壁画の修理方針と手順について(案)

資料3

壁画の修理方針と手順について(案)

1.修理の基本方針
 
(1) 現地に戻された石室での保存に耐え得る強化を行う。
(2) 修理措置が壁画の表現に及ぼす影響を出来る限り小さくする。

2.修理の手順
 
(1) 搬入された石材周囲の泥などの汚れを極力除去する。表面1層の表打ちを一部残した状態で石材の乾燥状況を監視する。乾燥状況を制御するため、新たな表打ちや石材の覆いなどを適宜用いる。乾燥に従って生じてくる剥離、亀裂などの応急処置を行う。この期間に生じる生物被害は逐次殺菌などの処理を行う。
(2) 石材の状態が安定した状況で詳細な調査と記録を行う。状況に合わせた処理工程を作成する。生物被害の記録を行い、緊急度に合わせた処理を行う。事後の処置に影響を与えないために、極力エタノールなどの穏和な殺菌方法を採用する。必要に応じて手術用顕微鏡などを用いる。
(3) 生物被害の痕跡およびその他の汚れの除去を行う。また、クリーニングに耐えられない部分は応急的に強化処置を行う。強化処置を行うことで汚れが定着することがあるのでこの段階での強化処置は必要最低限に止める。この段階でのクリーニングによって除去できない汚れに関しては、別途技術開発の必要がある。一般的に淡色で新鮮な生物被害の痕跡以外は除去できる可能性は非常に低い。
(4) クリーニングが終了した後に、保存環境および壁画面の向きに応じて顔料層と漆喰層の強化処置を行う。剥落止めと漆喰層の石材への接着を行う。
漆喰と石材の状態が安定した後に、壁画の劣化原因の究明のための調査を行う。
3.修理上の課題
  (生物被害の痕跡の除去)
  濃色の胞子やゲルなどは、キトラ古墳の経験からも絵画に影響を与えずに除去する方法が見いだされていない。すでに、様々な方法が試みられているが良い結果は見いだされていない。
4.現位置に戻す場合の課題
 
(1) 石材間の接着の可能性と方法。
(2) 石材間に存在した漆喰の取り扱い。
(3) 石材間にあって取り外した漆喰の取り扱い。
(4) 合成樹脂を用いて十分に接着する必要があるため、かなりの濡れ色となる。
(5) 定期的に強化措置が必要である。
  殊に天井は壁画面が下向きであるため、どの程度まで強化し、石材に接着すれば、どの程度の時間保つことができるか、現時点では見積もれない。いずれにしろ、維持のために定期的な措置の必要があるので、20~30年に一度は壁画面を上向きにして処理を行う必要があると思われる。その際には石室の解体を伴う。
(1)~(3)はいずれも、現位置に戻した場合、石材間の相互位置を精密に復原することはできないと思われることから、新たな位置関係を外部からの構造などで安定化する場合を除き、(2)および(3)は現位置に戻すことはできないと思われる。

解体した石室石材の保存修理方針
石室を解体して取り上げたそれぞれの石材については、保存修理施設に搬入した後、劣化損傷状況に関する事前調査を実施し、適切な保存修理をおこなう予定である。
調査に関しては、赤外線吸光度法による石材表面の含水比を測定してその変化を把握するいっぽう、デジタルファインスコープ(顕微鏡)等を用いた目視観察によって、石材の保存状態に関する調査を実施する。現在、想定されるところでは、風化表層付近に見られるチョーキング、フレーキング、クラッキングなど、小さな損傷から天井石や床石に見られる破断、断裂に至る大きな損傷に対応した適切な処置が必要となる。特に、これまで明らかにされている天井石、床石(底石)に見られる大きな断裂と、壁石などに見られる遊離石材片などについては,注意を要する。それぞれの石材の劣化状態が明らかでない現状では、処置法についての詳細は明らかに出来ないが、基本的な修理・処置法について、以下に示す。

(1) チョーキング,フレーキングなどの抑制およびそれらの損傷部の修理
  チョーキングやフレーキングは凝灰岩の表層付近に見られる一般的な風化による現象である。湿潤な環境下で高い含水比を有する場合は顕著ではないが、乾燥するにつれて粒子間を結合する吸着水が失われて結合力が弱くなり上記の現象が顕著に表れる。これらの劣化に関する処置法として、水分の吸着による結合力に代わり、失われた水分によって生じた間隙に含浸強化材料を浸透させて粒子間の結合力を回復するものである。ただし、石材は常に大気中の水分を吸収したり、蒸散しており、石材の呼吸をとめるような処置は望ましくない。つまり、合成樹脂による皮膜の形成をさけるため、有機ケイ素系含浸強化剤を適用して、処置を実施する予定である。ただし、事前調査の結果により処置内容が変更されることもありうる。
(2) 天井石、床石等に見られる大きく断裂した石材の接合等の修理
  断裂の著しい天井石、床石については、抜本的な修理が必要と考えられる。つまり、単なる接合ではこれらの大きな石材を維持することは困難で、構造的な補強を伴う接合が必要となる。まず、断裂した部分を分離して割れ口部分に付着する土砂を完全に取り除く。特に、接合面の表層に付着する微細な土についても、エアーブレイシブ等の機器を用いて乾式法によりクリーニングを実施することが重要である。次に、接合補強(構造的補強)の準備として、現在開発中の無振動(低振動)ドリルによってコアリングする。コアリングの有効径は約3cmφを予定する。コアリングの部位については、詳細な調査が必要であるが、現在想定できるところでは、天井石については最低でも3箇所は必要と考えている。コアリング終了後には、それぞれの接合面について一次強化処置をおこなう。強化材料については、有機ケイ素系含浸強化剤などの使用を予定する。接合にあたっては、ステンレス芯などを利用して補強強化する方法や、ピアノ線などを用いて補強強化する方法などを適用する。コアリングにより形成した孔内に補強剤を設置した後の空隙部分や接合面の接着には、あまりにも硬くなる樹脂接着剤を使用するのではなく、接合力が高くかつ適度な弾力を有する合成樹脂接着材料を用いた処置を予定する。いずれにしても、劣化状態等に合わせた適切な材料と方法を検討することになる。
(3) 小ブロック片の接合について
  小ブロック片の接合にあたっては、有機ケイ素系含浸強化剤による前処理を実施した後、接合力が高くかつ適度な弾力を有する合成樹脂接着材料を用いた処置を予定する。なお,かつておこなわれた接合箇所については、損傷状態を調査したうえで、取り外して再処理する必要があるものについては、処置を実施する。
  以上の処置については、時間と労力を要するもので、壁画の修理と密接に連携をとりながら進めることになる。
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