資料6

資料6

高松塚古墳の生物調査の概要と今後の方向性について

高松塚古墳壁画の劣化にはカビやバクテリアなどの微生物が深く関わっているが,どのような微生物がどのような理由により汚染に関与したか,を調査していく必要がある。そのために,以下のような検討項目が考えられる。

(1)過去の記録の精査による壁画の生物劣化の経過と要因についての総合的調査

高松塚古墳については,1972年の発掘以来,属レベルでの同定を含む,カビなどの微生物調査が行われてきた。
過去起きた微生物などによる生物被害については,その被害の状況についての記録とともに,関与したカビなどの属レベルでの同定結果の記録が残っている。したがって,そのような記録を精査することにより,状況証拠などから,生物劣化の経過や引き金となった要因についていくつかの作業仮説をたてることは可能である。
しかし,一方で,当時発生したカビの分離株は残っていないため,過去の劣化原因となった微生物を再び調べたり,現在の分離株と比較したりするといった実験的な検証はできない。

(2)最近の壁画の微生物汚染の原因となった微生物の詳細な調査

1972年の発掘以来,石室内の微生物調査においては,属レベルでの同定により微生物調査が行われてきたが,2001年石室壁面に再びカビが発生して以降,とくにその被害が拡大していった2004年以降は,遺伝子解析も含む詳細な微生物調査が始められた。
このような詳細調査の意義として,以下のようなことが挙げられる。

2-1.
種レベルでカビやバクテリアなどの汚染微生物を調査することによって,過去の文献をもとにその種がどのような基質(たとえば,土壌,植物,農作物,空中,食品,人の皮膚など・・・)から分離されるグループのカビやバクテリアなのか,など,その種の微生物の由来についてより詳しい情報が得られ,その微生物の由来について推測が可能になる。
2-2.
同様に,種レべルでの同定により,その種の微生物がどのような生理的性質(例えば,エタノールを分解する場合がある,薬剤耐性をもちやすい,低温に強い,など・・・)をもつものかについても,文献などを利用して広く情報が得られる。
2-3.
たとえ同じ種であったとしても,遺伝子レベルではさらに多様性がみられ,複数のグループに分かれる場合がある。これはその場所で広くみられたカビがたとえ1種だったとしても,種内で遺伝的多様性があるということがわかれば,実はその汚染は,「単一の汚染カビ」の侵入に由来するのではなく,汚染ルートが複数あって他のカビも侵入の機会は十分にあるなかで,たまたまその種の微生物にとってその環境が非常に適合していた,ということを示唆する場合がある。(例,ラスコー洞窟のFusarium solani species complexの場合)

(3)2007年の発掘解体作業の段階の石室とその周辺部の汚染の全体像把握

解体の時点での石室の汚染状況の把握は,微生物汚染がどのように進んだかを調査する上でもきわめて重要である。
石室の発掘・解体の過程で,はじめて調査が可能となった石材小口や,石材の亀裂,墳丘の亀裂,また侵入していた植物の根や,ムカデ,昆虫など土壌小動物の分布についての情報も,きわめて貴重である。
現在,2007年の発掘・解体作業の段階でサンプリングした試料についても詳しい調査を進めており,発掘班による詳細な汚染状況の記録とあわせると,汚染の全体状況について正確な把握が可能と考えている。また,2004年以降,石室などから分離された純粋培養株との比較を行い,過去数年間の微生物相の動態を調べる必要がある。

(4)壁画の汚染に関わった微生物の由来についての検討

壁画の汚染に関わった微生物の由来について,(1)から(3)の情報をもとに検討を行う。

(5)微生物の生理的性質などを含む生物学的特徴(Bio-profile)の調査

壁画の汚染に関わった主要な微生物について,その生理的性質(劣化の要因となる有機酸や色素などの産生能,温度条件による生理的変化,光の条件による生理的変化,殺菌剤として使用した薬剤-ホルマリン,エタノール,プロパノールなど-への抵抗性や資化性など)を調査することにより,壁画の汚染や劣化との関連を考察する。
生理的性質については,上記のように,種レベルの同定を基礎にして,文献的に得られる情報もあるが,特殊な環境での事例については文献には十分情報が反映されてない場合もあるため,分離株を使って実験的に検討することが必要となる場合もある。

以上のような調査については,項目も多岐にわたり,また,時間を要する項目もあるため,段階的に進める必要がある。
概要については,1,2年をめどとして,比較的短期間で結果をとりまとめ,学術的に詳細な検討を要する部分については,より長期的な検討を行うこととなる。

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