国立メディア芸術総合センター(仮称)設立準備委員会(第2回)
議事録

1. 日時

平成21年7月8日(水) 10:00~12:00

2. 場所

旧文部省庁舎 講堂(6階)

3.議題

  1. (1)関係者からのヒアリング
    • ○松本零士氏(マンガ家)
    • ○樋口真嗣氏(映画監督)
    • ○桶田大介氏(日本アニメーター・演出協会監査理事(兼)顧問弁護士)
  2. (2)その他

4. 出席者

(委員)

安藤委員,石原委員,植松委員,さいとう委員,里中委員,土佐委員,中谷委員, 浜野委員,林委員,古川委員,森山委員,山口(布川委員代理)

(オブザーバー)

阿部氏,岡島氏,甲野氏

(事務局)

高塩文化庁次長,清木文化部長,関長官官房審議官,清水芸術文化課長, 村上経済産業省文化情報関連産業課長

(欠席委員)

神村委員,水口委員

(欠席オブザーバー)

阿部氏

○浜野座長

 ただいまから国立メディア芸術総合センター(仮称)設立準備委員会第2回を開催いたします。
 本日は,ご多忙のところご出席いただきまして,まことにありがとうございます。有識者として本日,松本様,樋口様,桶田様にお越しいただいております。ご多忙中のところご出席いただきまして,誠にありがとうございます。有識者の方々には後ほどお話をお伺いしたいと思いますので,本日はどうぞよろしくお願いいたします。
 なお,カメラの頭撮りは配付資料の確認までとさせていただきます。
 会議に先立ちまして,事務局から配付資料の確認,説明をお願いいたします。

○清水芸術文化課長

 それでは,会議に先立ちまして,お手元の配付資料の確認と簡単な説明をさせていただきます。

 〈配付資料の確認〉

 それでは,カメラの方はこのあたりでということでよろしくお願いしたいと思います。

○浜野座長

 前回は第1回の委員会ということで,各委員,オブザーバーからさまざまなご意見をお伺いしました。この設立準備委員会では,基本計画を作成することを主な目的としているので,前回の委員会の最後に,私のほうから各委員の方々に対して,各分野にかかわる事業内容,施設内容,管理運営などに関する提案募集をし,また,関係団体の意見をまとめていただきたいことを提案させていただきました。先ほど事務局からご説明がありましたが,各委員,オブザーバーに資料3の提案の様式が送付され,また,広く提案募集をすることから,ホームページに提案募集案内が掲載されております。
 各委員の皆様におきましては,7月13日(月)までに提案書を事務局に提出していただきますよう,ご協力お願い申し上げます。
 本日,お越しいただきました有識者の先生方を改めてご紹介させていただきます。漫画家の松本零士先生でございます。

○松本氏

 松本です。よろしくお願いいたします。

○浜野座長

 樋口監督は少しおくれていますが,日本アニメーター・演出協会監査理事兼顧問弁護士の桶田大介先生です。

○桶田氏

 桶田でございます。よろしくお願いします。

○浜野座長

 有識者の先生からは各10分程度のご意見を伺った後,各委員との自由討論とさせていただきたいと思います。2時間という限られた会議の時間なので,長くお話しされているようでありましたら,失礼にはなるかと思いますが,私のほうから合図を出しますので,よろしくお願いいたします。
 それでは,有識者の先生方のご意見を伺うのを11:00ぐらいまでをめどにやって,後は自由討論としたいと思いますので,松本先生から国立メディア芸術総合センター(仮称)に関して事業内容など,また,その他の意見も含めて10分ほどご意見を伺いたいと思います。
 それでは,先生,よろしくお願いいたします。

○松本氏

 ご紹介いただきました松本です。
 今回,この国立メディア芸術総合センターというのが一応予算もつけていただいて,設立されるということは,これを職業としている,メインの仕事としている人間にとってはとてもうれしいことです。うれしいことですが,1つだけその細目がまだよくわかりませんで,どういうものがつくられるかという。
 それから,ここに包み込まれる項目について,ジャンルについても,漫画で言えば,漫画,劇画,イラスト,作風及び原稿のみならず,制作に関して使った参考資料,それから,制作道具,画材を含めたそういうものをどうするのかということ,それから,これは立体的になりますが,アニメーションについても,アニメーションという単純な言葉では締めくくれませんので,アニメーションには原作,プロット,脚本,絵コンテ,原動画,美術,それから,音声,音楽というようなものがすべて包括的に包み込まれる3D的世界なんですね。そういうものをどういうふうにこの中で展示していくのか,そういう部分がもう一つはっきりしないのと,だから,全体的には3D的世界なんです。さらに,漫画の世界にも電子メディアが今,激しく進行しつつありまして,雑誌連載だけじゃなくて,電子連載,ネット連載,携帯連載というような形もとっているから,そういうものをどう処理するのか。
 それから,黎明期という言葉がこの前,新聞報道で一部分出ていましたけれども,では,黎明期をどこに置くのか,黎明期とは何かということ,鳥羽僧正までさかのぼるのか,戦後だけのものを使うのかというような,そういう問題があります。歴史をよく知っておかないと,その意味さえわからなくなるんですね。漫画の「漫」という字の意味です。北斎漫画。漫画の「漫」,さんずいへん,水ですね。また,火のような目,つまり若々しい元気な目でかく絵という意味で,どこにもおもしろおかしいという意味はないんです。漫画の「漫」という字です。これは,それから発展していって,漫画,漫才というふうにコミカルなものというふうな表現の感覚的な受け取り方になりましたけれども,一番最初の北斎漫画あたりの発想は,それとは少し違うという,そういう部分の資料,あるいは説明も必要だと思いますし,それで,館としてでき上がることはうれしいことですが,それをどういうふうに展示,保存するのかという問題で,これが大変なことになると思うんですね。そういう資料の管理及び個人個人の提供するかしないかという問題,それから,現存する現役の立場と既にお亡くなりになられたご遺族の立場もまた違うと思いますから,そういうところも正確にご意見をお伺いしてからでないと,動きがとれないわけです。
 そして,コンサートホール,劇場,あるいは展示場,映画上映施設,そういうものを組み込まないと,漫画,アニメーションという意味での表現は,展示は不可能になります。そういう包括的な意味での施設の構成が,また必要になるであろうと思います。
 そして,未来への展望。漫画王国と言われておりますが,現実は外国の青年のたちも歯を食いしばって頑張っておりまして,かつてのアメリカ漫画が一世を風靡していた時代を私はよく知っております。それが,とってかわって今度は日本に移ったわけです。そういうことで,日本は今,この漫画,アニメーションの世界が未曾有の危機に直面しているという重大な時期です。ここで新しい人材を養成することができなかったら,この日本の漫画大国と言われるこのジャンルにおいては壊滅的な打撃を受けます。そういう危機感も持っているものですから,このセンター,箱物としてこれが確立されれば,それについての防御策にもなるし,若者の育成を含めて,歴史を学びながらその土台を築いていくというとても大切な施設になると思うんです。ただの楽しむだけの展示館じゃなくて,未来への触媒です。未来への,この世界を確立していく,支えていく人材を養成する触媒としての,非常に大事な意味をこの芸術総合センターは受け持つことになると思いますので,ぜひそういう方向性でお考えいただけると,ありがたいと思うんです。
 そして,もう一つ,漫画,劇画,挿絵,特に漫画に対する,人によっては無限大の侮蔑の念を持っている人がいるのも事実です。これは自分の人生の体験上でも,その扱われ方の見るも無残な,あいさつをしても「ふん」というような,無限大の侮蔑のまなざしで返事が返ってきたり,そういう一つのこの分野に対する巨大な偏見があるわけです。そういうものを早く払拭しないと,将来については非常に厳しいことになると思う。お互いに働く者として,あるいは創作に携わる人間の立場として,その立場を明確に説明できる展示場ができればと思うんです。
 ただ,巨額の予算も要しますし,それから,内容の企画を十分に,内部構造ですね,これは。具体的に言いますと,内部構造的展示ルート,そういったものまで精密に設計をしないといけないと思いますし,最終的には私は新しい館をつくるのであれば,その全体のデザインに至るまでその方向性を意味づけるような意味での歴史的な建造物としてつくられればとてもうれしいことだと,そのように感じております。
 ですから,総合的な意味での大きな世界を包み込んだのが,この芸術センターの意味合いだというふうに考えております。漫画という単純な一言で,漫画,アニメーションというこれで締めくくれるものではなくて,それと一緒に広がっていっている3D的な大きな世界がこのメディア芸術総合センター,その中で,名称も含めて確立していき,かつ,そこに大勢の人が訪れて,それも日本の人たちだけじゃなくて,外国の人たちも来て楽しんで,十分にそこで歴史から始まり,現在,未来ということを考えながら楽しんでもらいつつ,その中から何らかの触媒を受け取っていただけるような,そういう施設になればいいと思います。
 それから,現実に漫画の原稿の保存,アニメーションの場合でも,手書きの場合は原動画はすべて手書きですから,紙とセルの世界です。絵の具とセル板に塗った色の世界,そういうものの保存,それから,その撮影に要した機材,そういったものの膨大な資料がまだ現存しております。しようがないから,捨てる人もいるわけです。
 ですから,そういうことも含めて,総合的にきちんと歴史を保存しつつ,未来に備えるという,そういう方向性が必要だと思います。
 ですから,可能であれば,なるべく穏やかにこの新しい,箱物という言い方はしますけれども,芸術総合センターというものができて,そういうすべてを総括的に展示できる大展示館ができるということは非常に有意義なことであると,そうかたく信じております。
 以上であります。

○浜野座長

 松本先生,どうもありがとうございました。  それでは,引き続きまして,映画監督の樋口真嗣監督から,国立メディア芸術総合センター(仮称)に関して事業内容など,また,その他の意見も含めて10分ほどご意見をお伺いしたいと思います。よろしくお願いいたします。

○樋口氏

 皆さん,おはようございます。
 私は純粋に言うと,アニメーション専業の人間ではありません。二毛作のように年の半分というか,最近は2年のうちの1年を実写映画の監督と特撮,CGとかのディレクションをやっておりまして,残りをアニメーションの仕事,自分できっかり分けているわけではないんですが,そのような仕事をいただけるというような環境におりまして,そのような仕事をしている。それでいくと,専業じゃない分だけ,知識,実感,その他を含めたところでちょっとずれている可能性があるかもしれませんが,その辺はご容赦ください。
 国立メディア芸術総合センターという,この数カ月の間の騒ぎというか,ここにいる方々が代議士の先生方の前で縮み上がっている姿をテレビで見るたびに,ちょっと私は悲しい気持ちになるわけですけれども,そういう印象を与えてしまっている以上,僕はこれはもう1回やめたほうがいいと思います。
 なぜかというと,国民がこれは国営漫画喫茶だという印象しかないからだと思います。そういう印象はどうやっても多分,ぬぐうことができないので,1回これを,どういう形がいいかわかりませんが,1回取り下げた形で,また新しい形でリスタートすべきだと思います。今の形をどういう形で撤回するかわからないですけれども,結局,今はもう政争の道具に使われてしまった以上,与野党ともどもがこの事業に対して何かしらいぶかしげな目を見せているわけですし,それに対してマスコミもそれを取り上げるような形になっている。逆に,僕はぬぐう方法があるのであれば聞きたいぐらいです,それを。ぬぐうことができないのであれば,1回全部きれいにリスタートするべきだと思います。そうするとやっぱり,わからないですけれども……これはおれ1人が一方的にしゃべるものなんですか(笑),そうすると,何か答えのないまま,自分の話がどんどん深いトンネルの中に入ってしまうようで,何か申しわけないので,違いますというようなことがあったら,どなたか発言していただけると助かるんですけれども,そんな気持ちで,すみません,あくまでも分析とかというよりも,あくまでも感情的な話になってしまうのですが,そう思います。
 このような施設というのは絶対僕は必要だと思いますし,あってほしいという上で今のままなし崩し的に進めてしまうと,結局だれの賛同を得ることもなく,中途半端なものができ上がってしまう。それを僕は一番恐れています。やるんであれば,おれは徹底してやってほしいと。
 また何かむかつく法律が可決されそうになっているので,児童ポルノ法という法律が可決された途端に,じゃあここに収蔵されるものは一体どうなるんだろうかと,「千と千尋の神隠し」は児童ポルノにならないんだろうかとか,そこまで議論しなければいけないのかと思うと,結構ぞっとする法案が通りそうな世界でありまして,それでいくと,じゃあさかのぼったところにおけるメディア芸術祭の入選作品の中に,それに該当するものがあるかないか。
 というか,むしろそういうことを,私はものをつくる側の人間なんですけれども,だれがそういうことを決めていくんだろうかと考えるだけで,ぞっとする世界であります。松本先生の著作にも恐らくそれが抵触するものが出てくると思うし,そうしたときに,じゃあそれをだれが判断して,だれがどう決めていくのか,それは大変恐ろしいことだと思います。
 その中でやっぱり,どなたかの意見であったかと思うんですけれども,年に一度の回り持ちというか,何かをやるのであれば,選ぶ人とかをこっちというか,公選なのかわからないですけれども,決めていく交代制でもいいから,何を選ぶかということを決めるところをきちんとしておくべきではないかなと思います。
 選んで収蔵するということが僕は,まず第一の必要なことだと思うし,そういった意味で,僕は箱物というのは大歓迎だと思います。箱がない限り,その中に入れるものはつくれませんから。
 現に,アニメーションにしても映画にしてもそうなんですけれども,今は上映する機会が限りなく減っているんですね。非常にすばらしい作品であったとしても,六本木の単館系の劇場でレイトショー公開とか,これは劇場公開と言えるのだろうかというような規模でやっていたり,非常に景気のいい話があるのというのはほんの一握りの漫画原作です。オリジナルのアニメーションと,出版社が出資基本となった,出資の主管となった,年に1本必ずつくられるアニメーションとちょっと性質が違うと思うんですけれども,やはり保護すべきというか,保護すべきはやっぱり,すごく小さい規模でつくられていながら,それを発表する機会がない,商業性は低いけれども,文化的な価値が高いがばっかりに,世の中に出ることは極めてまれになってしまうというのも一方であると思います。そういったものをどうやって保護していくか。本当は保護だと思います,これは。恐らくこういったものって,ここから先の逆風を考えると,絶滅していくものだと思うので,どうやって保護をしていくかというような考え方で行ってほしい。保護をするためのとりでとして,僕はこういう施設があったほうがいいと思います。漠然とした言い方ですけれども。
 それであと,幾つか議論の中で出てきたと思うんですけれども,人材育成ということに関しては,私は人材というのは勝手に育つものだと思っています。非常に無責任な言い方ですが,多分ここにおられる方もすばらしい方々,育ての親とかはいるかもしれませんけれども,学校だったり,そういう組織で育てられた人というのは数少ないと思います。
 今は非常に,この間もいろいろ発表とか,実態調査とかを見ると,なるほどと思うんですけれども,僕はそれはインフラの話だと思います。すみません,アニメーションの話になっちゃうんですけれども,ある才能がその思いつきを実現するための環境というものをととのえるのが,今の最大の問題であって,私がかかわっている作品でも,結局,人の取り合いになるわけですね。人の取り合いと,人というのは結局,アニメーターであったり,優秀な絵かきを取り合うことになっていくんですね。それはなぜかというと,優秀な絵かきが少ないからです。しかも問題なのは,優秀な絵かきほど手が遅いので稼ぎが少ないと。物すごい稼ぎのいいアニメーターはいるんですけれども,そういう人って大概早いんですね,物すごく。早いかわりに,水準しかかいてくれないという切実な問題がありまして,多くの演出家が求めているというのは,その水準を超えたものであって,それから先というのは無償の奉仕以外にないんです,今のところ。無償の奉仕であるし,逆にそこに何か見返りがついた瞬間にそれって多分変質してくるものだと思うので,多分,どうすることもできないと思います。
 あと許されることがあるとするならば,それが世に出たときに,誉れとして返ってくる。誉れというと,非常にあいまいな表現ですけれども,評価される。それは名声であったり,経済的なものであったり,そういった形で評価されるということで返ってくるのが一番のいい形ではないかと思います。それでいくと,本当に文化庁さんがやられているメディア芸術祭というのは毎年,私もちょっと参加させていただいていますけれども,非常にいい形で,ものをつくっている人たちに誉れを与えられているのではないかと思っております。
 なので,ちょっと意見として食い違っちゃうかもしれないんですけれども,僕はだからやっぱり,人材育成の窓口というのは,これは全く違う,それをやるのであれば,全く別の切り口が必要だし,展示,保存と同軸でやれるようなことではないと思います。やるのであれば,それはそれでまた中途半端なことになっちゃうんだったら,やめたほうがいいし,やるのであれば,本気で取り組まなければいけない。そうしたときに,おれはどっちかわからないですけれども,これは文化というよりは経済産業省とか,あっちのほうの間口ではないかなと思います。
 だから,いずれにしても,私が最近思うのはやっぱり見る力がない人が多いので,見る力を育てるような施設があるといいかなと。結局,いろいろな美術にしても,博物館とかのものにしても,それによって得られる知識によって,博物館や美術館を出たときに周りの景色が違って見えるというのが,おれは実はそういうところが箱物として非常に好きなところなんですけれども,それと同じように,やっぱりアニメーションにしても,漫画にしても,多分,世の中の人たちが漫画喫茶だって揶揄するようなのって,ちょっと腑に落ちるところがあるからだと思うんですよね。心のどこかで多分そういうふうに思っているかもしれない。
 そういう人たちが,これはすばらしいものだろうなというように,そこを見て出たときに,いいなと思う,気持ちが変わるようなものを,すごく漠然とした言い方ですけれども,つくっていただけるのがいいかな。そういった意味で,先ほど松本先生のおっしゃっていた歴史であるとか,そういったところから始めて,どんどん広げていくこと。
 ただ,それも一元的なものではいけないと思うので,本当に半年に一度どんどん展示会をしていくような,生きた設備であってほしいと思うし,そのときにいわゆる,みんなが知っているものであったり,むしろみんなが知らないものであったり,そういったものをいっぱい来る人に見せていってあげてほしいなと私は思います。時間になった割に,全く漠然とした話で申しわけないんですが,反論等は後ほど。
 ありがとうございました。

○浜野座長

 どうもありがとうございました。
 ぜひ,もしできたら館長をやっていただきたい(笑)。

○樋口氏

 一日館長(笑)。

○浜野座長

 本当,そう願いたい。
 続きまして,桶田先生から10分ほど,資料も用意してくださっていますので,説明いただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

○桶田氏

 ただいまご紹介に預かりました桶田です。本日はこのような貴重な機会を与えていただき,ありがとうございます。10分少々,お時間をちょうだいして,ご説明をさせていただきます。
 お手元の資料の確認ですけれども,資料の4-2と4-1がございます。
 今からご説明ですけれども,きょうの本論としては,この4-2,パワーポイントのものですが,こちらのプランニングを一応このJAniCA,日本アニメーター・演出協会として,こういう希望を持っておりますというご説明を差し上げようと思っています。
 その前提としまして,JAniCA,あるいはアニメーターって何ですかと,今,どういう状況ですかという点についてもちょっと説明をさせていただきます。
 まず,アニメーションの制作工程について,既に知っている前提で皆さんお話しになっていると思いますが,念のための確認といたしまして,パワーポイントの横ものの資料,1枚めくっていただきますと,このような図表がついております。アニメーションの言葉の定義としまして,ここの皆様であれば,ご承知のことと思いますが,脚本などがあって,絵コンテがつくられ,それに基づいて原画の方がレイアウトを起こして,その起こされた原画を基に動画が描かれ,昔であれば,その動画がセルに転写されてポスターカラーで色を塗り,今であれば,スキャニングをして,それがCGで色つけをされていくという工程を経ております。
 その上で,我々日本アニメーター・演出協会というのはどういう団体かというのを説明をさせていただきます。日本アニメーター・演出協会といいますのは,ここに書いてあります作画監督―監督の方も含みますが―からおよそ動画の方までを含んでいる,いわゆる職能団体と言っていいと思います。およそ現在,日本に多分4,000人強ぐらいアニメーターの方というのはおられると思うんですが,このうち現在,600名ほどが加盟をしておりまして,そのほかの賛助会員ですとか,応援団と呼ばれるような会員の方を含めますと,およそ950名程度という団体でございます。
 アニメーターの悲惨さといいますか,アニメーターって生活大変だよねなんていう報道はここ10年来,多数目にされていることと思います。そもそもJAniCAの発足というのも,アニメーターの経済環境をしっかり改善したいよねということに基づきます。それによって若者の次世代,先ほど松本先生のほうからも「若い世代が危機的に瀕しているよと,触媒にならなければいかんよ」という話がございましたけれども,まさにそこを何とかしないと,我々がもたないというような話で設立された団体でございます。
 我々は活動を行うに際して,単に訴えるだけではなくて,まず事実を知りたいと。もし,アニメーター困窮報道が単なるイメージにすぎないのであれば,それはちょっと改めなければいけないということで,まず,2007年の10月の発足後,2008年の3月に単価調査といいまして,アニメーション延べ200作品ほどについて,原画と動画の単価というのはどうなっているかという横断的な内部調査を行いました。こちらで,いわゆる巷間語られていますような劇場版とテレビの違いですとか,また,テレビの中でも深夜帯とゴールデンでじゃあどう違うのかと,また,下請けに回る構造がこの業界にもあるわけですが,元請けの部分と下請け,二次請け,三次請け,どう違うのかという点についておおまかな事実をつかみました。
 その上で,当然アニメーターの個々人の環境についても調査が必要だということで取り組みましたのが,先ほど樋口様のほうからもちょっと触れていただきました,実態調査というものでございます。これはお手元の資料の4-1の4枚目,この縦ものの資料ですけれども,こちらのほうが,ことしの5月22日に東京大学のほうで行いましたシンポジウムの概要資料というものでございます。
 これはどんな調査かといいますと,2008年の10月から12月までの間,アニメーター2,000人に対して調査票を配付いたしまして,うち728人からご回答をいただいて,アニメーターの現在の環境というのはどうなっているかという点について,会員,非会員問わず,広く調査を行ったものです。
 代表的なところをご紹介させていただきます。別紙2,この縦ものの資料の右下に書いております,ナンバリングで2と書いてあるところ,2ページ目になりますが,その上の資料をご確認いただきますとおわかりいただけると思いますが,アニメーターの世代構成としては,20代,30代が圧倒的多数を占めております。その中でも特徴的なのは,20代というのは非常に女性のほうが多いと。女性186名に対して,男性146名ということでございますので,若年層が多く,かつ女性が多い職場だということがよくわかります。
 その上で,右下の数字で4ページ目を繰っていただきますと,これは上のほうを見ていただきたいのですが,これは何かといいますと,いわゆる満足度,生活度満足度に関する国民全体の調査とアニメーターの調査を対比したものなんですが,これを見ていただければおわかりいただけますとおり,アニメーターというのは生活満足度において,国民全体と満足と不満が逆転しているような構造で,やはり不満がうっせきしているようだということがこの意識調査からもわかります。
 じゃあ,なぜそういうことになるんですかというところについてのデータですが,そのまま繰っていただきまして,右下の数字,9ページ,すみません,駆け足でご迷惑をおかけしますけれども,その9ページ目の上の段をごらんいただくとわかるんですけれども,そのまず一つの原因といいますのが,非常に長時間労働だということが挙げられると思います。今回の調査からは,月の平均の休みが大体4日,そして月の労働時間の平均が273時間という数字が出ております。アニメーターについて,貧困等が語られる場合によくありますのが,芸人ですとか,俳優,こういった職業の方々は下積み時代はしようがないんだよと,クリエイティブな産業であればやむを得ないという議論があります。大きな違いとしまして,彼らは基本的にアルバイトができる,時間において長時間拘束されているわけではないという点があると思います。この点,アニメーターはほとんど他に可処分時間がない状態で稼働しているという実態がございます。
 もう一つは,お手元の資料をそのまま繰っていただきまして,13ページ,右下のナンバリングで13ですが,ここは各種マスコミのほうでもお取り上げいただいたところですので,皆様目にとめていただいているかもしれませんが,収入がございます。上のページの右の囲みを見ていただくとわかるのですが,20代平均でとりまして,年収がおよそ110万円,30代平均でとりまして,213万円という数字が出ております。当然ながら,この金額ですと,通常これのみで生計を維持することは,特に20代であれば,東京の地場産業的なアニメということも考えますと,ほとんど不可能ということはよくご理解いただけると思います。長時間労働の上にこのような低収入,時給換算にしますと,20代であればおよそ298円というような環境では,才能あるアニメーターは育てるものではなく,育つものという樋口氏のご意見には全く同意なのですが,それが育つまでの間すら持ちこたえられないという現状がまさに今あると我々は感じております。
 その上で,そのまま1枚めくっていただきまして,14になりますけれども,じゃあそういう環境で,ちょっとこれは補足的になるんですが,優秀な人はどうなっておるのかという話です。およそ今回の調査からわかりましたのは,8割のアニメーターがフリーランス,残り1,2割がいわゆる正規雇用されているという構造です。
 したがいまして,14ページ目の上の表を見ていただくとおわかりいただけるのですが,いわゆるフリーランスで見た場合,例えば原画の方は221万円という年収になるんですが,フリーランス以外で見た場合ですと,これが一気に1.5倍近くになりまして,317万円というような構造になってまいります。
 したがって,今回の調査でおよそわかりましたことは,フリーランスが大多数を占めていて,その方々は非常に食べるのもしんどい状況である。特に若手がそうだということです。
 他方,全部が悲惨なわけではなくて,先ほど樋口氏から上手い絵かきアニメーターは取り合いだというお話がありましたけれども,実際,技能を持って経験を持った絵かきの方はきちんとアニメーターとして,職業として成り立っておるという構造があるように思います。
 結局,我々の側が主観的に意見として持っておりました考えは,以上の調査で大体裏づけられたと思います。それは,およそ30代の半ばよりも下において,商業アニメーションを担っているアニメーターの数というのが非常に少ない。少ないというのは,この産業,訴求力が何せありますもので,年間およそアニメーション関係の学科の卒業生というのは2,000名ほどおられるんですね。したがって,産業には多数流入してきますし,才能がある方々もその中にはおられる。しかしながら,長く深いデスバレーが10年以上続きますもので,なかなかそこを超えられなくて,才能のある人が残っていかない。それによって,今,30代の上,正確に言うと,中心世代は40ぐらいだと思いますが,そこのいわゆるキーのアニメーターたちに過度の負担がかかっている。それによって,彼らはスケジュール的にも非常にしんどい状況になり,制作環境にいろんな悪循環を招いているという構造があるように思います。
 すみません,前提事項は以上なんですけれども,そこを踏まえまして,じゃあ我々アニメーター・演出協会として,センターと単に呼称させていただきますが,センターに対して何を望むかという点でございます。
 結局,センターに対して我々が望むものは,単なる展示・保存施設ではなくて,先ほど未来への触媒というようなご発言がありましたけれども,まさに人材育成について何らかの機能を果たしてほしいという希望でございます。それにつきまして説明をしたものが,このA4の横の資料になりますので,ちょっとこちらのほうに目を移して,そのまま説明をさせていただきたいと思います。
 先ほどの縦のヒエラルキーの図表の次が,今,お話をしたような問題状況が生じている構造を示したものです。ここの中には,左側のところで長時間労働と低賃金と今ご紹介した問題,そして真ん中の事項では,皆様ご承知だと思いましたので省きましたが,動画工程以下の工程というのが今や9割近く海外に流出していて,国内に残っていない。それによって,国内の原画以上の工程というのが,およそ動画から入って生まれてくるものであるところ,下が枯渇しているので,次が育ってこないという状況がここに描かれております。
 なお,補足的に申し上げますと,もちろん海外への流出というのは,当初はコスト構造によるものだったんですけれども,現在は平成20年3月に経産省の近畿経済産業局のほうから出ました報告書にも記載のあるとおり,今やコストは同等でございます。中国,韓国に下請けに出すのも,日本国内で数少なく残ったスタジオに下請けに出すのも,およそ動画のお金ですとか,仕上げのお金は全く同じという構造がございます。この点が他産業の海外流出とちょっと違う点でございます。
 10分過ぎていますけれども,あとちょっとだけ,すみませんが,ちょうだいします。
 その上で,では何を希望しますかという話ですが,そのままめくっていただきまして,3枚目が模式図でございます。一言でこれを言ってしまいますと,若手の有望なアニメーターをこのセンターに集めて商業制作の制作過程を利用した人材育成というものを行っていただきたいという提案です。これはなぜかといいますと,これまで人材育成に関する取り組みというのは,動画協会様と経済産業省様なんかもここ3年ぐらい取り組んでおられまして,一定の成果は積んでいるところです。しかしながら,やっぱり先ほどの樋口氏の才能あるアニメーターは育てるものでなく,育つものという発言が何より現場の声だと思うんですが,実際にその商業作品を使って育てないと,人ってなかなか育たない。また,産業に対する与えるインパクトという意味でも,インターンシップに届く数が十数名という数では,なかなか現実にインパクトを与えられないんです。
 したがいまして,この点に加えて,さらにさっきお話のありましたアニメーションのオリジナルの製作委員会方式の増加によって,リスクを低減させるために原作物がふえたという構造がある中で,アニメーションの根本的な訴求力というのはオリジナル作品にこそあるという部分があると思いますので,この点をも含めて人材育成もさせていただきたいし,いわゆる衣のつかない制作プロダクション,ここにオリジナルの作品をつくって,発表して商業に乗せる機会というものをここで提供していただきたいというお願いです。
 では,どうやってやりますかという話について,そのまま駆け足でいきますけれども,まず,コンペティションのようなものを開いて,若手アニメーターの中でもうちょっと環境が整えば原画等,その上の工程に上れるんだけれどもというアニメーターを毎年選抜をする。その方々は,センターが何処になるのかわかりませんが,その場所に集まっていただく。これに対する指導監督というのはJAniCA,我々のほうでも補いますし,また,制作プロダクションのほうからも関与いただく。そして,ここで商業作品に乗せるコンペティション,そこでラインに乗せる制作というのは,制作プロダクションのほうでやはりコンペティションを開いて,企画を出していただく。そして,ここに選抜をされますと,基本的には人材育成の名のもとで,いわば先に,本来制作予算を払わなければいけないものを出口の部分で払えばいいよという形で,センターが一種のファイナンス機能を果たしていただく。これによって人材育成もしつつ,そこでは商業作品をやりつつ,制作プロダクションにも一定の産業振興的な援助を与えることができるだろうという案でございます。
 もちろん,この話が今回の予算組みの中の構造から逸脱していることは承知の上ですが,このお話,そもそも何でこんなことを話しておるのかといいますと,自由民主党さんのほうに実態ということで我々,お呼び出しをいただきまして,そのときにセンターの活用案を持ってこいという話でつくった案でございますので,こういうような形になっておるものです。
 その上で,その後,我々のほうでは民主党のマニフェスト検討委員会のほうにも,同じような説明をさせていただいていますし,内閣官房の知財戦略本部の推進事務局さんですとか,経済産業省のメディアコンテンツ課,もちろん文化庁の芸術文化課のほうにもお邪魔をして,同じような話をさせていただいております。
 なお,日本動画協会様にも一応お話をさせていただいて,今後こういったことについても検討協議していきたいよねというような話には一応,今,なっているところです。
 本当にこれで最後にしますけれども,その上で,じゃあセンターにとって何のメリットがあるのという話ですが,それはお手元の表の,さらにめくっていただいた数字の一番最終ページです。6のところになりますが,これは全体的な効果ですけれども,そこでつくったコンテンツというのは当然そこで先行上映的な試みができると思いますので,センターに対して,コンテンツを提供できます。
 また,いわゆる客寄せパンダ的に制作現場を見せられるのかどうかはわかりませんが,少なくとも制作現場がそこにあって,研究開発のようなことをしている。また,ワークショップですとか,あるいはトークですとか,あるいは月に何日という形で限定した公開ですとか,そういった形で制作現場に触れる機会を作ることができます。結局,海外から来る方が何を欲して日本に来るかといえば,情報や商品は今,幾らでもとれますので,何を見たいかといったら,生の現場が見たくて来るわけです。そういったものについても,この案が実現すれば,センターが一定の何かを提供できるんじゃないかというふうに思っておるところです。
 すみません,ちょっと時間を相当逸脱してしまいましたけれども,我々の側からの要望と提案というものは以上で終えさせていただきます。
 ご清聴ありがとうございました。

○浜野座長

 どうもありがとうございました。
 次に第1回の委員会でご都合が合わず,出席できなかった安藤先生から,本日ご意見を伺いたいと思いますので,先生,よろしくお願いいたします。

○安藤委員

 安藤です。先日はすみません,欠席いたしましたので,書面で私の考えをお示ししましたけれども,ちょっと補足的なことも含めて意見を述べさせていただきます。
 今,いろいろなお話,松本先生,樋口先生,桶田先生からいただきましたが,基本的には僕もやはりハコがなければできないことが確実にあると思っております。実のところ,突然の緊急経済対策ということで,我々にとっても若干びっくりしたところがあったりしましたが,もともとは,単なる箱物にしないために何を拠点の目的とすべきかというようなことを,我々は最初話し合っておりました。
それをちょっと押さえさせていただきますと,メディア芸術と言われるあらゆる分野のアーティストたちが,分野横断的な連携の中,お互いの情報交換,交流によって,新しい表現,アート,クリエーターを生み出し,その保護,育成,創造,発信するための拠点づくりということが目的であるというふうに,僕の中では考えています。
 今,樋口先生のほうからは,若干,人材育成ということに対しての疑問が投げかけられましたし,桶田さんのほうからは,逆に人材育成というような形を中心に話されましたが,僕は,松本先生の仰る,“未来への触媒である”というところが一つの肝になると思います。勿論,樋口先生の仰られていることも桶田先生の仰られることも重要ですが,やはり,すべてが一緒に動き出してこそ,その未来への触媒という,つまりみずみずしい目を持った何かが生まれると思います。実は,メディアという言葉は,ラテン語で道という意味が原語の中にあって,道というのはすべてのいろいろな道がクロスしていないと,いろんなところに行けないわけですよね。
 ですから,今日は,たまたま漫画,アニメの先生方がゲストでいらっしゃってくださったのですが,やはりいろんな分野の方々が集まることによって,新しい表現が生まれるだろうと,そういうふうに私は考えています。
 ですので,そこで今回あえてハコと言わせていただければ,ハコがなければできないことが,もうお三方の先生方がおっしゃられておりましたように,あるわけです。我々もそういうところがまず気になり,昨年の委員会で,どうなんだという話をしまして,当時はそんなお金はとりあえず無いから,,最悪の場合はバーチャルの世界ででもつくらなければいけないのかぐらいのことまで言いながら,今の保護,育成,創造,発信という新しい表現,新しいアーティスト,新しいアート,そういうようなものをクリエイトする拠点というように考えたわけです。
 ここで私が考えるには,やはり中身,コンテンツが重要なわけです。今,桶田先生がいろんな形でうまくビジネスモデルをつくろうとしていただいているのは非常にありがたいことですが,私はやはり基本は国がそのための大きな責任を持って,文化というものを推進するという姿勢,つまり,毎年,毎年にきっちりと金が必要だということを自覚していただきたい。では,金が必要だからやらないのかというとそうじゃなくて,例えば,100万台の自動車を輸出するということも大切なんだけれども,100万台の自動車が輸出できることより,実は,「おくりびと」とか「つみきのいえ」というのが出るだけで,日本というもののもう一つの一面が理解される。言い変えると,日本を理解してもらい,尊敬してもらい,日本の文化というものがどういうものか,日本が不思議な国だった,何か怪しげな人間が何か商売に来ているということではない日本というものをきっちりと見てもらう,そういう意味で言ったらば,非常に有効な手段である。ミサイルの防衛施設を1個持つよりも,映画とか,アニメーションとか,漫画とかそういうようなもので,日本というものがきっちり紹介されるほうが,どれだけ有効で安上がりな防衛手段か,しかも尊敬も得られるというふうに思うのです。ぜひとも国のほうで,もうハコをつくったからおしまいではなくて,むしろ大事なのはこれからどういうふうにそれに対して支援していくかということだということをお考えいただきたい。
 それからもう一つ,きょうはアニメーション,漫画に集中しておりますけれども,やはりメディア芸術の中で,,映画は,物語構造があり,第7番目の芸術と言われるものだから,その中にはあらゆる総合芸術が包含されています。ですから,そういう意味で言ったら,漫画だとかアニメーションだとか,あるいは,ほかのメディア芸術と連鎖し合って,触発し合って,新しい芸術を生む根幹にあると思うので,映画というものをやはりここから外してはいけないのではないかなという気がいたします。ただし,フィルムセンターがありますので,やはり映画の本拠地というのはフィルムセンターであり,そこと密接に連携すべきでしょう。
 ただ,ちょっと耳にしてまだ確認をしていないんですけれども,フィルムセンターで上映するといったときに,ドルビーがないということを聞いたんですが,岡島さん,そうですか。ドルビーシステムになっていませんか。

○樋口氏

 なっていない。

○安藤委員

 そうすると,そういうような設備を例えばここに設ける。あるいは,立体映像みたいな上映施設。普通,映画をやっている若い連中は,そういうものを簡単に上映して見てみたいができない。立体映画祭みたいなものも当然これから出てくるだろうし,確かに樋口先生のおっしゃるように,才能というもの,あるいはつくるということは教えるものじゃないというのは確かなんですが,逆にインスパイアする。あるいは環境をととのえてやる,そういう……

○樋口氏

 影響を受けるやつはあると思います。

○安藤委員

 そういうような中でやる拠点として,やるべきではないかというのが私の総合的な意見です。

○岡島氏

 フィルムセンターの映写環境は,完璧ではありませんが,ドルビー・システムに対応しています。フィルムセンターは古い映画を上映する割合と最新の映画を上映する割合から言いますと,圧倒的に古い映画を上映することが多い。最新の技術を,すべて最新のセットで用意しますと,古い映画を上映したときに,拾わないはずのノイズを拾ったり,いい再現ができないということになるわけです。
 最近起こったことですけれども,最新のフランス映画,オランダ映画を上映いたしましたときに,来日した複数の監督から,「ここの映写施設は世界でも最高だと聞いていたが,実際には私の映画の音がきれいに出ていない」というご批判を強くいただきました。それで私どもももちろん徹夜をして直したんですけれども,現在はその調整はうまくいっておりますので,最新の映画にも古い映画にも対応できております。
 ただし,やはり我々のもっとも微妙なところで言いますと,古い映画を上映することが多いので,そちら側に音の調整をしているという事実はございます。

○浜野座長

 どうもありがとうございました。
 そういう映画人の方とのやりとりで施設を向上させるというのは,理想的ですね。追加情報として,つい最近フランスでジャパンエキスポが開かれました。参加されたVIPOの石川さんに状況説明をお願いして,補足を布川さんからしていただきたいと思います。
 松本先生がおっしゃっていたように,漫画やアニメというと偏見を持っていた方が,ジャパンエキスポへ行って,日本のプレゼンスがこういうところにあるのかと気付かれる方が少なくないので,フランスのジャパンエキスポの状況について,石川さんのほうからご紹介ください。

○石川氏

 映像産業新興機構の石川でございます。
 先週,7月2日から5日の間なんですが,パリ近郊にございます,シャルルドゴール空港に近いノール・ヴィルパントというところにございます国際展示場,東京でいいますと,幕張メッセをイメージしていただけるといいんじゃないかと思いますが,大きさ的にはあのぐらい。施設としてはもうちょっと古い感じではございましたけれど,そこでジャパンエキスポというイベントが行われておりまして,参加してまいりました。
 これはことしで10年目を迎えるという,ある程度歴史のあるイベントになっておりまして,10年前は大学の学園祭ぐらいの乗りで始まったと聞いております。当初は3,000人ぐらいの動員でスタートしたということでございましたけれども,昨年はそれまでの会期の3日間を4日間にふやし,昨年は13万人の動員があったということ,ことしは恐らくそれを超して,目標は15万人ということでしたけれども,大変なにぎわいでございました。
 内容につきましては,日本の漫画,アニメ,ゲーム,あとJ-POPのライブ,ファッションなどなど,ポップカルチャーに加えまして,合気道であるとか,少林寺拳法であるとか,スポーツチャンバラなどの実演をやっていたり,来場者に教えていたりというようなこともございました。
 それで,展示及び販売というものを盛んにやっておりました。そんな中で,私が行ったのは,ことしの秋に開催します第3回のJAPAN国際コンテンツフェスティバル,コ・フェスタ2009のアピールをするためにブース展開をし,日本のゲーム,アニメ,漫画などの展示を行ってきました。かなり広い会場ですけれども,その中,初日から大分にぎわっていました。コスプレの方々もかなりの割合でいらっしゃいまして,スタイルのいい方々がコスプレをやっていますので,非常に見ばえが良かったです。洋装の方はいいんですけれども,中には学ランを着ていたり,浴衣の着流し風だったり,「これはちょっと余り似合わんな」なんて思いながら,見てまいりました。
 客層にしましても,若者ばかりが来ているかというと,そうではなくて,家族連れで来ている方も多く,中では私どものブースの中でやりました「神の雫」の作画家の方に来ていただいて,抽選で色紙に絵をかいてサインをしてプレゼントしましたが,小さい子に当たって,それを持っていったら,お母さんが子供の頭をなでて,みんなすごいうれしそうにしていました。これでまた日本のファンが1人ふえたのかな,なんて思って見ていましたけれども,そういったところで,2日目以降はもう本当にその会場内を歩き回るのも大変だというように混雑して大変盛況な状況でございました。
 あとライブにしましても,2カ所,数千人規模で見られるようなライブの場所がございまして,PUFFYですとか,AKB48などが参加しておりまして,これも非常ににぎわっておりました。
 このような大変なにぎわいのあるイベントでございまして,それで一つ注目したいのは,これは日本人が行ってやっているわけじゃなくて,フランスの方が始めたイベントであって,今でもフランスの方がやっているというところがすごいなと思います。日本に置きかえてこういうものが成立するのかどうかというふうに思いました。
 やはり,アメリカに行きましてもアニメであるとか,オタク系のイベントに行くと,かなりのにぎわいがあるというのを聞きますけれども,このイベントは,もう名前からジャパンエキスポでございます。ちょっと勘違いして,本当にこれは日本かなというような出展のものあるんですけれども,フランスの方々がこれだけ日本のことを支持していただいているということを本当に実感してまいりました。
 逆に言いますと,そういう方々が日本に来たときに,そういったポップカルチャーのものがわかるもの,場所というか,そういうものが本当にあるといいのではないかなというようなことも実感をしてまいった次第でございます。
 大変簡単ではございますが,ご報告ということで。

○浜野座長

 では,布川さんも補足を。

○布川委員

 1回目の時は1日からジャパンエキスポに行っていたため,2日の会合に出られませんでした。失礼しました。動画協会の布川でございます。昨日パリより帰ってまいりました。
 おおよそ今,石川さんがお話ししたとおりですが,私も今回初めてジャパンエキスポに行ってきました。ご存じのように3月には東京で東京国際アニメフェアというのが開催され,今年の8回目の来場者は約13万人でした。フランスでは4日間で約16万人動員しました。ジャパンエキスポの会場はアニメフェアの会場より非常に広いスペースでしたし,この会場ではアニメーションだけじゃなく,合気道や剣道を,もう一方では禅,指圧や生け花等をしているため,俯瞰的に見ると滑稽な感じが致しましたが,やはりアニメーションのブースが圧倒的に多く,また,観客もアニメファンで八,九割を占めていました。ほとんどコスプレ状態でしたが,そのコスプレも一つのファッションになっている感じがしました。
 昔の日本の浮世絵や文化がアールヌーヴォーの作家たちや,印象派の作家たちに影響を与えた訳ですが,最近もまたヨーロッパでは日本ブームなのかなと感じられますよね。彼らの日本に対するあこがれは,我々がヨーロッパにあこがれる以上であり,ヨーロッパの若者は日本というのはもっと遠い国という感じがするんですね。そういった面でやはり,日本に対するあこがれ,特にアニメ好きな彼らにとってみれば,アニメに対するあこがれというのは,我々が想像する以上に強いものがあるように感じられます。
 私の会社は今,三鷹にあるのですが,三鷹といえば,ご存じのようにジブリ美術館がございます。毎朝,毎朝ジブリのシャトルバスに大勢の人たちが乗っていきます。他のプロダクションなので,うらやましいなみたいな反面はあるんですけれども。ここ数年はほとんどそのシャトルバスに乗る方々は外国人が多いですね。同じアジアでも中国の方々,韓国の方々,それと白人の方々,黒人の方々,色々方々がいらっしゃいます。非常に幅広い国々の方々が,シャトルバスにずっと並んで,帰りにはジブリ美術館のあの袋を持って帰る姿は本当,三鷹の毎日の情景になっています。
 秋葉原にある東京アニメセンター。これは我々,動画協会が関連しております。杉並にはアニメミュージアムがございます。この施設も我々,動画協会が管理運営をしています。ただ,この2つはやはり大変苦戦しております。杉並はやはり駅から少し遠いということもありますし,ジブリ美術館とは違い,杉並からシャトルバスが出ているような環境ではありません。東京アニメセンターは秋葉原の駅前にあって,駅からすぐの所にエスカレーターがついているという部分では非常に,観光客にとっては便利でいいところなのですが,やはり中身の問題なのか,施設の問題なのか,状況はよくありません。
 ただ,海外等々も含めれば,この東京アニメセンター少しずつ認識されてきているようですが,やはり一時嫌な事件もありましたし,そういった影響もあって,運営では非常に苦労しております。
 今回このようなお話は,非常に我々業界にとってありがたい話だなという半面,世間から物すごい大きな批判にさらされたという事もあり,大変とまどっております。ただ,このメディアセンターの設立が今なくなってしまったら,この後,どれほどのチャンスがあるんだろうという部分では甚だ非常に複雑な問題なのですが,やはり先程安藤先生からお話があったように,基本的な志やコンセプトというか,やはり日本のアニメ-ション,ゲーム,漫画というものを文化として,国として保全し,なおかつ管理していくという部分では,収支性やそういうものを問わないのか,またはこの計画書によると,約年間60万人を集客するというような構想もあるようですが,やはり約60万人の方々にお金を頂き,収支として見合うものとして運営していくのか,どちらになるかによって,すごく違ってくると思います。
 やはり後者の場合ですと,先ほどのジブリ美術館ではないですけれども,ジブリ美術館も当然お金をとっていますし,収益性を担って成功しているケースです。
 杉並のアニメミュージアムは逆に,完全に杉並区で運営をしておりますので,基本的には区の予算で運営をしております。そのため,お金は取っていません。お金は取っていないかわりに,アクセスも余りよくないというところでは集客に苦労します。また,あのミュージアムはすべての作品を網羅しているわけではありませんが,少なくとも子供たちが来て,アニメーションというのはこのように制作できるんだなという最低限の情報は与えられるようにはなっているはずです。
 やはり今回,これだけの予算をかけて,これだけの大きな箱をつくるというのは,現在に至るまでに様々な議論がございましたが,どのようなものになってくるのかというのは,先程挙げた2つのうちの1つによっては随分違ってくるのではないかと思います。まさしく,収支性を考えるとなると,これはジブリ美術館を一つ例に挙げて,ジブリに聞きますと,当然あそこは美術館ですから,展示物が多い。展示物は一度見てしまうと,もう終わりというようなところがあります。そこでまた興味を引くためには,中の展示物を相当入れかえることが大変な手間だと言っていました。
 こういった形で展示だけでやるにしても,やはりこれだけ,時代時代によって展示を変えていかなければならないんだなということもあるでしょう。とすると,相当なインフラのお金が必要になりますし,果たして117億円で済むんだろうかというお金の問題や中身の問題も含めて出てくるでしょう。これらの問題もありますが,やはりどの部分で切り取るべきなのかというのは難しいのではなかろうかなと思いますし,余りこれをわずかな期間で軽々に進めていくということが果たしていいのか,悪いのかということも大きな議論になってくるのではないでしょうか。
 我々業界は今まで,自慢ではありませんが,公的なお金の支援を得ないで今日まで来たという部分では,我々はすごく誇れると思います。それがゆえに,日本のアニメーションというものは,日本の漫画も含めて,世界の中でも大きな一つの産業,文化にしたというプライドがあります。
 ただ,先ほど松本先生からも言われたように,先行き大きな不安もかかえています。テレビというメディアもどんどん大きく変革してきていますが,いい方向に変わってきてはいません。ゴールデンの時間帯での番組の撤退など,非常に悪い方向に変わってきていると感じます。子供の少子化に至っての2次使用的な分配がどんどん少なくなってきています。先ほど桶田さんからもご指摘のあったように,これだけ半世紀にわたった業界の中でも,なかなか一人一人の収益性が現場で上がってきていないという現実もございます。いろいろな難問山積の中で,当然我々の業界の中でも様々な意見がどうしても出てきます。今日初めての参加なので,もう少しいろいろな形で皆さんと議論を深めていけたらなと思います。

○浜野座長

 最初だったので時間をとってご発言いただきましたが,3人の先生方の意見をもとに残りの時間,討議したいと思います。どなたからでもご意見ございますでしょうか。
 では,松本先生から。

○松本氏

 1つだけ。この漫画,アニメーションというジャンルについては,唯一世界中,全く確執がありません。1カ国としてもそういう反発を受けたこともないし,全部に行き渡っているわけですね。そして,小さいときにお父さん,お母さんのひざの上で日本のアニメーションを見ていたから,それで日本へ来たという。そしてまた,自分もその志を持っているというふうに,非常に好意的に受けとめられております。
 そして,文化芸術の世界,あるいは映画の世界でもアニメーション,漫画に関しては,世界の言語圏別に翻訳されて,全部出回っておりまして,本当に1カ国として何の確執もありません。そして,親子代々バトンタッチの形で受け継がれていきながら,非常に好意的に見ていただいております。これは事実ですから,そういう点は頭の中に入れながら,もし,こういう箱物をつくるのでありましたら,そういう点も大事にしていかなければいけないと思うんですね。せっかく唯一確執のない世界,地球上全域,はっきり言いますと,スウェーデンとかデンマークとかああいう北欧から,アメリカ,カナダ,中南米,アフリカ,インド,ヨーロッパ全域,全部に翻訳版,単行本としても,あるいはアニメーションとしても吹きかえられて,全域に出回っております。
 それから,もう一つ,これは漫画家という立場になれば,アニメーションとは別です,個人の立場になれば,これは永遠の浪人であります。触媒と私が口走るのは,自分が刺激を受けて,みずから志し,そして漫画家になる。しかし,保障は何もない。全くの独学で,要するにいつ首になってもしようがないと。
 それから,相当な重労働です,漫画家の仕事というのは。私はこの年になっても,実は3日間寝ておりません。きょうも寝ずにやってきました。その体力を要求されるわけです。そして,締め切りという恐ろしいものがあるんですよ。締め切りがなければ,また今度は何もしないんですよね。ごろ寝をしてしまっていて,そういう世界で自由に生きていく。そのかわり永遠の浪人であると。みずからの責任はみずからがとると。それでいいというふうに,退職金もないかわりに定年もないぞという,そういう世界で生きているわけですね。そういう自由さと一緒にそういう厳しい現実,いつ首が飛ぶかわからない。私などは何百回首飛んだかわかりませんよ。じゃんじゃんぶち切られて。でも,懲りずにやらなければいけない。そういう意味での触媒という言葉を使いました。しかし,みずからの志ですから,永遠の浪人として永遠に生きると。
 アニメーションは違うんですね。これは企画,制作という段階で,大勢での共同制作ですから,これは重大な責任があります。原作者としても,それから,自分自身もアニメーションをやっております。つくっております。今,個人でもCGでアニメーションがつくれる時代に入ってきました。1人でつくることが可能なんですね。そのデータの容量が非常に大きくなってきたのと,機材の進化,それから,先ほど3Dの話が出ましたけれども,既に3Dの立体映像の機材は完成しております。しかも,薄いパネルをテレビの前にひっかけるだけでテレビが立体化する,そういう仕掛けも既に実物を何度も試作品を見ております。そういうふうに世界じゅうにこれが広がっていっているんです。ですから,そういう形での確執のない世界を大事にしながら,送り出す何かがあれば,それはとても有意義なことだと思います。
 そして,もう一度言いますけれども,親子代々バトンタッチをしてくださるわけですよね,見た人が。遠い国からはるばるやって来て,いきなり私の自宅にあらわれたりするわけですね。子供のときに見ていたからというので。そういうふうに全く,何か腹が立つことがあって,一番仲の悪そうな国の人も来たから言ったら,「いや,いや,何もない。大好きだから来たんです」と,だから,もうじゃんじゃんやってくださいということで,それはアニメーション,漫画の世界ですね。そういうふうに非常に穏やかなジャンルなんですよ。ですから,これは国としても我々個人としても有効に活用できればと。ですから,この箱物ができるということについては,可能であれば,無理がなければ実行されるとうれしいと,そういうふうに思っております。
 ただ,もう一つ,私はフィルムマニアでもありますので,この保管状態というのは,要するに可燃性のフィルムの時代があったわけですね。これは危険極まりないんですね。三十何度以上で気化したら,爆発的な火災を起こしますので,実際にコレクターがそれで自分のコレクションを全焼させた例を何件か知っております。そういうこともあるので,可燃性のフィルムの時代と不燃性になってからの時代というものも,私自身も実は昭和の初めのフィルム,日米両方のものも持っているんですが,危険なので密閉してあります。厳重に温度を管理して。そういう配慮もまた必要ですね。ですから,そういうことで,そういうものへの配慮とか,いろいろな保管状況です。
 それから,フィルムといっても,上映するその他といっても,これは8ミリ,9ミリ半,35ミリというふうにいろいろサイズが違うわけです。それにビデオがあり,DVDがあり,今度はブルーレイになって,いろいろ往生しているんですが,そういういろんなシステムの変更が次々に起こっております。そういうことへの対応,自分の家で見られないものが,この館に行けば見られるというような,そういうことも可能であればとてもうれしいと思います。
 そういうわけで,みずから学ぶものでありますから,教えてできるというものではありません。習ってできるというものでもありません。一人一人の創作者というのはそれぞれの能力に応じて自分で生涯をかけてやるしかないんです。そういうものを母体にしながらいろいろ広がっているんです。
 それから,映画についても,これは実写の映画です。映画についても,私は子供のときからほとんど世界じゅうの映画を全部見ております。それで,そういうものへの影響もまた受けておりますし,そして,またお返しをするわけです,それを。
 ですから,そういうお互いの交流関係にも有意義に作用すると思うんです。国と国との,民族と民族,肌の色も違う,考え方も違う,思想,信条も違うんですが,民族感情も違うんですが,それが共通の感覚で,お互いに穏やかに鑑賞できるという,そういう世界ですから,この世界は大事にしたいと思うんです。そのために,もしこういう箱物があれば,それは有効に作動すると,そういうふうに信じております。

○浜野座長

 我々は松本先生のこういったお話を聞くことはできるんですけれども,例えば日本の漫画の翻訳されていった歴史を私が調べようと思ったら,アメリカだと「子連れ狼」が最初だというので,では右開きか,左開きか,擬音は使われていたのかといったことを調べようとしたら,どこでも見られない。アメリカで関係者に尋ねたら,そんなものも日本にないのかと言われました。自国文化が翻訳されている歴史も日本ではたどれない。

○松本氏

 それは日本の漫画で言いますと,最初は左開き,逆版をとっていたんですね。ところが,今は和とじでいいんです。日本開きでいいということになりまして,翻訳した単行本はすべて右開きになっています。日本開き,同じものです。そして,いろいろな作家のものが翻訳されております。
 それから,アニメーションの場合も言語の吹きかえをやる場合と,スーパーインポーズで下に文字が出るタイプと,2つあります。
 それから,それの主題歌については,吹きかえはしません。基本的にうたは日本語のままで,テロップが下に,スーパーインポーズが出ます。
 そういうふうに臨機応変に対応していただいて,今は右に開こうが,左に開こうが,もう国境を越えて,普遍的に,自由になっております。我々が洋書を見るときに,翻訳版でも右開き,左開き,どっちでも平気なのと同じです。

○浜野座長

 そういうのも収集する責務があって,ここでもやったらいいと思うんですけれど。  里中先生,関連があると思うので,よろしくお願いします。

○里中委員

 いろいろと貴重なご意見,ありがとうございます。
 非常に難しくて,みんなの思いというのはいいものができればうれしい,そのためにはどういう内容にすればいいか,ただし,そのためにはあの予算では少ないと,何かみんなそう思っていると思うんですけれども,樋口さんにちょっとお伺いしたいんですけれども,いっそ今回はこの案が消えちゃえばいいという大胆なご発言を非常に理解できます。できますが,一度おじゃんになった案というのは,恐らく20年,30年実現不可能だと思うんですね。

○樋口氏

 それはいかんですね。

○里中委員

 いかんです。なぜなら,悲しいかな,そういう国なんですよ。嫌というほどこの国のあり方のくせみたいなものを見てきまして,こういう分野に対してはもともと予算が非常に少ない。そして,政争の具にされる。何で政争の具にされるかというと,実はこういう分野が一般の方に非常にわかりやすい分野だからです。そして,税金を使ってと言われるにしては,こういう言い方をすると傲慢かもしれませんが,非常に少ない予算ですよね。しかも補正予算ですよね。その中で,けたが1つ違うかのような予算についても,なまじわかりやすい金額だからこそいろいろなことを言われるに格好の材料だったわけです。何か言われ始めたときに,すかさず,きちっと反論ができればよかったんですけれども,そういう体制をとれていなかった。
 ですから,非常に今,苦慮しているという状態だと思いますが,つまらない政治の勢力争いの具にされて,しかもまるで野党側が政権をとったらこの案はつぶすと言って人気をとるような,こんなことをここで言っていいのかどうかわかりませんが,そういうことにされてしまっているわけなんです。ここでどちらかというと,箱物はないよりあったほうがいい,当然もっと早くにあってしかるべきだったのに,なぜこれまでできなかったのか,そういう思いがあるにもかかわらず,いっそ今回は一たんなくしてしまったほうがいいという一言だけが,また一人歩きするんじゃないかと(笑)。

○樋口氏

 それは怖いですね,それはたまらんです。

○里中委員

 一人歩きしてしまいがちなんですよ,マスコミの扱いというのは。

○樋口氏

 きょういるんですよね。

○里中委員

 だってとてもおもしろい言葉ですから,インパクトが強くて,関係者の中からもこういう声が出ているという使われ方をすると思うんですね。

○樋口氏

 私は言っておきますが,関係者じゃないんで。

○里中委員

 広く,一般サラリーマンとこういう分野に関係している方とで分けられちゃうんですよ,マスコミの中では。ですから,非常にわかりやすい表現が軽く使われて,なおかつメディアの扱いもわかりやすいほうへ,わかりやすいほうへ行く。物事をじっくり1から考えないという,熟慮しない国民性ばかりが増長されてきているんですね。これはどういうことなのか,何について議論すべきかということを落ちついて考えようとしない,成熟していない意見,意見とも言えない感想みたいなものが一人歩きしてしまう。そういう未熟な文化の国として,ここ何十年かやってきてしまった。
 それはなぜかというと,やはり広くものを見ない,サブカルチャーをいつまでも下に見ようという子供っぽい考えから来ていると思います。すみません,何もここでこういうことを言うんじゃないですけれども,非常に今,苦慮しておりますのは,先ほどの発言が一人歩きしてしまうかもしれないということで何とかそれ以外のことを強調して,周りの方に伝えていただけたらすごくうれしいなと。

○樋口氏

 どうしてそういう趣旨を言ったかというと,やっぱりそれが今,多くの人たちの印象だと思うんです。多くの人たちの印象がやっぱり,それを塗りかえるかことができないんじゃないか。どうやってこの悪い印象を国民から取り除くかというのが今一番やらなければいけないことなんじゃないか。何をつくるかというのも含まれるかもしれませんけれども,そのときに,今,どう考えてもパッチを当てるというか,今,起きていることを避けよう,避けようとしていて,何か善後策に追われている感じがどうしても印象としてするので。だとしたら,もっと大胆に何か変えることというのが,僕なんかはできないのかなと,素人ですから思っちゃうんですよね。今まで,ここにこぎつけるまでの皆さんのご苦労を考えずに私は言っていますけれども,部外者として言えるのかもしれないし,それで呼ばれていると私は思っているんですけれども。
 ただ,その中で,今のままずるずるっと進めることって,僕はすごく怖いし,ただ一方で,そう言われるかなとも思ってそのぐらいの議論がしたかったのできょうは無茶なことを言いましたが,基本的には僕としてはなくなってほしいとは思っていないというのがあります。
 ただ,やるのであれば,このままずるずると玉虫色になるよりは,もっとこういうときだからこそ,ばしっと国民を納得させる,国民というかメディアを通して納得させるようなことですよね,これなら行きたいなという。何でこんなに上野にある博物館にみんな行列になる,阿修羅像の行列に並ぶんだろうと,おれが思うぐらいに並んでいるんですけれども,それはある意味,操作されているわけですよね。それと同じようなことをすればいいんじゃないのかなとは思うんですよ。
 なぜそれが今回,こんなに窮地に陥るぐらいのことになっちゃったのか,僕は見ていてふがいないというか,では自分で何ができるかわからないですけれども,僕はむしろ頑張って欲しいなと思う意味で,なくなるぐらいのところから始めましょうよという意味というか……ちょっとつかみがきつ過ぎましたね(笑)。

○里中委員

 私はもちろん個人的には発言のお気持ちというのは十分理解しておりますが,余りにあちこちからいろいろ言われるので,非常に今,臆病に神経をとがらせているのかもしれません。
 ただ,いろいろ言われることというのは,誤解を受けちゃいけないけれども,私もいきなり参加したんですよ。だから,本当に人っていろいろな感想を持つもので,もちろんそれぞれの分野でみんなここに至るまでにさまざまな思いで積み重ねてきた,何とか残したい,何とか検証の場が欲しい,何とか若手を育てたい,そして何とか見返りをもっと公平に分配したい,そして発信力を鍛えたいということはいろいろあった上でこうやって来ているんだと思うんですよ。
 それで,細かいことが決まっていないから,どうこうと言いますけれども,すみません,個人的な感想になりますが,今回のようにこんなに注目されて,お金を使う前からああだこうだと言われるケースって初めてだと思うんですよね。これまで国民にとっては税金がどう使われているのか,箱物ができて,ああこんなのができたのかと初めて知ったわけですよ。
 ところが,今回はできる前から,本当にできると決まっている前からああだこうだ言われている。こういうチャンスはまたとないんじゃないかと思うんです。だから,すべての情報をオープンして,みんなで意見を出し合って,それで少ない予算で未来に向けたいいものがつくれたと,そして,お金も生んでいるという形で10年後を見てもらえれば,素敵なものになるなと思うんですよね。ですから,ぜひ周りの方に呼びかけて,ここにあるホームページに,こうすればすばらしいものができるんじゃないか,あるいは,こういうところを配慮すればいいじゃないかという意見をどしどし出してもらって,私たちも出して,みんなで育てていく,我が国の文化行政が始まって,初めてのみんなでつくる施設になる,そういうチャンスが与えられたと思って,いいものをつくりたいなとみんなで思えればうれしいなと思っております。
 また,安定した業界ってどこにもありませんので,みんな本当に大変なので,経済的見返りが欲しいというんじゃなくて,きっと気持ちは働きに見合う未来が欲しいと。そして,若者たちが安心して入ってくる環境整備がしたいと,そういうことだと思っております。
 すみません,余計なことまで申し上げて。感動いたしましたので,一応その覚悟には。

○樋口氏

 ありがとうございますっておれが司会じゃない(笑)。

○古川座長代理

 最初の検討委員会では,様々な点から理想型を検討していたのですが,一挙に具体化の方向になって混乱したのですが,この機会をとらえて,ちゃんとしたものをつくりたいなという気持ちはみんな同じでしょうし,見切り発車的な,スケジュール決められてあまり走らされたくないですし,だからこそ,拙速にならないように,いろんな人の話をお聞きしてやっていきたいと思います。
 私としては,樋口監督がおっしゃったように,例え商業性が低いとしても,本来なら文化の保護の問題ですから,国からもちゃんと予算をつけてもらって,立派なものにしたいと思います。

○樋口氏

 ちなみに,すみません,全く不勉強なんですけれども,先ほど松本先生がおっしゃっていた締め切りってこれはあるんですか。いつまでにつくるという。この議論の中で一番,わからないんですけれども,おれは来年つくらなければいけないというような焦りを何となく皆さんから感じるんですが,そんなことはないんですか。

○清水芸術文化課長

 2011年です。

○浜野座長

 補正予算で決まっている。

○樋口氏

 決まっているのか……わかりました。不勉強でした。すみません。ことしが2009年ですから再来年。

○石原委員

 きょうは樋口さんがネクタイ姿で来られて感動しております。後で記念写真を撮らせていただきたいなと(笑)。そのネクタイ姿の樋口さんが自転車に乗って来られるさまを想像して,すさまじい光景を思い浮かべてしまい,そういうことをしてでも,この会合に参加していただいた心意気を非常に強く感じております。
 もちろん樋口さんがおっしゃられたとおり,ある意味,だれか「1回やめたら?」と言ってくれないかなと思っていたこともあって,そういうことを素直に言っていただける人がいるということには,非常に感謝しております。
 一方でやはり,自分自身は全く逆の考えを持っていまして,何とかこれを実現するため,文化庁がリーダーシップをとって頑張ることに対し,どこまでサポートできるかということだと思っているんです。
 ただ,先ほど政争の具という話がありましたけれども,やはり政治家,あるいは政党もこれを道具にしたわけですから,その人たちにはちゃんと「私がこうやってこの無駄をつぶしたんだ」ということを言ってもらい,その発言について責任をとってもらうということが非常に重要だと思っています。ただ,我々はつぶされることを前提に進めるわけにはいかないので,「こんなに魅力的なものができるのに,なぜあなたは反対するのだ」というものをつくり上げていくべきなのだろうと思います。
 一方,一般の人の意見や多くの参考意見を聞いて,みんなでつくり上げていきましょうということもわかるんですけれども,こういうプロジェクトは文化庁のリーダーシップが,我々の意見をあくまでも参考意見としながら,つくりたいものをつくっていかないと,時間もないですし,予算もないですし,物の考え方もまとまらないんじゃないかというふうに思います。
 なので,私は前回からアイデアとして出しているように,これは文化庁メディア芸術祭のより拡張した,充実したものを続けるためのカテゴリーや場所や,あるいは拠点にしていくということが,流れとしては非常に妥当だと感じますし,それ以外のことを考えていくと,議論がゼロからのスタートになるような気がして,もったいないなというふうに思えてならないと。  以上です。

○浜野座長

 ほかにありますか。

○森山委員

 現代美術館の森山です。
 やっぱりきょうもお話を伺っていて,ここ20年ぐらい,ずっといろいろな形でここにいらっしゃる先生方と一緒に進めてきたようなメディア芸術の拠点というのはあきらめるわけにはいかないのだと,私は強く思います。国立新美術館がオープンされるときに,「日本の表現力」というメディア芸術祭の集大成企画,特に日本のメディア芸術,総合芸術であるところの日本のメディア芸術の源流の部分と未来の部分の企画をお手伝いしました。そうするとやっぱり,この施設というのはそこにあらわされているような日本のプレゼンス,それから,日本の表現力を体現するような施設にするべきであって,政権が交代してもやめるわけにはいかない。何らかの根っこは必ず残すべき,拠点をつくるということについてはあきらめないということで,ここにいらっしゃる皆さんは知恵を出し合ってくださると思いますし,賛同できたと思います。
 特に,日本独自のプレゼンスを示す「日本の表現力」を,「技と心」であったり,温故知新であったり,多義性とか,マルチモーダルとか,プレイフルであるとかということを非常によく,経済的なことも含めてアピールできる新しいカテゴリーの施設,拠点になります。それだけではなくて,メディア芸術というのは,やっぱりある1人の人間の,あるいは人々の考えや知識を外在化する,人に伝えるための本当に最適の媒体であるというふうに思います。
 というのは,言葉であらわすよりも漫画にして見せるとか,メディアアートの作品にして見せるとか,ネットで非常に多くに発信するとかということがこの領域にはできる。
 私は樋口監督の「週刊アスキー」に書かれた熱い論調を拝見して感動したんですけれども,樋口監督の本音はあそこにあるというふうに思うんですけれども,同時に,同じページにあさりよしとおさんが漫画をかいていらしたんですね。ある1人の小さい少女が,勉強したいんだけれども,お父さんとお母さんがお金をかけて塾に行かせるか,学校の勉強だけでいいかというのをすごい論争していて,最後,子供がわーんって泣いちゃって,「傷ついたのはだれの心?」と書いてあるという,そういう非常にすぐれた,漫画で解説という,この領域ができる最適のことをされているなと。
 一方で,ここにもいらっしゃるメディアアーティストの土佐さんが,ご自身のブログで「メディア芸術って何」というようなことを,マスコミからも正しく伝わらないような,非常に私たち,ジレンマを記者会見の後も感じましたけれども,それを非常にキュートなイラストレーションと漫画で示していらっしゃるんですね。そういうような発信のしかたがこの領域にはできる。外在化できる,まだ名づけられないけれども,日本が非常に力を持ちえた,歴史もある分野であり,そして,総合的にやっていくべきものです。そのためには小さく生んで,大きく育てるとか,いろんな戦法があると思うんですけれども,根っこは必ず残す。そのために私たちにできることをするというようなことで,また決意を新たにしました。
 ちょっと長くなりましたが,ありがとうございます。

○土佐委員

 明和電機の土佐信道です。
 デビッド・ボウイの「ジギー・スターダスト」という映画の中で,デビッド・ボウイが「イメージが世界を変える」という,いいことを言っております。今回のメディア芸術センターの世間での騒ぎを見ていると,やっぱり最初に言葉,漫画喫茶という言葉があったり,1枚のカンプ絵,あれが出ているのを見て,これなんだとみんなが思ってしまったという,簡単なイメージによってみんながそういうふうに思ってしまったということがあります。
 でも,やっぱりイメージは世界を変えるということがありますので,例えば樋口さんが「やめてしまったほうがいい」と言うときに,置き土産として,おれならこうだというすさまじい樋口節のきいたメディア芸術センターの絵を1枚残していくとか。やっぱり今回かかわる皆さんはクリエーターの方が非常に多いので,絵がかける人が非常に多いので,やっぱりその絵が1枚あるということがすごく,国民はすごくわかりやすいと思うので,それがプロだけじゃなくて,庶民からもどんどん,おれの絵はこうだというのが上がってくるということが,たとえ今回このお話が流れたとしても,すごい財産になるし,それだけでもよかったんじゃないかと僕は思います。
 大義,一番大事なことは一体何だと考えたときにはやっぱり,そうやってつくったものが国民に勇気を与えて,それはものをつくるという勇気とか,生きるという勇気を与えて,海外の人もそれを見てびっくりするという,そういうクリエーションのすさまじいものをどんと見せるというのが大事だと思います。
 アイデア募集という今回この紙をいただいて,僕とかすごく燃えるというか,明和電機のメディア芸術センターというのを,やっぱりど肝を抜くようなものを考えてみたいなと思いました。

○浜野座長

 では林さん,どうぞ。

○林委員

 樋口監督の,やめるべきだという発言から,その意図は何かということの議論が続いているわけなんですが,もともとメディア芸術センターの構想というのは,もう5年以上前から着々と語られてきているわけで,検討会から設立準備委員会に名前が変わりましたけれども,粛々と議論をして来ました。そういう中で,補たまたまその補正予算が箱物についたということでイメージがつくられてしまった。この間の現象は私が見ていますと,要するに国民に対するネガティブアプローチというか,民主党もそうですし,マスコミの報道もそういう傾向があって,納税者にとって漫画よりも福祉だみたいな短絡的な話になっているかと思います。ただ,我々がここで考えるべきは,国民は結果的にすばらしい文化・芸術というものの遺産を享受できればいいわけですが,問題はその送り手,つまり制作サイド,あるいはクリエーター,そしてまた,きょうのお話にもあったように漫画,アニメの業界が今どういう問題を抱えていて,それをどうクリアしていかなければ日本のメディア芸術というのは衰退していくのか,ひいては,受け手のファンの方々もそれによってすばらしい文化・芸術を享受できなくなるという,そういう構造になるという問題です。
 ですから,メディア芸術総合センターというのは,あくまで送り手の視点で,制作側にとって,今何が問題でそれをどうクリアしていくのか,きょうの松本先生のお話でも巨大な偏見という指摘がありましたが,とにかく未来に向けて人材育成という観点から漫画も歴史をよく検証しながら保存,アーカイブしていかなければいけない。
 私は前回,アーカイブということの重要性を説きましたが,フィルムセンターのある映画ですら100年間で国が保護しているものというのは,高野先生のお話にありましたけれども,15%の残存率(サバイバルレートというらしいんですが)ということで,80%以上は正式には保存されていないという状況にあります。それが50年後,100年後に同じように漫画,アニメも,今やっておかないと(松本先生は今だったらまだ資料もあるとおっしゃっていただきましたが),本当に手遅れになってしまうんじゃないかと思います。また,樋口監督のおっしゃるように,映画,アニメも絶滅させないで,どう保護するのか,あるいは,見る力を育てることによってクリエーターを育てるのであれば,その見るという環境をどう整備していくのか,これも送り手にとっての重要な課題です。
 それから,桶田弁護士の話も,すごくおもしろいと思うんですが,単なる展示ということだけではなく,アニメーションの振興のために,OJTによって,結果,今問題になっている制作現場の劣悪な環境改善にまでこのセンターを結びつけるというような発想,こういうものが今後組み立てられるべきというのも,今の送り手にとってどの問題をどう解消していくのかということの論点だったというように思っています。
 ですから,今,すごく誤解された漫画喫茶みたいな伝わり方をする部分が国民側にあるわけですが,私はこの送り手である制作現場,あるいはクリエーター,創造者,こういう方々が今どんな問題を抱えていて,それを国としてどうしていかなければ,日本の文化力というものが低減して衰退してしまうのかという焦点から議論を進めることが,まさに樋口監督のおっしゃるようなリスタートというか,正常な議論に持っていくための方法論ではないかなときょう感じましたので,発言させていただきました。

○岡島氏

 オブザーバーの立場ではございますが,1つだけ。
 大変尊敬する松本零士先生が可燃性フィルムすなわちナイトレート・フィルムもお持ちになり,それを密閉して保管されているとおっしゃいましたことについて,それが缶の密閉という意味ならば,大変危険な保存の方法であるということだけを申し上げたいと思います。世界中でナイトレート・フィルムの事故が歴史上たくさん起きておりますが,そうした事故の少なからぬものが,保存に関する間違った情報によって引き起こされてきました。缶の密閉もそうした風説情報の一つです。缶を密閉したために,中でフィルムの化学反応が進行し,ナイトレート・フュームと呼ばれるガスが出て,そのことが缶の金属に化学変化を与え,さらにはフィルムの劣化を促進させてしまうという悪循環が起き,最終的には火災にまでつながりかねませんので,ご注意下さいますようお願いいたします。先生の漫画作品や関連資料,またアニメの資料といった大変貴重なものに,もしダメージを与えるようなことになれば,それこそ大きな問題でございます。もし何かございましたら,フィルムセンターでも保管にご協力させていただきますし,複製物をつくるとか,新たなプラスチックキャリアに転写するというようなこともできます。これを私が申し上げましたのは,先生への尊敬が第一ですけれども,もう一つは,保存というのは本当に難しいということを申し上げたかったからです。映画フィルムのみならず,多くの,特に比較的歴史の浅い文化財についての保存学は,残念ながらそれほど世界中で進んでいるというわけではございません。映画の保存も難しいけれども,メディア芸術と呼ばれるものの保管もそれぞれ大変難しいと思います。
 失礼しました。

○松本氏

 どうもありがとうございました。密閉といっても,温度を極めて低くして,冷凍とはいいませんけれども,その危険についてはよくわかっておりまして,万全を期して。実は,ディズニーの最初の作品,35ミリのものから始まって,戦前の日本のアニメーションフィルム,そういうものも実は持っております。
 ただ,余り大量にあったので,危険性を感じて,大部分は人に譲ってしまいました。爆発が怖かったものですから。
 それから,紙メディアのほうも,実は和紙の場合,北斎漫画とかこういうものは劣化が非常に遅いんですよ。和紙というのは非常に頑丈でして。ただ,仙花紙になって以降のものは,ある時間が来ると,分解的な,要するに劣化ですね,紙の。これが起こるという危険があるので,データ化する必要があるというふうに感じて,自分で一生懸命やっているわけです。
 ですから,北斎漫画なんかは全巻持っておりますが,そういうものの劣化は極めてわずかです。色が少し黄色っぽくなったかなという程度で,そして,また北斎漫画なんかは,なぜ北斎にこだわるかといいますと,あの中に既にアニメーション的動きの要素が入っているんですね,まだカメラのない時代に。そういうこともあって,ずっと,それは自分の趣味として,ごみのように扱われていた時代から集めておりましたので,そういうものをずっと見続けているものですから,その取り扱いは,まだ一度も事故を起こしておりませんので,それは万全を期しているわけで,今のご意見は本当に参考になりました。十分に注意をいたします。

○浜野座長

 では桶田さん。

○桶田氏

 保存の重要性に別に口を差し挟むつもりはないんですけれども,林委員,先ほど取り上げていただいてありがとうございました。
 先ほど,すみません,落ちていた点で1つだけアピールといいますか,我々の主張になると思うんですけれども,今後の危険性という部分なんですが,今,先ほども申し上げましたとおり,キーになるアニメーターの年齢層がどんどん上がっております。およそ30代の後半が下限で,およそ40代半ばぐらいまで,いわゆるヤマト世代といいまして,「宇宙戦艦ヤマト」を見て入った―まさにこの松本先生の申し子だと思いますが―世代が,今,必死で現場のてっぺんを支えている状況という状態です。
 どれぐらい危機的かといいますと,原画という方が原画をかいていますが,今はもう作画監督がリテイクという名のもとに原画そのものをかいているというのが常態化しています。
 さらに現在は,テレビシリーズですと,監督自身が最後はもう手が回らないので,二,三話は原画を監督みずからが相当数描いているというのが実情です。どんどん上げ潮が首のところまでつかっておりまして,このままですと,あと5年か10年して,その人たちの生産性が落ちてくると,恐らく今のペースでアニメーションってつくれなくなります。
 このアニメーション作品は,テレビシリーズの本数でいいまして,ここ2年ぐらいで120本から大体80本弱まで落ちていますが,キーになるアニメーターの忙しさは減るどころかむしろ増していて,その点は恐らく人材がもう少なくなって,天井を明らかに打っていると思いますので,多分,10年,20年のスパンで議論いただきますと,そのころには幾つかのスタジオさん,資金力のあるところがやられているだけという環境になろうかと思います。
 その資金力のあるスタジオさんも現状,アニメーションの映画を含めまして,フリーのアニメーターを多数使って作品をつくっておられるというのが現状でございますので,実は隆盛に見える日本のアニメーションというのは現場において,ものすごく疲弊しておりまして,5年やそこらというスパンで危機的な状況に突入しつつあるという現状だけは訴えさせていただきたいと思います。

○浜野座長

 どうもありがとうございました。
 それで,きょうは映画監督の樋口監督がいらっしゃるので,前の委員会で触れたことをもう一度紹介します。私の中ではこのセンターの骨格となるものは実は1957年から始まっています。1957年に黒澤明監督が国立映画劇場をつくろうという提案をされました。しかし政治家の方々がだれも耳をかたむけてくれなかった。それで,橋本忍先生たちがその意向を継いで,シナリオライターの先生方を束ねて,国立映画劇場をつくろうと努力され,1980年代終わりに文化庁がその支援を決定しました。
 しかし寄ってたかって今回と同じようにつぶされました。その過程は「複眼の映像」という本に詳しく書かれています。橋本先生は,危篤の菊島隆三さんという彼の同僚のシナリオライターののところに行って,「おまえの交渉力があったら,国立映画劇場はできていたのに」と言って,嘆き悲しまれることまで書かれています。
 1957年に人々の表現を引き出す主たる方法が,文字以外では映像しかなかったので,黒澤監督は映画とおっしゃっていたのですが,その施設の機能の一部はフィルムセンターに引き継がれています。漫画とかアニメーションが成長してきたので,ここに至ったわけで,実は52年間の歴史があるわけです。

○浜野座長

 樋口さん,どうぞ。

○樋口氏

 私は先週出た「週刊アスキー」に,このとおり,ちょっとシンプルな頭の構造の持ち主なので,ちょっと頭に血が上って,ばっとメディア芸術センターのことについてちょっと書いてしまったんですけれども,本当に,気持ちとしてはこういう形でつぶされるのは忍びないというのもあるし,一方で,これは戦いだと思うんですね,やっぱり。みんなどうして,これを何とかおさめよう,おさめようとしているけれども,やっぱりどこかで打って出なければいけないときというか,つぶされてたまるかというような気持ちというものをアピールしていかなければいけないんじゃないかなと僕は思います。  だから,何となく私が乱暴な言葉を最初に言ってしまったもので,何となくそういう方向になったのを僕は結構うれしく思うんですが。だから私としては,気持ちとしては本当,1人で怒ってもしようがないので,まず,皆さんも怒りましょうよみたいなところがあったんですが。
 でも,本当,実際はやっぱり,僕らは外の人間であって,文化庁のどなたかが,これはもう死ぬ気でやりたいと一言言ってくれると,おれらも乗っかれるなという気もするんですよね。これから先,そんな短いスパンでやらなければいけないんだったら,もう悠長なことも言っていられないと思うので,これをどうやって本当に形としてまとめていくか。
 だから,もしかしたら,今の浜野先生の言葉に一つあったのが,国立映画劇場がフィルムセンターになったように……そうだ,言葉を変えればいいんじゃないの,今,仮称となっているんですよね。でも,実際はそういうことのような気がするんですよ。実は名前が本質を示すようなことがあるんであれば,この名前を変えることによって,今回こういういろんなことがあった上での方針をどう変えていくかというか,こっちの方針がこうなりましたということを明確に伝えられるのって,今,一番早いのって言葉だと思うんですね。名前というか,名前をどう変えるかとか,そういうのを含めたところで何か議論ってあるべきなんじゃないかなと思いました。

○浜野座長

 すみません,時間が……  では一言。

○中谷委員

 樋口さんがおっしゃるように,もうここまで来たら,いいものをつくるためにやっていこうというふうに我々は思っているんですけれども,2日前,この提案表が送られてきて,この項目を考えれば考えるほど大変な,膨大なディテールになっていくんですけれども,それと同時に,樋口さんがおっしゃるような全体のネーミングも含めてブランディングと申しますか,イメージを並行してやっていかないと,どこまでやるんだと,どのぐらいの規模でやるんだというのがなかなか出てこなくて,僕も考えれば考えるほど,その辺で迷いが出てくるんですね。ですから,ぜひブランディングといいますか,全体のイメージと,それからそれをコミュニケーションに使うための言葉化といいますか,これをどう説明していくんだということも同時に進めていかないと,なかなかコミュニケーションがうまくとれないんじゃないかなという気がしました。
 以上です。

○さいとう委員

 ちょっと一言だけ。
 先ほど言われたことはとても重要なことで,やっぱりあのイラストと漫画喫茶という言葉がすべての人々にインパクトがぼーんと強くて,それ以降の流れを決めてしまったので,小出しでもいいですから,もう決まったら本当にすぐ公開していって,しかもこれは変えていくことができるということをアピールするとか,このセンターの名称についてもやっぱり広く公募したり,私たちも考えていかなくてはいけないと思うんですけれども,そういうイメージづくりというのが非常に大切だと思いますので,これから進めていくべきだと思います。

○浜野座長

 どうもありがとうございました。
 本当は松本先生と樋口監督に,「館長になったら何をしますか」と土佐さんと同じことを聞きたかったんですけれども,これはまた別の機会にぜひ個別に事務局にお伺いして,何をしたいかというのを聞く機会をもてたらと思います。時間がオーバーしてしまいました。熱心な議論,ありがとうございました。
 それでは,本日の討議はこれまでにしたいと思います。

○樋口氏

 一言よろしいですか。本当は我々,ものをつくる人間というのはだれかに見てもらったり,ほめられないと,次にものをつくることはできません。これは本当にそういうのを国が,国というか,皆さんが認めていただいて,それを未来永劫残すというすばらしい設備だと思います。これがこのような中途半端な形で終わるのは僕は物すごく許せないし,悲しいことです。むしろこの国に対してかなり絶望するぐらいのことです。本当,皆さん,これからの人生あるかと思いますが,頑張っていただけたらなと思います。本当,期待しております。よろしくお願いいたします。

○浜野座長

 どうぞ。

○高塩文化庁次長

 名称についてのお話が出ましたけれども,私どももこの起死回生を考えるには,これはちょっと,メディア芸術総合センターという名前は検討会以来,使っておりますけれども,もう新しい発想が必要じゃないかと思っておるんですね。名称は国立新美術館をつくる際には,段階的にやっていきましたから,公募という形で国立新美術館に最終的にしたんですが,今回は補正予算ということで非常に時間が限られておりまして,制度設計とともに打ち出せればいいと思っておりますので,検討事項に入れようかどうしようか迷って,最終的に前回で外したんですが,ぜひ先生方から,これはという名称も,その名称も(仮称)がつくかもしれませんけれども,それも含めてちょっと案をぜひ,13日という本当に限られたような期間で大変申しわけないんですけれども,文化庁としては本当に決意を持って,これに取り組んでおりますから,ぜひ先生方のご協力をよろしくお願いいたします。

○浜野座長

 土佐さんのマネージャーから,こんなにやいのやいの書かれたから,宣伝費が要らなくてよかったねと言われたぐらいで(笑),そういう効果もあったかもしれないですけれども,すみません,余分なことを言いまして。
 では,次回の日程につきまして,事務局からご説明いただけますか。

○清水芸術文化課長



〈配付資料の説明〉

○浜野座長

 それでは,これにて閉会とさせていただきます。
 本日はどうも,3人の先生,どうもありがとうございました。

12:09 閉会

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