平成16年9月9日
文化審議会文化政策部会
文化多様性に関する作業部会
目 次
まえがき
第1 文化多様性について
- 文化多様性とグローバリゼーション(地球規模化)
- (1)文化多様性の意義
- (2)グローバリゼーションと文化多様性の関係
- 文化と経済との関係
- (1)文化の持つ固有の価値
- (2)自由貿易と文化多様性の関係
第2 文化多様性を保護,促進するための我が国の取組み
- 今後の我が国の文化政策の基本的方向
- 分野別の我が国の取組み
第3 文化多様性の保護,促進のための国際的な体制の構築に向けて(提言)
- 文化多様性条約の我が国の基本的な立場
- 文化多様性条約の対象範囲,他の条約との関係
- 各国の権利義務
- 文化多様性条約策定に対応する具体的な措置
文化多様性に関する基本的な考え方について 概要
- 用語集
- 付属資料
- 文化審議会文化政策部会文化多様性に関する作業部会の設置について
- 文化多様性宣言
「文化多様性に関する基本的な考え方について」
まえがき
○ユネスコにおける検討の経緯
情報や経済のグローバル化(地球規模化)に伴い,民族や,宗教を異にする人々同士の接点が増え,それが,対立や緊張を惹起することとなる事例が顕著になっている。一方,欧州連合の拡大,アジア地域等で顕著なEPA(経済連携協定)の進展,世界各地でのNGO(非政府組織)の国際的な連携等,従来の国民国家の枠組みにとらわれない,地域的,文化的な運動が世界各地で広がっており,国境を越えて人々の相互依存が深まっている。
ユネスコでは,異なる文化間の相互理解を深め,寛容,対話,協力を重んじる異文化間交流を発展させ,世界の平和と安全に結びつけるため,平成13年に「文化多様性に関する世界宣言」が採択された。さらに,平成15年10月の第32回ユネスコ総会では,平成17年秋の次回ユネスコ総会に向けて,文化多様性に関する国際規範の策定作業を開始することが決議され,具体的な検討作業が開始されている。
○我が国のユネスコへの貢献
我が国は,古来,外来の文化を受容しつつ,これを消化,吸収し,独自の文化を形成してきた。文化の多様性は,生物種の多様性が自然にとって不可欠であるのと同様に,人類共通の遺産であり,それを守り,将来の世代に伝えていく必要がある。この意味で,文化多様性の保護は,文化国家日本の一つの指針とならなければならない。
我が国は,加盟国中最大の分担金支払国としてこれまで,ユネスコを通じ,文化多様性の保護に関連し,積極的な貢献を行ってきた。世界遺産に関しては,我が国は,米国と並んで第1位の拠出国となっており,また、平成5年に無形文化遺産保護のための信託基金をユネスコに設置し,途上国の無形文化遺産の保護に継続的に協力してきた。さらに,昨年のユネスコ総会において,我が国は,無形文化遺産保護条約の採択に向けてリーダーシップを発揮し,大きな貢献を果たすことができた。
ユネスコにおいて検討される「文化多様性に関する条約」についても,我が国は,これまでの経験を活かして,積極的な貢献を行うことが期待されている。
文化審議会文化政策部会では,このような状況に鑑み,我が国が文化多様性の保護,促進を図り,国際社会に積極的に貢献するため,本部会に「文化多様性に関する作業部会」を設置し,文化多様性に関する基本的な考え方について検討を行った。以下はこれまでの作業部会において議論を行ったまとめである。
第1:文化多様性について
1. 文化多様性とグローバリゼーション(地球規模化)
- (1)文化多様性の意義
文化多様性とは,各地域が,風土と歴史を背景とした様々な文化を有することによってもたらされるものである。なお,世界的な視野で文化多様性という言葉が使われる場合もあれば,国内での民族,地域,コミュニティについて文化多様性という言葉が使われることもある。
異なる文化同士の出会いは,創造性をかきたて,革新を刺激し,21世紀の人間生活を豊かにする可能性を有する社会的及び経済的な活力の源泉である。文化の多様性を保護、促進することは、心豊かな社会を形成し、経済の活性化を促し、ひいては世界の平和に寄与することにつながると考える。 - (2)グローバリゼーションと文化多様性の関係
経済相互依存関係の深まりや国際的な交通・通信手段の飛躍的な発達により,国境を越える人,物,金,情報の移動が一層激しくなり,各国の人々が異なる文化に接する機会も著しく増加している。異なる文化間の接点の増加は,文化間の創造的な相互関係を促進する。
例えば、文化財に関しては、世界遺産条約によって世界的な枠組みが作られたことが,文化によって価値観が異なることを人々が認識するよい契機となった。すなわち,石の文化の伝統を持つヨーロッパの文化財のみならず,京都,奈良の建造物群に代表される木造建造物も世界遺産に認定されるようになり,材料や保存技術の差異にかかわらず人類共通の価値があることを,広く世界が認知するようになった。このように,多元的な価値観を認める文化多様性の意識が国際社会で生まれている。
我が国は,大陸文化,海洋文化等海外の様々な文化を受容しつつ,これを消化,吸収し,独自の日本文化を生み出してきた。また,世界中からの移民がそれぞれの文化を持ち込む米国では,刺激に富んだ新たな文化がつくられ,欧州でも,例えば,戦間期,ロシア革命を逃れた芸術家たちが集まったパリ等で文化が花開いたことはよく知られている。このように,異なる文化が交流するところでは,創造的な文化が生まれる。ブロードバンド時代が到来し,国境を越えて文化的コンテンツが流通する中で,情報の共有化が進むことになり,過去のどの時代よりも一層,多様な文化の共存や新たな文化の創造の環境が作られることが期待される。
このようにグローバリゼーションの進展により,文化多様性の認識が広がる一方で,言語の急速な消滅,及び製品,法規範,社会構造やライフスタイルの画一化により,文化的アイデンティティの危機を巡る緊張が高まり,文化多様性が脅かされているといった指摘もある。
また,国民経済が世界市場の中に飲み込まれていく状況の中で,先進国の文化産業が途上国の市場に浸透し,それぞれの地域の歴史や文化の基盤の上に発展してきた固有の文化が損なわれ,地域文化の創造性やアイデンティティが失われてしまうといった声もある。
グローバリゼーションと文化多様性の関係を考えるに当たっては,このようなグローバリゼーションの利点と問題点の双方を考慮しつつ,よく把握し,すべての人々が,他の人々の文化と価値観を自らの文化と価値観と同等に尊重しつつ,共存できるような魅力ある社会を構築することが重要である。
また,文化の交流を通じて各国,各民族が互いの文化を理解し,尊重し,多様な文化を認め合うことにより,異文化間,異文明間の新たな対話のための条件が整い,それによって,国境や言語,民族を越えて人々の心が結ばれ、世界平和の礎が築かれることが期待される。
2. 文化と経済との関係
- (1)文化の持つ固有の価値
文化と経済の関係は,近年益々密接になっており,経済力と文化力は,車の両輪として社会を発展させる原動力として考えられている。しかし, 文化の中には、一見すると経済の発展とは関係のないと思われる基礎的な学問研究や,当面は少数者にしか支えられないであろう先駆的な文化活動や文化遺産の保護などの重要な部分がある。これらの効率性や合理性だけでは測ることのできない文化の厚みが,長期的にみて,一国の存在意義を高め,世界の発展に貢献するものであることに留意するべきである。
- (2)自由貿易と文化多様性の関係
WTO(世界貿易機関)協定の下では,自由無差別な貿易原則の例外として,GATT(関税及び貿易に関する一般協定)において露出済み映像フィルムに関する特別規定がおかれているほか,美術的,歴史的又は考古学的に貴重な価値のある文化遺産の保護のために執られる措置が認められている。また,WTOのサービス貿易交渉では,ECやカナダが音響・映像サービスは固有の言語,民族の歴史又は文化的遺産の維持に重要な役割を果たすものであり,文化的価値の保護のための措置は一般的例外とすべきことを主張したが,米国等の反対により認められなかった。結局,EC諸国はWTOのサービス貿易交渉において音響・映像サービスの貿易自由化を約束しないことでいったん妥結した。
文化的財,サービスの流通が進展することは,人々が,他文化に接する機会をより増やすという意味において,文化多様性を促進させる意義を有するが,逆に,文化的財,サービスをすべて自由無差別の原則に委ねた場合,競争原理の働きによって,多くの文化的財,サービスの市場からの退去を促し,結果的に人々が享受することができる他文化の範囲を狭め,文化多様性を損なう可能性がある。したがって,文化的財,サービスの流通の進展が,異なる文化的表現の共存を保障し,文化多様性との相互補完的な関係を構築できるように,経済,貿易の観点からのみでなく,文化そのものの観点から検討していくことが必要である。
第2:文化多様性を保護,促進するための我が国の取組み
1.今後の我が国の文化政策の基本的方向
日本文化の特質は,文化多様性の確保に向けた大きな可能性を秘めている。日本社会は,古来多種多様な外来文化を受容しつつ独自な文化様式を形成してきた。圧倒的な権威や排他的な価値が中心に存在しない,いわば「中空構造」ともいえる,人々の柔軟な意識構造に支えられた日本社会は,多様な文化をバランスよく包み込む,いわば文化の多様性空間として機能してきた。
また80年代以降には,地方の時代,文化の時代が叫ばれるようになり,文化に個性化の方向が強く求められるようになった。こうした動きの中で、文化において中央と地方とを優劣の尺度で評価することの弊害が認識されるようになり,国内における文化多様性の重要性への理解が深まりつつある。
こうした日本文化の特質や最近の状況を踏まえ,文化芸術の振興における国の役割については,多様な文化芸術の保護及び発展を図るとともに,すべての国民がその居住する地域にかかわらず,等しく,文化芸術を鑑賞し,これに参加し,又はこれを創造することができる環境の整備を図ることを基本とすべきである。また,今後世界が共存していくためには,文化交流を通じて各国の民族が互いの文化を尊重していくことが重要であり,国においても日本の様々な文化芸術を広く世界に発信し,文化芸術に係る国際的な交流の推進を図ることが必要である。
諸外国との文化交流を図りつつ形成されてきた我が国の文化について再確認することは,他の文化に対する寛容や尊重の気持ちを育むことになる。子どもたちが学校や地域で地域特有の文化からはじまって世界の他地域の様々な文化に及ぶ幅広い文化に触れ,文化芸術への関心を高めることが重要である。また,それは,我が国の文化が国際的に多様な刺激を受けて,新たな創造を加えつつ発展していく上で重要であるのみならず,国際社会における我が国の文化的地位を確かなものとし,世界の文化の発展に寄与するものである。
我が国には,伝統文化から現代文化まで幅広い分野で多様な文化があるが,こうした日本文化の魅力が対外的に十分浸透していないとの指摘がある。このため,関係省庁や地方公共団体等が連携協力して国際映画祭や国際芸術祭などの文化交流の機会を充実するとともに,地域文化を活かしたまちづくりや,美術館,博物館等の文化施設の整備等,日本における「文化の磁力」を高める必要がある。こうした取組みにより,世界中の人々が「文化を大切にする国」あるいは「楽しい文化を創造する国」としての日本の魅力を発見し,何度でも訪れてみたい国として憧れを抱くようになり,また,日本に住むすべての人々にとっても誇りを持って楽しく暮らすことができるような「住んでよし,訪れてよしの国づくり」を実現していくことを目指すべきである。
2.分野別の我が国の取組み
文化多様性を保護,促進する観点から,特定の領域だけでなく,文化的,社会的な実情も踏まえ,生活文化やアニメーション,ポップミュージックなど幅広い分野を支援していくことが重要である。こうした幅広い文化の分野に対して我が国がどのような支援を行うかについては,文化の分野を分類した上で,有限な人的資源,物的資源をどのように配分するのか,また国が支援するものと民間の自由な取組みに委ねるものを考慮しながら慎重に検討することが必要である。
国は,文化芸術振興基本法に規定する多様な文化芸術に対して効果的な支援を行っていく必要があり,以下(1)文化遺産,(2)オペラ,オーケストラその他の舞台芸術等,(3)メディア芸術 の分野ごとに検討する。
〔文化の分類ごとの国の支援の在り方〕
(1)文化遺産
有形の文化遺産はもとより,伝統芸能や無形の民俗文化財などの無形の文化遺産については,国家的な財産として将来の世代にこれらを残していくように十分な保護及び継承のための措置を講じることが必要である。
我が国は,古くから、地域の風土と歴史性を重視する意識を持ち,大正8年から,風景に込められた文化的価値を保存するために,名勝等を保護する制度を設けていた。
我が国は,さらに,各国に先駆けて無形文化遺産をも対象とする文化財保護法を昭和25年に整備した。文化財保護法は,制定以後,時代の変化や社会の要請に応じて,歴史的集落・町並みの保護制度の追加など逐次改正を重ね,文化財保護対象の拡大や保護手法の改善を行い,文化的価値のある有形物にとどまらず,有形物の生成,存続を支える技術,風俗及び慣習にまで,保護対象を広げ,価値ある文化遺産の保護を図ってきている。また,本年5月には,文化財保護法を改正し,棚田や里山のような風土に関する保護制度について,従来の名勝等に加えて,地域の歴史や風土との関わりの中で育まれてきた景観(文化的景観)を文化財として位置付け,その保護制度を創設したところであり,文化財を単体として点的に捉えるだけでなく,その周辺環境を含めて面的に把握する施策を一層推進しているものとして高く評価できる。
また,国際的には平成4年に世界の文化遺産等の保護の分野における国際協力に寄与する見地から世界遺産条約を締結し,世界遺産の保護に努めている。昨年10月のユネスコ総会では無形文化遺産の保護に関する我が国の経験を活かし,無形文化遺産の保護に関する条約の採択のために積極的な働きかけを行った。この条約の発効後,より具体的な無形文化遺産の保護の取組みについて議論されることとなるが,我が国としてもこれまでの我が国の知見を活かし,積極的に貢献していくべきである。
そのためにも,関係省庁が連携しながら日本国内での人材育成や文化遺産に関する情報発信などを充実することが必要である。
(2)オペラ,オーケストラその他の舞台芸術等
オペラ,オーケストラその他の舞台芸術等については,我が国は,平成2年に芸術文化振興基金を設立するとともに,平成8年からは従来の助成措置を抜本的に拡充したアーツプランによる支援を行ってきたところである。このような,世界各国で共通の表現形式で発展してきている分野の舞台芸術等は,グローバル化の進展により,国際的な相互理解を一層深める役割を担えるものとしてその可能性が期待されるが,一方で,今後各国間での摩擦が多くなることも予想される。また,自由無差別の原則が導入されると,国際競争の激化等から国内における活動が衰退する恐れもある。
そのような事態を回避するためには,これら芸術性の高い文化活動については,国際的な評価を重視しながら,他方で人材育成や幅広い分野の文化活動を普及していく観点から多面的な評価がなされる環境の整備にこころがけることが重要である。
また,舞台芸術の分野では最近アジアへの関心が高まっているが,欧米にはないアジアの文化を日本が積極的に広く発信していくことが期待される。
(3)メディア芸術
映画,音楽,アニメ,コミック,ゲームソフト等のメディア芸術については,国としても,海外映画祭への出品経費の支援,発表の機会の確保,創造活動の役立つ情報・素材の提供,税制面からの優遇措置等の各種支援を行っている。
これらのメディア芸術は,国外でも高い評価を受けているが,海外発信等の観点からは現状は必ずしも十分とは言えない。このため,本年5月に成立した「コンテンツの創造,保護,及び活用の促進に関する法律」や,政府が策定した「知的財産推進計画2004」を踏まえ,コンテンツの創造や,流通,普及を一層推進するため,国が適切な支援を行うことが必要である。
具体的には,日本の文化的,社会的実情に合った独自の評価軸を確立するとともに,メディア芸術の優れた創り手の創作企画に関する積極的な支援や,優れたアニメーションやデジタルアート等の新しいメディア芸術について顕彰を行って人材を育成することが重要である。また,これらのメディア芸術の創造に不可欠な研究開発や,失敗しても再起しやすい環境を整備して,若い才能を活かすシステムを構築することも大切である。
さらに,国際文化交流の推進の観点からは,(1)アジア諸国における海賊版対策の強化,(2)海外でのメディア芸術祭の開催や海外の映画祭等への参加支援,(3)中国や韓国をはじめとするアジア諸国とのメディア芸術の分野における人材育成の協力,共同制作の促進などを通じて,我が国のメディア芸術の海外発信を支援することが必要である。
第3:文化多様性の保護,促進のための国際的な体制の構築に向けて(提言)
1.文化多様性条約策定に向けての我が国の基本的な立場
豊かな文化多様性の保護,促進を保障することを任務としているユネスコは,世界遺産条約に始まって,平成13年に文化多様性に関する世界宣言を採択し,さらに,無形遺産保護条約を成立させるなど文化多様性の保護,促進に資する国際的な規範の策定や各国の取組みへの支援を行っている。このため,文化多様性の保護,促進のための今後の取組みをユネスコの枠組みで検討していくことについては,国際的な合意があると考える。
近年のグローバリゼーションの進展により文化多様性の確保が一層重要となっていることに鑑み,ユネスコにおいて文化多様性の保護,促進のための国際的な枠組みが構築されることを支持すべきである。なお,検討に当たっては,他の国際約束と法的な抵触が無いようにすると同時に,文化的財,サービスの国際的な流通の促進を妨げることがないように配慮する必要がある。
我が国としては,我が国国民にとって望ましい日本文化の在り方及び人類全体にとって望ましい世界文化の在り方とは何かという観点から,政府間の条約策定手続に臨むべきである。
2.文化多様性条約の対象範囲,他の条約との関係
もともと文化多様性条約の必要性が考えられるようになったのは,GATTウルグアイラウンドのサービス貿易交渉の中で,音響・映像サービスの取扱いが議論されたことが一つの契機となっている。文化多様性に関する条約の審議においても,文化的財,サービス,とりわけ音響・映像サービスをどのように取り扱うかが焦点になると考える。しかし,文化多様性の保護・促進についての取組みは,必ずしも音響・映像サービスその他の文化的財,サービスに限定されるものではない。
その意味で,文化多様性に関する条約の目的は,今後の人類の文化のあるべき姿を理念的に示すことが必要である。一方,条約の対象範囲は,先行する世界遺産条約や無形文化遺産保護条約を勘案した上で,慎重に検討する必要があり,原則として,先行条約の規定が及ばない事項に限定されるべきである。
3.各国の権利義務
自国文化の認識は各国の存在(アイデンティティ)を確立する上で不可欠であり,各国は基本的に自国文化を保護するために一定の措置を講じる権利を有すると考える。
しかし,各国が,それぞれの判断で,文化的財,サービスの流通についての規制措置を講じることについては,それを認めると情報通信や言論(表現)の自由を侵しかねないとか,それぞれの国の国民が,国内で他国の文化的財,サービスを通じて他国の文化に接する機会が狭められる結果になるという指摘がある。
条約によって各国に与えられる権利や負うことになる義務は,これら2つの側面を考慮したものでなければならない。
4.文化多様性条約策定に対応する具体的な措置
(1)国際的な措置
国際的な措置としては,ユネスコが,各国が行う文化政策についてデータベースを構築したり,各国の文化政策担当者が集まって議論する場を提供することにより,各国が情報を共有しながら,文化多様性を保護,促進し,創造的な文化活動を互いに促進するような取組みを行うことができるクリアリングハウス(情報交換の場)のような機能を担うことが必要である。
また,途上国が文化多様性を保護,促進するための措置を有効に講じることができるように,人材育成プログラムの開発などの能力構築を支援していくことも重要である。
我が国としては,望ましい国際協力のシステムの在り方を検討した上で,ユネスコ等における議論の場で積極的に提案していくとともに,こうしたシステムが構築された場合には,我が国の経験を踏まえ事業のフォローアップを支援していくことが望ましい。
(2)国内的な措置
文化には,市場の失敗の問題や,文化それ自体の持つ外部性(市場で測定できない価値)の問題があり,文化的財,サービスをすべて市場経済に委ねた場合,少数者にしか支えられない文化等が駆逐される恐れがある。そのため,文化の保存及び振興に当たっては,補助金,税制控除等の公的施策が不可欠である。
国際的な保護,促進に関する施策として,国内の映画の上映のうち,外国映画の上映を一定の比率以内とするクォータ制の導入や外資の市場参入規制などを提案する国もある。しかし,このようなクォータ制や外資の市場参入規制のような極端な措置は文化多様性の障壁となる恐れが考えられるため,基本的には規制措置を安易に認めるのではなく,各国が人材育成,補助金,税制控除等を活用した環境整備を実施できるようにすることが望ましい。