議事録

第17回国語分科会日本語教育小委員会・議事録

平成20年1月19日(月)
10:00〜12:00
旧文部省庁舎第1会議室

〔出席者〕

(委員)
西原主査,杉戸副主査,岩見,加藤,佐藤,中神,中野,西澤,山田各委員(計11名)
(文部科学省・文化庁)
匂坂国語課長,西村日本語教育専門官,中野日本語教育専門職ほか関係官

〔配布資料〕

  • 国語分科会日本語教育小委員会における審議について(案)
    〔日本語教育の充実に向けた体制の整備と「生活者としての外国人」に対する日本語教育の内容等の検討〕

〔参考資料〕

  • 国語分科会日本語教育小委員会における審議について
      −今後検討すべき日本語教育の課題−

〔経過概要〕

  1. 事務局から配布資料の確認があった。
  2. 事務局から配布資料「国語分科会日本語教育小委員会における審議について(案)」について,前回からの修正点の説明の後,全文を読み上げた。その後,配布資料の内容に関し,質疑応答と意見交換を行った。その結果,大筋で了承され,1月27日の国語分科会に出す資料については,出された意見を踏まえての修正を含め主査一任とされた。
  3. 第40回国語分科会総会は,1月27日(月)の14:00から16:00まで文部科学省3  F1特別会議室で開催することが確認された。
  4. 質疑応答及び意見交換における各委員の意見は次のとおりである。
○西原主査
定刻となりましたので,今期最後の第11回,通算で第17回日本語教育小委員会を開会させていただきます。
まだ御記憶に新しいところだと思いますけれども,配布資料は前回の御意見を踏まえて修正され,まとめられています。これは,1月27日に開催される国語分科会の総会で報告することになります。また,その2日後,1月29日に文化審議会の総会が開催されますけれども,そこでは国語分科会の報告としてこの審議のまとめを説明することになります。
まず配布資料の「はじめに」と「?」の部分について,文言としての御意見がありましたらお願いします。私が気が付いたところは「はじめに」の第2段落の,「地域に在住する外国人にとっては,…という状況にあるといった課題が指摘されている」という部分です。1ページの第2段落の第2行からです。「しかし,地域に在住する外国人にとっては,通学できる範囲に日本語を学べる教室が必ずしも開設されていないという状況や,仮に開設されていたとしても,外国人の多様なニーズにこたえられていないという状況にあるといった課題が指摘されている」の部分です。「外国人にとっては」はどこまで掛かるのでしょうか。
○山田委員
「こたえられていないという状況」ということなんでしょう。
○西原主査
 
文が長すぎるのでございましょうか。
○西原主査
「外国人にとっては,…状況にある」と続いていいんでしょうか。「が」の方がいいですか。「にとっては」又は「外国人は,…という状況にある」だったら続くんですね。そうしないとねじれ文になると思うのですが…。
○杉戸副主査
「とっては」を受けるところはどこかと問われると,すぐ後ろの「通学できる範囲に…」という,それだけかなと思っていたんです。なので,それを「地域に在住する外国人が」と直すという案ですね,その方がいいかと思います。
○西原主査
「地域に在住する外国人が…という状況にある」と言ってはだめなんでしょうか。読んでいるときは何も気が付かなかったんですけれども,朗読していただいたときに「おやっ」と思ったんです。「が…という状況にある」としたら一番いいかなと…。
○山田委員
それでいいと思うんですけれども「地域に在住する外国人が」というのは,「教室が必ずしも開設されていない」で切れてしまって,「や」から後は,後ろの「外国人の多様なニーズ」というのが…。
○西原主査
それも「状況」で結ばれているんですね。だから,「状況」が二つあって,外国人は二つの状況にいるということですよね。
○山田委員
そうですね。だから,短く掛かっている,そして「状況」というところで切ってしまって,「や」から後はもう一つの状況ということで,それの主体は「外国人の多様なニーズ」ということだとして二つに分けてしまうということができます。
○岩見委員
これは,「は」を除けば,そんなに後ろまで掛かってこないんじゃないんですか。「しかし,地域に在住する外国人にとって,通学できる範囲に日本語を学べる教室が必ずしも開設されていないという状況」が外国人にとってあるわけです。そこで切れて,「仮に…」というのが後ろに付く。「とっては」と「は」が入ると,最後まで続くような形になるので。
○西原主査
「地域に在住する外国人は,通学できる範囲に日本語を学べる教室が必ずしも開設されていないという状況」ではなくて,「地域に存在する外国人にとって,通学できる範囲に日本語を学べる教室が必ずしも開設されていないという状況があり,仮に開設されていたとしても,外国人の多様なニーズにこたえられていないという状況がある」とするということですね。
○山田委員
そうでしょうね,二つに分けるのだったら。
○西原主査
二つに分けるのだったら,「があり」を入れますか。
○山田委員
「があるといった課題が指摘されている」ではどうでしょう。
○西原主査
「地域に在住する外国人にとって,通学できる範囲に日本語を学べる教室が必ずしも開設されていないという状況があり,仮に開設されていたとしても,外国人の多様なニーズにこたえられていないという状況があるといった課題が指摘されている」ですね。この方がいいですか。(→了承)
○佐藤委員
全くの意見で,修正する必要はないと思うんですが,今のところもそうなんですが,文章が長過ぎはしないかと思うんです。つまり,もしもこれを外国人の方が読むとすると,極めて難しい。一文が非常に長いものは,例えば今の問題もそうなんですが,二つに分ければいい。「はじめに」のところの最初の文章も非常に長いですよね。
○西原主査
5行ありますね。
○佐藤委員
そうですね。そして,第3パラグラフについても非常に長いですよね。私たちは審議をしていますからよく分かりますけれども,初めて読んだ方々が果たして分かるのかどうかといったことを,これはこれで結構だと思いますけれども,できる限り短くして,分かりやすくすべきだと思います。
○西原主査
次期への宿題として,今度は現場にいらっしゃる方に標準的内容あるいはプロトタイプを示すというときに,こういう文章ではとても困るということでございますね。
○佐藤委員
ええ,今の議論もそうだと思いますが,やや分かりにくい部分もありますので。
○西原主査
長いですね,特に最初の部分は。
○佐藤委員
気になるのは,「はじめに」のところが特に長いということです。
○西原主査
ええ,そうですね。「はじめに」のところが特に長いのは,さっき参考資料として差し上げております前期の部分を踏まえているために,要約しようとして長くなってしまったということだと思います。すみません,この際はこれで御容赦いただいて…。
○佐藤委員
ええ,結構でございます。
○西原主査
ほかに「はじめに」と「?」につきましてはいかがでございますか。
○山田委員
配布資料の4ページの「2 各機関の連携協力の在り方」というところの第3パラグラフ,「また」から始まるところです。この日本語教育小委員会ではボランティアに依存した体制,体質といったことについて問題が指摘されてきました。それは今の「審議について」という報告の中にたくさん出てくるんです。その第3パラグラフの2行目は「ボランティアや専門家のほかに,一般市民の参加が」となっているんです。これは「ボランティア」が「専門家」よりも前に出ているということで,「やっぱりボランティアか」と思われるといけないので,「専門家やボランティアのほかに」と逆に入れ替えた方がいいと思います。それは,5ページの一番上の行に,その前のページの下から受けて,学校教育ではということで,「専門家やボランティアによる支援が得られるよう」と,こちらの方では「専門家やボランティア」となっているので,どうしてこの違いがあるのかといったことになりかねない,なるとまずいので,そのようにして「専門家」の方を前に出して「ボランティア」を後に出すというのが意見です。
○西原主査
これはいかがでございましょうか。それでよろしいでしょうか。(→了承)
では,それはそうさせていただくようにいたします。その他,「?」についてございますでしょうか。/dd>
○加藤委員
日本語学校の立場からです。配布資料の「?」の「2 各機関の連携協力の在り方」の第2パラグラフの中に「日本語学校等の日本語教育機関」と入っているのですが,5ページの「3 地域における日本語教育で必要とされる機関及び人材とその役割」というところには,日本語学校という文言が抜けています。できたら「日本語教育機関」というのを第2パラグラフの「大学や研究機関の研究者,企業人,国際交流協会関係者,NPO関係者,ボランティア,在住外国人等の協力を得て」というところに加えていただきたい。
○西原主査
そうしますと,「国際交流協会関係者,NPO関係者,ボランティア」の中に日本語教育機関というのを加えるということですね。
○加藤委員
「日本語学校等の日本語教育機関」ということです。
○西原主査
順序は,どこに入れたらよいでしょうか。「日本語教育の企画・運営を行うため」の主語は,「都道府県及び市町村は」ですね。5ページの「3」の第2パラグラフの「大学や研究機関の研究者,企業人,国際交流協会関係者,NPO関係者,ボランティア」は,機関ではなくて,人々を入れているんですね。
○加藤委員
「大学や研究機関の研究者」の後ろに「日本語学校等の日本語教育機関に所属する日本語教師」というのはいかがでしょうか。
○西原主査
「所属」を言わずに,「研究者」の後ろに「日本語教師」とだけ書けばよろしいのではないでしょうか。あとは「企業人」。
○加藤委員
そうですね。「日本語教師」と入れる。それで結構です。
○西原主査
では,そこに一つ,「企業人」の前に「日本語教師,」を入れていただく。そこまででよろしゅうございますでしょうか。(→了承)
それから,先ほど日本語教育専門職の中野さんがお読みくださったときは,6ページの下から4パラグラフ目の「以下,本小委員会では」の一番最後のところを「指導方法等に関する本格的な検討」とお読みになったんですけれども…。
○日本語教育専門職
すみません。読み間違いです。「指導法等に関する本格的な検討は今後の課題である」です。「指導方法等」ではなく,「指導法等」ですね。用語を統一し,「指導法」と致しました。
○西原主査
では,それで結構です。思わず読んでしまったという話ですね。では,「指導法」に戻していただきます。
「?」のところはいかがでございましょうか。
○岩見委員
「?」の最後のところです。「標準的な」という教育内容のガイドラインを示すようなことが書かれていて,「?」に「教材のプロトタイプ(原型)」という文言が出てきます。「プロトタイプ」という言葉には,車の世界では大量生産を出す前の試作品みたいな,そういうイメージがあるようですけれども,試作品というイメージの「原型」という文言が気になります。
○西原主査
「プロトタイプ」は,私がどうしたらいいかと思って片仮名語を付けました。そうしたら事務局が「(原型)」としてくださったので,一層分かるようになったかなと思ったんですが…。
○岩見委員
ええ,とても良くなったと思います。ただ,ちょっとここで1点。配布資料の8ページの第4パラグラフですが,「大分類・中分類・小分類」とあって,その2行目です。「日本語コミュニケーション能力を求められると思われる「生活上の行為」を段階的にまとめたもの」であるこの「大分類・中分類・小分類」で,その前に7ページの最後のパラグラフにこの教育内容について,「その事例リストを階層化し」と書いてあるんです。この「大分類・中分類・小分類」というのは,階層的にだんだん詳しくなっているわけですよね。何か「段階」というと,レベル的な学習段階といった誤解を招くおそれがあるのではないでしょうか。
○西原主査
「階層的にまとめたものであり」の方がよろしいですか。
○岩見委員
よろしいのではないでしょうか。「階層的にまとめたものであり」,あるいは「階層化し」の方がいいのかと思います。
○西原主査
「階層化したものであり」ですかね。「生活上の行為」を階層化したものであり」,それはその前のページの「階層化」ということに連動しているということになります。
○岩見委員
合わせるということですね。
○西原主査
はい。では,「階層化したものであり」と致します。
○山田委員
8ページの(2)の第3パラグラフで「そこで」から始まるところなんですが,その2行目に「「大分類・中分類・小分類」と,それを説明する具体的な「事例」となっているんですが,「それを説明する」というのが,「事例」によって説明しているという点が不明瞭ではないでしょうか。
○西原主査
それは取ってしまってもいいですね。「大分類・中分類・小分類」と具体的な「事例」から成る。
○山田委員
ええ,そう思います。
○西原主査
はい。「それを説明する」を削除。それから,「段階的にまとめた」を「階層化した」に変更します。
では,「?」につきまして,いかがでございましょうか。
○岩見委員
評価についてですけれども,2ページの「(1)国の担うべき役割」の二つ目の丸に,「この指針を踏まえつつ,「生活者としての外国人」に対する日本語教育に係る日本語能力の測定方法及び指導力の評価方法についても,一定の指針を示すこと」と「方法」という言葉が使われているんです。今,その評価について,自律学習のための自己評価によって,学習の動機付けを学習者自身にさせて,自律学習を促すということがよく言われています。その自己評価表というのはいろいろな機関で試みが行われていると思うんです。そのことは,評価の方法について,地域の外国人の実情を考えると,改めて見直すべきかなと思っているんです。そこで,9ページの最後の評価の文章なんですが,「評価方法」というのを入れてはどうでしょうか。
○西原主査
「必要な日本語能力を客観的に測定するための評価方法及び評価規準」と「方法」を入れてもよろしいですか。
○岩見委員
「客観的に」というのになじむでしょうか。
○西原主査
「客観的に」というのは,とにかく,だれがやっても同じようにできるということを「客観的に」とこの場では言いたいのだと思うのです。
○岩見委員
それでしたら,そのように「客観的に測定するための評価方法及び評価規準について」でいいと思います。
○西原主査
いかがでございますか。その辺はどうしたらよろしいでしょうか。
○佐藤委員
いや,規準は開発できても,方法まで本当に入れるのかどうかということは,議論しておくべきですね。前に書いてはありますけれども,規準は作って,その規準を具体的にそれをどのようにして適用していくのかという方法そのものについては検討が必要だと思います。つまり,規準は一応作るけれども,方法までということになるのかどうかというのは分からないですよね。
○岩見委員
規準を考えるときに,やはり方法も一緒に考えていかないといけないんじゃないかと思うんです。
○佐藤委員
やるとなれば,是非入れていただいた方がよろしいかもしれません。
○西原主査
「方法」というと,いわゆる試験の開発に近くなりますね。
○佐藤委員
自己評価の規準ぐらいは作れるかもしれないけれども,どのような方法でということになると,かなり具体的なレベルになりますので,その辺まで示すことができるのかどうかということです。
○山田委員
「評価方法及び」という文言を加えてはいけないという理由はないと思います。それから,評価方法を具体的に定めるかどうかについてですが,今,岩見委員がおっしゃったように,他者評価だけではなくて,自己評価とか,あるいは相互評価とか,そういう方法も必要だというレベルで検討しておいて,厳密に方法を幾つも出して,それに対する規準がこうだということをまた細かくやっていく必要はないと思うんです。それができればいいですけれども,できなくても,評価の方法は一つではないといったことも含めて入れられるのだったら,検討の一つのテーマにしてもいいと私は思います。
○西原主査
そうしますと,「日本語能力を客観的に測定するための評価規準及び評価方法についての検討を行う必要がある」でよろしいでしょうか。
○佐藤委員
それでいいけれども,この「評価規準」というのは「規準」になっているけれども,「規準」と「基準」とは違いますよ。だから,「規準」というのは一体どういうことを意味しているのかというのをちょっと考えないといけないですよね。学校教育における「規準」というのは,かなり抽象度の高いものですから。そして,その中に例えば態度,意欲,関心とか,知識とか,いろいろなものがあります。このようなものに従って,自己評価であったり,他者評価であったり,客観的なテストであったりといったものを「基準」と普通は言うわけです。ですから,今のような議論というのは,多分「規準」ではなくて,もっと具体的な「基準」に近いものの議論にもなりかねない。ここではかなり高いレベルのスタンダードを考えるべきなのではないでしょうか。
具体的な方法になってしまうと,いろいろな方法がありますという議論になって終わってしまうわけです。
ですから,そこをどうするのか,それを設定した上で,その規準というものを具体的にどういう形で実際に評価していくのかということまでこの中で議論するのかどうかというところをはっきりさせる必要があると思うのです。別に入れることに反対では全くありません。
○西原主査
そうすると,「方法」ではなくて,「規準」の次に来るものは何ですか。
○佐藤委員
まあ,「規準」の次は「方法」なんでしょうね,やっぱり。「規準」があれば,当然その「方法」があるわけでしょう。
○西原主査
できれば,それこそ自己申告制にするのか,それとも,例えばコンピューターベースのテストみたいなものがあり得るのかといったことまで示唆した方がよろしいですよね。
○佐藤委員
と思います。だから,「方法」を示唆するのであれば,「方法」まであってもいいと思います。
○西原主査
「規準と評価方法」というところまでにらんで取りあえずは出発しますということでよろしいでしょうか。
○杉戸副主査
「規準」の「規」の字について質問しようと思っていたんです。この「のりじゅん」とおっしゃる「規準」は意図的に選ばれたんですか。「基礎」の「基」という用字(「基準」)で,文字遣いで今までいろいろな資料が出てきている。参考資料には,さっき念のために見たんですけれども,「きじゅん」という言葉が出ていないんです,残念ながら。ただ,ほかの関係資料では「基準」の方が多くて,「規準」というのはおっしゃるようにかなり重い用語だと私は思って,ここに2か所「規準」が出てきていることがいいことなのか,あるいは意図的というか,それを踏まえた用字であるのかということを質問しようと思っていたんですが。
○西原主査
そこからちょっと離れてよろしいですか。国際交流基金の方が来ていらっしゃるのですけれども,Standardsというのを訳すと,どっちになるんですか。
○西澤委員
我々が使っている意味でいうと,そのどちらでもないと言った方がいい。枠組みみたいなものとしてとらえていますので。
○西原主査
そのような感じですね。
○西澤委員
ええ。ですから,それとは直接関係ないとお考えいただいた方がいいんじゃないかと思います。
○西原主査
 さらにその外枠に,私たちが作るようなものの外枠に,Standardsではなくて,共通参照枠があると考えてよろしいんですね。
そうすると,学校教育の中では,まず「規準」を考えるのでしょうか。
○佐藤委員
「新しい学力観」が出たときに,その学力観というのをどう測定していくのかというときにこの「規準」が出てきているはずなんです。ですから,かなり抽象度の高いものを指しています。
○西原主査
それが「基礎」の「基」になるためにはどういうことが必要なのでしょうか。
○佐藤委員
それは,その「規準」というのをもうちょっと具体化して,例えばこの観点だったら具体的に何ができたのかとか,到達目標みたいなものをそこからどう設定していくのかというのを,我々の世界では考えるんです。例えば,「意欲が持てる」ということでは,どうなったら意欲が持てたのか。「意欲を持つ」というのは「規準」ですよね。興味・関心があるとか,興味・関心を高める。そして,具体的にそれをどのような形でその意欲・関心が高まったのか測定していくのかというのが,「基準」の基になるわけです。
○西原主査
そうしますと,こういう解釈も可能ですね。つまり,ここに出てきている「別紙」というのが「基準」の基になると。
○佐藤委員
そのように,余り言葉にこだわらなければ。つまり,私たちはこれを「基準」にしています,これに具体的にどのようにして到達したかということを見ます,具体的にはそれをこんな方法で私たちは考えます,ということであれば,議論としては成立すると思います。
○西原主査
そうすると,それを踏まえて,「客観的に測定するための評価規準」という場合には,「規」のままではまずいんですか。
○佐藤委員
普通は今,杉戸副主査がおっしゃる「基」の方を使うというふうに考えます。
○西原主査
さて,我々はどう決意したのでしょうか。来年度,また次期に対してどういう申し送りをするのでしょうか。
○山田委員
意見ですけれども,今,佐藤委員がおっしゃるようなことであれば,これを「基」にしても全然問題がない。それで,「評価」という言葉とセットになるのは,この「規準」ではあり得ないということですよね。
○佐藤委員
いや,そんなことはないです。要するに,何を評価するか,どこを評価するかという議論ですから。例えばどの程度かという議論と何を評価するかによってちょっと違ってくるだろうと思うんです。
○西原主査
日本語教育というものが自治体の各レベルで私たちが推薦するような項目を含んだ形で実践されていくという場合には,日本で生活者として生活するために,日本語を母語としない方々が持ってくれることを期待するコミュニケーション能力を私たちは評価するんですよね。そして,それを評価するために,それを「規準」と呼ぶかどうかは別として,いろいろな項目立てをしなければならない。それは,何ができるかということと,どの程度できるかということがあって,現場ではそれを言語及び非言語の項目に砕いてほしいと思っているわけです。そうすると,この日本語教育小委員会が示す「具体的な」というところの評価の対象となる項目というのは,言語要素及び非言語要素にブレークダウンされた行動というか,生活の行為というものを,どの程度評価するかということになっていくんでしょうか。
○山田委員
中国帰国者のために文化庁が作った教材,教科書があるわけですが,そのときは知識というのが非常に重要だという視点があって,言語の運用とかやりとり,コミュニケーションの裏付けになるのは知識であって,かつ日本語の能力が一定以下だと,その知識の量とか質によってできることが違ってくるので,それも重要な要素だと言ったんです。そうすると,ここで今回提示するような目的・目標と内容という一覧表は,そういうものを十分含むことが予想されます。
○西原主査
そうですね。ただ,知識をそのまま測りたいということになりますと,日本語では無理です。別の方法でないと。
○山田委員
例えば,これはイギリスの例だったと思うんですけれども,女王の名前を聞いたり,そういうのも語学のテストの中に入っていたと思うんです。ですから,純粋に知識を英語で聞くということはあるのかなと思うんです。
○西原主査
分かりました。英語でということ,そこが縛りですね。つまり,私たちにとっては日本語でということになります。この人は何を知っているかということと,何を知っていると表現できるかということとは別のことです。イギリスの場合も,英語で何を知っていると表現できるか,つまりコミュニケートできるかという話になりますね。
○山田委員
ああ,そうか。今の発言は撤回します。行動能力には,日本語のやりとりだけではなくて,その背景にある知識も必要ですから。それも何らかの形で評価の対象になるのではないか。そういう整理です。
○西原主査
例えば,「電気をつけてみて」と聞くとします。それは当然,エネルギーの使用方法を知っているというところから発現される能力で,知識というか,スイッチを押してパチッとやるということにそれが体現されていくわけです。しかし結局その知識を知っているかどうかというのは,「電気をつけてください」ということが分かったということを前提としてのみテストできることです。という意味で,私たちは知識だけを純粋に測るということは,できようもないというか,できるためには全く別の手段が必要だし,日本語でということを前提とせざるを得ないじゃないですか,ということです。
○中野委員
一つよろしいですか。配布資料の9ページの「? 今後の課題」ですが,「日本語コミュニケーション能力」の評価ではなく「日本語能力」と,あえて「コミュニケーション」が落ちていますね。
2ページでは,真ん中辺りの「この指針を踏まえつつ」というところで,「日本語教育に係る日本語能力の測定方法」と書いてございますね。ですので,これはあえて日本語というところを測定しようということなのかなと思いました。本当は日本語コミュニケーション能力全体を評価できると一番いいと私は思うのですが。
○西原主査
「日本語能力」を「日本語コミュニケーション能力」と標準的に書き換えてしまっていいのかどうなのかですけれども。
○中野委員
この裏には,コミュニケーション能力全体を評価するというのはちょっと課題として大きいので,あえて「日本語能力の測定」と書かれたということがあるのかなと思ったんです。もしコミュニケーション能力全体ということになってくると,2ページの「日本語能力の測定方法」とも連動させて修正した方がいいような気がしたんですけれども,かなりニュアンスは違いますね。「日本語能力の測定」と「日本語コミュニケーション能力の評価」というのは多分現実には違ったものになるのかなと思うのです。
○西原主査
「日本語コミュニケーション能力」と言い換えた方がいいのかもしれません。と申しますのは,6ページから7ページにかけての「日本語教育の目的」というところが,「外国人が日本語でコミュニケーションを行い生活できるようになることを日本語教育の目的」としているわけです。ですから当然,大きく言えば,そのことが評価されるわけです。
○中野委員
そうですね。では,この「?」の「3」のタイトルも変えた方がよいのではないでしょうか。
○西原主査
そうすると,一律変換してみて,いいかどうかというのをちょっと検討させていただいてよろしいでしょうか。一括置換というのはできるのですけれども,そのようにコンピューターでやってみて,変なことになるとちょっと困るので。意味としては,そういうことだろうと思うんです。大きな目的に沿って,どの程度そのことが達成されているかということの測定になりますので。そうしますと,それはちょっと検討させていただくということで,9ページの一番下から2行目,「「生活者としての外国人」に必要な日本語コミュニケーション能力」としていいかどうか,全体的に検討させていただきます。  そして,「測定するための評価規準」は「規」ということでよろしいでしょうか。
○杉戸副主査
「評価方法」も追加するわけですね。
○西原主査
はい。
○杉戸副主査
「方法」を書き足すのであれば,「基準」にして「方法と基準」としてはどうでしょうか。
○西原主査
では,「基準及び評価方法についての検討」ですね。
○杉戸副主査
その二つを並べれば,「規準」は当然検討せざるを得ないことになりますので,そこに入ってくるという理解でどうでしょうか。
○西原主査
そうですね。
10ページの最後の4行はいかがでございましょうか。これもこの間かなり議論が沸騰したところでございましたけれども,このように落ち着けてよろしいでしょうか。そうすると,この「評価規準」の方,これは「規」でよろしいですか。「規」にとどまってよろしいですか。
○佐藤委員
合わせる必要がなければ,こちらは「規」の方がいいのかもしれません。
○西原主査
そうですね。
○佐藤委員
つまり,指導力というのは一元的にとらえられるわけではないので,多元的にいろいろな側面を観点別に示していくということから,この方がよろしいんじゃないかと思います。
○西原主査
そうですね。
○中野委員
「別紙」なんですけれども,このタイトルですが,「日本語教育の目的・目標と」の後,ここは「内容」でよろしいんでしょうか。「標準的内容」と「標準的」という文言をあえて入れる必要はないのかもしれないんですけれども。
○西原主査
これは,5ページのタイトルと連動していると思うんです。5ページの四角の中に入っている「? 「生活者としての外国人」に対する日本語教育の内容等について」のその「内容」というのと連動していて,かつ7ページの「「生活者としての外国人」に対する日本語教育の内容」と言っていることと連動した「別紙」ということになっておりますので,これそのものが内容でないということはあちこちで断っています。
○中野委員
「内容を検討する」というときにはあえて「標準的」は要らないと思うんですが,この「別紙」はかなり具体的な内容を提示しているものなので,ここは「標準的」と書かなくて大丈夫かなとちょっと思っただけです。
○西原主査
ここはそこまで踏み込んでいないと思うんです。かなり大枠にとどまるということをあえて示したいところだと思うので,これが「標準的内容」ですと言ってしまう,そのもう一つ前の段階の話がこれではないかと私は理解しております。
○中野委員
はい,分かりました。
○日本語教育専門官
加えまして,西原主査とも御相談させていただいた結果なんですが,この「別紙」の「(案)」は本小委員会及び分科会で御承認いただいた後も引き続き残す,この「別紙」は飽くまで案のままという形で今後もあるんだということでございます。
○西原主査
今,西村日本語教育専門官が御説明くださったのは,配布資料の1ページ目のタイトルの「審議について(案)」の「(案)」は本日の審議の後に取れます。けれども,別紙の「(案)」というのはそのまま残る。「(案)」として,精査しなければならないものの基であるということをそのまま表上に残させていただくということであろうと思いますが,いかがでございましょうか。
○杉戸副主査
そうしますと,今のところで8ページを改めて読みますと,(2)表題にも「標準的な」という言葉が付いています。そして,その第3パラグラフ,「そこで」で始まる1行目にも「日本語教育の標準的な内容の大枠として」とある。それから,第4段落にも3行目から4行目に「取り扱うべき標準的な内容の大枠である」と「標準的な」を付けているんです,8ページまで行くと。
○西原主査
そうすると,これも中野委員が御指摘になったように変えておいた方が無難でしょうか。これもお任せいただいてよろしいでしょうか。ちょっと事務局と詰めて,ここを変えたのであるからここも変えるまで行くかどうかということをちょっと検討させていただきます。
○岩見委員
標準的な大枠の内容の案なんですよね。ですから,よろしいんじゃないでしょうか。
○西原主査
案ですから,「標準的な内容」にしてよろしいんでしょうかね。ちょっと検討させていただきます。即答はちょっと致しかねると思うのですが,ありがとうございます。
それから,いろいろな団体が協議・連携に加わる必要があるということを言っています。そして,その後にどんな人たちがということが書いてあります。その中に「一般市民」というのはあるのですけれども,「外国人市民」というのはないんです。ここは何かもう一つ「外国人」ということを言わなくてよろしいでしょうか。
○山田委員
「一般市民」に入っているんじゃないかと思います。
○西原主査
「一般市民」の中に「外国人」も入っていると考えてよろしいんですね。
○山田委員
はい。
○西原主査
では,それで結構です。
ほかに,細かくても結構ですが,何かございますでしょうか。今日で一応この検討は締め切らせていただいて,今御提案があって預かりになったものにつきましては,御意見を踏まえて検討し,修正させていただきます。今預かりと言った「標準的内容」につきましても,8〜9ページを変えたということに連動させてここまで変えてしまって本当によろしいかということにつきましても検討させていただきます。小さな御指摘のあったその他の文言の入れ換えにつきましては,そのようにいたします。それで27日を迎えてよろしゅうございますでしょうか。(→主査一任を了承)
今期は本当に積極的に委員の方々が御参加くださり,御審議いただきまして,本当にありがとうございました。
これで今期の審議が終わることになります。そして,報告につきましては,私がさせていただくということになりますので,そこのところにつきましては,一生懸命努めますので,どうぞよろしくお願いいたします。
本当にこれからの課題をまとめたということになるわけでございますし,これからの方が責任が一層重くなるということになるかと思いますけれども,ここまで御協力いただきましたこと,本当にありがとうございました。それでは,今期最後,第17回の日本語教育小委員会を閉会といたします。御協力ありがとうございました。
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