違うということだけをちょっと了解をしておいて,後でまた,そこのところは詰めるという方向がいいのではないかと感じたのが1点目でございます。
 2点目に固有名詞でございますが,前回,東倉委員がおっしゃったことは私も非常に注意すべきことだと思っておりますし,非常に意味のあることだと思っています。実は,固有名詞の概念はそんなに明確ではないと思います。企業名,法人名のことをおっしゃいましたけれども,例えば「文部科学省」というのは固有名詞であるのかどうかとか,「文部科学省大臣官房」とか「高等教育局」とかの一つ一つの語が固有名詞かどうかとか,この辺りになると,なかなか判断が難しいところなのです。「朝日新聞」というのは固有名詞かどうかということになると難しくなりますし,もっと広げますと,存外,固有名詞の範囲というのは多うございまして,例えば商品名その他我々が日常使っているものを特定することの中にはかなり固有名詞も混じっている。ですから,当用漢字表の時には固有名詞については定めないと前文で言っておいて,人名用漢字だけは別に表を作った。つまり,人名用漢字は当用漢字表の一部分として表を作った。常用漢字表の場合はどうしたかというと,基本的な考え方に変化はありますものの,常用漢字表ではどうなっているかというと,地名・人名など主として固有名詞に用いる漢字を対象とするものではないといって,表から地名・人名を含めてなどという言い方で除外をした。その除外した部分は,これは民事行政との結び付きが強いので,今後,法務省の方に考えていただくということで,ごっそりその部分を法務省へ回されたというのが,この実情なのです。
 ですから我々も固有名詞に関する方針を立てるときには,おおよそどの範囲を固有名詞というふうに考えて,その中のどの部分について,例えば,特に政策的な意味があるのかどうかという辺りをちょっと整理しながら考えていく必要があるのではないかということでございます。それから,もうちょっと具体的に言いますと,固有名詞の中心はやはり人名・地名だと思いますけれども,人名の中でも姓・名と分けて姓と地名とは共通性が基本的にありますが,新しいものが付けられるにしても,頻度はそんなに高くはない。それからもっと言うと,地名と姓が同じになっている家系の方もいる。姓が地名を採っているか,姓が地名になっているか,後者の場合かもしれません。それは特殊の場合としましても,地名と人名というのは,そういうふうに姓の方は地名と共通性があります。名の方は阿刀田分科会長が何回かおっしゃったように,これはもう変わっていく。人が亡くなれば名は使わなくなって,生まれればまた新しいのができてくるわけですから,ここの辺りも地名・人名の中で特に区別を明確にして議論していくべきことだと思います。
 とにかく,答申と訓令・告示とは違うので,そこは共通の理解をしておいた方がいいと思います。それから,固有名詞の範囲というのは存外不明確なところがありますので,そこの辺りもちょっと内容を整理しながら,特にどこに政策的な必要が生じるかということを前提に議論した方がいいと思います。私が申し上げたいのは,以上の2点でございます。

○前田主査

 実際に表として選ばれた漢字ということと,その漢字がどう使われているかということとの間にも漢字によって距離があるわけです。その名とかが固有名詞で使われると同時にうんぬんという話が以前にありましたけれども,こういうことがきれいに分かれているものならいいのですけれども,実際にはあいまいな場合もかなりあるわけです。だから,この辺りのところは,ある意味では作業の方法をどうするかというところに非常にかかわってくるのではないかと思います。作業の方法を考えるときに,今のような固有名詞の頻度とか何かということが,ある意味では問題になってくるのではないかという感じがしますが,いかがでしょうか。

○岩淵委員

 固有名詞の問題を扱う場合に問題になるのは字体の問題だろうと思います。異体字のすべてを取り上げるとしますと,表として成り立たなくなるでしょうから,標準的な字体をどうするかを決める必要があると思います。
 また先ほど林副主査のおっしゃいました理由をどこに付けるかという問題についても,最初から主旨は述べておくべきだと思います。答申にはどう扱われようが,また表として出されたもののどこにあろうが,両者は一緒にしておくべきでしょうから,理由と本表は常に合わせた形で合意を得ておくべきだと思います。今,作業のこともおっしゃいましたので,言わせていただきますと,データなしで検討するのは非常に難しいのです。ですから,少しデータを作っていただくのがいいと思います。どういうことかと申しますと,例えば,現代の文学作品の場合では純文学の場合と中間小説的なものとでは違いがありますし,その中でも,推理小説はまた違った面を持っています。エッセイの場合も違いがあります。こういうものを包括して,どういう場合に使われることが多いかという判断ができる資料があって良いのではないでしょうか。国語課の頻度数調査ではジャンル別にはなっていますが,ジャンルごとの問題が明らかにならない場合があるのではないかと考えております。どういうところで使われる字種なのか,どういう使われ方をしたのかをはっきりさせるべきだと思います。その結果によって,よく使われているのだという判断が可能になり,おのずと固有名詞の問題を考える材料ともなるのだろうと思います。

○前田主査

 その点では,こういう調査表自体をどういうふうに扱うかということが問題になってくるわけですね。前の表外漢字字体表を定める前までは,それまでずっと調査されてきた多くの漢字調査表というのは,今の字体の問題をそれほど厳しくは考えていなかった。つまり,異体字のことなど厳しく考えていなかった。そのために資料として扱うのに扱いにくかったわけです。それで,今回の印刷所を通じての調査表などは,かなり異体字なども別々に挙げるようにしてもらったわけです。それで先ほど地名のことが話題になって杉戸委員からもお話しいただきましたけれども,実際の調査で地名の場合には非常にいろいろな字体があって,それをどう統合するかというところは非常に難しい。姓の場合にはややそれが少なくなるのではないか。その点で名付けの方の字体については,団体名なども含めて,こちらの方でこういうふうなものを使ってほしいという指定をかなりしておけば,それに従っていただけるんじゃないかという期待を持っているわけです。そういう点で,この字体の問題というのは,最後まで問題になってくるかと思いますので,ある意味では個々の漢字をその段階でもう一度考え直すというふうなことにするより仕方ないかなと個人的には思っています。最初からきれいにそれが分けられればいいんですけれども,なかなかそれは難しいように思います。

○金武委員

 確かに固有名詞に使う漢字と,一般に使う漢字を初めから分けるというのは非常に難しいわけですから,以前も出ていたように,表外漢字字体表を作るときには,人名用漢字というのを一応除外したわけですけれども,それを含めて使用頻度とそれから意味と読み方の理解度,そういうものの順番についての,まず資料を作って,取りあえず上位から選んでいくと,その中に大阪の「阪」のように,固有名詞以外にはほとんど使わないような字が出てくるわけです。そういうものはやはり別枠にしなければいけないのか,あるいは常用漢字表に入れていいかどうかという議論になるかと思いますけれども,先ほどから出ているように,奈良の「奈」のように奈落とか,何らかの一般に使う熟語のあるものは,それは新常用漢字表の中に,もし頻度が高いものであれば入れてもいいと思います。
 そして,実際に固有名詞にしか使わないもので頻度が高く,理解度もあるというものに対する字が幾つか出てきたときに,もしこの固有名詞の別枠の表を作らないのであれば,これは常用漢字表の中に入れざるを得ないと思います。ですから,私としては別枠で固有名詞用の漢字表というものはあってもいいと思うんです。しかし,非常に今使われているもの,あるいは既に人名用漢字表が大きくなってしまっているものですから,そういうことを考えると,とても作業が難しい,お手上げということになるのも分かります。ですから,これは,飽くまでこれから町村の合併なんかで地名が新しくできる場合の目安という表になると思うんです。人名も同じことですが,人名が今法務省に移ってしまっています。理想としては,私はもう1回文化庁の方に人名用漢字の制定の権限を移して,人名・地名に用いられる漢字表というものができれば一番いいと思います。しかし,それはどうもいろいろ考えても非常に困難ですので,取りあえず別の表を作らないということになれば,大阪の「阪」のようなものをどうするかということが問題として残ると考えております。
 別の表を作らない,したがって,固有名詞に対する考え方は,文章でまとめるということが大勢ということになれば,それはやはり先ほどから言われたように,新常用漢字表とは切り離さない方がいい。いろいろこれからも議論が出ると思いますので,皆さんが納得できるような固有名詞に対する考え方を示さなければいけないと,そういうふうに思っています。

○前田主査

 「本日の論点1」から「本日の論点2」の方に議論が入ってきていますが,今までの議論のところでは,「本日の論点1」の方の固有名詞を外して考えていく。ただ,外すというのは表としてということですね。それで別に付けるかどうかということについては,また別にありますが,そういう前提で,大体議論が進んでいるように思いますが,そのほか何か意見がございませんか。

○小池委員

 私は,固有名詞に関しては別の表を立てた方がいいという意見です。

○松岡委員

 私は阿辻委員のまとめてくださった配布資料3と全く同意見です。基本的に,常用漢字表を作ると同時に,表記に関しては1字種1字体というものが飽くまで基本であるけれども,そこには例外が出てくる。その例外が出てくる場合は,固有名詞に多分限られると思うんです。ですから,そこの辺りを明確にしておいて,そして流動するというか,これから先,命名ということが,東倉委員がおっしゃったように一番問題になると思うんですけれども,命名ということを考えると,字体についてはこれからの常用漢字表が指針になるし,それから1字種1字体ではなくて異字体とかそういうものが出てくる場合は,飽くまでも現状追認の報告みたいなものにならざるを得ないと思います。今現在,この国で使われている漢字の中で固有名詞に関しては必ずしも1字種1字体ではない。それはこれ以上増やさないようにしましょう,これ以上拡散しないようにしましょう,飽くまでもここで止めておきましょうというような姿勢が大事ではないかなと思うんです。
 これから新しい常用漢字表を作るという姿勢で行く場合には,異体字はここで止めておく。これから先,新しく地名なり企業名なり商品名なり,姓ではなくて名の方に付ける場合,飽くまでもこの範囲で行きましょうと,その両方のバランスを取っていくということが一番大事ではないかと,前回の議事録を拝見して思いました。

○市川委員

 素人として固有名詞という部分に関して申し上げたい。これを拝見していても詳しくはないので,今の論議と外れるかもしれませんが,固有名詞というのは1字ということはめったになくて,2字で読んで初めて通じるという字が山ほどある。そうすると,それを1字に分割するばかりで,表を作っておいて,どういう意味があるのかなと率直に疑問を感じました。固有名詞というのは1字の方はめったになくて,何字か集まって,「九十九」と書いて「つくも」と読んだりします。読みは別でしょうけれども,何かその辺に問題はないでしょうか。1字で表示しなければならない表の作り方でいいのかどうか。2字でも何かやらなければならない部分が漢字の中にもあるのではないか,そんな率直な疑問は感じました。その辺りは先生方は,どのようにお考えなのかちょっと疑問に思いました。

○前田主査

 人名の場合には読みの方を法的には規制してないんです。ですから,その範囲内で漢字を使っていれば,それをどう読ませるかということは,ある意味では自由になっている。ですから2字以上の漢字を使ったものの場合でも,その読み方というのはかなり自由になっていて,差し当たってここの扱いでは,そこのところまでは今までのところでは議論になっておりません。

○市川委員

 2字で初めて1字の漢字みたいな役割をしている漢字もあるように見受けますが,例えば「薔薇(ばら)」にしても,「薔」と「薇」を別々にしてもよく分からないが,並ぶと「薔薇」だと分かるみたいな漢字というのは結構あるような気がします。

○前田主査

 漢字の音訳などについても配慮していかなければいけないというような意見は出ていたと思います。ただ,具体的な方向性などは出ていませんので,これからの課題になると思います。

○林副主査

 少し砕けた言い方で恐縮ですが,これからどうするかというのは別にしまして,今市川委員のおっしゃったところはちょっと盲点になっていたのではないかと改めて感じました。と申しますのは,常用漢字表は後に付表というのが付いていまして,そんなに語の数は多くないんですけれども,いわゆる熟字訓と言われるものを掲げております。それと同じような性格のものは人名とか地名などに非常に多いのではないか。1字の読み方としては特定できない,まとめて読ませているようなものが多いのではないか。そういうものをこれからどうするかは別にして,そういう事例が多いということを認識した上で考えていくというのは,今おっしゃられてみると一つの盲点だったなと,市川委員の直感に非常に敬服してお聞きしました。当用漢字表にはなかったんですけれども,常用漢字表には付表が付いています。

○阿刀田分科会長

 杉戸委員に少し伺いたいんですが,まだとても答えられる段階でないということかもしれませんが,固有名詞の調査をされているとき,人名ではない,地名ではない,例えば,今,会社名というのが出たけれども,普通に考えると会社名というのは何らかの意味で人名,地名を反映しているんじゃないかと思うのです。それを取り除いて突拍子もないものがポンと出てくるというような例は,そんなにはないと思うんですが,予想外にそういうものはたくさんあるのでしょうか。

○杉戸委員

 あると思います。ただ,私どもの方では登記関係の元のデータというのを正式にはまだ手に入れてないんです。日程的には,今年の11月か12月くらいから登記のためのデータが来るということです。全体としてはそういうことですが,地名,特に人名とは違った名付けが商品名とか商号,店の名前に付くということは多い。突拍子もないと感じる方がかえってインパクトがあるということになる,そういう世界ですからあると思います。ただ,そのときに漢字が表記としてどこまで力を持っているか。数年前から正式にアルファベットが会社の名前に使えるように国内でなったと記憶していますが,漢字だけでない文字表記で一つの表現効果をねらう。それと同時に意味的にも新鮮な名前を付ける。そういうところが先ほど申しました生き生きとした世界として登記の世界にもあると,そんなふうに予想しています。

○阿刀田分科会長

 それからもう一つ,新しい名前を付けるときに,どういう規範ができるか分からないけれども,できるだけこれに従ってほしいというような言い方をしたときに,本来の名字は「渡邉」だけれども,「渡辺製作所」とするときには,「邉」はやめようというような方向にできれば向かってほしいというところもあるし,事実そういう発想で会社名を付けていたりするところがあります。土地の名前はややこしい字を使っているんだけれども,企業名として使うときには,そういうややこしい名前はこの辺でやめておこうと…。姓の漢字を変えるということはなかなか難しいけれども,新しい組織を起こすときには変えていこうという動きはどうもあるような気がするわけで,できればそういう方向になってほしいと思っています。新しく付けるということについて,それは姓名の名の方だけではなくて,いろいろなところに新しく付けるということはあり得るわけで,そこの辺りの固有名詞について考えるときには,常用漢字で可能なものは,そちらの方にということを考える必要があるのかなと思います。
 それからこれは本当に個別のケースで,大阪の「阪」は確かに95%を超えて,大阪以外には使われることはないと思いますけれども,何としても日本では2番目の都市ですから,たったその1例だけだと言われても,大阪の「阪」は極めて特別な例で,ほかにこんな例は余りないんじゃないかなという気もします。私は,岡山の「岡」が入っていないというのにもある意味でびっくりしているわけで,静岡だってあるじゃないか。「岡」という字は随分使えそうな気がするんですけれども,それから渡辺の「邉」みたいに割としょっちゅう見られる異体字も結構ある。大沢の「沢」を「澤」にするというのは,その人の個人的な好みじゃないかという気もするくらいなところがあります。固有名詞に使われる常用漢字以外とおぼしき漢字というのは,一つ一つにみんな理由があり,グルーピングはある程度できるかもしれませんが,理由が相当違うような気がしますので,このグループ,このグループと五つか六つぐらいグループを作って考えていかないといけないんじゃないかと思います。大阪の「阪」が極めて特異な例だということを考えると,一概には言えないようなことが一杯あるような気がいたします。
 基本的には,阿辻委員から出されて,そして今日の流れになっている,松岡委員もおっしゃっていた方向に私も賛成です。

○金武委員

 ちょっと今のお話に関連しますけれども,企業名はやはり覚えやすくて,消費者にも分かりやすい方がいいものですから,登記名が難しくても,一般の広告では易しくするという例が随分あります。先ほどおっしゃったように,渡邉の「邉」を企業名に使う場合に,多分企業としては易しい方を使うと思います。現実にキリンビールとか大阪ガス,東京ガスとかの登記名は「瓦斯」だと思います。キリンも「麒麟麦酒」と難しいはずです。だけれども,広告を見ますと東京ガスも大阪ガスもキリンビールも片仮名です。ですから,そういう点でも固有名詞の字体を決めるときに,もちろん表を作らなければそういう形はできないかもしれないのですが,例として,固有名詞でよく使われる字体で,渡辺の「辺」で言えば,常用漢字体の後に括弧して今代表的に使われている難しい「辺」が二つあります,それを入れる程度にしてはどうか。例えば,杉戸委員のところでお調べになっている住基ネットには,「辺」という異体字が幾つぐらいあるんですか。

○杉戸委員

 30とか40とか,そのくらいだと思います。

○金武委員

 それらをすべて使い分けるのが現実的でしょうか。国語表記上は,できるだけ統一する方向が望ましいという形の例を挙げて,将来の漢字使用についてはなるべく簡略化,簡明化するという方向が打ち出せればいいかと思います。

○前田主査

 大分固有名詞の漢字表記について,こういうふうなことを書き添えた方がいいのではないかという御意見が出たように思いますけれども,もう一度最初に戻しまして,今のお話も前提としては,この新常用漢字表にはここで書いてありますように,固有名詞に使われる漢字は適用範囲から除外するという方向で検討すると,これはお認めいただけたような感じですが,その点はよろしいでしょうか。(委員会了承。)
 そうしますと,その次は,「本日の論点2」の方になるわけですけれども,先ほど甲斐委員の方からもお話があり,そのほかにも議論になっているわけですけれども,新常用漢字表と別に地名・人名の漢字表を作るかどうかという辺りについては,まだ意見がありましたらもう一度おっしゃっていただければと思います。

○金武委員

 先ほど言いましたように,ちゃんとした固有名詞用の漢字表というのは非常に難しいと思います。ですから,サンプルというのか,固有名詞に使われやすい漢字表ということで標準を示すというようなことは可能なのではいかという気がします。

○林副主査

 当用漢字表,それから,常用漢字表を見ていると,やはり固有名詞というか,人名あるいは地名というのは一応区別しながら,人名用漢字に焦点を当てたスタンダードを示そうというのがこれまでの流れだったと思います。当用漢字表では「固有名詞」という言い方をしておいて,それは別に考えるといって,人名用漢字表だけを作っているわけです。常用漢字表になると固有名詞の範囲が広いですから,「地名・人名などの固有名詞」という言い方をして,そこに特定した考え方を示そうというふうにしているわけです。そういうことですから,ここでも固有名詞という言葉はほぼ人名・地名を主にして使っているようではありますけれども,固有名詞全体の考え方を共通理解として作っておいて,そこでどれについては金武委員が言われたような表として何か一種の基準を示すことが可能なのか,どこの部分は考え方を示しておくということが現実なのかを考えたいのです。
 そうすると,今までのものを踏襲した考え方ということで,人名についてはやはり具体的な表みたいなもので,その基準を示すというふうなことが現実的であり,姓とか地名の部分については,阿刀田分科会長がおっしゃったような方向を期待をするということになると思います。それから同時に,これまでの習慣で使ってきた慣用があるので,そういうものはまた重視するという二つ点を柱にした方針として示すというのが,現実的なのかなとこの前からずっと私は考えています。

○甲斐委員

 「本日の論点2」の(イ)ですけれども,今,(1)ではなく(2)が良いという方向に動いていると理解しています。そのときに,その下に○印で,基本的な考え方をまとめる場合の観点というのがあって,a),b)がある。私はこれには賛成なのでありますけれども,ちょっとだけ氏原主任国語調査官にお伺いしたいことがあります。教科書における「福沢諭吉」や「山県有朋」など,福沢の「沢」は教科書はすべて「沢」という略体になっているんでしょうか,なっていないのがあるのではないか。そこがよく分からないのですが…。

○氏原主任国語調査官

 ここに「福沢諭吉」と「山県有朋」を挙げているのは,前回の議論で具体的に名前が挙げられたからです。教科書は原則として常用漢字については,「常用漢字表」によることになっていますので,基本的にはすべて「沢」が使われていると思います。副読本などまでは分かりませんが,教科書の場合には,子供たちに読みやすく理解しやすいという配慮が常に優先される世界ですので,福沢の「沢」が旧字体の「澤」になっているとか,あるいは福沢の「福」の示偏のところが旧字体の文字通り「示」になっているとか,そういうことはないだろうと思います。必要があれば,教科書課の担当者に確認しておきます。

○甲斐委員

 昔,私も高校の教師をしていたとき,芥川龍之介を教えるときの「龍」は,確実に略体「竜」だった。そのころは憂鬱(うつ)の「鬱」というのも略体の「欝」だったし,それは昭和30年代から40年代の10年ほどですけれども,そのころと少し移ってきているのではないかという感じがあって,ちょっとだけ心配しました。私は個々にある基本的な考え方をまとめる場合の観点は,こういうことを盛り込むということは賛成であります。具体的にこれはいいことだと思っております。

○氏原主任国語調査官

 確かに,芥川龍之介の場合は,常用漢字字体の「竜」ではなく,旧字体の「龍」の方が出てきそうですね。これについては,次回の漢字小委員会までに調べて,資料として提出したいと思います。

○松岡委員

 私は,固有名詞用の漢字表を作ることには反対です。さっき小池委員は作るとおっしゃっていましたが…。もしそれを作ると仮定しますと,常用漢字表の精神あるいは目的と逆行すると思うからです。常用漢字表を作る場合,ここに挙げた漢字をみんなで使っていきましょうというように現状に前向きですけれども,もしも固有名詞用の漢字表が作られたことをイメージしてみますと,現在使われている固有名詞のバラエティーはこれだけありますという一覧表になる可能性があります。そうすると先ほど申し上げたように,恐らく皆さんもそう思っていらっしゃると思うんですけれども,基本的に1字種1字体でこれから行きましょうということが,基本姿勢だとすると,こんなにたくさんありますよというのを見せるということは,これからこれを使いましょうという常用漢字表とは方向が逆だと思うからです。

○金武委員

 私は,もし固有名詞の表を作るのであれば,新常用漢字表と矛盾しない方向で作りたいわけです。つまり,現在字体が複数あるものについては,常用漢字に準じて一番易しい方にできるだけ統一したい。ただし,固有名詞ですからそれなりの希望もあるでしょうし,例えば渡邉の「邉」については今一般に使われている2字体を括弧に入れて,それは人名用漢字が今回の改定前までは,いわゆる許容字体といって,例えば「眞子様」の「眞」という字が旧字体も使えるように括弧に入っていた,そういう形である程度使いたい人の自由を認めながら,基準としては国語政策というか,漢字字体のこれからの方向としては易しい方であるということを示したい,そういうふうに思っているわけです。

○松岡委員

 それでしたら人名用漢字表があれば良いのではないかと思うんです。例えば,今伺うと「邉」というのも3字ぐらいある中で,どの字体を選ぶか,もし一つか二つだけを示しましょうといったときには,作業自体が非常に難しいことになるのではないでしょうか。

○金武委員

 それは国立国語研究所で判断できると思うんです。まず一般的な正字体が一つあります。これは問題ないでしょう。そうすると後は読売の渡邉恒雄さんの「邉」のような異体字が出てくるので,そういうのは戸籍とか個人の名刺でお使いになるのはいいけれども,これからの方向としては,なるべく一本化した方が望ましいということになると思います。ただしいずれにせよ,今回もし固有名詞の方向を示すのであれば,これから作るものですから,既に姓としてあるものは仕方がない。ただ,阿刀田分科会長がおっしゃったように,姓であっても新しく付ける場合はなるべくその範囲でというようなことがあって,例えば横綱の「曙さん」が日本国籍を取得したときの届出名は人名用漢字で点がなかった。ですから点のない方で届けた。でも,しこ名には点があったわけです。そういうふうに姓であっても新しく付ける場合はなるべくそろえていった方が望ましいと私は思っています。これにはもちろん反対意見があることは分かっています。

○阿刀田分科会長

 ここまで言っていいかどうか,分かりませんが,大前提としてこれは微調整をすることになるのではないでしょうか。今まである固有名詞的なものに関しては,それを使うことは認めましょうとなるでしょう。これから付けるものに関しては,大体この辺,それを人名漢字というかどうかはともかく,実際これから付けるということは,姓であったり古い地名ということはないわけです。市町村合併だったら新しい地名を付けることはある。それから,子供が生まれたから名前を付けようというのが圧倒的に多いケースだろう。だから,取りあえずは今までのものは,原則としてそれは由緒のあることだし,一つ一つの意味があることだから,それはそのまま使用していいでしょう。字体の問題が少しそこにまだ残るとは思います。それから,これから付けるということに関しては,大体この基準の中でお付けになることが望ましい。今までは人名用漢字という言い方をしてきたけれども,今度も依然として人名用漢字という,人名といっても,ほとんどの場合は名です。それについてはある程度望ましい基準を作った方が良いのではないかという辺りが落としどころかなという気がします。

○市川委員

 私も今おっしゃったことだと思いました。ただ方向性として,考え方として,そういう表を作るのが,易しい,簡素,合理化のために作るんではなくて,やはり漢字文化を楽しむために作るんだという方向性の方がよろしいんではないのかなとちょっと感じるんです。漢字にはこの字とこの偏がくっ付いてこんな字になるという面白さもある。また,漢字には見たこともないものが組み合わさっているとか,そういう楽しさがありますから,ただ単にこれから易しく,分かりやすく,簡素だけじゃなくて,漢字文化を楽しめるためのものを作るんだというスタンスというものが必要ではないのかなとちょっと感じました。

○杉戸委員

 「本日の論点2」の(2)の下にある基本的な考え方の「a)」の方で,「これまで明示されてこなかった<国語的な視点>からの参考情報」ということに入るかと思いつつ申し上げますが,この常用漢字表にも読みの欄が先ほどの付表とは別に1文字ずつ付いています。そして,その文字の読みの音訓の欄は1字下げ,余り使わないけれども,あるということを示すために少ない頻度しか出てこない読みもあえて入っている場合があります。そのことを思い出しながら,今までの議論を伺っていたわけです。漢字表の本体の方に人名,地名に使われる主なものを入れるという案に,基本的には私はどちらかと言うと賛成ですが,その場合も含めて読みについて国語的な視点からの参考情報というのをコメントの中に含める努力は必要ではないかと思います。特に地名・人名でユニークだけれども,その子供さんが成長した後で困るような読みは,人名用漢字としてはやめることができるようなそういうコメントを付けたい。これは規制というふうに受け取られてはいけない話だとは思うんですが,幾らなんでもこれはやめた方がいいというのは,何か歯止めができるような,そういうことを書く部分が必要ではないか。
 人名・地名については,まとまった漢字表を作らないという説明をどこかでするという議論ですが,その中に読みのことにも言及する部分を設けたらどうかと,こんなふうに思いました。それから,これは新常用漢字表の読みの欄についてですが,まだ余り議論が進んでないように伺っていますが,読みの欄についての範囲あるいは示し方,つまり,字下げをするという二段構えで行くのかどうかいうことも含めて議論されていくと思いますけれども,読みの欄との関係も固有名詞の問題にはあるだろうと思って聞いていました。

○前田主査

 今の問題は,新常用漢字表をどういう形で作っていくかという形の問題にも入ってきます。その点は,またこれからの議論になるかと思います。差し当たっては,新常用漢字表に入らない字を挙げていく場合に,これは固有名詞の漢字表として別に作ることが可能か,必要かということです。ここのところが,私にはもう一つはっきりしないんですがどうなんでしょうか。そういうふうなものを作ることが非常に難しいという御意見はあったように思いますけれども,小池委員の意見はサンプル的なものになるのでしょうか。つまり漢字表として作るとすれば,どの漢字は入れる,どの漢字は入れないということが問題になってくる。

○金武委員

 私の意見は,結局きちんとしたものは非常に難しいから,サンプル的なら可能ではないかと,ちょっと思い付いて言ったのですが,小池委員の方のお考えも同じ意味でおっしゃったものかどうかは分かりません。

○甲斐委員

 今の杉戸委員の考えは,私も正直に言えば大賛成ですけれども,常用漢字表に音訓があると,その音訓は,人名にその字を採用するときには,その出された音訓に限るべしということですか。

○杉戸委員

 そこまではできないだろうと思います。

○前田主査

 やはりサンプル的なものになるんでしょうね。

○甲斐委員

 今,文化審議会でこういう話をやっているんですと言ったら,そこを大変強調される人がいるんです。是非とも人名,名付けのときに,そこにある音訓でやってもらいたいと。大学の先生ですけれども,学生の名前が読めない。読むと必ず間違うというんです。例えば,順番の「順」があって「子」がある「順子」。「じゅんこ」さんと読むと,「違います。私はあつこです。」ということになる。次の人に「あつこ」さんと言うと,また「違います」となって大変困る。したがって,戸籍に登録するときは漢字で登録する,あるいは振り仮名を振って登録することにしてほしいという意見なのです。しかし,漢字だけで登録して,どう読むかというのは,名付け親の考えに従うということだと思うのです。そこに何か一言あると,常識的な名前になっていくのではないかと思うのです が…。

○阿刀田分科会長

 常識的な名前にしてくれということは書いてもいいんじゃないでしょうか。それが望ましいということは。これは漢字の使用も全部含めて,いつかどなたかおっしゃっていましたね。子供の名前というのは本来矛盾するものだと…。広くみんなに知られ愛されたいという普遍的なものでありたいということと,その子のオリジナリティーを発揮していきたいという,本来的に親の矛盾する心があるわけで,それがある以上は絶対におかしなものが登場する余地はあるわけです。さりながら,やはりある程度読めるものでやってほしいというのが,こういうことをやっていく一番大前提にあるので,さっき市川委員がおっしゃった漢字に対する愛着というのは,ものすごく大事なことです。本当に漢字がだんだんこうなっていく中で,我々国語に関する人たちが漢字をどう思っているかというのは,ものすごく大事な問題だけれども,漢字文化の伝統をきちっと伝えていくというのは本来的に常用漢字表という考え方とは矛盾するところから出ているんじゃないかなと思います。
 この表を考えていく中では,残念ながら市川委員のお考えは少しわきにいていただいて,そのことを訴えるのはもっと別な方法でやらないと,何千とかいう漢字に制限していくこと自体が漢字文化を継承していくことからは少し逸脱している道だと思います。ですので,その辺りは少し別個に考えていかないと,やっていけないかもしれないと危惧しております。

○松岡委員

 確かに難しいところですね。簡略化といっても中国の漢字のように,あそこまで簡略にしてしまうと全然表意文字としての機能を果たさなくなってしまって,表音文字とどこが違うのかというふうになってしまう。ですから,私が漢字が大事だと思うのは,漢字を見ればイメージが浮かぶという部分が大事なところだと思うので,確かにその辺りは難しいです。

○前田主査

 時間も超過してまいりましたので,今日はこの辺りで終わりにしたいと考えていますが,「本日の論点2」のところの新常用漢字表と別に固有名詞用の漢字表を作るということは,どうも難しいという方向で御意見が一致したように思います。その点,よろしいでしょうか。(委員会了承)
 その上で実際に固有名詞の漢字についての問題は,いろいろ議論もまだ残っておりますので,これについては更に考えていくということにしたいと思いますが,それでよろしいでしょうか。ほかに特におっしゃりたいことがございましたら,どうぞ。

○林副主査

 固有名詞用の漢字表を作るというふうな言い方で言われたけれども,要するに地名も人名も,姓も名も全部一緒にした漢字表は非常に難しいということですね。姓名の「名」辺りについては,その漢字表を作ることの是非については,今日はまだ詰まらなかったということですね。

○阿刀田分科会長

 そういうことだと思います。

○前田主査

 次回の議論について,事務局から何かあればお願いします。

○氏原主任国語調査官

 最後に前田主査から御確認いただきました漢字表を別個に作るという話は,やはり難しいという御意見で共通していたのではないかと思います。ただし,実際に漢字表を作るかどうかということについては,次回に結論を出すということにしたらいかがでしょうか。今日の別枠ということで,配布資料2の3ページの(1)に固有名詞用の漢字として,例えば,岡山の「岡」,大阪の「阪」などが出ております。
 これらの字の扱いについては,どういう字種を新常用漢字表に入れていくかという議論の中で検討することになっています。この時に,新常用漢字表に岡山の「岡」を入れるとか入れないとかという議論になるわけですが,入れるなら入れるという話になるでしょうし,入れないとしたら別の表を作成してそこに入れることが考えられないかどうかということで,そこでもう一度,漢字表の作成についての議論ができるのではないかと思います。
 ですから,最終的には,そこできちっとした結論を出すということにしてはいかがでしょうか。

○前田主査

 それでは,そういう考え方で行くことにしたいと思います。本日はこれで閉会します。

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