生活文化・技術分科会関係

平成8年7月8日
近代の文化遺産の保存・活用
に関する調査研究協力者会議

 近代の文化遺産の保存・活用に関する調査研究協力者会議は,近年における社会経済情勢の変化に伴い大きな課題となっている近代の文化遺産の適切な保護を図るため,その保存と活用の在り方について調査研究を行うことを目的に,平成6年9月1日に設置され,記念物,建造物,美術・歴史資料及び生活文化・技術の4分科会を置き,調査研究を進め,記念物分科会,建造物分科会関係については,既に報告を行っている。
 このたび,生活文化・技術分科会における10回の検討を踏まえ,調査研究結果を取りまとめたので,ここに報告する。

1 近代の生活文化・技術の保護の必要性

 我が国の近代の生活文化・技術は,近代以前の伝統的な文化と,海外から流入した外来文化がそれぞれの文化的領域を確保しつつ,この両者の折衷・融合によって新たに創造された文化が巧みに調和し,物質的な豊かさを背景にして多様な展開を示してきた。しかし,近代における文化は,マスメディアの発達や工業化の進展による大量生産品の出現と,交通・輸送手段の発達等によって均質化される傾向を示し,我が国もその例外ではない。その中でも,我が国の近代の生活文化・技術は,全国的規模での都市化と生活の均質化が進んでおり,併せて著しい変化の中で生成・消滅を繰り返している。
 国では,生活文化・技術について,従来から民俗文化財や無形文化財といった文化財保護法の枠組みによりその保護を図ってきているが,上記のような我が国の近代の生活文化・技術が有する文化的特性は,従来の保護の枠組みを大きく超えるものとなっている。近代の生活文化・技術には,近代の我が国の国民の生活の理解に欠くことのできないものを多く含んでいるので,新たな保護の手法を工夫するなどにより,これらの保護の一層の充実を図ることが必要である。

2 近代の生活文化・技術の特質と保護の在り方

  1. 近代の生活文化・技術の特質
     近代になって,諸外国の文化が積極的に取り入られるようになった。このような海外からの文化が次から次へと我が国に流入し,伝統的な生活様式,技術に様々な影響を与え,かつ,短期間のうちに国民の日常生活における生活様式や用具・施設などに,多大な変化をもたらした。
     このような近代の生活文化・技術の特質を検討するに当っては,生産者の立場から見るのではなく,日常生活者の視点,特に消費者的視点を重視することが必要である。
     我が国の近代の生活文化・技術の特質として,1.伝統的生活文化・技術の継承と変容,2.海外文化の移入,3.和洋折衷文化の展開,4.科学技術の生活文化化,をあげることができ,その内容を主として日常生活における衣食住の観点を中心に例示すると次のようになろう。
    • (1)伝統的生活文化・技術の継承と変容
       近代の生活文化・技術のなかには,伝統性をそのまま持続しているものも見られる。衣食住においては和服や和食,畳に布団の生活はなお広く続けられており,今日まで伝承されてきている伝統的な工芸技術や芸能も少なくない。さらに,エネルギー革命や商品流通形態の変化などに伴う生活様式の変容,国際的な規制等による原材料や製作用具の変化等の影響を受け,伝統的な原型の上に若干の変化を加えて新しいものが生じたり,娯楽や観光という面から芸能や祭りが展開したりしている。例えば,衣生活における化学繊維の和服,食生活における自動炊飯器や新素材の調理用具の普及,住生活における電気こたつの普及などがあげられる。また,締機による絣製作技法などの工芸技術や,浪花節や漫才などの芸能が新たに展開している。団地自治会の盆踊りや,成人式,七五三の普及なども伝統に近代性が加わって変化した例と言えよう。
    • (2)海外文化の移入
       近代には,積極的な西洋化が進んだ結果,海外からの文化の流入が次々と進み,新たな生活様式や用具・施設及び技術の導入が見られるようになった。例えば,衣生活における洋服,食生活における洋食器や調理器具,住生活における洋式家具や照明器具等の新たな生活用具等の移入があげられよう。このような傾向は,クリスマスの行事やクラシック音楽,フランス刺繍など,祭りや芸能,工芸技術の分野でも見られる。さらに,スポーツ等の新たな競技・娯楽が多く流入している。
    • (3)和洋折衷文化の展開
       近代において,海外から移入された文化とわが国の伝統文化とが接触する中で,両者の折衷・融合によって新たに創造された独自の生活文化・技術がさまざまな分野で認められる。これは,海外からもたらされたものを巧みに日本的に消化し,伝統的なものと混在させ又は融合させて使う近代の新たな生活様式を生み出しており,我が国近代の生活文化・技術を特色づけるものとなっている。
       これは,例えば,衣生活における洋装和装の混在,食生活における米食に適応した洋食の改良,住生活における和洋折衷様式などに顕著に見られる。
    • (4)科学技術の生活文化化
       近代の科学技術の進歩は,工業の発達を促し,あわせて地球的規模での交通,通信,マスメディア等の革新をもたらした。このような世界的状況の影響を受け,国民生活に定着してきているものとしては,例えば,積層の住宅の登場や,電気洗濯機や電気冷蔵庫等の家電製品,自動車等の利用,電話機・ラジオ・テレビ等の普及や,レコードや映画など新しい娯楽の普及などである。
  2. 近代の生活文化・技術の保護の在り方
    • (1)保護の対象
       ア 伝統的生活文化・技術の延長で新たに創造されたもの
       イ 海外文化が移入されたもの
       ウ 折衷的文化の展開から生じたもの
       エ 日常生活の中で使われてきた様々な道具・機器や享受されてきた視聴覚資料
    • (2)保護の充実と保護手法の多様化
       近代の生活文化・技術の対象となる文化財は極めて多様であり,従来の民俗文化財,無形文化財の指定や記録作成の手法で対応が可能なものについては積極的に分野の拡大に努めるとともに,従来対応が困難であった分野についても,指定基準の見直し等を含めた対応策の検討を進める必要がある。
       近代の生活文化・技術は多様であるとともに,同一規格のものが大量生産されるなど,従来のものとは大きく異なる性格を有している。従って,これらを保護するためには,従来の伝統性・歴史性・芸術性に基づく優品主義・厳選主義の視点だけでは不十分であり,その特質や,その置かれている状況を十分踏まえた上で,多様な保護手法の導入を検討する必要がある。

3 近代の生活文化・技術の保護方策への提言

  1. 調査
    • (1)近代の生活文化・技術に関する資料は,系統的に残されているものは少なく,その所在についても断片的にしか把握されていない。このため,全国調査を早急に実施するとともに,海外に所在する資料についても調査する必要がある。その際,映像・音響記録についても把握に努めることが大切である。
    • (2)調査に当たっては,国内外の博物館,資料館,大学,図書館,放送局等の機関や研究者との連携を図る必要がある。
  2. 保存
    • (1)日常の生活用具等の収集・保存には,企業博物館や個人収集家など民間に期待するところが大きい。このため,その果たす役割を適切に評価し,連携協力を図るとともに,収集品の管理・公開等について,奨励する方策(顕彰等)を検討する必要がある。
    • (2)後継者の不足している分野については,民間における後継者育成の諸活動(技術者を育てる学校や研修の制度等)に対する支援について,調査研究を進めることが望まれる。
    • (3)近代の生活文化・技術に関係の深い町工場の設備等については,設備更新などで破棄される場合があるので,その保存について,配慮する必要がある。
    • (4)生活文化・技術は,その範囲が広範で様々な行政分野の対象となっており,かつ地域住民に密接に関わるものである。このため,その保存・活用に当たっては,特に関係省庁,地方公共団体,民間団体との連携協力を進める必要がある。
  3. 情報の整備・活用
    • (1)近代の生活文化・技術については,記録保存の意義は特に大きく,映像などによる各種の記録作成とその活用を積極的に行う方策を検討する必要がある。
    • (2)近代の生活文化・技術に関する情報源の一つとして,映画やレコードなどがあげられる。これらの既存の映像資料や音響資料の保存を進めるとともに,これらの利活用を促進するための方策について研究する必要がある。
    • (3)博物館,資料館,大学,図書館,放送局等がもつ近代の生活文化・技術に関する情報を整備し,これら諸機関や研究者・所有者との間を結ぶネットワークの形成を促進するとともに,一般の利用に供するための方策の検討が望まれる。
    • (4)近代の生活文化・技術に関する資料は,量的に膨大であることから,資料そのものの収集にとどまらず,情報の収集・蓄積・公開等マルチメディア利用を駆使した”生活文化博物館”について検討する必要がある。

担当

文化庁参事官(文化創造担当)
文化財第一課

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