参考資料5

国宝高松塚古墳壁画恒久保存対策検討会(第6回)配付資料8-2(抜粋)

参考資料3


高松塚古墳から採取されたカビと酵母の発育湿度調査

2005年6月22日
環境生物学研究所
阿部恵子

1.目的,意図

古墳内部でのカビ繁殖を抑えるための基礎データをとることを目的とし,最近,高松塚古墳から分離された主要なカビと酵母について,発育と温湿度の関係を調査した。今回は,相対湿度が発育に与える影響についての調査を主な目的とした。

2.方法

使用菌株 前回の調査と同じで,カビ15株(参照菌3株,および高松塚古墳から採取された菌12株)および酵母2株(参照菌1株,および高松塚古墳から採取された菌1株)を使用した。
前培養 各菌株をPDA(ポテトデキストロース寒天)平板に画線し,25℃で培養した。
試験片 寒天平板上に発育したカビの胞子または酵母細胞をグルコース0.5%およびゼラチン0.5%を含む液に懸濁した。カビの場合は胞子濃度を約1×106個/mLに調節,酵母の場合は細胞濃度を1×105個/mLおよび1×104個/mLの2段階に調節した。濃度を調節した懸濁液3μLを40mm×13mmのプラスチック板にスポット状に接種し,風乾させたものを試験片とした。
試験片の培養 温度および相対湿度を調節した湿室内に試験片を入れて培養した。
カビは,温度10℃,15℃,20℃の3段階と相対湿度80%,90%の2段階を組み合わせた環境下で,酵母は,温度10℃,15℃,20℃の3段階と相対湿度80%,90%,100%の3段階を組み合わせた環境下で培養した。培養期間は24時間および8日間の2期間とした。
発育の観察 培養後に,試験片を湿室から取り出して乾燥させた。乾燥により発育は停止する。発育状態を顕微鏡下で観察し写真撮影した。発育状態は,以下のとおりに表示した。
カビは,胞子発芽が認められない場合は-,発芽が認められるが菌糸長が200μm未満の場合は+,菌糸長が200μm以上で2000μm未満の場合は++,菌糸長が2000μmを超えている場合は+++で表示した。
酵母は,発育が認められない場合は-,発育が認められた場合は+で表示した。

3.結果

表1および2に,相対湿度80%および90%の湿室内での培養期間24時間および8日間の発育状態を示す。古墳から採取されたカビ(T-1〜T-14)は,相対湿度80%および90%で発育が認められなかった。参照のカビ(R-1〜R-3)は,相対湿度80%では発育が認められなかったが,相対湿度90%では,15℃と20℃で発育が認められた。
表3に,前回の相対湿度100%での調査結果の一部を抜粋する。相対湿度100%では,古墳から採取されたカビはすべて8日間培養で発育しており,古墳内部を汚染しているカビは全て好湿性カビであることがわかる。 表4〜6に,酵母の発育状態を示す。相対湿度80%および90%では何れの酵母にも発育が認められなかった。相対湿度100%では,古墳から採取された酵母(T-10)は何れの温度でも発育が認められたが,参照の酵母(R-4)は10℃で発育が認められなかった。古墳から採取された酵母はカビと同様に好湿性で,低温に適応した菌株と思われる。
古墳から採取されたカビと酵母は,相対湿度90%以下では発育が阻止された。

表1 相対湿度80%でのカビ発育

菌株 24時間培養 8日間培養
10℃ 15℃ 20℃ 10℃ 15℃ 20℃
R-1 Aspergillus terreus Thom NBRC 6346 - - - - - -
R-2 Penicillium citrinum Thom NBRC 6352 - - - - - -
R-3 Fusarium moniliforme Sheldon NBRC 31251 - - - - - -
T-1 Acremonium sp. T4519-5 より - - - - - -
T-3 Fusarium sp.8 T4519-9 より - - - - - -
T-4 Trichoderma sp. 1-b T4519-9 より - - - - - -
T-5 Gliocladium sp. 2 T4519-8 より - - - - - -
T-6 Penicillium sp. 4 T4519-9 より - - - - - -
T-7 Fusarium sp.2 T4906-8 より - - - - - -
T-8 Penicillium sp. 4 T4906-7 より - - - - - -
T-9 Trichoderma sp. 4 T4906-8 より - - - - - -
T-11 Fusarium sp. (T-10と同じ試料から分離) - - - - - -
T-12 Cylindrocarpon sp. TBT-1 (褐色になる) - - - - - -
T-13 Cylindrocarpon sp. TBT-2 (褐色になる) - - - - - -
T-14 Fusarium sp.4 T4519-9 より - - - - - -

-:発芽が認められない。

表2 相対湿度90%でのカビ発育

菌株 24時間培養 8日間培養
10℃ 15℃ 20℃ 10℃ 15℃ 20℃
R-1 Aspergillus terreus Thom NBRC 6346 - - - - - +
R-2 Penicillium citrinum Thom NBRC 6352 - - - - ++ ++
R-3 Fusarium moniliforme Sheldon NBRC 31251 - - - - - -
T-1 Acremonium sp. T4519-5 より - - - - - -
T-3 Fusarium sp.8 T4519-9 より - - - - - -
T-4 Trichoderma sp. 1-b T4519-9 より - - - - - -
T-5 Gliocladium sp. 2 T4519-8 より - - - - - -
T-6 Penicillium sp. 4 T4519-9 より - - - - - -
T-7 Fusarium sp.2 T4906-8 より - - - - - -
T-8 Penicillium sp. 4 T4906-7 より - - - - - -
T-9 Trichoderma sp. 4 T4906-8 より - - - - - -
T-11 Fusarium sp. (T-10と同じ試料から分離) - - - - - -
T-12 Cylindrocarpon sp. TBT-1 (褐色になる) - - - - - -
T-13 Cylindrocarpon sp. TBT-2 (褐色になる) - - - - - -
T-14 Fusarium sp.4 T4519-9 より - - - - - -

-:発芽が認められない。+:発芽が認められ,菌糸長が200μm未満。
++:菌糸長が200μm以上で2000μm未満。

表3 相対湿度100%でのカビ発育

菌株 24時間培養 8日間培養
10℃ 15℃ 20℃ 10℃ 15℃ 20℃
R-1 Aspergillus terreus Thom NBRC 6346 - - - - ++ +++
R-2 Penicillium citrinum Thom NBRC 6352 - - + + ++ ++
R-3 Fusarium moniliforme Sheldon NBRC 31251 - - - ++ ++ +++
T-1 Acremonium sp. T4519-5 より - - + + ++ ++
T-3 Fusarium sp.8 T4519-9 より - - + ++ +++ +++
T-4 Trichoderma sp. 1-b T4519-9 より - - + + ++ +++
T-5 Gliocladium sp. 2 T4519-8 より - - + + ++ +++
T-6 Penicillium sp. 4 T4519-9 より - - + + ++ ++
T-7 Fusarium sp.2 T4906-8 より - - + + +++ +++
T-8 Penicillium sp. 4 T4906-7 より - - + + ++ ++
T-9 Trichoderma sp. 4 T4906-8 より - - - + ++ +++
T-11 Fusarium sp. (T-10と同じ試料から分離) - - + + ++ +++
T-12 Cylindrocarpon sp. TBT-1 (褐色になる) - - - ++ +++ +++
T-13 Cylindrocarpon sp. TBT-2 (褐色になる) - - - + ++ ++
T-14 Fusarium sp.4 T4519-9 より - - + + +++ +++

-:発芽が認められない。+:発芽が認められ,菌糸長が200μm未満。
++:菌糸長が200μm以上で2000μm未満。+++:菌糸長が2000μm以上。

表4 相対湿度80%での酵母発育

菌株 24時間培養 8日間培養
10℃ 15℃ 20℃ 10℃ 15℃ 20℃
R-4 Pichia membranifaciens NBRC 10725 - - - - - -
T-10 Pichia membranifaciens 2004.7月16日採取 - - - - - -

表5 相対湿度90%での酵母発育

菌株 24時間培養 8日間培養
10℃ 15℃ 20℃ 10℃ 15℃ 20℃
R-4 Pichia membranifaciens NBRC 10725 - - - - - -
T-10 Pichia membranifaciens 2004.7月16日採取 - - - - - -

表6 相対湿度100%での酵母発育

菌株 24時間培養 8日間培養
10℃ 15℃ 20℃ 10℃ 15℃ 20℃
R-4 Pichia membranifaciens NBRC 10725 - - - - + +
T-10 Pichia membranifaciens 2004.7月16日採取 - - + + + +

-:発育が認められない。 +:発育が認められる。


好乾性カビの発育調査

2005年6月22日
環境生物学研究所
阿部恵子

目的・意図

高町塚古墳から採取されたカビは相対湿度90%と80%で発育が認められず,参照として使用されたカビは相対湿度90%では発育が認められたが80%では発育が認められなかった。高松塚汚染カビの調査結果からは,低温で相対湿度80%に保てばカビの発育は抑制されると考えられるが,他の種類のカビについて,特に好乾性カビについて調査の必要がある。そこで代表的な好乾性カビの発育環境について調査した。

使用菌株

好乾性カビ6株。Aspergillus penicilliodes K-712とEurotium herbariorum J-183はカビ指数調査に使用するセンサー菌として多数の中からスクリーニングした株で,他の好乾性カビよりも発育が速く,広範囲の温湿度環境で発育できる菌株である。

方法

相対湿度70%,80%,90%,100%と温度10℃,15℃,20℃を組み合わせた環境で,24時間,1週間のおよび7週間の3期間培養した。発育状態の表示は以下とおり。 -:発芽が認められない。 +:発芽が認められ,菌糸長が200μm未満。 ++:菌糸長が200μm以上で2000μm未満。 +++:菌糸長が2000μm以上。

結果

表1に,相対湿度70%での発育を示す。相対湿度70%では15℃以下ではいずれの好乾性カビにも発育が認められなかったが,20℃の7週間培養でAspergillus penicillioides K-712の発育が認められた。 表2に,相対湿度80%での発育を示す。15℃以上では全ての好乾性カビで発育が認められた。10℃では7週間培養でAspergillus penicillioides K-712,Aspergillus restrictus IFO 7101およびEurotium herbariorum J-183の発育が認められた。 表3に,相対湿度90%での発育を示す。相対湿度80%よりも好乾性カビが発育しやすい環境であった。7週間培養では10℃でも全てのカビに発育が認められた。 表4に,相対湿度100%での発育を示す。好乾性カビは発芽しても菌糸を長く伸ばすことは無く,菌糸の発育が停止した。 好乾性カビは相対湿度90付近が発育に最も適した環境であった。

考察

古墳内部のカビ発育を阻止する目的で内部の相対湿度を90%に保った場合は,現在古墳を汚染しているカビと入れかわって好乾性カビなどが発育する可能性がある。 相対湿度80%の場合は,10℃でも発育するカビがあるので,相対湿度を80%まで低下させてもカビ発育の可能性が残る。 相対湿度70%の場合,温度が15℃以下ではカビの発育が認められなかった。壁面の相対湿度を70%に変えることが可能であれば,15℃以下でカビによる汚染は阻止されると思われる。

表1 好乾性カビの相対湿度70%での発育

菌株 24時間培養 1週間培養 7週間培養
10℃ 15℃ 20℃ 10℃ 15℃ 20℃ 10℃ 15℃ 20℃
Aspergillus penicillioides K-712 - - - - - - - - +
Aspergillus penicillioides IFO 30615 - - - - - - - - -
Aspergillus restrictus IFO 7101 - - - - - - - - -
Eurotium amsterodami IFO 6667 - - - - - - - - -
Eurotium tonophilum IFO 6529 - - - - - - - - -
Euroatium herbariorum J-183 - - - - - - - - -

表2 好乾性カビの相対湿度80%での発育

菌株 24時間培養 1週間培養 7週間培養
10℃ 15℃ 20℃ 10℃ 15℃ 20℃ 10℃ 15℃ 20℃
Aspergillus penicillioides K-712 - - - - - + ++ +++ +++
Aspergillus penicillioides IFO 30615 - - - - - - - ++ +++
Aspergillus restrictus IFO 7101 - - - - - + + ++ +++
Eurotium amsterodami IFO 6667 - - - - - + - ++ ++
Eurotium tonophilum IFO 6529 - - - - - - - +++ +++
Euroatium herbariorum J-183 - - - - + ++ ++ +++ +++

表3 好乾性カビの相対湿度90%での発育

菌株 24時間培養 1週間培養 7週間培養
10℃ 15℃ 20℃ 10℃ 15℃ 20℃ 10℃ 15℃ 20℃
Aspergillus penicillioides K-712 - - - + + +++ +++ +++ +++
Aspergillus penicillioides IFO 30615 - - - - + ++ + +++ +++
Aspergillus restrictus IFO 7101 - - + + ++ ++ ++ +++ +++
Eurotium amsterodami IFO 6667 - - - - ++ ++ ++ +++ +++
Eurotium tonophilum IFO 6529 - - - - - +++ +++ +++ +++
Euroatium herbariorum J-183 - - + ++ ++ +++ +++ +++ +++

表4 好乾性カビの相対湿度100%での発育

菌株 24時間培養 1週間培養 7週間培養
10℃ 15℃ 20℃ 10℃ 15℃ 20℃ 10℃ 15℃ 20℃
Aspergillus penicillioides K-712 - - - - - + - - +
Aspergillus penicillioides IFO 30615 - - - - - - - - -
Aspergillus restrictus IFO 7101 - + ++ ++ ++ ++
Eurotium amsterodami IFO 6667 - - - - + ++ - + ++
Eurotium tonophilum IFO 6529 - - - - + ++ - ++ ++
Euroatium herbariorum J-183 - + + ++ ++ ++ ++ ++ ++

-:発芽が認められない。 +:発芽が認められ,菌糸長が200μm未満。
++:菌糸長が200μm以上で2000μm未満。 +++:菌糸長が2000μm以上。

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