資料 1

資料 1

高松塚古墳壁画劣化原因調査検討会(第3回)議事要旨(案)

1.日時 平成20年9月30日(火)13:30〜16:40
2.場所 文部科学省東館3F1特別会議室
3.出席者

(検討会委員)
永井座長,北田副座長,青柳,杉山,高鳥,成瀬,和田の各委員,藤本古墳画保存活用検討会座長,三輪古墳壁画保存活用検討会副座長

(東京文化財研究所)
石崎保存修復科学センター長,川野邊保存修復科学センター副センター長,木川生物科学研究室長,三浦名誉研究員

(奈良文化財研究所)
肥塚埋蔵文化財センター長

(文化庁)
?杉文化財部長,小山古墳壁画室長,内藤記念物課長,鬼原主任文化財調査官,建石古墳壁画対策調査官 増記技官(絵画)ほか関係官

4.概要

(1)議事

(1)美術品の劣化と保存について
 北田副座長から,美術品の劣化と保存について資料2に基づき説明が行われ,以下の質疑応答があった。
三浦研究員: 不可逆過程の熱力学を基礎にした保存理論においては,個別の要素がどのように影響するかという点が必要になる。非常にたくさんの要素が絡み合うのでそこが難しい。
北田副座長: 測定にあたっては,最も熱力学の寄与率の大きい反応又は現象はどれかということをあらかじめ考えて絞ることになる。
三浦研究員: 対象によって違うということか。
北田副座長: そうである。基本は同じだが,対象とするものによって,その辺りをきめ細かく検討することが必要である。
三浦研究員: 例えば,ゼロ次近似,1次近似と近似を上げて行くという形になるわけであろう。そうした場合に大きな形でのシミュレーションはできるが,文化財の保存の場合は個別具体的なものになるため,必ずしも予測したものが実際のものになるわけではないため,難しいところ。
北田副座長: 想定する複数のプランを考えておくことが重要である。
石崎センター長: 例えば温度勾配による熱の流れの熱伝導率,圧力勾配による水の流れの透水係数など,様々な要素が絡み合ってくるので,大変難しい作業になるのではないか。
北田副座長: 原子炉や半導体製品では,実際に熱力学を用いて,いかに長時間持たせるのかということを適用している。大変難しい作業ではあるがこのような視点をもつことが重要である。
杉山委員: カビの問題を有色カビと透明カビに分けて検討しているが,それは色が付いていると見た目が悪く,透明だと余り目立たないといった理解でよいか。
北田副座長: 初期の見た目の話であって,それが固まった場合はまた違った工学的効果がある。また,例えば透明であっても白くなれば白色反射が増えて中が見えなくなる。また,無機質で本来炭のように変化しないものであっても,複合反応の中で取り込まれる可能性もある。
肥塚センター長: 文化財の劣化には人為的なものもある。人為的なものは予測不可能な場合がかなりあるので,自然的な現象の解析だけでは解明できない。人為的なものが様々な形で入ってくるため,非常に現象を解析するのは難しいと思われる。
北田副座長: 人為的なものを方程式に入れることは難しいが,人為的なものを減らすことは可能だと思う。文化財の保存には,様々な領域が融合することが不可欠であり,さらにこの分野が発展していくことを願っている。高松塚古墳壁画の劣化原因を検討する過程で将来的な一つの展望が開けてくのではないかと考えている。
(2)過去の壁画の保存修理について
 事務局及び川野邊副センター長より,過去の壁画の保存修理につき,過去の石室内の人の出入り,壁画の修理,生物対策及び過去の修理と生物被害の相関について,資料3−1から資料4−3に基づき説明が行われ,以下の質疑応答が行われた。
杉山委員: 過去の生物対策にバクテリア対策あるが,資料4−2の記載は当時の資料から引用したものか。文脈からすれば,カビではないかと思われる。
増記技官: 昭和47年の「高松塚古墳応急保存対策調査会中間報告」から当時の記載表現をそのまま引用している。
杉山委員: 当時はいわゆるバクテリアの類は余り分離されていなかったと記憶している。
増記技官: 当時,最初の段階ではカビだけを取り上げている。第2回目を秋にもう一度調査する段階で,バクテリアについても両方調査を行うという記述がある。
杉山委員: そのときの記録はきちんとしたものは残っているのか。
増記技官: 昭和62年に刊行した「高松塚古墳壁画 保存と修理」にはその結果について概要が示されている。
和田委員: 発見時の壁面の傷み具合についての記録は残っているのか。
増記技官: 当時の状態についての公の報告としては,「高松塚古墳壁画 保存と修理」にまとめられており,当時の応急対策検討会の調査報告や修理に関する中間報告に壁画の状況について記載されている。最初の修理に入ったのが昭和51年で,その前に何回か調査を行い,その間目視等で壁画の状態を把握して,実際の修理の仕様を組み立てていったと思われる。
和田委員: 目視において,保存修復を行う技術者にとって意味があるレベルでの認識はどうなのか。
増記技官: 公の記録では,目視で傷んでいると思われた部分が実際の作業ではより広い範囲で傷んでいた場合や目視で傷んでいたと思われた部分が実際の作業では健全であった場合などが幾つか確認できたことが報告されている。
北田副座長: 目視だけではなく,定量的に評価した上で行ったものか。
建石調査官: 事務局に残された資料や既に刊行した物を整理し,次回以降に示したい。
北田副座長: アクリル樹脂で剥落止めをしたというのは,トリクレンなどに溶かして,トリクレンが蒸発した後に固化するということか。これはモノマーの状態で溶かしてポリマーになるという現象が起きているということか。
川野邊副センター長: ポリマーの状態で溶液にしている。
北田副座長: ポリマーの状態は,かなり分子数があるわけなので,そういうものが固化したときに表面の結合が不完全なモノマーと同じような結合状態がそのまま残るということはないのか。不完全な状態で残っていると,カビのえさになりやすいということが考えられるが。
川野邊副センター長: アクリル樹脂は,アクリル酸エステルの形で残っているとすれば,溶液にしたときに溶け出してしまう。これが工業製品のアクリロイドはかなり純度が高いので,ほぼその可能性はないと思われる。
北田副座長: そうすると,カビの被害にあったというメカニズムとしてはそのようなことを考えているのか。
川野邊副センター長: アクリル樹脂の直鎖は比較的小さいものなので,アクリル樹脂の端からカビに食べられているようである。
北田副座長: その端のところが,重合的な目で見れば不安定なところではないのか。
川野邊副センター長: 一般的に高分子化学の常識ではアクリル樹脂が食べられるとは考えていなかった。ただそういうものを食べるカビもいるらしい,ということである。
北田副座長: 過去の事例では金属などもカビには食べられないと言われていたものが石油などに含まれるカビに食べられるということもあった。そういう様々な可能性を十分に検討してほしい。
川野邊副センター長: パラロイドというのは,ヨーロッパで非常に広く使われている。修復材料というのはどうしても修復技術者が使いなれたものが修復の結果は非常によいので,どうしてもそういう限られたものから選ぶ傾向にある。パラロイドB72は,過去に海外における修理で非常に広く使われており,修理技術者にとって使いやすく,その脆弱性が見逃されてきたという面もある。パラロイドは有機溶剤しか溶けない形態であったが,実はエタノールにも溶けることが判明した。エタノールを殺菌剤に使うと,固化したアクリル樹脂が動くということがあり,後から考えれば余りよい選択ではなかったと思われる。
高鳥委員: パラロイドB72はカビの生育に非常に関係が深いと考えてよいのか。
川野邊副センター長: 修理した当事者は,パラロイドを使うと修理箇所にカビが生えると明言しているため,定性的にはそういう印象を持つ現象が多く見られたのであろう。
木川室長: 昭和55年以降はパラロイドを使った箇所に1ヶ月後,2ヶ月後にカビが出ているという記録を辿るとパラロイドがカビに影響を及ぼしていると言える。ただし,それ以前は天井面等に修理の際,パラロイドを使っていてもカビが出ない場所もかなりあるので,単純に1対1の関係で結論を出すことは難しい。
永井座長: 今後さらにデータの整理を行い,当時の学問レベルを対比させながら検討していきたい。石室内の人の出入りのデータもある意味単純なデータに過ぎないので,様々な要因と掛け合わせて劣化原因を詳細なものにしていきたい。
(3)壁画の劣化の経緯と生物的要因について
 木川室長より,高松塚古墳壁画の劣化の経緯と生物的要因について資料5に基づき説明が行われた。特段意見交換はなかった。
(4)過去に行われた壁画の材料調査について
 三浦名誉研究員より,過去に行われた壁画の材料調査について資料6−1に基づき説明が行われ,以下の質疑応答が行われた。
成瀬委員: 高松塚古墳壁画の顔料調査の歴史の中で,過去に奈良文化財研究所の沢田氏が行った白色顔料の分析,X線回折の結果が重要な成果であると認識している。また,東京文化財研究所では,ポリライトの調査で蛍光のあるところはラピスラズリに近いものではないかという見解を出しているが,そこまでの証拠とはなっていないと思われる。現在,壁画は修理施設に運ばれているので,X線回折などを活用してそのあたりを調査してほしい。
三浦研究員: 修理施設では過去にできなかった新しい調査が可能だと思われるので,肥塚センター長を中心に調査を行ってほしい。
(4)壁画の下地漆喰・顔料・描線などの劣化に関する調査の準備状況について
 肥塚奈良文化財研究所埋蔵文化財センター長より,壁画の下地漆喰・顔料・描線などの劣化に関する調査の準備状況について資料6−2に基づき説明が行われ,以下の質疑応答が行われた。
成瀬委員: 非破壊の回折装置を適応するという考えは今のところないのか。
肥塚センター長: 顔料の部分はリスクがあるのでできないが,端の余り影響のないところでは技術的には可能かもしれない。
成瀬委員: 肥塚センター長で進められて居る方法は,クラックや剥落の状態など物理的な劣化の状態を把握するのには非常によい装置であると思われるが,材料の元素だけ判明しても仕方なにで,物理系,化学系,地殻系など様々な劣化の状態を把握するには,X線回折が必要不可欠ではないかと思われる。是非検討してほしい。
肥塚センター長: 1億程度の予算があれば現在の技術で可能ではあるが,求める方向としてそこまでの予算をかけて実施する必要があるのか疑問である。
成瀬委員: 顔料の分析もX線回折がないと解決できないと思われるので,検討してほしい。
永井座長: この場で回答できることではないので,検討の結果,事務局から回答いただきたい。
北田副座長: 破壊分析の検討の進捗状況をご教示願いたい。
鬼原主任調査官: 現段階では報告できるほど検討が進んでいないので,もう少し時間をいただきたい。
北田副座長: 石室取り出しの際に目地から切り取った目地漆喰や剥落した漆喰など,様々あるので,個別に分類して検討を進めてほしい。
青柳委員: X線回折装置をわざわざ購入することは無駄である。大学等から借りて行うことも選択に入れて検討すべきである。
 石室の人の出入りの資料があったが,石室内の滞在時間や石室内作業の服装などについても分析的に時系列で整理してほしい。また,ヨーロッパなどではパラロイドを活用して文化財の修理を行っているが,カビは生えたという話はあまり聞かない。高松塚の場合は高湿度環境が影響して,非常に汎用性のあるパラロイドB72もカビが生えたのではないか。したがって,どういう条件でカビが生えるのかといった追試験が必要ではないか。既に行っていれば結果を教えてほしい。
 当時使用した薬剤や石室環境,カビの生育など,状況証拠を1枚の表に全部入れて,その相関関係が表から判明できるようにしたい。また,第1次修理,第2次修理,第3次修理とカビがどこに生えたのかということを色分けして全体がわかる図や資料を用意してもらえるとありがたい。
木川室長: パラロイドは高湿度にならない限りカビは生えない。シャーレに固めたパラロイドを並べて高松塚古墳及びキトラ古墳で採取した菌などを用いて実験を行ったところ。感触としては,古墳現地にいるカビが一般的な試験に使われているものよりはさらに生えやすい傾向があるという感触は持っているが,そのメカニズムについては判明していない。
青柳委員: シャーレによる実験ではなく,高松塚古墳の漆喰層の成分を地にして実験するとよいのではないか。
川野邊副センター長: 現状の漆喰と同じものを再現することは困難であり,現状の漆喰では全く物性も成分も違うものに変化しているので,再現するのに既に4年努力しているが,科学的には同じものは作り出していない。
青柳委員: 発見当時に漆喰の断片があったと記憶しているが,残っていないのか。
川野邊副センター長: 東京文化財研究所にはそのような資料はない。
肥塚センター長: 奈良文化財研究所にもそのような資料はない。
和田委員: 過去に高松塚古墳の漆喰を分析した報告書の記載があったと記憶している。漆喰を使って分析していると思われるが。
肥塚センター長: どの漆喰のことか。
和田委員: 落ちていた漆喰と思われる。
建石調査官: 過去の分析は湿式法で分析しているので,分析した部分は溶けているはず。これらが現在,どのような状態になっているのか不明である。
肥塚センター長: 漆喰を使って何をするのか。
青柳委員: カビを培養するための土台にする。
肥塚センター長: それであれば,目地漆喰でもよい。実験に目地漆喰を使用してよいかは判断できないが。
永井座長: この検討会を重ねることによって,様々な資料やデータが提出され,これらが増えていく。そうすると必然的に整理されてきて,総合的にわかりやすい形に整理していくことが必要であると思われる。また,X線回折は文化庁で他大学にあれば借りて使用するかしないかを含めて検討してほしい。さらに,平成18年6月の高松塚の事故調査委員会で,古墳の中に入る際のマニュアルがあって,無塵衣を着用するか否かなど,関係者の共通認識がなかったことが判明した。そのようなことも含めながら整理するとよい。
小山室長: 破壊検査の是非は,何をもって破壊検査といい,どの材料をどの部分であればよいのか悪いのか,また非破壊で判明するのはどこまでであって,破壊検査をしないと判明しないものは何かなど,そのリスクを整理した上でこの場に示せるようにしたい。
和田委員: 古墳の保存管理で,「もとの環境下に戻す」というのがあるが,このもとの環境とはどのように決められているのか。
建石調査官: 高松塚の開封時は,細かい環境的なデータがとれなかった。その後,未開封の石室の内部環境をチェックする重要性が指摘され,翌年の虎塚古墳におけるデータ測定につながった。

次回の検討会のスケジュールを確認し,第3回検討会は終了した。

以上

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