資料6

資料 6

過去に行われた壁画の材料調査について

三浦定俊

1.発見当初の調査結果

(1) 『壁画古墳 高松塚』 (橿原考古学研究所編,1972年10月)

 分析試料として発掘土壌中に含まれていた3〜4mm2の薄片,数試料を用いて,ペーパークロマトグラフィーで分析している。分析結果は,赤色試料からFe,Hg,Pb,茶褐色試料からFe,Pb,黄色部分からFe,緑・青色部分からCuをそれぞれ検出した。

(2) 『高松塚古墳壁画調査報告書』 (高松塚古墳総合学術調査会,1973年3月)

 分析試料,分析方法とも不明であるが,赤色(濃赤色)は朱,赤褐色はベンガラ,淡紅色(淡赤紫色,白肉色)は朱と白色顔料の混合物,黄色(淡黄色)は黄土,緑色(淡緑色)は岩緑青,青色(淡青色)は岩群青,白色は不明,黒色は墨,この他に金箔,銀箔が用いられているとしている。また下地の漆喰のCaCO3の純度は89.0〜96.3%で,その他にMgが0.21〜0.44%,Pbが0.16〜0.37%程度含まれていること(これら以外の元素の含有には言及されていない),金箔のAu中にはAgが2.2%,Cuが0.02%含まれている等と述べている。

2.ハンディ蛍光X線分析装置と高精細デジタルカラー撮影等による調査(2002〜2003年)

2.1 調査手法

(1)蛍光X線分析装置

 X線管球Re,全重量が約2kg,バッテリー駆動で,本体に取り付けたパームトップ型のPC(CASIO製カシオペアE-800)にデータを取り込む蛍光X線分析装置(EDAX XT-35)を用いた。装置の先端を壁面から約10mmの距離にセットし,管電圧35kV 管電流8μAでφ5mmのX線ビームを照射して分析を行った。測定時間は1ポイント100秒間,天井を含めた全壁面に対して総計173ポイントを測定した。

(2)高精細デジタルカラー撮影

 この撮影は材料調査が目的ではなく,壁面および天井面の詳細なカラー画像を撮影することを主要な目的としている。撮影には,マルチショットタイプ高精細デジタルBack(sinar社製 デジタル Back 54HR,44HR)を使用し,壁面の水分の影響を除去するため偏光で撮影した。また有機染料などの検出を目的に,励起光を可視域内に限定した蛍光撮影を行った。照射光源として可変波長光源装置(POLI Light PL500)を利用し,シングルショットタイプデジタルBack(Kodak社製ProBackPlus)を使用して撮影した。この他,偏光近赤外線撮影も行った。

2.2 調査結果

(1)白色部分

 すべての測定箇所からCaとともにPbが検出された。絵が描かれている部分だけでなく,その周囲の白色の壁面からも少量ながらPbが検出された。絵が描かれている部分のPbの検出量は,用いられている彩色材料の種類や厚みの違いによってまちまちであったが,絵が描かれていない部分については,絵からの距離に応じて検出量が変化し,ある距離以上離れても少量ながらほぼ一定のPb検出量が得られた。用いたハンディ型蛍光X線分析装置のPb検出下限が0.1%前後なので,ここで検出されたPb量は1973年の報告書で得られた値よりずっと大きいと考えられた。

(2)赤色部分

 女子群像の唇,帯,裳,西壁白虎の爪や舌,東壁青龍の首や背鰭,天井の星座連結線などからHgが検出された。しかし女子群像の赤色上衣からはHgは一切検出されず,可視光励起による蛍光反応が得られた。西壁・東壁の女子群像および男子群像の中の緑色上衣像には,いずれも赤色の帯が描かれているが同じように,女子像の赤色帯からはHgが多く検出されたのに対し,男子像の赤色帯からはHgはまったく検出されなかった。
 これまでベンガラの赤色と考えられていた,男子像が肩に担いでいるやや茶色がかった赤色の長袋部分などについて蛍光X線分析を行ったが,顕著なFeを検出することはできず,ベンガラが使われているとは考えにくい結果が得られた。

(3)黄色部分

 西壁・東壁女子群像の黄色上衣からは,他の部分と同程度のCa,Pbの他に,わずかな量のFeが検出されただけであった。この部分でも可視光励起で軽微な蛍光が見られた。

(4)緑色,青色部分

 上衣,裳などの緑色,青色のいずれの箇所からも大量のCuが検出された。また緑色や青色箇所の蛍光撮影を行うと,そのほとんどの箇所から明瞭な蛍光反応が得られた。緑青や群青のような無機鉱物だけが存在しているのであれば,このような蛍光を発することはないので,銅を主成分とする緑色あるいは青色の絵具の上に,可視光励起によって蛍光を発する何らかの物質が存在していると考えられた。

(5)金色,銀色部分

 東壁日像,天井星宿の星などでAuが検出された。西壁月像ではAgが検出された。

(6)黒色部分

 髪や描線などの黒色は近赤外線撮影で黒く撮影されたので,近赤外線を吸収する材料(例えば墨)で描かれていると考えられた。

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