日本語教育研究協議会 第4分科会

日本語教育研究協議会
第4分科会 「JSLカリキュラムの理解と地域における支援の在り方」
川上 郁雄(早稲田大学教授)

川上:どうもお待たせいたしました。
 早稲田大学の川上です。どうぞよろしくお願いいたします。
 2日間の研究協議会ということで,一番最後の時間になりました。多分2日間御参加の方々は大変お疲れのところではないかなと思います。今日は一番最後ですけれども,しっかり話していきたいと思いますので,どうぞお付き合いいただければと思います。
 文化庁の方から頂いたテーマが今,画面に映っているところです。今日の私の発表はPCの方で御説明をする部分が大変多いものですから,一番後ろの方は上の方見えますでしょうか。文字がいろいろと小さくなったりしますので,もし今のうち移動される方はどうぞ前の方にいらっしゃってください。
 では,始めたいと思います。今日のこのセッションのテーマは子供であります。
 子供に対する日本語教育ということで,現在私は早稲田大学大学院日本語教育研究科で研究室を開いております。大学院生とともに子供に対する日本語教育について研究と実践を行っております。今日のお話の後半では,早稲田大学の実践についても御紹介申し上げたいと思っております。
 まず,今日のテーマはいわゆる日本国内における日本語を母語としない子供たちに対しての日本語教育と,また地域における支援というものを考えようというテーマでありますので,海外における初等,中等教育レベルの日本語教育については触れません。
 今,画面にありますように,今日のテーマであります子供たちの現状はどうなっているのかからいろいろと考えてみたいと思います。私は「移動する子供たち」というふうにとらえております。移動するという意味は,もちろん越境する子供,海外から日本にやってくる,国境を越えてくる,そういう意味での移動する子供たちであります。また,日本国内においても,親の都合などで地域から地域へ移動していくという子供たちもたくさんいるわけです。ここにいらっしゃる皆さんは,多分そういう子供たちの現状というものをよく御存じだろうと思います。
 もう1点は,言語間を移動する子供。例えば,家庭内では母語を使っていて,学校に行くと日本語を使う,そういうところを往還している,そういう子供たちでもあるわけです。あるいはお父さんとは中国語で,お母さんとは日本語で,あるいはその逆であったり,あるいはお父さんとお母さんとは母語で,ところが子供たちが一緒に遊んでいるときには日本語でというような言語間の間で移動しているという意味も込めまして,私はこういう子供たちを,移動する子供たちというふうに呼んでいます。
 この移動する子供たちというのは,日本だけで見られる現象ではなくて,今世界中で見られている現象ではないかなと思います。それは国際化あるいはグローバリゼーション*1の流れの中で子供たちが親の都合でいろいろと移動している,そういう現状が各地で見られるからであります。その傾向は今後ますます続くだろうということを予想するならば,こういう子供たちの言語教育を私たちはどういうふうに構想していったらいいのかという課題が今後も出てくるだろうと思います。

*1 グローバリゼーション 世界各地域の経済が密接に結びつき,地球規模の相互依存関係になっている現象をいう。


   したがいまして,今日これからお話する内容は,こういう移動する子供たちの言語教育を私はどんなふうに構想したらいいのか,そのヒントとなるようなことを一緒に考えていきたいと思っています。
 まず,用語の説明をいたします。JSLという今日のテーマの中にも入っておりますが,JSLというのは,Japanese as a Second Language,第2言語としての日本語という意味合いです。これよくESL,English as a Second Language,というような用語が海外で使われていますけれども,それを参考にしながらつくられた言葉であります。現在,先ほど申し上げたような移動する子供たちというのは,第2言語として日本語を勉強している,そういう意味で私たちはJSLの子供というような言い方もしています。
 このJSLカリキュラムという言い方は,この画面の下の方にありますように,「学校教育におけるJSLカリキュラムの開発について(最終報告書)」文部科学省,平成15年という報告書が世に出たところあたりから,このJSLカリキュラム,あるいはJSLという言葉がよく使われるようになりました。この下の方のJSLカリキュラムの開発についての最終報告書というのは,表紙が白く,事務用の冊子のような印象を与えるものなんです。これはその前の平成13年ぐらいから開発してまいりまして,私もメンバーの一人としてかかわっておりました。それについては後でまた触れたいと思います。
 今申し上げた最終報告書,この中には二通りのカリキュラムが含まれています。一つが「トピック型JSLカリキュラム」,もう一つが「教科志向型JSLカリキュラム」というものです。このトピック型,教科志向型というのも,この後少しずつお話をしていきたいと思いますので御記憶ください。
 次にまいります。実は,先ほども御紹介しました最終報告書というのはなかなか入手困難なんですけれども,そもそも,それを何のためにつくったのか,だれに向けてつくったのかということなんです。つまり,対象はだれなのかということです。
 多分,ここにいらっしゃる方々は様々なところで,今申し上げたJSLの子供たちに触れていらっしゃる,あるいはそういう教育現場を御存じだと思うんですが,日本に入国したばかりの子供の場合はもちろん平仮名,片仮名がわからない,あいさつがわからないというようなことで,初期指導と言われている指導をされると思います。それを3カ月とか6カ月,あるいは1年,指導をされると,多少やりとりができるようになる。そういう子供たちがそういういわゆる初期指導の支援が途切れて,途切れてといいますか終わって,その後在籍クラスに戻ったりしたときに,日常会話はよくできるんだけれども,なかなか教科の学習内容を理解することが難しい,なかなか成績がよくないというような子供たちが見られます。そのような子供を御存じの方も多いと思います。
 私たちの問題意識も,初期の指導も重要なんですけれども,その後の指導をどういうふうにしたらいいのか。それは在籍クラスに入れておけば子供は少しずつ覚えていくのだからいいではないか。そういうことでいいのかと。もっと在籍クラスでどうして教科の学習が進まないのかということも,やはり日本語指導の一環として考えていかなければならないのではないか,といったところにあります。
 そういうことから,JSLカリキュラムが対象にしている子供たちというのは,初期指導が終わった子供たちであります。その理由は何かといいますと,教科学習に参加できないということは考える力が弱くなる,あるいはそれが伸びないということになりますので,その子供の学力あるいは将来のことも含めて考えた場合,極めて重要な課題ではないか。だとするならばそこの力をつけるための教育的な手だて,それをカリキュラムと呼ぶとすれば,そういう手だてを考えていかなければならないのではないかというのが,この開発にかかわった私たちの問題意識であり,そういう願いでもありました。
 ですから,日本語を子供たちにどう教えるかということではなくて,その後の段階ですね。あるいは最初から考えてもいいわけですけれども,言葉の文型を入れるといったような発想ではなくて,日本語で学ぶ力を育成していくということが重要ではないかというふうに,このカリキュラムの中では考えて提案しているわけです。
 日本語で学ぶという意味は,日本語を使いながら,様々な活動を通じて,そして言葉と内容を一緒に理解していく,そういう意味合いです。ですから,内容と言葉をどう結びつけるかというのはこれは永遠のテーマでもありますけれども,こういう問題意識でこのカリキュラムが開発されています。繰り返しですけれども,どういう文型をどういうふうな順番で子供の頭の中に入れていったらよいのかという発想がないんですね。そこはどうぞ誤解のないようにお願いします。いわゆる日本語教育の教科書にあるような,「これは本です」からは始まらないという意味合いです。
 では何から始まるか。ポイントは,子供の様子から見ていこうということです。つまり子供の様子,子供の実態,そこから授業を考えていく,こういう意味合いです。子供の様子がわかれば,どういう支援をするかというのも見えてくるだろう,そこから授業を組み立てていく,その授業を経ることによって子供は学びを体験していく,実感していくということになろう,こういうことであります。したがいまして,教科書のような固定化されたカリキュラムというものではなくて,授業づくりの提案をしていこうというのが,このJSLカリキュラムの考え方であります。
 では,どういうふうな活動を授業の中に盛り込んでいったらいいのか,それが学習活動の単位という考え方です。私たちはAUというふうに呼びました。これはActivity Unitというものの頭文字でAUと言っています。具体的に言いますと,AUという学習活動を通じて先ほど申し上げた日本語で学ぶ力を育成しよう,こういう考え方であります。そのAUと言われている学習の単位,これは今御紹介しているような,例えば観察するとか情報を収集する,それから分類して考える,企画して考える,推測する,関連づける,わかったことを表現する,こういったいろいろな小さな活動,こういうものをいろんな仕掛けで盛り込みながら授業をつくっていこうという考え方です。
 ここに書かれた,観察するとか情報を収集するとか比較する,あるいは推測する,関連づけるとか,こういうことは一体何だというふうに思われるかもしれませんが,実は私たちは,例えば小学校や中学校で学んできたその中ですべてこういうことを経験してきているものなんです。ですから,これは多分教科横断型です。教科にかかわらず様々なところで私たちはこういう経験をしているんだろうと思います。もちろんこれだけではありません。もっとたくさんいろいろな活動があります。つまり私たちが学習するというのは,単に考えるというだけではなくて,よくよく見るとこういったことを様々に積み上げながら行っています。ですから一つの算数の授業,一つの理科の授業の中でも様々な活動を実は私たちは体験している,その体験を通じて自分で考える力とか学ぶ力とか,様々な人間に必要な能力を訓練されてきたというふうに考えられるわけです。こういうAUという,学習の一番小さい単位のものを盛り込んでカリキュラムをつくっていけないかというのが我々の提案です。
 先ほど申し上げたトピック型,トピック型というのは教科横断型と言ってもいいかもしれません。あるいは総合学習的と言ってもいいかもしれません。様々なものを取り込んで,そしてその中で考えていく,そういうタイプの授業のことをトピック型といいますが,そのトピック型の場合,どういうふうにこれを考えていくかですけれども,まず子供たちはどんな活動に参加できないのかというふうに考えます。目の前にいる子供が何かを学習する,年齢に応じて,学年に応じて,その学ぶべき内容が違いますけれども,その中にどういうふうにして参加していけるのか。あるいは,できないのであれば何が原因でそれができないのかということを考えます。
 そうすると,何かができるのであれば授業に参加できていくわけですから,できないことをできるようにするにはどうしたらいいかということで目標が設定されていきます。その目標を達成するにはどんな活動を組み合わせたらいいのかというのを考えていくことになります。これが先ほど申し上げたAU,活動の単位をその中に盛り込んでいくというときにこのことを考えていくわけです。ですからこれは授業づくりになります。
 最後に,その実践を行った後に,子供たちが本当にその活動に参加できたのかどうか,どんな言葉を使ってその授業に参加していったのかというのを実践者や支援者は見ていかないといけない。つまりそこのところは,最初に挙げた目標が本当に達成できたのかどうかを確認する作業,評価が加わります。このような授業をつくっていくことで子供の学ぶ力,日本語で学ぶ力を強くしていくことができるのではないかというのを提案しているのです。
 ですから,例えば子供のためのテキストを買ってきて,1課から順番にやりました,やっと20課まで終わりましたという考え方ではないんです。そのあたりがこれまでの子供に対する指導とJSLカリキュラムの根本的な違いだろうと思います。
 こういった授業づくりのポイントはどんなところにあるかをもう一度確認しておきたいと思います。トピック型の場合,子供の興味関心を大切にする,その子供がどの国から来て,どんな体験をしてきて,今どんな生活をしていて,どんなことに興味があるかというのを,支援者の方はいろいろと気づくと思います。そこから授業をつくっていこう。それが,子供を見ないで,小学校3年生で来日6カ月なのでこれをやろう,あるいは担任の先生がこれをやってほしいと言ったので,これをやりましょうという形で支援するのではなくて,子供の興味関心といったものを大切にしながら,そこから授業をつくろうということがポイントなのです。  JSLカリキュラムのトピック型のカリキュラムの基本的な構造あるいはパターンといいますか,それはまず子供の体験を聞きだそう,あるいは引き出そう,その体験をもとにしながら,「そうだね,だったらこれどうだろうか」というふうに提案して新しい問題,課題を出してあげて,その課題について探究していくという,探究の段階,そして一緒にいろいろ考えていって,いろいろわかった,そのわかったことを「じゃあ言葉にして,あるいはプリントに書き込んでそしてそれを発表してみよう」というような発信の段階,こういった段階を踏んでいこうというふうに考えました。ですから,体験,探究,発信,こういう3段階を踏まえていこうという提案です。
 それを先ほどのAU,Activity Unitで考えてとらえ直してみると,体験とは何かというのは知識の確認ですね。知識の確認をしていきます。こういうことを経験したことがある,これ知っている,これわかるというような感じですね。そこから「じゃあこれはどうなの」というふうに提案をしたり,それについて子供が「じゃあ調べてみよう」ということで情報を収集していくという活動が入ってきます。そして,「そこでわかったことをじゃあまとめてみよう」,「絵や図などで表現してみよう」という段階に持っていくわけです。ですから,この体験,探究,発信というこのプロセスの中に実は様々なAUが含まれていて,そしてそれを言葉で表現していくという,そういう活動が連続していくわけです。そのことによって子供の力,日本語で学ぶ力を育成していくということであります。
 したがいまして,こういった実践を考えて想像してみたときに,AUからその活動をとらえなおして,そしてそこでの日本語の表現というものを,支援者の方がしっかりと理解していくということになると思います。
 ここで,誤解のないように申し上げますと,日本語の授業といいますと,これは大人の場合でもそうなんですけれども,「比較」,AよりBが何々というような比較の項目があるとしますね,そうするとこれを理解させることが目標だというような形で授業をつくることがあります。この場合は「初めに文型ありき」で,そしてこの文型を学習者に「入れる」ことが目標になっているというような授業設計をすることがあります。しかし,子供の場合はそうではなくて,先ほど言いましたように,子供の興味関心あるいは子供の実態から考えて,どういう力をつけてあげたらこの子は授業に参加できるか,そこを考えていって,最終的にそのためにはこういう表現が必要だということを見ていくわけですから,かなり方向性が違うという点を御理解いただきたいと思います。
 このカリキュラムの開発に加わったメンバーが中心になりまして,今年5月にスリーエーネットワークから,『外国人児童の「教科と日本語シリーズ」』という本が出ました。このシリーズが大変参考になります。ここには,文科省の最終報告書に準拠して,それを踏まえてこれを提案しているという形で出ていますので,JSLカリキュラムと同じというふうに考えていただいていいかと思います。私は出版社の者ではないので,内容についてだけ御紹介したいと思いますが,このシリーズのものから少し授業の内容についてお話をしていきたいと思います。
 JSLカリキュラムの中でいろいろな授業の例が提案されているんですけれども,東京書籍の「新しい国語3」の下の中にあります単元で,「つな引きのお祭り」というのがあります。この単元をJSLの子供に対してどういうふうにして指導していくかということなんですが,先ほど活動の単位,AUについて少し申し上げましたけれども,この単元をやっていく上でどんな活動が含まれるかといいますと,これは赤で書きましたように,「経験を確認する」,例えば綱引きのお祭り,綱引きが出てくるんですが,「じゃあ綱引きって知っている?」というような経験を確認していくわけですね。そうでないと,日本の子供は綱引きというのは知っているということでスタートするんですけれども,JSLの子供の場合はなかなかそういう体験がないときにそれを理解するのは難しいので,経験を確認する。経験がなくて,もしわからなければ綱を持ってきてここでこうやって引くのよということを実際にやってみるというようなことですね。それから,そこから疑問を抱いて,それから作業の仕方に着目するとか,あるいはわかったことを表現する,体で表現する,情報を収集するといった活動がその単元の中に仕組まれているといいますか,埋め込まれているということでこの国語の教科書の「つな引きのお祭り」という単元を子供と一緒に学んでいくことになるわけです。
 おそらく,今のお話だけで,ああそうかこれがJSLカリキュラムかというふうにはなかなか御理解いただけないのではないかと思います。これは,日本の子供を対象にした授業と変わらない,国語の先生がこの単元を小学生に向かってやっているのと変わらないように見えるかもしれません。最終的には目標にありましたように辞書の引き方がわかるという活動とリンクしていくんですけれども,ですからこれだけだと普通の国語の授業のように見えるかもしれません。
 しかし,重要なのは日本の子供であれば当然そこは経験があったり結びつけることが簡単なことが,実はJSLの子供にとっては言葉と内容が一致しないために授業に参加していけないということがあるという点です。だとするとそこのところをスモールステップ,小さい刻みを入れてあげて参加できていけるように手だてをしてあげる,こういうことが必要なんですね。これができるかどうかが大きな別れ目です。同じ国語の授業をやっていてもそこのところの手だてが入っていった場合,JSLの子供がそれに参加していくことができる可能性が出てくるわけです。
 在籍クラスでやっていると,日本の子供ならば,先生が「どう?」って発問したときに,「はいはい」と乗ってきて,そして先生は,それがわかっているなと思って授業を進める。ところが,その中にJSLの子供がいて,それに参加できないというのが先生から見た場合によく見えない。そのために授業は後戻りできないその流れの中でJSLの子供がどんどん置いていかれるという状況になっていくというふうに考えられるわけです。ですから,JSLの子供に国語を教えてあげるというのは,その子供の力に合わせて,スモールステップを刻んでいってあげるという,これが非常に重要なことだろうと思います。
 私自身も実は新宿の小学校をいろいろ回って,こういう子供たちを指導している場面を観察させていただいているんですけれども,先生は複数の子供がいてもやりとりしているんですね。そのやりとりは普通在籍クラスでは見られないかもしれない,そういったやりとりがそこで行われています。先生の方はそれを経験的にわかっている,あるいは子供のどこがわからないかということを先生はわかっている,だからその子供に合わせていろんな手だてをしていく,ということを考えていらっしゃると思います。こういうことがJSLカリキュラムの国語の場合ですけれども,やっていく上で非常に重要なポイントになろうかと思います。
 スモールステップという言い方,いろいろあるんですけれども,手だてでもいいですし,支援でもいいと思うんですが,こういった小さく,子供が参加できるように足場をつくってあげるということが非常に重要なことです。これは後でも触れたいと思います。
 次に,算数の場合です。算数の場合で,例としては4年生の折れ線グラフ。これは日本の子供に対して授業をやっていく場合も同じなんですけれども,棒グラフが既習の内容で,そこから折れ線グラフに入っていくというふうにお考えください。ここに小学校の先生がいらっしゃれば私の説明が余りよくないと思われるかもしれませんが,お付き合いください。棒グラフを読みとるというところで,例えば東京の気温は何度ですかとか,あるいは1年間の温度の変化を見てどんなふうに変化しましたかということを子供たちに問うとします。その後に地図で世界の都市の気温について同じようにグラフを見ながら話し合って東京の方が高いねとか,ニューヨークの方が低いねとか,そういった話をしていく。そこで学んだことを最後のプリントの中に気温の年間変化をあらわすグラフをつくったり,あるいはそこでわかったことを書きとめたりしていくというような授業展開ですね。こういった授業をつくっていくことができるのではないかなというふうに思います。
 これも,多分日本の子供たちに教えて経験のある方は,ああそれは同じじゃないかと,日本の子供に教えるのと同じじゃないかと思われるかもしれません。ただ,その中に例えば子供の体験とか,例えばどこの国から来た,そのときの記憶があったりするとそのことを引き合いに出してあげたり,あるいは○○ちゃんと△△ちゃんという二人がいればそれぞれに話をしてもらって,そして世界の中の都市においては気温が違う,季節が違うといったことを体験していくというふうなことを,子供に応じてつくっていくということができるのではないかなというふうに思います。
 次に,理科の方に話を進めます。理科の方でいいますと,例えば地面の温かさを比べるという授業があります。課題は,今の言った地面の温かさを比べるという課題なんですけれども,「日向と日陰,気温がどう違うかな?」という問いの中で子供にいろいろと予想させる。そこから三つぐらいのルートがあるんですけれども,「観察する」,「実験する」,「調べる」という方向で考える。理科の場合この三つぐらいのパターンがあるというふうにここでは提案されていますが,この場合は「観察する」を通りますと,「じゃあどこで観察しようか,どうやって観察しようか」という話になって,実際に日向と日陰に行って温度計で気温を測ってみるということをやっていく,その中でわかったことを「じゃあ書きとめてみよう,そしてみんなの前で発表してみよう」というような活動につなげていく。左側の課題から三つの「観察する」,「実験する」,「調べる」という,これを経て「考察する」,「発表する」まで持っていくというのが,JSLの教科志向型の方のカリキュラムの一つのパターンです。これは小学校の場合ですけれども,こういったものが考えられます。
 では次の提案,社会科です。例は「野菜はどこから」というテーマです。社会科の場合は「課題をつかむ」,それから「調べる」,「まとめる」という,これが大きな授業の流れです。そして,例えば「野菜はどこから」という場合は,例えば野菜や果物のラベルからどこでつくられたかを話し合う,そして生産地を調べる,調べたことを地図などに整理して発表する,こういうような授業の流れですね。これも日本人の子供,在籍クラスの授業の流れと余り変わらないかもしれませんが,こういう中で子供の生活のところから流通について,あるいは産地について考えていくということにつなげていく,そこに言葉で,日本語で学ぶという体験をつくっていく,こういうことになります。
 今,四つぐらい教科に即して例をお示ししましたので,少しまとめをしたいと思います。まず,JSLの子供の場合の授業のつくり方ですけれども,一つは子供の実態を把握するということですね。この実態を把握するという意味はまた後でも詳しく述べますけれども,子供がどのぐらいの力を持っているのか,どういう日本語の力があるのか,あるいはどういう生活をしているのか,あるいはどこから来たのかといったようなことも含まれます。そこからどういう力をつけてあげたらいいのか。そこから活動の内容を決定していくということになろうかと思います。
 そして,その活動の内容,こういうふうにしようと考えたときに,ポイントは先ほど述べましたとおり,日本語の力を高めるための言語活動というものをつくっていくということだろうと思います。単に先ほどの産地であれば,「青森がリンゴ」といった知識を獲得するということが目的ではなくて,その活動を通じて子供がわかったことを表現するとか,あるいはその活動の中で何かと何かを比較する,また比較したことを発表するとか,そういったことを様々に仕掛けていくという授業のつくり方です。
 最終的には日本語の力を高めるための言語活動というものを考えていくということになろうかと思います。それは,先ほどから述べています日本語で学ぶ力を育成していこうということです。この部分が非常に重要なところだろうと思われます。
 今日のお話は,子供たちに対するJSLカリキュラムの理解と地域における支援という二つテーマがあります。JSLカリキュラムの理解というのは,これは実はこの文化庁の毎年の夏の大会では必ず触れないといけない状況にありまして,なるべく普及しましょうという,そういう意味合いがあります。今回は私が担当するということですので,カリキュラムの概要とねらいのようなところを少しお話ししたわけです。実際にこれを使ってみようとした場合の困難な状況とか,皆さんが見ていらっしゃるお子さんの様子はそう簡単にいかないとか,あるいは学校側との協力関係でこういうことがなかなかできないというような,そういった声もいろいろなところで伺っておりますので,そういう現状はわかりながら今ここでこういうお話をしているわけです。
 では次にいきたいと思います。
 今日は,この後半,こういう子供たちの日本語の力をどういうふうに私たちは理解して,どういうふうにして伸ばしていったらいいのかということについて少し触れたいと思っています。
 まず,「JSLバンドスケール」の考え方をお話しします。「JSLバンドスケール」というのは,先ほど述べた文科省のJSLカリキュラムとは全く違うものです。同じものではありません。先ほど述べたのは文科省で様々な専門家が招集されてつくったものなんですが,この「JSLバンドスケール」というのは早稲田大学大学院の私の研究室がつくっているものです。ですからJSLの子供を対象にしているところは同じなんですが,「JSLバンドスケール」の内容は早稲田で今開発しているものだというふうに御理解ください。
 最初に述べておきたいのは,日本語指導が必要な子供とはだれかということです。そのことについて少しお話ししたいと思います。「日本語指導が必要な外国人児童生徒」というターム,述語が使われていますが,これは,文科省が毎年行っています「調査」に見える言葉です。文科省のホームページにアクセスされると,毎年行われている,「日本語指導が必要な外国人児童生徒」の調査結果を見ることができますのでどうぞ御覧ください。そこを見ると,前年度の「日本語指導を受けている外国人児童生徒」が全国で何人いるかというのが見えます。現在は,1万9,000人余りというふうに今言われています。ただし,この調査は「日本語調査が必要な外国人児童生徒」とはだれなのかという定義をしていません。これはどういうふうに集計されるかといいますと,本省から各都道府県の教育委員会,教育委員会から学校というルートで今「日本語指導が必要な外国人児童生徒」の数を報告しなさいという調査になっていまして,そしてそれが本省に全部集計される形になっています。ですから,学校にいる先生方の御判断が大変重要で,ある子は日本語指導が必要でないと思われれば,その子はカウントされないという形になっています。
 「JSLバンドスケール」というのは,JSLの子供の日本語能力を把握するための「ものさし」です。なぜこれを開発しているかといいますと,先ほど言った文科省の調査では何も基準がないまま,学校側に指導が必要な子供の数を出せと言って,現場から出されてきたものなんですが,そこに出されている実態というものがどういうものなのかは見えない,どういう子供たちがいるのか,どれぐらいの日本語の力のある子供たちがいるのかというのは見えないんですね。
 JSLカリキュラムの方のお話を先ほどしましたが,そのJSLカリキュラムの方の問題意識は,初期指導が終わって6カ月とか1年経った子供たちが,実は教科学習についていけてないんじゃないか,そういう現状を何とか改善するために行ってきたわけですが,そこのところが現場の実態とどういうふうにつながっているのかというのは,わからないんです。なぜわからないかといいますと,この子は日本語指導が必要でないというふうに学校現場の先生が判断すればそれはそのまま在籍クラスに戻してしまいますので,カウントもされなければ指導もしにくい状況になっていく。そこにいる子供たちが実際,本当にどれぐらいの日本語の力があって,今どういう支援が必要なのかというのは先ほどの文科省の調査では見えない。したがいまして,私どもの方では,その現実を把握するために,この「ものさし」をつくろうということで,3年ほど前から開発に取り組んでいるところです。
 この「ものさし」は,「JSLバンドスケール」といいますが,その名前の「バンドスケール」というのは,スケールは「ものさし」で,バンドというのは「束ねる」という意味合いですから,「ものさしの束」といった意味になります。これは,もともと海外で使われている言葉です。
 ここで今お示ししているのは「JSLバンドスケール」の枠組みでして,小学校の低学年,それから中高学年,それから中学,高校,三つの年齢集団に4技能,聞く,話す,読む,書く,4技能ごとに1レベルから7レベルまで,あるいは中学,高校であればもう少し刻みが多くなって8レベルまでのレベルをつくりました。このレベルの中で1の方が初めて日本語を使うという初級のレベル,7あるいは8というレベルが日本語母語話者に近いレベルというふうにお考えください。ですから,1から少しずつ上がっていくというふうに御理解ください。このレベルの中で,聞く力がどのレベルなのか,話す力がどのレベルなのかということを見定めていくということが,子供の支援に役に立つのではないかというふうに私たちは考えています。
 具体的な例の方がわかりやすいと思いましたので画面に出してみました。ちょっと読み上げてみたいと思います。皆さんが見ていらっしゃるお子さんで小学校のお子さんがいる場合は,どのレベルなのかを少し考えながら見ていただければと思います。
 レベルの1,「初めて日本語に触れる,1語文2語文で意味を伝えようとする」。「本」というふうに子供が言ったら,それは「その本見せて」とか,「この本読んでもいい」という内容になるというようなレベルです。1語文か2語文で会話しようとするような初歩,初級レベルがレベル1です。
 レベル2は,「あいさつなど日常的な習慣の言葉を使い始める」。例えば,おはようと言えば,おはようというふうに返すような段階。しかしコミュニケーションをやるときにはジェスチャーや実物に頼ってコミュニケーションを行う。何か物を持ったり,指し示したりしながら会話をしようとするし,それをわかってくれる人と行動をともにする。ですから日本語支援に入っている方は常にそういうお手伝いといいますか,支援をするわけですから,子供は支援をしてくれる人だというふうに認識している場合は寄り添ってきて,そして物,例えば昨日プレゼントいいものもらったのということを伝えたいと思えば,その支援者の方に寄り添っていって何か物を見せて,「これ,これ」と言ったりするというような状況ですね。ただし,それが本当に在籍クラスの担任の先生と同じような会話やコミュニケーションがあるかというと,なかなかできない。こういうレベルですね,これがレベルの2です。
 レベルの3になりますと「2語文3語文から,徐々に自分の言葉で話し出す段階」。身近なことについて親しい友達や大人に話しかけられる場合にはやりとりできるが,絵や話題になっている実物やジェスチャーに頼る,そういうレベルです。先ほどの2とどこが違うかというと,2語文や3語文から徐々に自分の言葉で話し出すという点が違うレベルです。
 それから,レベルの4,これは「身近な話題について短くではあるがみんなの前で発表することができる」という段階。よく聞いてくれる相手がいれば長く話を続けることができる。「あのね,あのね」とか言いながら少しずつたくさん話をする,2語文,3語文からの域を超えていますから,家であったこと経験したことを少ししゃべる。ところが,相手がいれば長く話ができるんですが,より正確に言おうとすると文章がぶつぶつ切れていくというような段階,これがレベル4です。でも,この段階で御覧のとおり2語文,3語文を超えていますから,ある程度のコミュニケーションはできる。大体4レベルぐらいで在籍に戻すという傾向があります。
 私は新宿だけではなくて各地で調査をしているんですけれども,日本語指導の先生,日本語教室のある先生が在籍クラスから,この子全然わからないから指導してねと頼まれて1日1回取り出してくる,半年ぐらい指導する,もういいかなと思って在籍クラスの先生と相談し,じゃあ来月から在籍クラスに戻すからねというようなことをするというときの判断の基準が大体レベルの4なんです。つまり,このレベルの子供は,支援者である日本語の先生とならばそこで何とか話が続いていくんですね。でも正確に言おうとすると文章が切れていったり時間がかかったりしていくという段階,これはレベル4です。
 レベルの5にいきますと,「身近な話題であれば日常的に行われている主な教室活動に参加することができる」。だからレベル4よりもさらに上のレベルですが,学習場面において複雑な内容を日本語で表現することは困難。どうしてこれとこれがこうなのとか,これがどうなると思うとか,いろいろな学習活動が先ほど御説明したようにあるわけですね,その中でなかなか自分で複雑な内容を日本語で学習することはできない。ただし身近な話題のことは,日常的に行われていることには参加できる。今度遠足に行くよとか,あるいはお掃除しなさいとか,あなた学習係だからこれを持っていってみんなに配りなさいとか,そういうことはやりとりできる。ところが複雑な内容になると日本語が表現できない,なかなか難しい。これがレベル5ですね。このレベル5の段階でもまだ支援が必要なわけですが,恐らく多くの学校ではこのレベル5では取り出しはしなくなる,あとは在籍クラスでやってくださいということになる。
 レベルの6になりますと,ほとんどの生活場面で十分に日本語を使えるようになる。ただし意図を正確に表現することは依然としてやや困難である。学習内容で知らないことがあっても,内容や言葉をきちんと教えられればより複雑な考えが理解でき,表現できる。この後半ですね,内容や言葉をきちんと教えられればより複雑な考えが理解でき,表現できる,ここのところがポイントになります。つまり,ほとんどの生活場面では日本語を使えるし,コミュニケーションできるものですから,学習が困難というところは支援者からは見えにくい。そこで学習が進まない場合はこの子は考える力が弱いから,いわゆる学力が低いからとか,言ったことをまじめにやらないからとか,ちゃんと宿題をやってこないからとか,その原因を個人の資質の方に求めていく。そうではなくて,このレベル6でも言葉や内容をきちんと教えられればより複雑な考えは理解できるんですね。だとするならば,レベル6でもやはり指導は必要になってくるわけです。ここのところをどういうふうに指導するかということが私たちの課題なんです。
 ところが,ここの部分のレベル5,6の支援についてはなかなか御理解いただけない。先ほどJSLカリキュラムがなかなか御理解いただけないというか普及しないということを少し触れましたけれども,それもこのレベルのことと非常に関係しているのではないかなと私は思っています。つまり,平仮名や片仮名を教えると,ある時間経つとそれができるというのは目に見えるわけですね。だから成果だというふうに思う,もちろんそれは成果なんですが,ところが,このレベル5とか6できちんと教えてあげればより複雑なことができるんだよというところが,なかなか支援者にも理解できなくて,「さっき教えたじゃない」とか,「さっき言ったじゃない」とかというような形で繰り返して,やっぱりこの子は余り考える力がないのねと思ってしまったりすると。そこのところの手だてをどういうふうにしていくかというのが非常に重要な課題なんだろうと思います。これが,レベル6です。
 レベル7になりますと,すべての生活場面や学習場面で流暢かつ正確にコミュニケーションできる,日本語で正確な言い方を知らない場合でも対処できる。これは言いかえをして自分のことを理解させようとしたり,あるいはわからない単語が出てきた場合でもだれかにこの意味はどういう意味なのとか聞けるとか,様々なことが対応できていく,非常に高度なレベルになっていきます。ただし,例えば小学校に入る前に保育園とか幼稚園で十分に日本語の訓練を受けてこなかった,読み聞かせなどを受けてこなかったりすると,そこにある文化的な事項を聞いたときに理解しにくいというようなこともレベル7でありますので,そこのところを教えてあげないといけないということです。
 結局,レベル1からレベル7の中の,レベル4,レベル5,レベル6というのが実は子供たちにとって非常に重要なレベルだと思うわけです。なぜそう思うかというと,先ほど言いましたJSLカリキュラムも同じなんですけれども,学習に参加できないということが非常に重要な課題なんですね。学習に参加できるということはそこで考えるということを積み重ねることができることを意味します。そのことが落ちてしまった場合はそこで止まってしまったり,あるいは考える力が弱まったりしていくということが予想されます。したがって,4,5,6レベルのところの子供にもきちんとした指導なり,その子がわかる言葉で説明してあげるということを根気強くやっていかないと力がついていかない。だとすると先ほど文科省の調査で1万9,000人という数が出されていましたけれども,それ以上にいろいろな子供たちが支援を待っているというのが,現状ではないかと考えられます。
 今,小学校低学年レベルの例を出しましたけれども,これが小学校の高学年の場合,高学年の子供がレベル5で中学校に進学した場合,中学校のレベルではレベル5でも授業についていけませんから,レベル5だとしても内容がわからないために授業についていけない,学校がおもしろくない,そうすると学校に行かない,その結果,「不就学」という今話題になっているようなことにもつながっていく。したがいまして,レベル4,5,6あたりの子供たちにどういうふうにして支援をしていくのか,その一つの手だてがJSLカリキュラムではないかなと私は思っています。そういうことを念頭に,地域においても支援していくことが必要ではないかなというふうに私は思っています。
 では,「JSLバンドスケール」というものはどんなものか,紹介したいと思います。ここに『JSLバンドスケール・小学校編』と,『JSLバンドスケール・中学高校編』があります。これはまだ試行版ですので,市販はしていません。御希望のある方には条件つきで無料で配布しています。条件つきというのは,フィードバックをくださいというのが条件です。使っていただいて感想を述べてください,これを使っていくためのヒントをくださいというのが条件なんです。
 これをどういうふうに使うかということですけれども,先生と子供のやりとりを観察したり,もちろん支援者の皆さんが子供とやりとりをしている,そのプロセスを記録したりしながら見ていっていただければと思います。それから,子供同士のやりとり,子供同士が会話をしているところを見たりする。それから,何かタスクを与えて,そのプロセスがどんなふうにして理解されていくかというのを観察したりするというような,行動を見ながら判断していくという方法です。したがいましてテストではないんです。だからテストをやって漢字が幾つできましたとか,この語彙が幾つわかりますかというような意味のものではありません。先ほど小学校低学年の「話す」というところの説明書きを御紹介しましたが,その書かれている行動の特徴と目の前にいる子供の特徴が,どういうところが合っているのかというのをチェックリストでチェックしていきながら判断するということになります。
 なぜ「JSLバンドスケール」を使って言語能力を把握るすことが重要なのでしょうか。これは先ほど述べましたJSLカリキュラムは子供の実態から考えていきましょうということを提案していると説明しましたが,「JSLバンドスケール」はその日本語力に合った指導をするために必要なのです。それからもう一つは授業の活動を決定するためでもあります。例えばどういう力がこの子は必要なのか,4技能のうちのどの部分がどのレベルなのかということを把握することが必要なのです。それからもう一つは,活動を通じて子供たちの日本語の力がどんなふうに伸びていくのかということを見通す,そういうためでもあります。日本語指導を行っていらっしゃる方はよく御存じだと思いますが,多分半年ぐらいたつと随分日本語力が伸びたというようなことを感じる場合もあると思いますが,その中で話す力はどれぐらい伸びたのか,聞く力はどれだけ伸びたのかということを,やはり見ていかないといけないだろうと思うんです。そのためにこの「JSLバンドスケール」が利用できると考えています。
 ここで少し実践例を御紹介します。早稲田大学があるところは新宿区ですので,私の研究室は新宿区の大久保小学校に今いろいろな形でかかわっています。今お見せしているのが,昨年調査した大久保小学校の子供たちを「JSLバンドスケール」で見た結果なんです。ちょっと細かくて恐縮ですけれども,上から1年生,2年生,3年生,4年生まであります。このあと5年生,6年生というふうになっていて,全体で40名ぐらいの子供が取り出されて指導を受けているんですね。その子供たちがどんな様子なのかというのを,聞く,話す,読む,書くという4技能で一人一人全部チェックしていきました。その結果がここに出ているんです。「聞く」がレベル2ですね,それから上は5とか6レベルもあります。この3年生の女の子で中国から来た子の場合,聞く力が5となっていますし,その上の男の子は5から6というふうに書いています。
 大久保小学校は全部で150名ぐらい児童がいまして,各学年1クラスなんですね。6クラスしかない小さな小学校なんですが,その150名のうちの半数以上が外国につながる子供だと言われている学校なんです。その中の40名が取り出し指導を受けている。私たちはその一人ずつをずっと1年間追いかけて調査しました。大久保小学校には日本語を専任で教える先生が3人いて,大変丁寧に指導されています。
 一方,私ども早稲田大学の大学院では新宿区の教育委員会と協定を結びまして,そして大学院生が日本語教育のボランティアとして小学校や中学校に行って,こういうJSLの子供の支援を行っています。
 ここで御紹介したいのは,子供の4技能は人によって全部バランスが違うということです。中学校でも個人指導が必要なんですが,これはお配りしています『年少者日本語教育実践研究4号』の中に少し紹介されていますので,また後で御覧いただければと思います。中学校の場合は,小学校以上に難しいところがありますので,それを御説明します。
 私たちは小学校に,先ほど言いました日本語教育のボランティアとして入っているんですけれども,そこで半年間とか1年間指導した子供が小学校から中学校に進学した場合,中学校に行って校長先生や管理職の先生に,小学校からそちらに入学した子供で,この子の日本語能力のレベルは,レベル4とか5レベルなのでまだ支援が必要であることを伝えます。そして,もし必要であれば私たち支援しますよということを申し上げているんですが,ところが中学校の問題は何かといいますと,子供が思春期を迎えていて,レベル4とか5というのはある程度コミュニケーションできるレベルですので,在籍クラスからある時間だけ取り出されるということがすごく嫌なんですね。必要だと私たちは思っているんですけれども,子供が嫌だと,親もよくわからないとなると「取り出し指導」はできず,支援が止まってしまいます。つまり子供たちが「放置される」形になるわけです。ただし先生方にはまだ支援が必要ですよということは申し上げているわけですが,なかなか継続的な支援が難しい状態にあります。小学校で一生懸命指導してやっとレベル2,3,4,5ぐらいまで行った子供でもそのまま中学校に進学したときに,やはりレベル4や5ではついていけないので,成績が伸びないわけです。
 そういう子供が中学校から高校に行くときにどうなるかというのを考えますと,かなり深刻な状況が今あると私は認識しています。それを指導していく手だてとして,個人個人のファイルをつくっていくということが必要ではないかなと思います。ちょっとそのファイルのことを御紹介したいと思います。
 今画面に出したのが,私たちが行った調査結果です。これは大久保小学校の1年生で名前は伏せてあります。この子の場合ですと聞く力がレベル2から3,話すがレベル3,読むがレベル2となっています。この表の左側のブルーのところは,「JSLバンドスケール」に書かれているレベルの説明なんです。そして私たちがずっと授業を観察し,録音をとったりビデオをとったりしまして,そしてその子が「JSLバンドスケール」のレベルの説明とどう合っているか,それと合っている具体的な例を右側に示しているんですね。それを大久保小学校の先生方にお示しして,例えばAという子供は「JSLバンドスケール」で言えば,読むが,あるいは聞くがこうですよ,それが具体的に何月何日のこの授業を見るとこういうことがありましたよと説明するわけです。ですからこれはやっぱりレベル2だと思いますよというようなことを御説明しているわけです。現在,こういうファイルを個人個人につくっているところなんです。これを1年,2年と続けていこうと今,考えています。
 先ほどお示ししました4技能のレベルのいろんな違いというものを調査していってわかったことは,日本語の能力には三つの特徴があるということです。一つは動態性ですね。動態性という意味は,言葉の力というのは変わるということです。例えば,テストで100点満点のうち60点でしたというような意味合いではなくて,子供の言語の力というのは変わっていく,動いているという意味です。そういう認識を私たちは持たないといけないと思いました。これは,力が伸長するという右肩上がりの場合もあるし,そこに留まっている場合もあります。例えば今夏休みに子供たちが親と一緒に祖国に帰ったりしていますけれども,そういった子供の場合は再び日本に帰ってきたらレベルが落ちている場合もあります。これは言語能力が動いているということです。そういう感覚を私たちは持たないといけないと思います。
 それから2番目は,非均質性です。これは4技能がばらばらだという意味合いのほかに,「取り出し指導」を受けたときの言葉の使い方と在籍学級に戻したときの言葉の使い方というのが違うように見えるように,言葉の力はが必ずしも一定のものではなくて均質ではないという意味合いです。
 それからもう一つは相互作用性ですね。言葉というのは実は相手との関係で言葉が出てくる,そういうものだ,そういう相互作用性,そういうものを相手とか場面とか状況とか,あるいは学習の内容とか,そういったこととの関係の中で言葉が出てくるというふうに思います。したがって,この言葉の特徴というのは私たちは三つぐらいの特徴で考えないといけないと思っているわけです。これは調査の結果いろいろと考えてわかってきたことです。
 そういうふうにして先ほど言いました動態性,非均質性,そして相互作用性という三つの特徴のある言語能力というのはつかみにくいわけです。単に紙の中に80点とか60点で数値化されるようなものではなくて,極めてつかみにくいものなのです。だとするならば,一人の支援者が子供の力を見て把握するというのは必ずしも得策ではない,だから日本語の支援の人も担任の先生もあるいはほかの先生も,みんなで見ながら子供の力というものを把握していくという方法がやはり必要なんではないかなと思うわけです。それが「複数視点による協働的な把握」です。この「複数視点による協働的把握」ができれば次に何が生まれるかというと,ではこういうふうに指導してみようかという協働的な実践が生まれる可能性があります。私たちが大久保小学校で見ていると,議論に参加する先生は管理職の先生もいるし,音楽の先生やあるいはスクールカウンセラーの先生や,あるいは日本語の先生や,いろんな方がかかわってきます。そういうかかわりの中で子供をとらえ,みんなで日本語能力をとらえて,そこから,ではどういうふうに指導したらよいのかを一緒に考えていくという,「協働的な実践」というものをこれから考えていかなければならないと思います。
 大久保小学校では御覧のような,今年3月にこういう検討会を開きまして,いろいろな方に加わっていただいて検討を行ってきました。少し画面で紹介したいと思います。この写真はちょっと見にくいかもしれませんがそのときの様子です。右側に白いジャンパーを着た先生が担任の先生で,紫の服を着ていらっしゃるのが長岡校長先生です。そのとなりに音楽の先生,スクールカウンセラーの先生,左側に日本語の先生と私と大学院生がいるというような状況で,一人の子供について協議を重ねているわけです。その子の「JSLバンドスケール」の結果をもとに,この子の聞く力はこうです,話す力はこうですねと話しながら,先生方がいろいろお話しする,いろいろな情報がそこで飛び交う。お互いにその子をどういうふうにして理解して,どういうふうにして指導するのがよいのかを話し合う状況が今起こってきているのです。
 「個人ファイル化」というのは,例えば一つのファイルをつくっていて結果をこの中に入れていく。左側に「JSLバンドスケール」のチェックリストを貼りつけてそこで記録をとっていくということになっています。これは2年生の場合で,こういうふうにして全部ファイル化されていまして,そして学校の職員室のケースの中に入っている。この中に,例えばその子の書いた作文なども入れていく。そしてその子供がどういうふうにして進んでいったのかというのをみんなで見ていこうという仕組みを今つくっているところです。
 地域における連携を考えた場合,どこの地域でも行われるわけではありませんけれども,早稲田大学と大久保小学校の協働的な関係の中で,今申し上げたような実践を通じてわかってきたことがあります。それはどういうことかいいますと,言語能力についての理解が深まってきたという点です。なぜかといいますと,例えば先ほど40名ぐらいの子供を私たち調査したと申し上げましたけれども,先ほど写真を見ていただいた,あの場面で先生方と議論していると,うちのクラスには同じような子がもう一人いるんだよというようなことを先生が言い出すんですね。そういう子供は今までは取り出されて指導を受けてこなかった子です。そういう子供たちのことも話題になっていく。そうするとあの子はもう指導は必要ないと思ったけれども,でも実はまだレベル5なので,やはり丁寧に教えてあげないと授業に参加できないのねということが,共通にわかってくるというようなことがありました。
 それからもう一つは,そういう子供の言語の状況の背景にどんなことがあるのかということが,お互いに共有化したり,子供の理解が進化したりしました。私たちは,当然子供の生い立ちや言語環境,それから母国で受けた学習経験というのが第二言語である日本語を習得する場合にも重要であるとわかっているわけですけれども,学校の先生方は今の時代,個人情報の問題があったりでなかなか知っていても言わなかったり,それからあるいは知ろうとしなかったりする傾向があります。やっぱりこの子はいつ日本に来てこうだったからこういう状況があるのかもしれないねとか,しょっちゅう祖国に帰るからこういうところでとまっているのかもしれないねというような話が,具体的に検討会議で出てくるんですね。それは,ある先生が持っている情報かもしれませんが,それが共有化されていく,これが非常に重要なことだと思うんです。それからあるいは,あの子があんなふうな態度を見せているというのはどうしてなんだろうということが話題になって,そのことは実は家庭内で,お父さんとは何語で,お母さんとは何語でという状況があって,非常に複雑な言語環境の中にあるということが背景にあるんではないかというようなことが話題になってくる。そうすると,その子供を見ていて,そのことを知らなかった先生は,ああそうなのかと思ってその子について今後こういうふうにしましょうということが提案されていく。そういう背景情報の共有化がありましたし,子供に対する理解が深まっていきました。
 それから,課題の共有化があります。例えば,この子はもう「JSLバンドスケール」でいうと,「話す」はレベル5ぐらいあるんだけれども,でもここでずっととまっている。先ほどお見せした資料は昨年のデータで,実はその後の2月,3月にも私たちは同じ子供を見て記録をとりました。そして半年間でどれぐらい伸びたのかを一人ずつ検討したんです。その中で,確かに伸びている子がいます。例えばレベル3の子がレベル5になったとか,レベル4であった子はレベル5から6に近いレベルにいったとか,そういう変化が見えたんです。ところが,昨年見たときもやっぱりレベル5で,今年の2月,3月に見たときもやっぱりレベル5で何か停滞しているように見えると。そこで何でだろうという話がありました。
 ここで非常に重要なのは,レベル3からレベル5に上がるのは,これは比較的易しいんですね。ところがレベル5からレベル6にいくのは難しい。なぜなのかと考えますと,これがいわゆる生活言語能力と学習言語能力の違いだろうと思います。つまり,日常的な会話,コミュニケーションできる力,生活言語能力は,来日して1年から2年で結構ついていく。ところが学習に参加していく力,考えていく力という学習言語能力は5年から7年ぐらいかかる。ですから,半年間の中でやっぱりレベル5にしか見えない子供が,それはそこにとどまっているのが原因というよりも,とどまっている背景にその子の学習言語能力がまだ十分についていない,したがって,それを支援していく必要があるというふうに,私たちは認識しないといけない,またそのような理解につなげていく必要があると思います。
 ですから,それは半年間のスパンで見るのではなくて,1年で見るとか2年で見るとかという中で,学年が進むにつれてさらにまた支援もしてあげて,レベル5からレベル6に上がるように支援を継続していかないといけないし,それから授業のつくり方も工夫していかないといけないというような,共通の意識というものが出てきたように思います。それは,さらに言えば,言語能力についての理解が深まっていったと思います。
 ここから,大学の方と学校側との協働的実践の可能性が出てくると私は考えます。今私たちは大久保小学校に行って先生方とバンドスケールについて話すことができます。昨年入ったときにはできませんでした。大学の先生が来て何か子供の調査をするらしい,まあ自分たちの何かデータが欲しいんだろうなぐらいに思っていたとおっしゃった先生がおられましたけれども,それが調査結果をお示しして共通に理解し話し合っていく中で,協働的実践の可能性が少しずつ生まれてきたのかなと思っています。現在もこれは進行中です。
 私たちが先ほどお話しした日本語教育ボランティアというのはこういうトライアングルで示すことができます。上に学校がありまして,左下に教育委員会,右下に早稲田大学があって三角形の形の連携ができている。しして,上にある学校側から左下の教育委員会に要請が来て,教育委員会から右下の私たちに日本語教育のボランティアの派遣の依頼が来る,そしてそれを受けて,学校側に私たちは院生を派遣する形で協力するという形が,今行われています。今日お配りしました実践研究の中に書かれている院生たちの報告は,すべてこの実践を通じて書かれたものです。また後でお読みいただければと思います。
 最後に,地域における支援のあり方で日本語支援の五つのポイントについて御説明します。一つは個別化という意味です。これについては私が少し説明しているものがあります。お配りした冊子の2ページにそのことが書かれています。個別化というのは,一人一人の子供に応じた指導を考えていかないといけないという意味合いです。それからもう一つは文脈化,やはり意味のある文脈の中で言葉を教えていくという観点が必要だということです。
 それから,3番目のポイントは段階化,子供ができることを見きわめてスキャフォールディングしてあげるという。スキャフォールディングというのは足場をつくってあげて乗り越えていけるようにしてあげるということです。具体的に言いますと,絵を書く,言い換える,途中まで言いかけて考えさせる,動作化を促す,具体的な発問をする,体験を引き出す,励ますというふうなことがあると思います。これは私たちが小学校の先生方の授業をずっと分析していったときに出てきたスキャフォールディング,足場かけでした。これは多分皆さんも意識しなくてもやっていらっしゃると思います。それを少し見ていただいて,どういうふうな足場かけをしてあげたら子供たちが学習に乗ってくるかというのをお考えになられたらいいのではないかなと思います。それは支援の段階を少しずつ上げていくわけです。最初から上に行かないで少しずつ上げていく,これは先ほど述べたスモールステップと近いものです。
 それから,4番目が論理化,これは考える力を育成するという視点が必要だということです。単に文型を入れる,単語を入れる,語彙を入れる,文法の説明をするということではなくて,考える力,つまり日本語で学ぶ力を育成していくというポイントが必要だと思います。それから最後は統合化です。上で述べた1から4を統合した言語教育,意味や内容と言葉を統合する。あるいは学習者の気持ちと言いたいことを言葉で統合するということですね。言いたくないのに言わせるとかではなく,子供が言いたいという文脈をつくってあげて,そこで気持ちを言葉であらわすという体験を積み重ねるということがこの統合化の意味合いです。
 したがいまして,「JSLバンドスケール」を使うことによって,今述べてきたような「協働的な把握」やあるいは「協働的な実践」というものがここで生まれてくると思います。また,第2言語能力という,つまり言語能力の理解にも,「JSLバンドスケール」は有効に働くと思います。
 したがいまして,先ほど申し上げた「日本語指導が必要な子供とはだれなのか」という課題を考えるとき,今文科省が示している1万9,000人余りということではなくて,私たちはやはり,私たちの周りにいる日本語指導が必要なレベル1からレベル7の子供たちを見ていかないといけないだろうと思います。それはどういうことかと言えば,私たちが子供たちの第2言語としての日本語の力,それからもちろんこれは母語も含まれますけれども,母語の力も含めて子供の言語の力というのがどういうものなのかということを把握していくということ,これが非常に重要で,私たちが今思っている言語能力の考え方を再構築していくということが求められているのではないかと思います。
 なぜこういうことを申し上げるかというと,「JSLバンドスケール」をお示ししたときにある中学校の先生は,「ああこの子は全部レベル1ですよ」と言いました。なぜレベル1なのかというと,「誤字脱字が多いし,漢字もなかなか書けないんだからこれはもうレベル1ですよ」というふうに言われたんです。そうだとするならば,その先生にとってはその子供を育てていくというときにかなりの部分で困難があるだろうと私は思います。それから,「取り出し指導」をして常に漢字を教えるという先生もいます。毎時間毎時間漢字を教えるというんですね。果たしてそれでその子供の言語の力が伸びていくのか疑問に思います。つまり,それは指導者,支援者の方が持っている言語能力とは何かという考え方,つまり言語能力観を,実践を通じて再構築していくということが,私たちの共通の課題ではないかと思います。
 御清聴ありがとうございました。

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