テーマ「愛と死」について

 愛と死は人間にとってもっとも普遍的な永遠のテーマであろう。古代ギリシャの神話も,シェイクスピアの悲劇も,トルストイの叙事詩も,究極的には愛と死を描く文学だった。日本ももちろん例外ではない。愛と死の様々な形は,日本文学の歴史をひもといても,万葉集や源氏物語の昔から,様々な変奏をともないながら,現代の川端康成や,大江健三郎,村上春樹にいたるまで,連綿と描かれてきた。
 しかし,現代の日本文学に日本独自の愛と死の形というものが,あるだろうか?また「愛と死」と一口に言ったとしても,そこには時を経ても変化せず,世代を超えて受け継がれる伝統的なものと,変化する社会とともに変貌していくものが同居しているのではないだろうか?
 今回「愛と死」というテーマのもとに選ばれた現代小説の数々は,かりにこういった疑問に正面から答えてくれないとしても,愛と死をめぐる思索と感動へと読者を誘う豊かなものを秘めている。いかにも日本的な男女の「心中」から,死と隣り合わせの現代のジャングルを放浪する少年少女まで。恋と文学に激しく生を燃焼させた情熱的な女流詩人から,失踪した夫を求めてさまよう現代の女性エッセイストまで。そして騒然たる社会的事件を背景に燃え上がる情念,静かな狂気のような恋情,お伽話のような愛の営み。
 現代日本小説に描かれたこれら愛と死の様々な形を読むことは,結局のところ,日本人が何によって生きているかを知ることにほかならない。

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