1.壁画取扱いの基本的考え方 |
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キトラ古墳は、石室の壁面及び天井に、四神、十二支、星宿を描いた壁画をもつ終末期古墳としてきわめて重要であることから、特別史跡に指定されている。 |
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壁画は古墳と一体のものとして遺構を構成するものであり、現状を保った古墳の石室内で保存することが基本である。 |
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ただし、壁画はわが国の美術史上稀有な絵画でもあり、史跡の重要な構成要素であることから、その十分な保存を図る必要がある。現状では完全に剥離している部分がかなり存在し、落下する可能性が高いなど、きわめて危険な状態にあることから、その保存措置が急務である。 |
2.保存の方法とその問題点 壁画の現状を踏まえると、以下のような保存の方向性が考えられる。 |
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[1] 何もしない [2] 剥離部分を現在の位置に貼り戻す [3] 剥離部分を取り外して保存処置する [4] 支持体の石室石材ごと解体して保存処置する |
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(2)修復技術上からの問題点と利点 [1] 何もしない |
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現状で放置した場合は、おそらく数年以内に多くの壁画の落下、新たな剥離・亀裂が生じる思われる。特に天井部分は現在でも粉状化によって、失われる危険性が高いと推定される。 |
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したがって、この方法を採用することは適当ではない。 |
[2] 剥離部分を現在の位置に貼り戻す |
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剥離部分を取り外すことなく、そのまま壁面に貼り戻す方法である。 |
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現在の湿度100%の環境条件では、採用できる接着手法はきわめて限られている。水中で使用可能な接着剤などで貼ることが考えられるが、広く剥離した漆喰層の裏側に満遍なく接着剤を塗ることは困難であり、十分な接着ができないことから、のちに壁画の剥落の可能性が高いこと、将来、接着剤が壁面にしみ出して汚れが生じる可能性が高いことが考えられる。
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さらに、剥離した漆喰層と石材面との間には、木の根、剥落片、岩石片、カビ胞子などが多数存在し、これらを安全に除去することは、ほとんど不可能である。かりにこれらを除去しないまま壁面への接着を強行すると、漆喰層に新たな亀裂や歪みが生じたり、内部からカビが生じる可能性がある。 |
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また、剥離部分は永年の変形膨潤によって、貼り戻す面積よりも大きくなっているため、一部の漆喰面を除去しなければ、貼り戻すことはできない。 |
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この手法を採用した場合、将来において再修復が必要になったときには、使用した接着材料を除去できないので、その修復はきわめて困難である。 |
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以上の点から考えて、この方法は適当とは考えられない。 |
[3] 剥離部分を取り外して保存処置する |
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剥離部分を壁面から取り外して石室の外で保存処理する方法である。 |
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剥落部分を取り外すことによって、絵画面を水平状態でより安定した環境で時間をかけて修復を行うことができる。また、非常に困難で時間を要するが、壁面に付着した粘土をクリーニングすることによって、画像の鮮明化とあらたな画像の発見が期待できる。 |
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〇 |
表打ちを行い取り外すことになる。その場合、絵画部分は顔料の剥落が懸念されることから、表打ちの方法を検討することが求められる。 |
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技術的な検討が必要ではあるが、採用し得る方法と考えられる。 |
[4] 支持体の石室の石材ごと解体して保存処置する |
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剥落部分だけを取り外すのではなく、古墳を解体して石室の石材ごと保存処置する方法である。 |
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石室の石材を取り出すためには、現在の覆屋を撤去した上で、墳丘を除去し、石室を完全に解体する必要があり、古墳の現状を保存できないこととなる。 |
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かりにそれを許容するとしても、墳丘の除去、石室の解体に伴う振動で壁画が剥落しないような保護措置が必要となる。側面は軽い表打ち等の最低限の処置ですむが、天井は全面にわたる思い切った強化措置ないしは全面的な剥ぎ取りが必要である。さらに、脆弱化している天井石を他の壁面に影響することなく除去する工法の検討、解体時に急激な環境変化を避けるための大規模かつ高精度の環境維持施設の設置などが不可欠である。 |
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◎ |
きわめて重大な現状変更である一方で、天井については壁画を剥ぎ取ることなどが必要な上に、大規模な施設が必要となるなど現実的な方法ではない。 |
3.壁画取り外しに伴う問題点と対策 実際に採用できる方法としては、壁画の剥離部分を取り外すことがもっとも妥当と考えられるが、以下のような問題点がある。 |
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[1] |
古墳の石室壁面の取り外しについては、日本では実施例がなく、必要となる表打ちに伴う絵画顔料の剥落などの技術的な検討が必要であること。しかしながら、キトラ古墳の壁面と同じ状態のものを実験的に作り出すことは、技術的に困難であること。 |
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[2] |
剥離部分を取り外したとしても、石室内に残置された漆喰層には、度重なるカビの発生、虫の侵入、壁面の荒れなど多くの問題が出てくること予想される。そのため、その監視と環境維持のために非常に多くの労力と設備・装置、それに要する経費の負担が必要となること。 |
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[3] |
白虎のようにひとつの画像でも剥離している部分と剥離していない部分があり、剥離部分の取り外しによって、ひとつの画像が分離してしまい、絵画としての保存やのちの修復作業に問題が生じる可能性があること。 |
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[4] |
天井は剥離はしていないが、全体にきわめて危険な状況であり、なんらかの処置が必要であること。 |
(2)対応策 上記の点に関する対応として以下の方策が考えられる。 |
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[1] |
壁画の取り外しについての技術的な検討を行うために、まず壁画のうち絵画がみられない部分から取り外しを行い、作業結果を確認すること。 |
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[2] |
剥離していない部分や天井部分の取扱いを検討するために、剥離していない部分の壁画で絵画のない部分において、取り外し方法の技術的検討を行うこと。 |
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なお、剥離部分の取り外し作業に伴うリスクは完全にぬぐいきれず、他の部分がバランスを失って剥離や落下などの危険性が生じた場合は、現場の判断で緊急に措置することとする。 |